2019年1月24日 (木)

ダナキル砂漠で出会った絶景(エチオピア)

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<ダロール火山>

先日、「ダナキル砂漠、エルタアレ火山と聖地ラリベラ 10日間」のツアーから帰国しました。世界一過酷な地とも呼ばれるダナキル砂漠は海抜-100m以上の盆地にあり、夏の暑いときには気温が50度を超えることもあります。何でそんな大変な場所にわざわざ行くの?と思うかもしれませんが、行ってみるとその理由がよくわかります。
ダナキル砂漠からほど近いメケレの町を朝出発し、4WDに揺られ、テント泊をするベースキャンプに着いたのは昼ごろ。一旦テントなどの大荷物をおろし、引き続き観光に出かけます。再び4WDが出発すると、地面は次第に一面白い塩の大地に変わっていきます。気温は既に30度越え。じりじりと太陽が照りつける過酷な環境下でも、アファール族の男性たちはラクダのキャラバンに乗せて運ぶ塩を懸命に切り出していました。
地殻変動による隆起と浸食で生み出された塩の奇岩群の岩陰で同行のコックさんの手作りランチを楽しんだ後は、いよいよ本日のメイン、ダロール火山へ向かいます。ダロール火山は海抜-45m、世界で最も低い噴火口を持つ現在も活動中の活火山です。 暑さ40度近い中、ごつごつとした溶岩石の山肌を登って行くと、まるでご褒美かのように極彩色の絶景が目の前に現れます。地中5km下にはマグマが溜まっていて、雨水や海水が地中に染み込む際に塩や硫黄を含んだ層を通り、マグマに熱されて地表に蒸気として一気に噴出します。冷やされた硫黄は液体化、更には固体化し、黄色く大地を覆うのです。噴出する場所は日に日に変わっていくため、行く度に新しい光景が広がります。

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<アサレ塩湖>

ダロール火山を後にしてアサレ塩湖へ向かうと、今度は塩の大地に水が張り、まるで鏡張りのウユニ塩湖のような景色が現れます。運がいいことに風もなく、湖面にはっきりと姿かたちや色までもが映し出され、疲れも忘れて写真タイム。日が沈む時間になってきたので、そろそろベースキャンプへ戻ります。ベースキャンプへ到着したら、各テントに分かれて荷物整理をし、再び同行コックさんの手作りディナーを頂きます。優しい味付けにほっと一息つきながらふと空を見ると、暗闇に赤い満月が昇りはじめていました。食後は身支度を整えた後には一斉消灯。美しい月明かりの元、絶景続きの一日に満足しながらテントで一夜を明かしました。(日裏)


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2019年1月22日 (火)

変化するミャンマー

先日「ミャンマー紀行7日間」のツアーより帰国致しました。
見どころが満載のミャンマーはアジア最後の秘境とも言われています。

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<ボートで移動する地元の人々>

今回のツアーではミャンマー東部、シャン州のニャウンシエ郡区にあるインレー湖にてボートに乗って遺跡巡りをしました。
ボートに乗っている間は、インレー湖ならではの浮畑やここに住んでいる民族のインダー族たちの暮らしぶりを見学することが出来ました。

インダー族にとってインレー湖の水は生きる上でなくてはならないものです。

毎日食卓に出てくる魚や野菜は湖で取れますし、飲み水以外、洗濯やお風呂などは全て湖の水を使用しています。
移動する時はもちろんボートを使いますからボートは一家に一艘で日本の車と同じ感覚。
また、現在は禁止されていますが昔は水葬をしていたそうです。

このように人々の生活を支えるインレー湖ですが実は最近、観光客が増えたことによるゴミや排水の問題、そして新しくホテル(コテージ)を建設する為の森林伐採により湖の水位は低下しているそうです。

その影響によりによりインダー族の漁業方法も変化しつつあります。
インダー族といえばあの竹と網で作られた独特の用具を使って漁業をする姿が特徴的でしたが最近では普通の網を使用する漁師が増えています。

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<独特の用具を使い伝統的な漁を行うインダー族の漁師(イメージ)>

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<網を使い、現代的な方法で漁を行うインダー族>

確かに4年前に訪れた時よりも独特の用具を使って魚を捕らえる漁師さんの数は減っていたように感じました。漁の方法も変わり、より効率的に便利になっていくことは良いことですが少し寂しさも感じました。

未だにロヒンギャ問題など課題はあるものの、新しい交通手段や観光スポットが出来、物凄いスピードで変化し続けるミャンマー。
今後どのような国になっていくのか、注目していきたいと思いました。(岡本)


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2019年1月17日 (木)

キューバ人家庭を訪問(キューバ)

先日、「カリブの楽園、じっくりキューバ8都市周遊 9日間」の添乗から帰国いたしました。
連日30℃を超える暑さでしばらく日本の寒さとはさようなら。
2019年はキューバ革命が起こり、カストロ政権が樹立して60周年の節目の年です。
首都ハバナはもちろんのこと、キューバ革命ゆかりの地サンティアゴ・デ・クーバやサンタクララ、石畳の街並みが美しい古都トリニダーに、フランス人によって発展していったシエンフエゴス等、キューバのハイライトが詰まったツアーでした。

以前より、現地キューバ人と触れ合いたいとの声にお応えし、今回のツアーではキューバ人家庭を訪問してきました。お邪魔したのはダグマリさんのご家庭。ダグマリさんのご両親、ダグマリさんご夫妻、そしてダグマリさんのお子さん達の3世代が3階建ての家に同居しています。

ダグマリさんには2人のお子さんがいますが、キューバでは教育は無料!大学の学費もかからないので、自分の努力次第で何にでもなることができます。将来、良い職業に就きたい人は一生懸命勉強するようです。

無料なのは教育だけではありません。医療も無料です。キューバでは医師を外国へ派遣するなどしており、医療技術も発展しています。

また、完全に無料ではないものの、限りなく安い値段で食糧が配給されます。キューバ国民は配給手帳を持っており、配給が実施される日に手帳を持って品物を買いに行きます。毎月決まった量の米、砂糖、コーヒー、卵、食用油やお肉にパンなどを買うことができます。しかし、この配給される量では全然足りず、不足分は市場等で何倍もする値段で買うそう。ダグマリさんが子供だった頃には色々なおもちゃの配給もあったようですが、今ではおもちゃの種類も減っているとのこと。
食糧が足りていないキューバですが、キューバ人はとっても明るい!
足りないものがあれば隣人同士で分け与えあう。困っている人がいればお互いに助け合う。
昔の日本にあった光景がキューバにありました。

その他、キューバについて色々なお話を聞かせていただいたり、お宅の中を見学させていただいたりと大変お世話になりました。
明るさと優しさに包まれた国、キューバで癒されたことは言うまでありません。(豊田)

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2019年1月15日 (火)

ウユニ塩湖でトリック写真大会開催!(ボリビア)

先日、「マチュピチュ、ナスカの地上絵とウユニ塩湖11日間」のツアーより帰国しました。

南米には遺跡も自然も盛りだくさん。私も特に好きな地域でもありますが、中でも今回はペルーとボリビアの2カ国の代名詞ともいえる観光地を堪能してきました。ペルーは、沿岸部のリマに始まり、インカ帝国時代の中心都市クスコや世界遺産マチュピチュへと高度順応しながらそれぞれの魅力を堪能しました。

中でも皆様が楽しみにしていたのは、ボリビアのウユニ塩湖。近年テレビや雑誌で話題となり観光客が急増している絶景ポイント。標高3656mの高地になぜ約1万2000平方キロメートルにも及ぶ大塩湖が誕生したのでしょう。実は元々海底だったところが、数百万年前にアンデス山脈が隆起した際、海底ごと持ち上げられ海水が干上がり、現在に見られるように平原に塩湖が残りました。

現地では到着した夜に大雨が降ってくれたおかげか、翌日以降はたっぷりの水量と青い空で見事な鏡張りを見ることが出来ました。

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<鏡張りのウユニ塩湖>

また、ツアーで参加するからこそできるのが、グループの皆様で協力して撮るトリック写真!現地ガイドさんが様々なアイテムを持ってきてくれて、いざ撮影大会!

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<カラフル椅子を使ってトリック写真>

鏡張りの写真から真っ白な塩の平原で目の錯覚を使ったものまで、沢山のバリエーションでお楽しみいただきました。

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<グループの皆様でおもしろ写真>

遠い地球の裏側まで足を運んだなら、目一杯思い出を作って帰りたいですよね?これから本格的に雨季を迎えるペルー・ボリビア。ますます水量も増えて、私たちを楽しませてくれることでしょう。死ぬまでに見たいと言っていた絶景に次はいつ会えるだろうかと名残惜しく、しつこくカメラのシャッターを切りながら後にしました。(西澤)


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2019年1月10日 (木)

2017年世界遺産登録コロンス島とは?!(中国)

先日、「福建省を巡る、客家土楼と海のシルクロード~2017年世界遺産登録コロンス島に2連泊~8日間」のツアーから帰国致しました。
毎日がハイライトのツアーですが、特に印象に残っているのが客家土楼の他に、2017年に世界遺産に登録されたばかりのコロンス島です。
コロンス島は福建省アモイ島の西南部に位置し、対岸のフェリー乗り場との距離は1キロもなく10分ほどで到着します。面積は1.78平方キロメートルで、定住人口は2万人でとても小さな島です。
 アヘン戦争後の1842年に結ばれた南京条約で開港しイギリス、アメリカ、フランス、日本などの列強が領事館や病院、学校、教会などを建設し、租界地特有の豪華な洋風建築が島内のあちらこちらで見ることができます。今でも当時の建物が多く残され、「万国建物博覧」とも呼ばれることから世界遺産に登録されました。

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<洋風建築>

日本領事館もあります。

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<日本領事館>

また、コロンス島は、音楽の島としても知られています。西洋のピアノが流行したことに始まって、 お金持ちの華僑の人が沢山ピアノを買って集め、子供たちにピアノを習わせ、著名なピアニストを多く輩出しました。ピアノの普及率は世界でもこの島が一番高いです。

島内にはピアノ博物館もあります。

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<ピアノ博物館>

また、この島では車やオートバイの通行が一切認められていないため(電気自動車のみ)、騒音がなく、とても静かです。
路地を歩いていると、どこからかピアノの音が聴こえてきます。

島内はゆったりとした時間が流れながらも多くの観光客でにぎわっています。

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<園酒店>

私たちが宿泊したホテル「海上花園酒店」の庭から海を見下ろすと・・・

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<夕日>

きれいな夕日が見られました。

中国に位置しながらも、ヨーロッパの街並みがずらりと並ぶコロンス島にて、中国とヨーロッパの両方の雰囲気を一気に味わえました。(金井)


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2019年1月 8日 (火)

仏陀入滅の地インドのクシナガルを訪れました。

先日、「釈迦の道を往く、四大聖地巡礼8日間」のツアーより帰国しました。
仏陀の足跡をたどり、インド北部とネパールをまわっていく行程で、仏陀の人生に触れる旅でした。仏陀生誕の地ネパールのルンビニ、出家前に暮らしていたカピラバストゥ城跡、修行の地ラージギール、悟りを開いたブッダガヤなどをまわって行きました。

仏陀が最期を迎えたのは、入滅の地クシナガルの町。
仏陀は自身の死期を悟ると、修行の地ラージギールを後にし、最後の旅に出ました。クシナガルに到着すると、弟子のアーナンダに「2本の沙羅の木の間に頭を北にして床を敷いてほしい」と伝えます。頭を北にしたのは、クシナガルの北にある故郷ルンビニの両親に足を向けて寝ることはできないという考えのためでした。仏陀が涅槃に入るとき、2本の沙羅の木には花が一斉に咲いたと言われています。

現在でも、当時と同じ場所に大きな2本の沙羅の木が植えられていて、その前には6mもの涅槃像が納められている真っ白なニルヴァーナ寺院があります。今回は朝早くの観光だったため、辺り一面、朝靄に包まれ幻想的な雰囲気の中、木々の中に建つニルヴァーナ寺院を訪れました。堂内ではタイからの巡礼者達が6m程のカラフルな袈裟を涅槃像にかけていました。全員でお経を唱え、最後に再び丁寧に袈裟を取ります。その袈裟は帰ってから地元の寺院に寄進するのだそう。タイ語のお経は寺院のある広場一帯に響き渡っていました。

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<クシナガル、ニルヴァーナ寺院の涅槃像>

靄で視界が遮られることでなお一層、五感が研ぎ澄まされ、全身で仏陀涅槃の地を堪能することができました。(松永美)


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2018年12月27日 (木)

微笑みの国、タイのお祭りいろいろ

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<スリンの象祭り>

先月、「タイ大周遊 10日間」より帰国しました。タイと言えば、、、
自然が豊かで楽園のようなビーチリゾート他、アユタヤやスコータイなどの遺跡もあります。そして、辛い・甘い・酸っぱいの見事なマッチングで一度食べたらやみ付きのタイ料理。と、さすがは世界の人気観光国トップ10の常連国。これだけでも充分過ぎるのに、タイは1年を通してタイ各地でお祭りやイベントが盛り沢山。だからお祭り付は満足度プラスαなのです。

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<コムローイ祭り>

今回私達が訪れたお祭りはチェンマイのコムローイ祭りと、スリンの象祭りでした。コムローイはタイ北部で伝承されている伝統行事で、和紙で出来たランタンを夜空に向かって願いをこめ放ちます。空いっぱいに浮かび上がる様は幻想的。一瞬別世界にきたようでした。

そしてスリンの象祭りはと言うと、この地域には昔から象を飼っているクイ族が住んでいて、毎年、象祭りのこの時期には、多くの象が出稼ぎなどから帰ってきて1年で一番の賑わいを見せます。
広いスタジアムでは、その年にスリンで産まれた象の赤ちゃんの紹介から昔の象狩りのシーン、象さんによる華麗?なダンスや風船割り、絵描き、綱引きやサッカーと、これでもかっ、と言うほど頑張っていた象達。まさかこれ程まで芸達者だとは。
彼らの頑張りには理由もあります。昔、ある時は他の国と戦争になれば象は戦車のような役割をし、戦場に駆り出され、またある時は森林伐採などの林業に携わってきた象だが、自然破壊になる森林伐採は禁止され、以前はどこでも歩く事が出来た道路も今ではずっと少なくなってしまいました。そんな象が生きていく道、その一つが観光業。気性が荒く、人に懐く事のないアフリカ象と違い、昔から人と共存してきたタイの象、そして象使いとの絆は見ている側にもしっかり感じ取る事が出来ました。

お祭り前の象との触れ合いタイム。スタジアムの外に象使いと一緒にいる象にエサをやったり、鼻に乗せてもらったり、一緒に写真を撮ったりすることが出来ます。エサをあげると、手にその長~い鼻を上手に絡ませエサを取っていきます。鼻の産毛も象のものともなると硬くて何か違和感を感じずにはいられないませんでしたが、不思議と大きな体に怖さはなく、優しい瞳に安心感を覚えました。微笑みの国と形容されるタイ。微笑むタイ人への言葉でもあるのですが、訪れた人も、タイから微笑みや安らぎを貰っている気がしました。

2018年も残り僅か。今年も大変お世話になりました。皆様も海外で?日本で?よいお年をお迎えください。そして来年もどうぞ宜しくお願い致します。タイで貰った優しい気持ちを持って今年最後の添乗に行ってまいります。(岩間)


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2018年12月25日 (火)

ヴァチカン市国で芸術三昧

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<ラファエロ キリストの変容>

メリークリスマス!今年もクリスマスがやってきました。日本では恋人のイベントのイメージが強くなっていますが、本場のクリスマスは家族でイエス・キリストの誕生をお祝いする静かな日です。
先月、添乗で行ってきたローマでも街中でクリスマスの準備始まっていました。
今回はローマ滞在ツアーで、世界最小の国家ヴァチカン市国にもたっぷり一日かけて観光しました。キリスト教の総本山であるヴァチカン市国。ミケランジェロとラファエロがその建築に携わったというだけでも豪華ですが、その内部には歴代ローマ法王を魅了したコレクションが一挙にあつまり、世界のどの博物館にも負けないコレクションを誇ります。展示通路だけでも7キロもある施設で日本語名ではヴァチカン博物館となっておりますが様々な美術館、博物館の複合施設です。博物館の入り口にはミケランジェロとラファエロの彫刻がお出迎え。全ての人を受け入れるというヴァチカンの指針の為入国審査はありません。今回は一日かけての観光だったので、美術館エリアもじっくりと観光できました。ピナコテーカ(絵画館)、ピオ・クレメンティーノ美術館にはローマ時代からの美術品がたくさん並びどこを見ても至宝ばかり。ピナコテーカでの見所はやはりラファエロの「キリストの変容」。一番大きな部屋の真ん中に飾られ、誰もが足を止めて見てしまう存在感のある絵でした。また、ダヴィンチやカラヴァッジョのコレクションもあります。そして、古代のローマ時代の彫刻のある、ピオ・クレメンティーノ美術館では大理石でできていることを忘れてしまうほどの、完成度で紀元前の作品とは思えないものばかり。その後、豪華絢爛な地図の間やラファエロの間を通って、システィーナ礼拝堂に続きます。どこを見ても素晴らしい作品ばかりで、国自体が世界遺産となっていることも納得!
また、サンピエトロ寺院の広場では、大きなモミの木が立てられ、その横には建設中のプレゼーピオ。プレゼーピオとは日本ではあまり聞きませんが、クリスマスのお祝いの装飾の一つで、キリストが生まれた馬小屋を模したものです。ヴァチカンでは毎年違う素材で作られるので、ローマ市民の楽しみになっているそうです。今年は砂の彫刻でした。クリスマスツリーはドイツ発祥、プロテスタントの習慣なので、カトリックが多いイタリアでは、プレゼーピオを飾ることが多いそう。ヴァチカンでツリーを飾り始めたのは近年になってからだそうです。飾りつけはまだだったので、これから豪華になっていくのだろうと想像。いつか、カトリックの総本山のクリスマスも一目見たいものです。(杉林)


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2018年12月20日 (木)

大文明の裏に隠された、砂漠の秘境・スーダン

先日、スーダン9日間のツアーより帰国しました。
スーダンに行ったと言うと「どこにあるの?」と聞かれるのですが、
アフリカ大陸の北東、エジプトのすぐ南にスーダンがあります。

エチオピアとウガンダの源流から流れるナイル河が、
スーダンの首都・ハルツームで合流し、エジプトへ流れていきます。
それぞれ白ナイル、青ナイルと呼ばれていて、濁り方の違いでこの呼び名が付いたんだそう。
運が良ければ、ハルツームの合流点では青と白の色の違いがはっきり見られるそうですよ!

スーダンの北部、ナイル河流域以外には砂漠地帯が広がっています。
どこまでも続いていきそうな砂漠をハルツームから北上していくと、紀元前2000年からの文明の跡と出会えます。

そんなスーダンですが、ツアーでは「古代ヌビアの栄光を辿る」と素敵なタイトルが付いておりました。
アイーダがヌビアの女王として描かれているお話もありますね。

どんな栄光があったのかと言えば、やはりピラミッド!

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<ジュベルバルカルのピラミッド群>

古代エジプトが大きく栄えていた時代に、エジプトの南部とスーダンはヌビア地域と呼ばれ、クシュ王国が成立していました。
このクシュ王国の王たちが、エジプトをも版図に入れた時代がエジプト第25王朝です。
そんな力を持っていたクシュ王国が、エジプトの文化を活かす形で次々とピラミッドを建てました。
エジプトでピラミッド文化が廃れた後も、粛々と王や貴族の埋葬のために建て続け、数だけで言えばエジプトのピラミッドのほぼ2倍発見されています。これは驚き!

形も面白く、エジプトのものよりも急な角度で建てられているのが特徴。
太陽が昇った時に光が奥まで入り込むように、正面には門が備えられ、厳重な門が墓室を守っていたそう。
墓室はもちろん、そこまで続く通路や階段の壁にも、美しいエジプト風の壁画がびっしりと描かれました。

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<クッル遺跡 タヌトアメン王の墓>

やはり風化防止のために今後見られなくなる可能性もあるのですが、
今この時に見ることができてラッキーだなあと思うばかりです。

まだ都市開発も観光地整備も進んでいなく、街にレストランがない?というびっくり体験も異文化ならでは。
ガイドブックもまだ発売されていない未知の国。貴重な体験をできた気分です。(三好)


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2018年12月18日 (火)

ネパールの名峰を空から見学!

先日、「ネパール、ヒマラヤを望むリゾートホテルとエベレスト・アンナプルナ二大遊覧飛行」のツアーから帰国しました。

インド、ネパール、パキスタン、ブータン、中国に跨るヒマラヤ山脈。ヒマラヤとは「雪の住みか」を意味する言葉で、7,000m以上の山々が連なるヒマラヤ山脈はその名の通り、雪と氷で白く染まっています。その中でも最高峰がエベレスト、標高8,848m。「エベレスト」とは元々ジョージ・エベレストというイギリス人の名前から因んでつけられた名前ですが、ネパールでは「サガルマータ(海の頭)」という名で呼ばれています。チベットでの名前は「チョモランマ(世界の母なる女神)」です。今回のツアーでは、このエベレストともう一つ、同じヒマラヤ山脈の豊穣の女神の名を持つ、アンナプルナの二つの山を空から見学しました。

ネパールに到着した翌日、早速エベレストの遊覧飛行へ。遊覧飛行は天候次第で飛ぶか飛ばないかが決まりますが、今回は快晴!カトマンズ空港から10分少々飛んだところでヒマラヤ山脈が見えてきました。晴れ渡る空に向かって白く氷雪がかかった山が突き刺さるように並ぶその景色は圧巻で、窓から目が離せません。しばらくすると、CAさんに案内され一人ずつコックピットへ入ると、正面の窓の先にはエベレストが!飛行機のコックピットに入ることも滅多にない経験でしたが、エベレストに目を奪われ、めったに見られないコックピットはあまり記憶に残らず自分の席に戻りました。20分程で飛行機は旋回し、全体で一時間弱の遊覧飛行でしたが、眼前に広がったヒマラヤの景色は今も脳裏に焼き付いています。その後、カトマンズの観光をして、次はアンナプルナがよく見えるポカラへ。

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<空から眺めたヒマラヤ山脈>

ポカラではヒマラヤ山脈が部屋から見えるヒマラヤンフロントに宿泊。屋上からは朝日に朱く染まる美しいヒマラヤ山脈も見られました。ポカラでの遊覧飛行のチャンスは2回、1回目の遊覧飛行予定日は生憎の霧で飛行機が飛びませんでしたが、翌日は晴れ、遊覧飛行へ。魚の形に見えるマチャプチャレなどを見ながらアンナプルナへ近づきました。アンナプルナは4峰の山があり、最も標高が高いアンナプルナ第1峰は8,091m。アンナプルナは8,000m超えの山の中で初めて登頂された山で、同時に最も登山中に死亡する確率が高い山だそうです。なんと登山者の約4割が命を落とすのだとか。実際に見てみたアンナプルナは荘厳で神秘的で、どこか心惹かれ、命を懸けて山頂を目指す登山家の気持ちが少しわかるような気がしました。

山の魅力と人を惹きつける魔力を空と地から感じられた9日間でした。(永田)


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