2018年6月21日 (木)

ひむかの国で個性豊かな日本神話の神様たちに出会う

この度、ユーラシア旅行社の「日本神話の舞台とひむか神話街道を歩く4日間」より戻りました。  

霧島神宮


旅のスタートは晴天に恵まれ熊本空港から宮崎県の高千穂に向かう途中、新緑美しい阿蘇山の外輪山、内輪山を左右に眺めながらのドライブを楽しめました。宮崎県では高千穂と宮崎市に滞在し、ひむか神話街道沿線の神様ゆかりの地を巡りました。最後は神武天皇ゆかりの霧島六社権現の神社を巡って鹿児島から九州を出るという充実の4日間の旅です。
宮崎県は「神話と伝説のふるさと」と言われています。ひむか神話街道の「ひむか」とは「日の向かう地」という意味で、日本の夜明けのような意味があります。現在も日向(ひゅうが)という地名が残っていますが、昔からこの辺りは「ひむか」と呼ばれていたそうです。
 
日本神話の代表的な物で、太陽の神様・天照大神(アマテラスオオミカミ)が、須佐之男命(スサノオノミコト)のいたずらに怒って岩戸に隠れてしまい、世界が暗くなってしまったという話があります。

天安河原

高千穂で、その物語の舞台となった天岩戸神社と天安河原を訪ねました。
天岩戸神社では神職の方にお願いして、本殿の裏手側の聖域に案内して頂きました。神社の裏の崖を隔てた向こうの山(ご本尊)を眺めました。ここは昔から人が立ち入ってはならない神の領域。地元の人もずっとその言い伝えを守っているそうです。 その鬱蒼と茂った木々の一部に洞窟のようなものが確認できます。神職の方の説明によると、そここそが天照大神が隠れたという場所だそうです。聖域にいる間、気のせいかもしれませんが、他とは違う何か重たいまとわりつくような不思議な空気を感じました。
  天安河原は、岩戸に隠れた天照大神をなんとか外に出すため他の神々が集まって相談した場所で、日本で最初の国会議事堂とも言われています。

神様の系図

神々があれやこれやと工夫を凝らして、やっと天照大神は岩戸から出てきたわけですが、その時活躍したのが天鈿女命(アマノウズメノミコト)です。裸になって楽しく歌って踊って、他の神々を楽しませたため、何事だろうと思った天照大神が岩戸から覗き見た時に手力男命(タヂカラヲノミコト)が引っ張り出したんだそう。
天鈿女命は日本で最初のストリッパーと言われ、また、その姿から「楽」という漢字が生まれ、伝統芸能「神楽(かぐら)」は神々が楽しんでいる様子を表現したものとも言われています。
 今回の旅では、そんな神話や逸話を他にも沢山聞く事が出来ました。これまで、神々の系図を見ても、名前を読むだけで一苦労でしたが、今回の旅を通じて、神話の世界の神々がより身近に感じられるようになりました。(関根)

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2018年1月24日 (水)

ブログ移転のおしらせ

平素よりユーラシア旅行社の添乗員ブログ「添乗見聞録をご覧くださり誠にありがとうございます。

当ブログはサイト移転に伴い、2018年1月より、下記のアドレスに移転しました。

今後は新ページから更新いたします。
何卒宜しくお願いいたします。
なお、ブックマーク・リンクなどを設定されている方は、併せてご変更をお願いいたします。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

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2018年1月16日 (火)

マウンテンゴリラに会いに密林へ(ウガンダ)

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先日、ウガンダスペシャルのツアーから帰国致しました。アフリカ=サバンナなどと荒涼な風景を思い浮かべますが、ビクトリア湖や火山帯を有するウガンダは緑が美しい国です。特にルワンダ・コンゴ民主共和国との国境近くにある、ブウィンディ原生森林公園の地域は特に深い森林地帯となっており、標高2000m級の丘にも畑が作られ、棚田が広がっている美しい風景が見られます。
 そしてこの地域はマウンテンゴリラが生息する世界的にも珍しい地域です。ウガンダ、ルワンダ、コンゴ民主共和国の3カ国にのみ生息し、現在は密猟などで800頭程しかいないと言われる絶滅危機にある動物です。その上、世界中どこの動物園を探しても飼育はされていない、そんなマウンテンゴリラの全体の約半分はウガンダの密林の中に住んでいます。
今回のツアーではそんなマウンテンゴリラ達に会いに行ってまいりました。標高2600mと少し高い所にあるため涼しいくらいの気温で快適、ガイドと荷物を持って急な斜面を一緒に登ってくれる頼もしいポーター達と合流し、森林へ入っていきます。基本は見つけるまでに何時間も要するトレッキングですが、ゴリラの居場所によってはもっと長かったり、短かったりと運次第!私達は、すぐにトレッカーと合流でき、歩いて10分ほどでゴリラに遭遇できました。トレッカーとはあらかじめ早朝に森に入り、ゴリラの居場所を探しておいてくれる心強い仲間です。トレッカー達がゴリラの場所まで導いてくれます。急斜面で、深い茂みを掻き分けていく為、足をどこへ置けば良いのか分からないくらいですが、腐葉土の香りに包まれゴリラの棲み処に来た!という気分になります。

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 森を進むと、気づかないうちにゴリラが頭上に!オスの年長ゴリラ、シルバーバックでした。ムシャムシャと草を食べているところを5メートルの距離で観察。迫力満点で自然と息を潜めてしまいました。ゴリラは凶暴なイメージがありますが、危害を加えなければ、非常に大人しく、頭をポリポリ掻いたり、人間のような仕草するかわいらしい動物なのです。さらに観察していると子ゴリラもやってきました。私達、観光客がいても木に登ったり、くるくる回って遊んだり無邪気な姿が見られました。あまりの子ゴリラのかわいさに一同、心を奪われてしまいました。

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 ゴリラ保護のため観察時間は1時間、またゴリラの一家族につき8人までの観察と厳しく決まっています。時間いっぱいゴリラを追いかけ、山を登ったり、降りたり。ゴリラを見るためであれば過酷な道でも何のその!と思える癒しツアーでした。(杉林)

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2018年1月12日 (金)

2018年、初日の出の奇跡(ナミビア)

 この度、ユーラシア旅行社の「ナミブ砂漠と星空ハイライト 8日間」より帰国しました。
 年越しツアーだったので、過去の様々な年越しを思い出してみました。
 カンボジアでの年越しはアンコールワット。蒸し暑い朝、遺跡の前で日の出を待ちました。後光のように差す光はとても神々しくて、思わず合掌していたのを覚えています。
 タンザニアでの年越しも印象的です。大みそかは夜11時頃にカウントダウンパーティが終了しみんなさっさと部屋に戻ってしまいました。元旦は早朝から出かけて、サバンナの地平線に昇る朝日を眺めました。その後のサファリでは豹に出会えて幸先良い一年のスタートを切りました。
 スペインに行った時は飛行機の中で新年を迎え、機内アナウンスもなくガッカリした記憶があります。笑。

デットフレイ朝日の奇跡

 元旦と言えば、日の出の写真撮影にも気合が入ります。これまでは「遺跡と日の出」や「地平線と日の出」など、絵になる初日の出を撮ることに躍起になっていましたが、今年は正反対。太陽には全く目もくれず、逆に背を向けて、絵になるポイントを探し歩きました。
 それもそのはず、今年はナミブ砂漠国立公園の「デットフレイ」で新年を迎えたのです。
 デットフレイは、数年前、雑誌ナショナルジオグラフィックの表紙を飾った「まるで絵画のように見える景色」として一躍有名になった場所。
 世界最古というナミブ砂漠の最深部、アプリコット色の砂丘に囲まれた沼地跡です。1000年前には水があったという場所ですが、現在は白くひび割れた大地と枯れた木が物悲しく佇んでいます。

デットフレイ朝日の奇跡2

 「朝日の奇跡」と呼ばれる光景は、日の出からほんの少しの間だけ目にする事が出来る絶景です。昇った太陽の光が砂丘を越えて差し込み反対側の砂丘に当たると、暗かった世界が一気に鮮やかなオレンジ色に変わります。上から下に徐々に日が差すため、まだ日の当たっていない大地と枯れ木は海の底のような暗さです。光と影が作り出す幻想的で美しい風景が、写真に撮ると本当に絵のような絶景として写るのです。
 日に照らされた砂丘は本当に美しく、刻一刻と変わる色を見ているだけでも感動できます。でも、奇跡の写真を撮りたい人は「何としても日が差す前に場所を決めないと!」と場所選びに真剣です。存在が既にアート作品のような枯れ木や、完成後に効果が表れる砂丘に生える草、光の差し込む方角と角度など、より幻想的な写真を撮るためにはシュミュレーションがとても重要だと感じました。
 

デットフレイ朝日の奇跡3

このツアーでは国立公園内唯一の宿泊所・ソッサスデューンロッジに宿泊しました。日の出の時間に国立公園のゲートが開くので、公園外の宿では奇跡の時間帯にデットフレイに辿り着けません。  
 私達はまだ月が煌々と輝いている(この日はスーパームーンでした)時間にデットフレイを目指しました。寒いし、眠いし、道はガタガタだし、砂丘を歩くのは大変ですが、この奇跡を目の当たりに出来る事を思えばなんてことはありません。
 数あるナミビアのツアーの中でも、ナミブ砂漠国立公園内のロッジに宿泊できるのはほんの一部だけです。今回は限られたチャンスをしっかり物にする事ができました!
 2018年も良い年になりそうです。(関根)
※ユーラシア旅行社では2018年6月までの一部のツアーで国立公園内に宿泊します。

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2018年1月11日 (木)

キプロスで食べられる様々な名物料理

ハルミチーズ
先日、「アフロディーテの休日、キプロス島ハイライト 6日間」から帰国致しました。
年末年始の特別企画ということで、キプロス島のハイライトとなる部分を回るツアーです。
キプロス島の面積は、四国の半分ほどしかありませんが、パフォス考古遺跡・トロードス地方の壁画聖堂群・キロキティア古代遺跡と、3つの世界遺産があり、見どころも満載です。
観光地もたくさんありますが、キプロスは多くの名物料理があり、食事も楽しむことができます。

島国なので、海鮮も種類が豊富です。日本とは異なり、火が通っていないものを食べる習慣はありませんので、揚げ物が中心ではありますが、イカやエビなどの海鮮料理がありました。小皿料理で出てくるので、少しずつ様々な料理を楽しむことが出来ます。
海鮮料理の他にも、豚肉や鶏肉の串焼きであるスブラキや、羊肉をかまどで蒸し焼きにしたクラフティコ、羊乳とヤギ乳で作られるハルミチーズなど多くの名物料理があります。
ハルミチーズは、もちろん生でサラダと共に食べるのもおいしいですが、特にお客様にも好評だったのが焼きハルミチーズ。焼いたハルミチーズをピタパンに挟むだけ。シンプルな料理ではありますが、もちもちしたピタパンとハルミチーズの相性は抜群!とても美味です。
スブラキはシルクロードでよく見るシシカバブに似ています。
スブラキ

キプロスは、中近東・ヨーロッパ・エジプトと距離がとても近く、ヨーロッパながら文化が混在しています。
食事からもキプロスならではの文化を楽しむことができました。(椎野)

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2018年1月10日 (水)

広がり続ける大地溝帯と生きるエチオピア

ダナキル砂漠のダロール火山

先日「ダナキル砂漠と北エチオピアの世界遺産周遊 13日間」から戻りました。
12/22~1/3までの旅、クリスマスだお正月だと賑わっていたと日本とは異なり、独自の暦を使っているエチオピアではクリスマスは1/7、新年にいたっては9/11ですので、まったく特別感のない“通常営業”です。嬉しいことと言えば、エチオピアは今、2010年。7年若返りの旅ができることでしょうか。
さて、近年エチオピアで注目を浴びるのは、ダナキル砂漠とエルタアレ火山。でも今回の旅、せっかく17時間もかけてエチオピアまで行くのであれば…当社の旅のテーマは「自然、人間、文明」ですから、人間=南部の少数民族との出会い、文明=エチオピアの始まりであるアクスム王朝と宗教の聖地ラリベラ、色々回りました。

聖地ラリベラの聖ジョージ教会

とはいえやはり、エチオピアの自然は多様で、特別な場所に位置していることを感じさせます。
車や飛行機での移動中に見るのは、その起伏に富んだ…富みすぎたエチオピアの大地。平らだったエチオピア高原が大地溝帯によって分断されたのち、何万年もかけて雨風に浸食されて無数の谷を生み、国の北部は山あり谷ありの複雑な地形。直線距離だとすぐそこなのに、谷を越えないと行けない場所ばかりです。しかし、その谷が名もない大渓谷となっていて、車中で幾度となく驚かされるのです。
そして、国を北東から南西に貫く大地溝帯の存在自体が圧巻。今でも活動が続くダナキル砂漠では、ダロール火山やエルタ・アレ火山がその代表。ガスやマグマを噴出しながら現在進行形で大地を形成している景観は、他にはない絶景。それはもちろんのことながら、個人的には「今も大地が広がっている…いつか大陸から分裂しちゃうかも!?」と興奮してしまいます。余談ですが、同じような場所のアイスランドへ行った時にも「ここで大地が生まれて、しかも、日本の近くで沈んでいくのか…」と考えたら興奮したものです。

南部の中心都市アルバミンチから眺める大地溝帯

エチオピア南部へ行くと、ここにも大地溝帯が走っています。荒涼としたダナキル砂漠とは異なり、標高は1500m程までアップ。湖や緑が広がり生物が多く生息する地域です。今回はこの大地溝帯の景色を見下ろすロッジで宿泊。初日の出もこの場所で迎えることとなりました。ダナキル砂漠と南部エチオピアは同じ大地溝帯でも真逆の風景。地球はなかなかに凝った演出をするものです。
エチオピアはその歴史約3000年に渡り独立を保って文明を紡いできた国。この複雑で特異な地形が、それに一役買っていたのかもしれません。(江間)

ユーラシア旅行社で行く北エチオピアツアーの魅力はこちら
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2018年1月 9日 (火)

奴隷海岸を歩いて思ったこと(西アフリカのガーナ)

先日、西アフリカのベナン、トーゴ、ガーナ3ヶ国を巡るツアーから帰国しました。

西アフリカ一帯は年間を通して気温が30℃前後の熱帯地域です。
11月~4月の乾季は比較的過ごし易い気候と言われていますが、沿岸部などは海風で湿気が多く、熱帯特有のねっとり肌に纏わりつくような重い空気の中で汗をかきかき、観光をしてきました。
今回のツアーの中では、西アフリカの土着信仰であるブードゥー教やガーナのアクラで黄熱病の研究に携わった野口英世の研究室、世界遺産のダホメ王国の宮殿跡など見どころは多くありましたが、私が一番印象に残ったのは、現地で知り、体感した奴隷貿易のことでした。

今まで奴隷貿易と言えば、アフリカ大陸にずかずかと勝手に踏み込んできた白人達が力ずくでアフリカ人を連行し、奴隷船に寿司詰めにして運び去ったという思い込みがあったのですが、実際のところは同じアフリカ人の奴隷商人もしくはアフリカ人の王国が現地で強制的に奴隷をかき集め、白人達に売っていたのです。
また「奴隷海岸」で有名なベナンからトーゴ、ガーナに至る海岸線にはポルトガルやスペイン、英国、フランスやオランダ、デンマーク、スウェーデンが造った、数百か所以上もの要塞兼奴隷収容所が数珠繋ぎのように点在しています。アフリカ人の奴隷商人から奴隷を買い取った列強の国々は海岸に造ったこの要塞内に奴隷たちを押し込めていました。

光もろくに差し込まない暗くてジメジメした狭い地下牢。
実際に踏み混んでみると空気がよどみ、一瞬でじっとりと汗が噴き出てきます。
重い木製の扉を閉めてみると、昼間でも真っ暗。勿論風呂もなければトイレもありません。
奴隷船がやってくるまで約3ヵ月間。
一つの要塞につき、約1000人。
一つの部屋につき、約200~400人。
こんな蒸し暑く小さな空間に人間をギュウギュウ詰めにして何日も閉じ込めておくなんて正気の沙汰じゃない。
しかもここが始まりで、もっと過酷な奴隷船に積まれて9ヵ月間も航海し、
辿り着いた地では永遠に奴隷としてこき使われるのです。

奴隷や奴隷船のひどい話は今まで何度も聞いたり読んだりしたことがありましたが、
実際に訪れて地下牢の暗さと狭さ、そして暑さなどを感じながら、彼らがおかれた同じ場所に立ってみると、想像を遥かに越える劣悪で、過酷な場所だったことを痛感しました。

奴隷海岸の平和な風景

今現在の奴隷海岸はあたかも何もなかったかのように静かで、時おり子供たちが犬と一緒に波打ち際をのんびり歩いています。
丸く見える水平線を見渡し、奴隷たちが辿った過酷な旅を想うと胸が苦しくなりました。
(上田)

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2017年12月29日 (金)

サンティアゴ・デ・クーバの魅力(キューバ)

ビランのカストロが座った実際のイス

 先日、「カリブの楽園、じっくりキューバ8都市周遊 9日間」の添乗より戻りました。
このツアーでは、首都ハバナやキューバ最大のリゾート地バラデロはもちろん、革命の火蓋を切ったサンティアゴ・デ・クーバ等合計8都市を巡ります。

 首都ハバナからサンティアゴ・デ・クーバまでは国内線で約1時間程。飛行時間は短いですが、地図で見るとほぼ国土の端から端までの移動。まずここまで来たらバスを走らせてビランへと向かいます。たどり着いた所は、かの有名な革命家フィデル・カストロの生家があります。そこはまるで村のように郵便局や小学校、ホテルやレストランなど生活に必要な施設が建てられていました。現在は施設として機能はしていませんが、カストロが実際に座って授業を受けていた教室のイスまで残されていました。そしてカストロがどんな人物か感じながら、キューバ革命の火蓋を切った歴史的な場所「7月26日モンカダ兵営博物館」や、カストロの墓がある「サンタ・イフィヘニア墓地」にも訪問。そして1959年1月1日にカストロが革命の勝利を宣言した「セスペデス広場」にもご案内しました。

セスペデス広場

 キューバにはビーチリゾートや音楽、食事にお酒にクラシックカーに楽しいことはたくさんありますが、サンティアゴ・デ・クーバは現在までのキューバの歴史を語る上で、欠かせない重要な場所です。(森)

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2017年12月28日 (木)

地上からも上空からもヒマラヤ山脈とアンナプルナ山群を堪能!(ネパール)

先日「ネパール・ヒマラヤを望むリゾートホテルと二大遊覧飛行 9日間」から帰国しました。
ネパールと聞いて何を思い浮かべますか?‥‥ほとんどの方が「ヒマラヤ山脈」を思い浮かべるでしょう。
ヒマラヤ山脈は、西はパキスタン北部インダス川上流域から、東はブラマプトラ川大屈曲部まで続き、ブータン、中国、インド、ネパール、パキスタンの5つの国にまたがっています最高峰8848mのエベレストを筆頭に、世界の高峰トップ10の山はすべてヒマラヤ山脈に属しています。その中でもネパールは、8000m級の山が8座ある山大国なのです。
今回そんなヒマラヤを地上からだけではなく、遊覧飛行にて上空からもご堪能いただきました。
イエティ航空(イエティ=雪男)というネパールらしい航空会社の飛行機に乗り、いざヒマラヤへ!
今回は雲一つない青空の元、遊覧飛行をお楽しみいただきました。
この遊覧飛行は特別に、コックピットにも入れてくれるのです。

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「あれがエベレストだよ!」と山の名前を機長さんたちが教えてくれます。

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ヒマラヤ山脈が有名ですが、ネパールを語る上で忘れてはいけない山脈がもう一つあります。
それは「アンナプルナ山群」です。
最高峰はアンナプルナⅠであり、8091mです。その近くにはマチャプチャレ(標高6993m)という山があります。この天に突き刺さるような形‥‥どこかで見たことがありませんか?

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スイスにあるマッターホルンにそっくりです。そのため、ネパールのマッターホルンとも呼ばれています。
実はこの山、まだ人間が登頂したことがない山なのです。
シヴァ神に関連する神聖な山とされているため地元住民によって崇敬されており、登山が禁止されています。
かつてイギリスの登山隊が足を踏み入れたことがありますが、50ⅿ過ぎたところで撤退しました。
アンナプルナ山群は、首都カトマンズの西側に位置する第二の都市・ポカラで見ることができます。ポカラでは目の前に山群が広がるヒマラヤフロントホテルにご宿泊。
部屋の窓にはドーーーーン!とアンナプルナ山群が広がります。

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また出入り自由な最上階の展望台からもアンナプルナ山群を望むことができます。
1階のレストランからも望むことができるので、いつもの朝食よりもなんだか優雅な気分になりました。

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そしてアンナプルナでも遊覧飛行に挑戦。
マチャプチャレは魚の尾を意味します。地上からだと全く分かりませんが、上空から見ると本当に魚の尾の形をしています。
山は天気や少しの雲の動きによって見える姿が変わるので、姿を見せてくれないことがしょっちゅうあります。
だからこそ綺麗に見えた瞬間は感動します。
次訪れた際にはまた違う顔を見せてくれるのかと楽しみにしながら、帰路につきました。(白井)

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2017年12月27日 (水)

酸っぱいけど甘辛い?カンボジアの「お漬け物」

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先日、「アンコール遺跡を極める旅 9日間」の旅より帰国しました。カンボジアは、雨季が明け乾季へと移り変わる真最中でした。
どの国に行っても、ガイドさんがその地域ごとの食べ物を紹介してくれますが、カンボジアで、見たり聞いたりはするけれども食べないのが「手作りのお漬け物」です。
今回はプノンペンのセントラルマーケットでの自由時間中に、お漬け物の売り子さんを見つけました。

カンボジア料理は、酸っぱさ・甘さ・マイルドな辛さが特徴です。カンボジアのお漬け物は、その3種類の味覚を一気に味わうことが出来ます。なんと、酸っぱいお漬け物に唐辛子入りのお砂糖をつけて食べる、というのが現地流の食べ方なのです。中でも、遺跡近くの高木に実がなっているタマリンドを使ったお漬け物が印象的でした。

タマリンドは20mほどの高木なので、ロープを使って登らないと実を取ることが出来ません。時には家族総出でその実を取るのだとか。お父さんがロープで木の上まで登り、子供たちが下で実を受け取る、その実を選別するのがお母さんの役目です。こうした家族の連携からお漬け物となって売られているタマリンドを見ると、味見してみたいという欲が湧いてきますが、今回も時間が無く、レストランにも無く、実際に食べることは出来ませんでした。ガイドさんから現地人でないと食べてはいけないと言われると余計に食べたくなってしまいます。その味を想像しつつ、今度こっそり食べてみようと思います。(近野)

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«山奥にたたずむ要塞?客家土楼とそこで暮らす人々(中国)