2017年4月27日 (木)

ベリーズ、ブルーホールを泳ぎ、巨大な洞窟を探検!

先日「ブルーホールを空と海から満喫!カリブの煌めき、ベリーズ周遊8日間」の添乗より帰国しました。現地でよくお客様が、「今度ベリーズに行ってくるね」と周りの人に言うと、「ベリーズ?どこそれ、国?」という質問が返ってくるとおっしゃっていました。確かに、数ある世界の国々の中でも存在感の薄いベリーズ。「ブルーホールのある国だよ」というと、わかってくれる方がちらほらいるくらい。中米メキシコとグアテマラに挟まれたこの小さな国のことを知っている人は少ないのではないでしょうか。そして、行ったことがある人も、ブルーホールの観光だけして隣の国へ、なんてこともしばしば。今回のツアーでは、そんなベリーズに8日間滞在したので、ベリーズの魅力を十分に満喫していただくことができたのではないでしょうか。
ベリーズの旧首都ベリーズシティからボートに乗ることやく2時間、世界遺産の海、ベリーズバリアリーフに到着します。せっかくベリーズまでやってきたのなら、この海でのんびりして頂きたいものです。沖の方へ進むにつれて海の色がどんどん透き通ったエメラルドグリーンに変わっていきます。きらきら輝く海を見ていると、エイが泳いでいる影や、トビウオが見えました。そして私たちを歓迎するかのように表れたイルカの群れ!ボートを追いかけるように、何度もジャンプをしてその姿を見せてくれました。これにはお客様も大喜び!イルカを始め、様々な生物が住んでいるこの海。なんと、出会うことはできませんがマナティーも生息しているのです。

現れたイルカの群れ

エメラルドグリーンの海に浮かぶ、ハーフムーン島という小さな島でボートを降り、ここでシュノーケリングをします。たくさんのスタッフが手取り足取り教えてくれ、サポートも万全。救命胴衣もあるのでまったく泳げない方も楽しめます。サンゴ礁にはたっくさんの魚!

たくさんの魚

ゆったりと泳ぐエイがすぐ近くを横切ったりすることも。

横切るエイ

ここだけでも、日本ではなかなか見られないような美しい海の世界が満喫できるのですが、ここでのシュノーケリング体験はほんの序章にすぎません。ブルーホールでシュノーケリングをする為の練習でもありました。ハーフムーン島からまたボートに乗って30分の所に、グレート・ブルーホールがあります。遊覧飛行のイメージが強いブルーホールですが、水面下も素晴らしいもの。サンゴ礁のなかにぽっかりと空いた穴は深さ約200メートル。ホールの淵をぐるりと周るように泳ぎました。淵はサンゴでびっしりと彩られ、時を忘れてしまうような美しさ。

ブルーホールの中

もちろん遊覧飛行もお楽しみいただきました。一度泳いだとなると、やはり感動もひとしお。

ブルーホールの遊覧飛行

海から離れがたく感じてしまうほどですが、陸の観光も盛りだくさんです。今、一部の旅行者の間で注目を集めている、アクトゥン・チュニチル・ムクナル洞窟(通称:ATM洞窟)にも行ってまいりました。なにやらお金のにおいがするこの洞窟。古代マヤの人々が儀式にも使っていたふる~い鍾乳洞です。ここでは、なんと、インディ・ジョーンズばりの大冒険ができるのです。残念ながら、カメラの持ち込みが完全に禁止されているので写真はないのですが、深い川を泳いで渡り、1時間のジャングルウォークの末、姿を現す鍾乳洞に、救命胴衣とヘッドライトを装着して入っていきます。洞窟にたどり着くまでも、辿り着いてからもアドベンチャーの連続!!光の無い洞窟の中を進むこと約3時間、中に広がる鍾乳石の空間に息をのむほどでした。そして、岩をよじ登ったり、洞窟の中の水たまり(足がつかないほど深い)を泳いで渡ったりしながら、また外の光に当たった時には、何とも言えない不思議な高揚感に包まれました。これはもう、本当に言った人にしかわからないものだと思います。とにもかくにも、冒険の連続した、ベリーズ周遊でした。(留置)

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2017年4月26日 (水)

南国情緒溢れる、南インドでのんびり優雅なひと時を

先日、「南インドの楽園ケーララとドラヴィダ文化探訪 8日間」の添乗より帰国致しました。旅の前半では、チェンナイ、マドゥライのヒンドゥー教寺院を巡り、中盤ではインド亜大陸最南端コモリン岬で3つの海が出会う地点で朝日と夕日の鑑賞、後半ではコチンのキリスト教の教会や奇抜なお化粧が特徴のカタカリダンスを堪能しました。

インドと言えば、クラクションが鳴り響き、道路には牛が自由に闊歩している光景を思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。実は、そんな我々が思い描くインドのイメージは北部のもので、今回訪れた南部では、今までの固定概念が覆りました!というのも、アーリア系民族が多い北とドラヴィダ系民族が多い南とでは、文化が異なっています。たとえば、主食で比べるなら、北は小麦粉といったナン、南は米、カレーも北は少し粘り気があるカレー、南はさらさらとしたカレーです。

バックウォータークルーズ

中でも、北との大きな違いは、のんびり、ゆったりとした時間の流れです。
それを体感できるのは、旅の後半、ヤシの木茂るケーララ州の「バックウォータークルーズ」です。
ベット・シャワー・お手洗いが備え付けられた個室が3、4つある船に乗り込んでトタパリからアレッピ間をクルーズします。そよ風が何ともいえないほど心地良く、のどかな田園風景を眺め、インドのビール「キングフィッシャー」を飲みながらキングフィッシャー(かわせみ)探したりと、贅沢な時間を各々過ごすことができます。日没後は、各船で夕食を頂き、虫の声に耳を傾けながら眠りにつきます。ふと目が覚めて、デッキへ出てみると満点の星空。そして朝は、鳥のさえずりで目を覚ますという極上の贅沢。真っ赤な朝日がヤシの木の間から顔を出す光景は感無量でした。

朝日

そこには、クラクションの音はなく、自然の音のみ。テレビやインターネットを見ることができない環境ですが、心が安らぐ極上の時間を南インドで過ごすことができました。(角田)

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2017年4月25日 (火)

ナウルズの伝統行事「ブズカシ」とは?(ウズベキスタン)

ブズカシ1

先日、ユーラシア旅行社の「春を祝うナウルズの季節に行く!ウズベキスタン世界遺産周遊 9日間」のツアーより帰国致しました。
「ナウルズ」とは中央アジア諸国やイランなどかつてゾロアスター教を信仰していた国々で今も残る、春の訪れを祝うお祭りです。とりわけウズベキスタンでは、毎年春分の日に当たる3月21日が祝日となります。今回のツアーでは、そのナウルズの雰囲気を味わうことができました。訪れたウズベキスタン各地では盛大な賑わいが見られ、街中は民族衣装を身に纏った人たちでごった返していました。

ウズベク人の女の子

そしていろいろな催し物が行われますが、中でも代表的なのが「ブズカシ」と呼ばれる伝統的騎馬ゲームです。ルールはいたって簡単。頭を切り落とされた(!)1頭の山羊をボールに見立てて、それを20~30人の男たちが奪い合い、ゴール地点まで運んだ人が勝ち、いわば「騎馬ラグビー」といったところでしょうか?ただし頭を切り落とされたとはいえ、ボールよりもはるかに重い1頭の山羊をたった1人で馬に乗ったまま運ぶのですから、途中で重さに耐えきれず落としてしまったり、他のプレイヤーに妨害されたりするなど、一筋縄ではいきません。まさに肉弾戦で、中には落馬をするプレイヤーも。ゲームがスタートしてからゴールまで10分以上かかることもあります。

ブズカシ2

ではなぜ皆そこまで命がけで戦うのか?実はこの競技、お金持ちの人がスポンサーとなり、1ゲーム毎に賞金や賞品をもらうことができます。中には奥さんからプレッシャーをかけられている旦那さんも、ここで男を見せるため必死に戦っているのがわかります。ただ、これはあくまでもお祭りの中の一行事。勝負がついても決して遺恨はなく、皆健闘をたたえ合っていました。やはり国は違えどもスポーツマン精神は同じと感心。ちなみに私はガイドさんから「斉藤さんもスポンサーになってみては?」と言われましたが、丁重にお断りしました(笑)。(斉藤信)

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2017年4月21日 (金)

昔の日本を思い出す国、ラオス

先日、ラオス7日間のツアーより戻りました。ラオスは東南アジアの中でも一際素朴な雰囲気が残り豊かな自然に恵まれた国です。国を南北に母なるメコン川が貫き、現地の人々の交通手段であるスローボートが何艘も連なって進んでいきます。ラオスの景勝地“バンビエン”はラオスの桂林と言われており、移りゆく景色を堪能しながらまったりとしたクルージングが、観光客に人気です。

そんな自然豊かなラオスをご旅行している間、各都市の観光地を巡ることはもちろんですが、私が特に楽しみしているのは、素朴ながらも日本人の口にあうラオスの食事です。周辺のベトナムやタイといった東南アジア料理の王道とは異なる食文化が残されています。絶対食べていただきたいのはなんといっても、ティップカオと呼ばれる竹筒に入っているもち米。ラオスの人々の主食です。他にも、川魚や野菜料理もありますが、もち米単品でもやみつきになるほど美味しいのです。昔ながらの調理方法を用いていることがほとんどで、なんとなく手作り感に溢れています。現地の人々は、おかずを箸でとり、もち米を手にとって丸めながら食べていました。ごま塩をかければ、美味しさ倍増!今後、ラオスにご旅行をご検討の方は、ごま塩を忘れずにお持ちください。

ラオスご飯

美味しい料理だけでなく人もとても魅力的です。ラオスの人はとても人懐こく、ときに優しく声をかけてきてくれます。旅の途中で出会った子供達が、手を振る私達に抱きついて、はしゃいでいる姿をみたとき、その無邪気さにお客様が笑みをこぼしていました。
そして、そんな子供達と別れた後、今回のご旅行の最後にお客様が仰った言葉が印象に残っています。

出会った子供達

「ここはまるで、50年前の日本のようだ。」
その素朴さが魅力の国、ラオス。どこか、懐かしい雰囲気が漂い、なんとなく安心してしまうような愛おしさを感じることができました。(堤)

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2017年4月20日 (木)

マルタの中世にタイムスリップ~十字架を背負い戦った聖ヨハネ騎士団~

先日「陽光のマルタをめぐる~5つ星ホテルに5連泊~8日間」のツアーより帰国しました。
イタリア南西のシチリア島、そのまた南西に小さな島国マルタ共和国は位置しています。その面積は、琵琶湖や東京23区の半分ほどしかありません。しかしそんな小国には、エジプトのピラミッドよりも古い巨石文明の遺跡が至る所に残っています。今回は野花も咲いていて、遺跡も華やいでいました。
また中世の歴史を彩るのが、聖ヨハネ騎士団、別名マルタ騎士団です。彼らはエルサレムの病院を警護するために組織されました。その後、イスラム教徒に追われ、各地を転々とし最後マルタを拠点としました。オスマン帝国と戦い、勝利をもたらすという歴史的出来事を成し遂げたのも彼らです。
今回の旅では、そんな中世のマルタ騎士団の日々の軍事演習を現代に甦らせるインガーディアというお祭りにご案内しました。このイベントは首都であり世界遺産の街ヴァレッタのエルモ砦の広場で行われます。
砦に入ると、辺りを騎士団の格好をした人たちが歩いていて、中世にタイムスリップしたかのよう。太鼓の音がタタタンとなり、いよいよ訓練の始まりです。広場の一番前には白髪と長いひげの素敵な騎士団長が座ります。まず、太鼓とトランペットを先頭に総勢50名ほどの騎士団たちの行進。皆おそろいの背中にマルタの軍旗の模様の入った衣装を身に着けています。ちなみに、マルタの軍旗は、赤字に白の十字が入ったものです。マルタの街中至る所で、この軍旗を見ることができます。マルタ国民のマルタ騎士団への思いが感じられます。

街に掲げられたマルタ騎士団の軍旗

さて、行進が終わるとインガーディアの見どころ、剣士達の1対1の訓練が始まります。剣士たちは衣装も背格好も人それぞれ。ぽっちゃりした剣士が身軽に攻撃を交わし、剣で相手の帽子をパサッと落とすところは見ものでした。また、足をひきずって戦う迫真の演技をする剣士もいました。
最後は、火縄銃の大きな音が砦中に響き渡り終演。

マルタ十字を背負った騎士団員

当時の騎士団たちが実際に身に着けていた甲冑や兜、鉄砲は、同じヴァレッタにある騎士団長の館の武器庫にずらりと陳列されています。兜は重いもので10キロ。全身では50キロにもなります。
インガーディアが終わり、最後は騎士団たちと記念撮影。実は、このイベントに出演する人たちはボランティアなのだそう。やはり、マルタ騎士団はマルタの人たちに愛されているのだと実感しました。(松永)

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2017年4月19日 (水)

森の中から人々を見守り続けたアポロン(キプロス)

先日、「南北キプロス島を極める 8日間」より帰国致しました。地中海の東に位置するこの島は約9000年の歴史を持ち、古くからアジア、アフリカ、ヨーロッパとの交易を盛んに行っていました。キプロス島では銅が多く採掘され、その銅を求めてギリシャ人が移住してきました。そのため、古代ギリシア・ローマ時代の重要な遺跡を多く残しています。
中でも、私の印象に残ったのが、古代都市クリオンの守り神、アポロンの神殿です。

菜の花に囲まれたアポロン神殿

ペロポネソス半島から来たアカイア人によって築かれた古代都市クリオンから2キロほど離れた森の中にアポロン神殿は建てられました。アポロンは、詩と音楽の神であり、農夫と牧夫の守護神、そして、森の守り神でもあったので、森林に囲まれた場所を選んで、人々は神殿を建てました。紀元前8世紀から信仰の中心として栄え、キプロス全土から人々が参拝に来ていました。そのため、神殿のすぐ近くには遠くから来た参拝者のために簡易の宿泊施設があり、その跡も残っています。参拝に来た人々は、神殿に続く道を、貢物を掲げ、踊りながら、また、「私はあなたを愛しています。」と歌いながら進んでいったそうです。
現在は森には囲まれていませんが、3月の下旬ごろは、野花の季節で、神殿の周りには多くの菜の花が咲いていました。菜の花に囲まれたアポロン神殿から、人々が踊る様を見ながら奏でるアポロンの竪琴の音が聞こえてくるようでした。(保坂)

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2017年4月17日 (月)

ローマでバロック美術の巨匠ベルニーニの作品を巡る

先日、「ローマ2800年の歴史に学ぶ 7日間」より帰国しました。
何処を切り取っても絵になるローマの街は一泊や二泊では足りない!と思う方もいらっしゃるのではないでしょうか。今回は、ローマに5連泊し、古代ローマからバロック、近代までローマの2800年の歴史を毎日テーマ毎に深く掘り下げてご案内致しました。
アッピア街道やパンテオンなどの古代ローマ時代の遺構、普段ご案内する事が少ないヴァチカンのピナコテーカ(絵画館)やラファエロの間などもそれぞれ各時代の意向が反映されており、素敵な場所でしたが一番印象に残ったのが、ローマの至る所で見るバロック美術の数々です。

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その中でも、ローマで50年以上に渡り建築、モニュメント、彫刻など様々な分野で多くの傑作を残した人物がイタリアのバロック美術の巨匠ベルニーニ。
『ベルニーニはローマの為に生まれ、ローマはベルニーニの為にある』とローマ教皇に言わしめ、ローマ教皇の庇護を受けながら
臨場感溢れる作品を作り出しました。
彼の作品はスペイン広場「舟の噴水」や、ローマで一番大きいナヴォーナ広場の「四大河の泉」、サン・ピエトロ広場など主要な観光地に点在し、ローマを巡ると自然とベルニーニの作品に出会う事が出来ます。

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ベルニーニの作品の特徴は瞬間的な表情や動作、物の材質感を大理石で表現する他には類を見ない技法。
特に瞬間的な表情を表しているベルニーニの代表的な作品がサンタ・マリア・デッラ・ヴィットリア教会にある「聖テレサの法悦」です。
矢に心臓を射抜かれ法悦に陥った聖女が天使と共に宙に浮かび、天上からの光を浴びて神秘的な姿を醸し出しています。

ベルニーニの作品を見ていると、時代背景やミケランジェロに受けた影響など考えずともハッと心を奪われてしまう瞬間があります、。
イタリアのバロック時代はベルニーニと共に発展し、彼と共に衰退していきました。しかし、古代遺跡が残る古き都ローマはベルニーニの手によって壮大なスケールと絢爛豪華な装飾にあふれる美の都へと変貌を遂げ、その姿は現在も多くの人々の心を捉えています。(三浦)

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2017年4月14日 (金)

金沢先生と巡ったロマネスクの旅、山間の小さな村でぷくぷくマリア様とご対面

先日、ユーラシア旅行社の「金沢百枝さんとゆく カタルーニャ・ロマネスクの旅 7日間」に行ってまいりました。金沢先生は東海大学文学部ヨーロッパ文明学科の教授で、専門は西洋美術、なかでもロマネスクです。
ロマネスク様式とは、ゴシック様式が始まる前の、10世紀末から12世紀にかけて、ヨーロッパで広まっていた建築様式です。彫刻やフレスコ画などの教会装飾を見てみると、あっかんべーをしている動物がいたり、大きな口にキバがずらりと並ぶ怪物がいたり、形式に囚われない、自由で素直な表現方法が魅力の一つです。
カタルーニャはスペイン北東端、フランスとも国境を接する州で、ヨーロッパの中でロマネスク様式が最も早く誕生した地域のひとつでもあります。このカタルーニャ州に属する街、ジローナの大聖堂には、ロマネスク美術の傑作ともいわれる『天地創造のタペストリー』が所蔵されており、金沢先生はこの刺繍布について博士論文を執筆されています。今回は、金沢先生にとっても思い入れの深いジローナを中心に、カタルーニャのロマネスク教会を巡ってまいりました。
金沢先生の解説で見る生の刺繍布はもちろん圧巻でしたが、今回のツアーでの一番のお気に入りは、山間にある小さな村ムーラで訪れたサン・マルティ教会です。ムーラまでの道のりは、対向車に出くわすとちょっとドキッ!とするようなくねくねの山道。実際に出くわすこともありましたが、腕のいいドライバーさんのお蔭で無事に村に辿り着くことができました。山道を一番下まで降りたところにあるムーラは、斜面に張り付くような造りと、茶系で統一された石造りの街並みが素敵な村でした。サン・マルティ教会は11世紀に建てられた教会です。日曜日のミサの時しか開かないため、今回は外観のみの観光。しかし目当てのロマネスク彫刻はちゃんと見ることができました。

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さて、その目当ての彫刻は、サン・マルティ教会のタンパン(扉口の上部)に施されていました。表現されていたのは、聖母マリアとその膝に抱かれたイエス・キリスト、向かって左側にマギ(東方三賢者)、右側に産婆とヨセフ。題材は至って普通ですが、このマリア様、なんだかふっくらしている…。丸みを帯びた顔と体つきは優しげで、見ているだけで福がありそうです。金沢先生曰く、このようにぷくぷくしたマリア様は珍しいのだとか。また、よく見てみると幼子のイエス・キリストは足の指をきゅっと縮めています。シンプルなデザインにみえて細部へのこだわりも感じられます。製作者の意図は全くわかりませんが、だからこそ想像の余地があり、何より見ていてほっこりと温かい気持ちになれる、素敵な彫刻でした。これぞロマネスク!!

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金沢先生の解説に助けられながら、ロマネスク美術と向き合い、心で感じたことにじっと耳を傾け、本当の意味で鑑賞できたように思います。とても貴重な経験でした。(佐藤)

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2017年4月13日 (木)

極寒のシベリア、バイカル湖で氷上ドライブ

 この度、ユーラシア旅行社の「氷結のバイカル湖、聖地オリホン島とシベリア絶景紀行 5日間」より帰国しました。
 東京の真冬よりも寒い3月のシベリアは予想通り白銀の世界。玉ネギドームのロシア教会や田舎町の木造建築、どこまでも続く白樺の林など、ロシアの典型的な景色が雪で埋もれていて夏とは別世界です。

タリツィ木造建築博物館

もちろん、そんな冬景色が見たいが為に極寒のシベリア行ったわけではありません。
 今回の旅の目的は「氷結のバイカル湖」です。
 バイカル湖は琵琶湖の47倍もの大きさ。東京から広島位までの距離の細長い湖という、とにかくバカでかい湖なんです。そんな湖が全部凍ってしまう程のシベリアの寒さ、、、想像するだけで大変ですね。
 

分厚い氷

 ツアーではブリャート人の聖地と言われるオリホン島を訪れました。通常時だとフェリーに乗って島へ行きますが、湖が凍ってしまっているこの時期は、なんと!凍った氷がそのまま道路になるのです。道路標識もちゃんと設置され、氷の上とは思えないくらいスムーズに走れました。

巨大氷

 観光の日は何度も車を止めて周辺の景色と共に氷結バイカルを堪能しました。氷の厚さは70cm~1m位。その下は1620mもの深い谷だと思うとゾッとする時もありましたが、氷が造りだすいろんな表情に夢中いなっているうちにすぐに忘れてしまいました。
 巨大なつららや御神渡りのように盛り上がった氷、氷に閉じ込められた気泡や魚など、一日中見ていても飽きません。
 また、夕焼け時や朝日に染まるシベリアの空がとても美しく、涙がでるほど感動してしまいました。
 ちなみに、氷点下になるシベリアでは涙も凍るかと心配しましたが、その時の気温は-7℃で涙は凍りませんでした。

バイカル湖の夕日

 帰国直前に見た夕日は格別でした。空はオレンジ色に染まり、表面が凍ったバイカル湖から少しずつ氷が剥がれアンガラ川に流れていきます。その行方を見ながら私たちもバスに乗り込み、バイカル湖を後にして町に向かいました。
 もっとここにいたい、明日もまた氷の上を歩きたい、ツアーがもう一日あれば、、、と去りがたい気持ちになりました。(関根)

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2017年4月12日 (水)

音楽の都ウィーンの舞台で「第九」を歌う(オーストリア)

楽友協会での第九コンサート

オーストリアの添乗より戻って参りました。いつもは観光をすることが旅の大きな目的ですが、今回のツアーはいつもとは趣向が異なりました。旅の目的は、「第九」を歌うこと。しかも、音楽の都ウィーン、会場は楽友協会の「黄金の間」です。毎年元旦に豪華な花で飾られた黄金色に輝くホールで開催されるニューイヤーコンサートをテレビで見たことがある方は多いのではないでしょうか。そこと同じステージに立って「第九」を歌うのですから、とても特別な企画のツアーです。

この旅は、日本を出発する前の事前練習会から始まりました。日本全国で申し込みされた参加者約170名が東京で開催された2回の練習会に参加し、徐々に調子を上げていきます。

そしてツアーが出発すると、コンサート前日には楽友協会にあるガラスホールでリハーサルがありました。ここでは日本からの参加者のほかに、ウィーンで応募したボランティアの方の合唱団と4人のソリストも加わりました。指揮者ヴィルト氏の指導で合唱はどんどん声量を増し、まとまっていく様が手に取るようにわかります。

ガラスホールでのリハーサル

そしてコンサートの本番当日です。午前中には「ゲネリハ」です。ウィーンカンマー・オーケストラとソリスト4名、それにウィーン少年合唱団の少年たちが加わり、本番と同じ構成でリハーサル。出演者がここで初めて揃いました。始めのうちは探るように歌いだしましたが、ヴィルト氏の指揮に合わせて各パートがのびのびと歌い始め、歌声はオーケストラに乗ってさらに高らかに響くようになり本番に向けての準備は万端。

その後、夕刻の本番を向かえました。会場は満席です。指揮者がタクトを挙げると静寂に包まれ、ベートーヴェン作曲「交響曲第九番」の演奏が始まりました。ウィーンカンマー・オーケストラの上質な音色が流れます。とても緊張感のある演奏です。第四楽章に入り、合唱部分に入ると「フロイデ!」の歌声がホール内に響き渡りました。オーケストラの音色を相乗し、ホール内の四方八方から包み込むような厚みのある響きです。ぴたりと息のあったオーケストラ、そして合唱の織り成すハーモニーに耳を傾けると、ウィーンで半生を過ごした作曲家ベートーヴェンの志がそこに再現されたと感じ、心が熱くなりました。感動で自然と涙がこみ上げてきたのでした。演奏後の大きな拍手が、その演奏の素晴らしさを物語っていました。
拍手に促されるようにアンコール曲に移りました。曲は「花が咲く」です。このコンサートが開催されたのは3月12日。このコンサートは東日本震災のチャリティーが目的でしたので、震災の犠牲者を追悼するためのアンコール曲です。ウィーン少年合唱団の少年が清らかに歌い上げるパートもあり、この歌声と追悼の思いが犠牲になった人たちの魂に届くよう祈らずにはいられませんでした。

こうして、ウィーン楽友協会の「黄金の間」という、世界に名だたる名ホールでのコンサートは終わりました。興奮冷めやらぬまま、打ち上げパーティを行っているところに、ソリストのソプラノ吉田珠代さんとテノールのジョン・健・ヌッツォさんがお越しくださり、ツアー参加の皆様はさらに大興奮。二人と一緒に撮影した写真は一生の記念になるに違いありません。

クラシックファン垂涎のウィーン楽友協会のステージに立つことが叶う旅。同行して、あの名曲「第九」の完成に至る過程を知ることができました。音楽の都ウィーンで歌った日本人合唱団の歌声は、きっとベートーヴェンの魂にも届いたと信じて旅を終えました。(斎藤さ)

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