2016年12月 2日 (金)

琵琶湖周辺と若狭の仏さまを訪ねて(滋賀、福井)

Dscn0480

先日、「近江・若狭路 珠玉の仏像めぐり3日間」の添乗より戻りました。まず、今回訪れた場所は、どこかというと、近江の国といえば、そう!滋賀県の琵琶湖周辺。そして若狭とは、かつて日本海の新鮮な海産物を京の都へと運ぶ重要な拠点となった福井県の小浜市周辺です。小浜は古来より大陸からの文化仏教伝来の玄関口であり、近江、京へと繋がっていたことから、この地域には、無数の寺院が今もひっそりと建ち並んでいます。また、琵琶湖周辺では、8世紀に奈良の東大寺から工人たちが工房を築いたことから、仏像がたくさん作られる基盤が出来上がりました。

訪れた11月半ばは紅葉も始まり、穏やかな秋空に恵まれました。旅のスタートは滋賀県大津市にある石山寺から。この寺の創建時に東大寺から多くの工人が招かれたといわれています。今回は、33年に一度という御開扉で、本尊の如意輪観世音菩薩、そして初代本尊の塑像断片、胎内佛像も拝観しました。厳かに、ひっそりと佇むお姿にはただただ圧倒され、言葉も出ませんでした。

Dscn0510

そして、いよいよ、2日目は小浜の寺院めぐりです。人口約3万の小浜市、いずれのお寺も木立に囲まれた静かな場所に建っており、喧噪とはかけ離れた世界で、仏像を見学することができました。国指定の重要文化財であるこれらの仏像の数々を間近で拝観できたこと、ほぼ私たちのグループだけで静かに見学できたことが、一層、仏像との距離を近くに感じさせてくれました。また、美術的にもその美しさ、技術の高さにも見惚れました。どの仏像が、どうだ、こうだ、とは言い切れませんが、妙楽時の千手観音菩薩立像は圧巻です。崇高な雰囲気の立ち姿にマッチ棒程の物も含め本当に千の手が残っています。信仰の対象である大切な仏像は、その多くが写真撮影が禁止されているので、個人個人、目と心に焼き付けました。最終日は琵琶湖北部の小さなお堂や寺へ。地域の人々が代々守っている仏像が多く、その守り人の方にお話しを伺いました。戦国時代、戦火から村人により守られ今に伝わっているというお話や、今もその村で担当者を決めて大事にされている事を知りました。

今回はたくさんの観音様に出会いました。観世音菩薩とは、多くの世の人の話を聞き、悟りの世界と人間の世界の架け橋となってくれる存在だそうです。今から一千年も前の平安時代からこれらの仏像はどれ程の人々の想いを受け止めてきたのか。様々な思いを巡らせます。今まで、全く知らなかった日本のそんな、歴史、宗教文化の一面に触れることができた旅でした。(帯津)

ユーラシア旅行社の日本ツアー(国内旅行)はこちら

| | コメント (0)

2016年12月 1日 (木)

魔法の一滴バルサミコ酢!と優雅で繊細な味わいのスプマンテのコントラット!(イタリア)

先日,「北イタリア美食街道」のツアーより帰国致しました。イタリアの食の宝庫と言われる のエミリア・ロマーニャ、リグーリア、ピエモンテの各州を訪ね、特産品の製造工程の見学、試飲をしたり、料理も頂き北イタリアの食を堪能して参りました。

1_3

パルマの生ハムを始め、パルミジャーノ・レッジャーノやジェノバのジェノベーゼ、アルバのトリュフ、トリノのチョコレート、ジャンドゥオッティ、バローロワイン等、数え切れない程の名物を食してきました。 その中でも、美食ツアーならではの「バルサミコ酢醸造所」と、スプマンテのワイナリー「コントラット」をご紹介致します。

バルサミコ酢は、エミリア・ロマーニャ州のモデナという町の特産品で、イタリア原産のぶどうの濃縮果汁を熟成して製造されるお酢です。まだまだ、日本人には馴染みが薄いかもしれませんが、イタリアの各家庭では欠かせない調味料の一つで必ず置いてあります。日本で言う醤油のような存在と言えるでしょう。サラダは勿論のこと、魚や肉料理、更にはアイス等のスイーツにまでと、幅広く使える非常に便利な調味料です。一滴かけるだけで、料理にコクや旨味が出て、極上の一品へと導いてくれます。

バルサミコ酢の醸造所では、熟成されている屋根裏部屋を見学します。部屋に入ると、酢独特のツーンとする香りが鼻をつきます。ですが、通常の酢の匂いとは異なり、酢とワインと木樽の香りが混ざった豊かな香りです。様々な木製樽で長期間に渡り熟成されるのですが、長い物だと50年~100年の物まであるのです。 その後、いよいよ試飲です!試飲させて頂いた物は2年物から25年までと様々ですが、「これが、バルサミコ酢!?」と思う程の濃厚具合なのです。まるでソースやシロップのような。。どれもとても香り高くコクがあります。皆様も感嘆の声を上げながら、しばしバルサミコ酢を味わっていました。バルサミコを一口口に含むと、何とも言えないまろやかで奥深~い味わいが口の中に広がります。どのお料理に使おうかしら~?とあれこれ想像を膨らませ盛り上がりました。これがあれば、プロ顔負けの料理の味が出せるのだろうなぁ。。と、頭をよぎったのも私だけではないでしょう。

そして、「コントラット」では「スプマンテ」のセラー見学です。 2_3

イタリアのスパークリングワインと言うと「スプマンテ」になります。「コントラット社」は歴史も古く19世紀の創業です。当初は赤ワインも作っていたようですが、現在ではスプマンテのみの製造を行っています。20世紀初頭にフランスのシャンパーニュと同じ瓶内2次発酵による製法の「メトド・クラシコ製法」のメーカーとして、世に広まっていきました。ツアーでは、地下のセラーの見学をしますが、広大な敷地には驚愕です!それもそのはず、セラーは5000㎡もあり世界遺産にも登録されています。数えきれない程の瓶が並んでいるセラー内は、スプマンテの芳香な香りが漂っており、スプマンテに包まれているような気さえしてきました。その後は、試飲をお楽しみ頂きますが、食後でお腹に入るかが懸念されていましたが「本場のスプマンテはやはり絶品だわ!」と、美味しい物は別腹!?のようで、笑みをこぼしながら全て味わって頂けました。 日々美味しい物に出会え、帰国後の目方が少々気になりましたが、とても幸せな旅でした! (井手)

| | コメント (0)

2016年11月30日 (水)

鉛色の空、鈍色(にびいろ)の海(長崎・五島列島)

先日長崎の「五島列島・巡礼の旅4日間」から帰ってきました。
長崎は安土桃山から江戸時代にかけての250年間の長きに渡り、島原、天草と共に凄まじいキリシタン弾圧の嵐が吹き荒れた場所です。鎖国時代が終わり、明治時代になってからようやくキリスト教信仰が認められ、島の人々は貧しいながらも漁で得た僅かな金を持ち寄り、手作り感溢れる教会を各地に建て始めました。
決して規模は大きくありませんが、日本らしく瓦屋根の木造りであったり、立派に石を積み上げた教会もあれば、優しいパステルカラーで特産の椿や桜の花びらを天井やステンドグラスに描いた教会もありました。
今回の旅では五島列島を小舟で、時にはローカル路線バスを貸切って小さな教会を巡ってきました。
水辺に映る姿が白鳥のような中ノ浦教会
自身がキリスト教徒でもあった遠藤周作はこの五島列島を舞台に、あの怖ろしくて、暗い、悍ましい弾圧の時代に生きた日本人キリシタン達と命懸けで日本に渡って来た司祭を主人公に小説「沈黙」を描きました。主人公のポルトガル人司祭と日本人キリシタンのキチジローの苦悩を通して、真の信仰とは何かと問いた、深いテーマの物語です。実はこの小説、最近ハリウッドで映画化され、2017年1月に公開予定です。「シンドラーのリスト」で主人公を務めたリーアム・ニーソンさんや日本からは窪塚洋介さん、浅野忠信さん、イッセー尾形さんといった俳優陣も出演しています。
小説の中で遠藤周作はあの暗く、恐ろしい時代を表す為に五島の自然を「鉛色の空」、「鈍色の海」と描写しています。あまり聞き慣れませんが「鈍色」とは濃い灰色だそうです。
その小説を読んだ後で島を訪れたので、勝手に「西の果てにある曇天の薄暗い島々」をイメージしていましたが、実際に私が目にした島の風景は全く異なっていました。空き晴れの澄んだ青空からは明るい陽光が降り注ぎ、島は深い緑色の森に覆われいます。海面がキラキラと輝く穏やかな入り江と小さな漁村がいくつも点在している風光明媚な島でした。
そして今回の旅で一番印象的だったのが教会のミサです。
たまたま宿泊した宿のそばに教会があり、ちょうど日曜日の朝にゆとりがあったので教会を少し覗きました。山中にひっそりと佇んでいるような教会でしたが、ミサの時間になると地元の人々が自然と集まり、あっという間に小さな堂内は参列者でいっぱいになりました。女性達は伝統のベールを被っています。信者たちを導く司祭の静かな祈りの声。透き通った清らかな聖歌が堂内に響きます。
長く恐ろしい暗黒時代もくぐり抜けた信仰。
司祭や神父がいなくても、村人達が伝え守ってきた神様の教え。
何気無い日曜のミサで純粋な信仰心を垣間見たような気がしました。(上田)

| | コメント (0)

2016年11月29日 (火)

「天空列車、青海チベット鉄道に乗って、太陽の都ラサへ」

青海チベット鉄道の車窓からの景色

先日、10月18日発「青海チベット鉄道とヒマラヤ・エベレストを眺望 14日間」のツアーより帰国いたしました。今回のツアーは、西寧から出発して、2009年に完成した青海チベット鉄道に乗車し、全長1,956kmの旅を経て、太陽の都ラサへ向かうロマンあふれる旅です。

 

念願の青海チベット鉄道に乗車して、旅をする事に憧れを抱いている方も多いはずです。なぜなら、青海チベット鉄道の車窓から望む景色は、天候が許せば山脈の絶景の連続。チベットの旅行シーズンは、雨の少ない乾期の9月~5月。エベレストをはじめとするヒマラヤ山脈も、快晴率の高いこの時期がおすすめです。今回は、秋晴れが続く西寧の駅を20時30分に出発。そこからラサまでの、約22時間の列車の旅が幕を開けました。

 

午前7時50分頃、やっと周囲が明るくなり始め、チベットの朝が始まります。

その頃列車はすでに、11時間ほど走りゴルムドを過ぎ長江の源流とされているトト河が流れる周辺を走っていました。朝日に輝く河の源流が、この広大なチベット高原を流れ、やがてアジアで最長の大河となっていくのだと思うと大変感動的です。

そして、チベット鉄道の最高地点タングラ峠は、標高5068m。皆様、窓にはりつけになり、カメラを構えてなんとかタングラ峠にある駅の看板をとらえようとします。青海チベット鉄道は、基本どの駅にも停車せずに進んでいきます。ですから、駅の看板の写真を撮りたくてもなかなかその機会がないのです。今回、幸運にも列車はタングラ山脈の駅に近付くと徐行をしてくれました。カメラのシャッターモードを使って撮影するのがポイントのようです。

さらに、車窓を眺めていると、やがて世界で最も高所にある湖の一つであるツォナ湖や、標高7,147mの真っ白な雪を抱いたニンチェンタングラ、野生のヤクや羊の無数の群れなど、チベットの素晴らしい絶景が次々と現れ、私たちを飽きさせません。

そんな充実した時間を過ごしているうちに、22時間の列車の旅はアッという間に終わりに近づき、青海チベット鉄道の旅の終着地、ラサに到着です。駅に到着する前に、ラサのシンボルであるポタラ宮が遠望できました。

車内で到着を待つ間、「いよいよ明日は、チベット仏教の聖地のポタラ宮に行くんだね!」と会話を弾ませながら、私たちは明日からのチベット観光に期待を膨らませていました。(堤)


ユーラシア旅行社で行くチベット青海鉄道ツアーの魅力はこちら

| | コメント (0)

2016年11月25日 (金)

秋深まるルーマニア!伝統が息づくマラムレシュ地方にて

先日、「フォークロアの郷、ルーマニア紀行 10日間」の添乗より帰国致しました。

ルーマニアでは、木々も色付き始め、すっかり秋が深まりつつあります。日本の紅葉といえば、真っ赤なモミジを想像されるかと思いますが、ルーマニアでは赤や黄色、橙色といった多色に染まります。このツアーでは、カルパチア山脈やトランシルヴァニア山脈がそびえる起伏に飛んだ国土を南はブカレスト、北はウクライナ国境近くのサプンツァの村まで、国土をぐるりとバスで巡ります。秋だからこそお楽しみ頂ける黄金色に輝く“黄葉ドライブ”も旅の醍醐味と言えるでしょう。

ビエルタンの要塞聖堂

その中でも旅の中盤で訪れた「マラムレシュ地方」では、古き良きヨーロッパを感じさせるという観点からヨーロッパ内でも注目されています。ルーマニアは元々イタリアやスペインといったラテン系の民族の国ですが(ルーマニア語もイタリア語にそっくり!)、歴史の波に飲まれ、ドイツ系の住民やハンガリー系の住民、ジプシー(ロマ)など多様な民族が現在も住んでいます。そのため、家の材質や街並み、言語、宗教、生活などは村によって様々ですが、このマラムレシュ地方の村々は生粋のルーマニア人しか住んでいないため、昔ながらの素朴な伝統や暮らしが今なお息づいています。

この伝統を身近に感じられるのは、日曜日のミサです。村人たちは、民族衣装を身に付け教会へ集います。各国共通かもしれませんが、年配の方を大切にするという習慣から年配の方は教会の中で、若者は教会の外で祈りを捧げます。ミサは大体10時頃から始まるのですが、村人たちは朝から何も口にしません。ミサを終えて、清やかになった身体にパンとワインを口に入れた後、家路について、ようやく最初のお食事をとります。
ミサの日は働き者の村人たちは、お仕事はお休み。お食事の後は、家の門のベンチで日向ぼっこです。彼らは電気は生活に必要ないと考えるため、まだ明るいうちに夕食を食べ、月曜日からのお仕事に備え、暗くなる頃には床に就きます。

マラムレシュ地方のミサ帰りの村人

» 続きを読む

| | コメント (0)

2016年11月24日 (木)

進化を続ける南疆鉄道(新疆)

南疆鉄道車内

この度「南疆鉄道乗車と新疆シルクロード物語 15日間」より戻りました。
今回のツアーでは、ウルムチからカシュガルまでのシルクロードのオアシスを辿りました。途中乗車した南疆鉄道は新疆ウイグル自治区の主要鉄道路線で、トルファンから1971年に工事が始まり、1984年にコルラまで、1999年12月にカシュガルまで開通した路線です。比較的新しい路線ですが、その進化はまだまだ止まりません。
毎回行く度に何かが変わっている南疆線。前回訪れた際は、寝台列車で11時間ほどかけて行ったトルファンからコルラですが、その時間はどんどん短縮され今回はなんと2時間40分ほどで到着。毎月のように新しいトンネルができ、新しい線路が引かれ、新しい車両に変わっているこの鉄道を見ると、そのインフラ発展の速さにさすが中国と驚き感心するばかりでした。南疆鉄道と聞くとガタンゴトンと揺られながら砂漠をゆっくり走る電車を想像する方も少なくないかと思いますが、最高速度は今やなんと160キロ近く。そして160キロも速度が出ているのに音も無くすーっと進みます。4人1部屋で談笑しながらふっとテーブルの上のコーヒーを見て更にびっくり!コーヒーの表面が全くもって揺れていません!これにはお客様も驚かれていました。(竜崎)
 

| | コメント (0)

2016年11月22日 (火)

一生に一度は入りたい!青の洞窟へ(イタリア)

Photo

先日、イタリア13日間のツアーから帰国しました。ミラノからヴェネツィア、フィレンツェ、ローマ、ナポリとイタリアを代表する町のみを巡り、観光地はもちろんのこと、イタリアの文化、食事と余すことなく満喫してまいりました。秋の過ごしやすい天候で、特に南イタリアではお天気にも恵まれました。南北に長いイタリア、天候も人の性格も南北で全く違うのが面白いです。
 
 今回、南イタリアではナポリ、アマルフィ、カプリ島へ行ってまいりました。カプリ島では青の洞窟にも挑戦。青の洞窟は天候が良い、波が少ないという条件が揃った時のみしか入ることができない運次第の観光地。当日はドキドキしながらナポリを出発しジェットフォイルに乗って約一時間、カプリ島の港へ到着。港に到着してもまだ入れるかの確証はありません。さらに、約20分かけてジェットボートで青の洞窟の入り口へ。幸運にも洞窟に入れそうという報告があり、グループは大盛り上がり!私もホッと一安心しました。洞窟の入り口は目の前に着いても「どこから入るの?!」と思うくらい小さな穴です。昔、ローマ時代には3mほどあったそうですが、今は海面上昇により半分の1.5mになってしまいました。船に座ったままでは入れず、4人乗りの手漕ぎ舟でみんなが仰向けに倒れて洞窟内へ入ります。
小さな入口ですが、中は広く何隻もの舟が入ることが出来ます。洞窟の入口からは太陽の光が海中に差し、光の反射の作用で光の当たった部分が真っ青に光るのです。その光景は言葉にならない美しさ。世界中からこれを見るためにわざわざカプリ島に訪れるのも納得です。なかなか入ることが難しい場所だからこそ入れたときの感動はひとしお!
 
 そんな青の洞窟があるカプリ島も魅力がいっぱい。燦燦と差す太陽の下、白の可愛らしい建物と真っ青な海と地中海地域らしい美しい景色が見られます。最近は世界中のセレブがこぞって別荘を建てているそうです。私もいつかこんなところに別荘を構えたい!と思いました。(杉林)

| | コメント (0)

2016年11月18日 (金)

生を生きる前に死を生きた…奇才サルバドール・ダリの世界へようこそ

先日、「魅惑のバルセロナ、ガウディと世紀末芸術を巡る 8日間」のツアーより帰国。
現代建築の宝庫であるバルセロナ。天才建築家として名の通ったガウディ。型破りな発想と匠な建築技術で、次々と人々を魅了し、驚かせてきたガウディですが、そのガウディと並んで、奇才と称されるのが、「サルバドール・ダリ」。バルセロナから2時間弱、バスを走らせ、彼の故郷であるフィゲラスの街まで今回は足をのばしました。彼の創り上げた美術館に一歩足を踏み入れると、途端に彼の独特な世界へ引きづりこまれていきます・・・

ダリ美術館

「生を生きる前に死を生きた」というダリの想い。生と死、そして記憶。彼の想いが全てつまっているのが、このダリ劇場美術館です。サルバドール・ダリは1904年にフィゲラスで生まれました。マドリッドの美術学校に入学するも、最終的には大学側と対立し、永久追放。「有能な教授がいない」と言い放ったとか。そして、「ルーブル美術館へ行くよりも前に、あなたに会いにきました」とピカソのアトリエを訪れ、ジョアン・ミロとの出会い等を経て、シュールレアリスト・グループ(超現実主義)の仲間入りを果たします。ダリに多大なる影響を与えた、生涯パートナーとなる、ガラとの出会いは1929年。そこからはガラを登場させた宗教画を連作します。シュール・レアリストグループを抜けた後、第二次世界対戦を経て、なんと原子核に興味を持ち、モチーフとした絵を発表していた時期もあります。晩年には鮮やかな水彩画も多数描いており、ガラが亡くなると、引きこもりがちになってしまい、ダリは85歳でその生涯を閉じました。

ダリ美術館、雨降りタクシー

ダリ美術館は、1974年、ダリが70歳の時にオープンしました。
有名なのは、中庭にあるキャデラックは「雨降りタクシー」と呼ばれる作品。普通はもちろん車の外に雨が降っているものであるが、この作品は車内に雨を降らせ、水浸しにしてしまうのです。何気ない普段の生活の中に、ダリがよく作品に用いる、「逆転」の発想を取り入れた、なんとも滑稽な(私が感ずるに)作品となっています。ダリの代表的な手法といえば、ダブル・イメージ。一つのあるイメージを別の何かのイメージと重ね合わせる表現方法で、だまし絵のような感覚かもしれません。そのことを念頭に、美術館をまわると、さらに理解が深まる気がします。ダリの作風が時代ごとに全く違っているのが、明確で、非常に興味深いです。
もしダリの世界に興味が湧いてきた方は、是非、近郊の漁村カゲタスを訪れてみてほしい。ダリの父がこの村の出身で、別荘を所有していたことから、バカンスを漁村カゲタスで過ごすのは少年ダリの楽しみであったようです。その風光明媚な風景にインスピレーションを受け、描いた絵は数知れず…さらにダリの虜になってしまっているはずです。(荒川)

ユーラシア旅行社で行くスペインツアーの一覧はこちら

| | コメント (0)

2016年11月17日 (木)

ジャカランダシティ、プレトリアへ(南アフリカ)

1117_2
先日、ユーラシア旅行社の「ナミブ砂漠と南部アフリカ5カ国大周遊 11日間」のツアーより帰国致しました。南部アフリカ5ヵ国とはナミビア・ジンバブエ・ザンビア・ボツアナ・南アフリカのこと。絶景で有名なナミブ砂漠から始まり、世界の三大瀑布のひとつでもあるビクトリアの滝や象が有名なボツワナのチョベ国立公園のサファリ、南アフリカではアフリカ大陸最西南端、喜望峰等、見所たっぷりの南部アフリカをぐるっと巡ってまいりました。

そんな中で10月に出発するこのツアーの一番の魅力は、やはり春を迎え満開に咲き誇る南アフリカ、プレトリアのジャカランダでしょう。1888年に農夫が南米より持ち帰った2本の苗木から始まったジャカランダは、瞬く間に広がり現在約7万本と言われています。7万と言ってもなかなかピンとくる数ではないですが、ホテルの前にはもちろん、ほぼ全ての道路脇にはジャカランダ。並木道は1本どころでなく、右を見ても左を見ても、ずっと紫色の花が目に入ります。なかなか日本では目にしない色に見とれてしまいました。

観光ももちろんジャカランダ尽くし。珍しい白いジャカランダも見て、ランチはジャカランダのふもとで。また、プレトリアに初めて植えられた記念すべきファーストジャカランダを見にサニーサイド小学校にも訪れました。樹齢120年のジャカランダは今も健在。根をしっかりはり、花をいっぱい咲かせていました。春は桜もいいけれど、ジャカランダで迎える遠い南半球の春も素敵でした。(五島)

| | コメント (0)

2016年11月16日 (水)

紅葉の白神山地でブナの森について学ぶ

 この度、ユーラシア旅行社の「紅葉の白神山地と十二湖を歩く3日間」より戻りました。

岩木山

 白神山地は青森県と山形県にまたがるブナの原生林の地域で、1993年、九州の屋久島とともに、日本で初めて世界自然遺産に登録されました。そのきっかけは、地元の人々による林道建設反対運動だったそうです。当時、ただ反対するだけでは説得力が無いという事で、地質や植生など様々な方面の調査を依頼したそうです。その結果、人の影響をほとんど受けていないブナの原生林の規模が世界最大級だという事がわかり、そこに生きる動植物の生態系も守るべきものとみなされ、林道の建設も中止となり世界遺産登録に至ったのです。
 ツアーでは“ミニ白神”と呼ばれる「白神の森遊山道」と「十二湖」、そして世界遺産エリアの「世界遺産の径(みち)ブナ林散策道」の3ヵ所のハイキングをそれぞれ地元ガイドさんの案内で楽しみました。

ブナの実

 ブナは他の木に比べて成長が遅く、樹齢100年の木でも40cmほどの太さしかありません。条件によって成長度合いも違うので樹齢ははっきりとは分かりませんが、表面に地衣植物がついている木は立派な大人の木だそうです。ブナは大木ですが、木の実はとても小さいです。ガイドさんが固い殻を割って中の実を見せてくれました。これを体の大きな熊がひとつずつ拾って食べているのかと思うと足りるのかな?と思ってしまいます。食べてみるとしっとりとした濃厚なクルミのような味。高カロリーで冬眠前の熊や他の動物たちにとっての大切な栄養になるそうです。6~7年に一度しか実をつけません、今年は実をつけない木が多かったので、熊が餌をさがして里に下りて来た!という目撃情報が多いようです。
 ブナは木の上の方に枝と葉をつけるので、山の中なのに明るく見晴しが良く、広々としています。葉は秋になると黄色くなり、日の光を受けてキラキラと輝き、とても綺麗です。
 今年はいつもより暖かく紅葉が始まるのが遅かったそうです。ツアー初日に新青森駅に到着した日の紅葉はまだ色付き始めたばかりという印象でしたが、バスの移動の度に目にする岩木山は日を追うごとに色付いていくのが感じられました。

白神山地の紅葉

 ガイドさんは毎日のように森に入りますが、時間、天候、気温、植物の変化など、いつ見ても様子が違い、一度でも同じ景色は無いと言っていました。
 ところで、紅葉の綺麗な白神山地のガイドさんの所にも旅行会社から紅葉ツアーのパンフレットが届くそうです。白神ではすっかり紅葉シーズンの終わった12月頃に「京都の紅葉を見に行きませんか?」と。ガイドさんは「白神の紅葉が一番綺麗だと思っているけど、他にも綺麗な場所があるなら見たいよね。」と笑っていました。

| | コメント (0)

«巡礼路のおもてなし(北スペイン)