2012年5月17日 (木)

アラビアのロレンスの世界へ(ヨルダン)

Photo_14 ユーラシア旅行社の「薔薇色のペトラと死海を楽しむ 8日間」から帰国しました。
今の時期はもう暑いのだろうな、と覚悟して現地入りをしましたが予想に反してさわやかな風がふき、過ごしやすい気候でした。ヨルダンの面積は北海道より少し大きい位です。国土の八割が砂漠なのでどこへ行っても砂だらけかと思われがちですが、少しドライブをすれば景色が変化に富んでいることに気が付きます。北へ行けば緑が豊富で、オリーブやブドウの木がたくさんあり緑豊かです。路上では旬の果物の真っ赤なイチゴが路上で売られていました。又、スイカももう出回っていました。中部には地球上でもっとも低い死海があり、南部にはごつごつとした岩山が砂漠の中に現れます。そしてヨルダン最南端のアカバは外海と接している場所で港とビーチがあります。アカバは国境が密集していてイスラエル、エジプトまで10キロほどしか距離がなく、サウジアラビアまでも26キロというのも興味深いです。現在も国内唯一の港として経済活動における重要な町となっていますが、そういった位置関係から、古代からの要所でした。一次大戦中のアラブ革命の際もオスマン帝国軍が占領していたアカバを英軍人ロレンス率いるアラブ軍が陥落させ、アラブ軍勢の転機となりました。
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2012年5月16日 (水)

ビールの美味しい時期がやってきました!(チェコ)

先日、「チェコ・スロヴァキアの美都とハンガリーの大平原 10日間」の添乗より帰国しました。このツアーは、“ドナウの真珠”と呼ばれるハンガリーの首都ブダペストからスタートし、スロヴァキアを経て、チェコへと入っていきます。

天候はというと、少しだけ曇ったときもありましたが毎日素晴らしいお天気に恵まれ、最高の観光日よりでした。特にハンガリーでは60数年ぶりの暑さを観測し、30℃を超えることもありました。

Photo_8さて、こちらの国々では現在菜の花満開のシーズンを迎えています。バス移動の際窓の外を眺めていても、あちらこちらに美しい菜の花畑が広がって下おり飽きることがありません。青く澄み渡った空と、一面に広がる輝く菜の花畑。この美しい景色は、この時期にしか味わうことのできない素晴らしい光景でした。

こんな暑いとき、飲みたくなるものと言えばそう、ビールです!ご存知の方も多いかも知れませんが、チェコは国民一人当たりのビール消費量世界一を誇っています。チェコビールの銘柄は約470種類もあると言われており、種類もかなり豊富です。現在はアメリカのビールとして知られているバドワイザーも、実はチェコが発祥です。チェコの南に位置するチェースケー・ブジェヨヴィツェという町の、ブドヴァイゼルというビールがもとになっています。ブドヴァイゼルの英語読みから、バドワイザーになりました。しかし、味は全くの別物です。

ハンガリーからビールを飲まれていたお客様も、「やっぱりビールはチェコだね!本当においしい!!」とそのおいしさに驚かれていました。また、こちらのツアーでは本場ボヘミアの伝統あるビアホールにご夕食へご案内し、皆様にビールを一杯付けさせて頂くという嬉しい特典もあります!チェコに行った際には是非、おいしいビールを飲んでみてくださいね!

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ビールの値段はというと、ソフトドリンクとほとんど変わらず日本と比べるとかなり安めです。そんなビール大国のチェコで、今回のお客様も昼食や夕食の際にビールを飲まれ味比べを楽しまれていました。

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2012年5月15日 (火)

ケニア・タンザニアで大奥発見!インパラのハーレムに迫る

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先日、ユーラシア旅行社の「ケニア・タンザニア ハイライト」のツアーより帰国致しました。日本が連休ムード一色だったゴールデンウィークの出発だったのですが、現地はちょうど雨季の終わりにあたります。しかし、雨季と言えども日本の梅雨のように朝から晩まで降り続けるということはなく、日中はカラッと晴れて、夕方から夜にスコールのように集中して降るような気候でしたので、この旅の目的であるサファリは存分に楽しめました。

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2012年5月14日 (月)

サマルカンドでナンを食する(ウズベキスタン)

Kama 先日「サマルカンド・ヒワ・ブハラ世界遺産周遊の旅 8日間」の添乗より帰国致しました。
  このコースは、今もなお17世紀当時の面影を残す古城の街ヒワ、かつて政治経済の中心であったブハラ、英雄アミール・チムールの故郷シャフリサブスと世界遺産に登録されている街を訪れます。そして世界遺産でもう1つ忘れてはならないのが、「青の都」と呼ばれる街サマルカンドですが、レギスタン広場やシャーヒ・ジンダ廟群など青のドームが美しいのが特徴です。

 サマルカンドには名物がございます。それはズバリ「ナン」ですが、では「ナン」とは何でしょうか(笑)?私たち日本人にとっては、よくインド料理店に行ったときに出てくる細長いパンのようなものを思い出しますが、ウズベキスタンのナンも小麦粉でできたパンのような食べ物という点ではインドのナンと変わりません。しかし形は総じて円形となっています。このナンはウズベキスタンの人にとっての主食ですので、ウズベキスタンのほとんど食卓にはナンが並びます。その中でもサマルカンドのナンが名物と言われるのはなぜでしょうか?


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2012年5月11日 (金)

甘い香りに誘われて~メキシコのフルーツ~

先日ユーラシア旅行社の「メキシコ物語15日間」より帰国致しました。メキシコシティにはジャカランダの花も残り、世界遺産の街並みに彩りを加えておりました。このツアーは、メキシコシティからリゾート地カンクンまでをバスで移動し、広大なメキシコを堪能できます。途中、プエブラやトラコタルパンなどの世界遺産の街も訪れ、各地の見所もご覧頂けます。遺跡や町並み、陽気な民族音楽など、魅力はたくさんありますが、その国ならではの食べ物も楽しみのひとつですよね。

メキシコ料理といえばタコスをイメージされる方が多いと思います。もちろん、レストランや食堂などの定番料理で、家庭でもよく食べられるタコス。野菜やお肉を挟み、サルサソースをお好みで付けてガブリ。これぞまさにメキシカンといったところです。

しかし、メキシコ料理はタコスだけではありません。世界遺産の街・プエブラ発祥のチキン料理モレ・ポブラーノや港町・ベラクルスの名物の魚料理ワチナンゴ、カンクンがあるユカタン地方のライムスープ・ソパデリマなど、栄養たっぷりで美味しい料理がたくさんあります。そして、これらのメキシコ伝統料理は、世界無形文化遺産にも登録されているのです。「メキシコ料理はタコスしかない」「辛そう」というイメージを持っている方も多かったようで、実際に現地で食べてみると、「こんなにバラエティがあるなんて知らなかった」「お肉も魚も野菜も摂れて嬉しい」というお声を頂きました。10

また、温暖な気候で育ったフルーツも魅力のひとつかもしれません。今回のツアーの食事でも様々なフルーツがテーブルに並びましたが、その中でも日本ではあまり見かけない南国フルーツをご紹介します。

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2012年5月10日 (木)

きっかけは失業対策!?グレートオーシャンロード

先日、ユーラシア旅行社の「オーストラリア物語 15日間」の旅から帰国いたしました。南半球に位置するオーストラリアの季節は日本と間逆。秋の足音が聞こえてくるちょうど良い季節の大地を、贅沢にぐるりと一周ご案内させていただきました。

今回の旅のハイライトのひとつが、グレートオーシャンロードと呼ばれるドライブコースです。オーストラリアの南東、ヴィクトリア州の沿岸を走る全長約280キロメートルのこの道路、建設開始は第一次世界大戦が終結した1919年のこと、建造の主な目的はなんと失業対策です。戦争から帰って来た荒くれ男どもを職も無いまま社会に放り出すと何をするかわからない・・・と思ったのかどうかは知りませんが、とにかく彼ら帰還兵の雇用創設のために計画は実行に移されました。いかに体力自慢の作業員達とはいえ、工具はツルハシ・スコップ・ダイナマイトだけだったというから驚きます。完成は1932年、実に13年の月日を要した大事業でした。

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2012年5月 9日 (水)

粛々したスペイン人

Photo 先日、ユーラシア旅行社の「スペイン歴史物語 15日間」の旅から帰国しました。

4月上旬に出発したこのコース、今年はセヴィ-リャでセマナ・サンタ「聖週間」をご案内 するコースでした。セマナ・サンタとは、カトリックでは3月下旬~4月上旬、イエスの復活を祝う復活祭前の1週間の事を言います。

スペインはお祭りのない日はない、といわれるほど色々な地域でお祭りを行っておりますが、特にこのセマナ・サンタは大事なお祭りといわれています。簡単に言うと、17世紀頃、スペインは国統一の要として宗教を用いた歴史暦背景もあって、熱心なカトリックの国でした。エルサレムへ巡礼に行った貴族が街中の巡礼(悲しみの道というもの)をみてそれをセヴィーリャで模した事が始まりといわれています。キリストの受難や慈悲、聖母マリアの悲しみを表現した彫像を乗せたパソと呼ばれる山車とそれに付き従う信者、そして楽隊が町をパレードするというものですが、そのためお祭りといっても、とても粛々と厳かに行われます。

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2012年5月 8日 (火)

春到来!イラン

Abuyane 先日、ユーラシア旅行社の「イラン・イスラーム紀行11日間」の旅から帰国しました。
3月の春分の頃のイランは春爛漫。木々が若草色に芽吹いていました。
イランの旅のスタートは首都テヘランから始まりました。テヘランの日中の気温は、東京より暖かかったのですが、テヘランの北側には雪山が控えているため、朝晩にはひんやりした空気が立ち込めます。街中から望むこの山はダマバンド山といって、標高5761mのイランの最高峰です。真っ白な雪を頂き、テヘランの街を見守っているようです。5000m峰があるというのは、イランを初めて訪問する方には少々意外なことかもしれません。

テヘランを後にして、南へと向かいました。その道中で、アブヤーネ村という山間の小さな村に立ち寄りました。サグロス山脈に抱かれるように山奥にひっそり佇んでいます。3月下旬とはいえ、標高約2500mのところにあるこの村ではまだ春を迎えたばかり。少し寒いくらいで、気温は15度ほどでした。ここでは女性が伝統的なバラの柄のスカーフを被っていることで知られています。村のおばあちゃんが、手作りのザクロや杏の果実を伸したお菓子を売っていていました。甘酸っぱいソフトグミのようなお菓子は、日本人である私たちには馴染みのあるような味がしました。

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2012年5月 7日 (月)

バルカン半島6カ国、ぐるり周遊の醍醐味

 1_2先日、西バルカン大紀行の添乗より帰国いたしました。マケドニア、アルバニア、モンテネグロ、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、セルビアと6カ国を18日間で大周遊する今回のツアー。あちこちでアーモンドや桃、杏の小さな花が咲き乱れ、可愛らしい野花が私たちを歓迎してくれました。
  ヨーロッパとアジアの中間に位置するバルカン半島は、古くから多くの民族が行き交いました。イオニア海沿岸の町デュレスからコンスタンチノープルまで、バルカン半島を東西に貫くエグナチア街道がローマ人によって敷かれると、その街道上には多くの殖民都市が築かれ繁栄しました。現在でも、イオニア海沿岸や街道上には、ギリシア人やローマ人によって建設された都市が数多く残っています。保存状態は十分とは言えませんが、バルカン半島最大規模のデュレスのローマ劇場や、モザイクが見事なへラクレア遺跡などは当時の栄華を伺うに十分な見ごたえがありました。
 Photo_3 地理的な優位性と同時に、その軍事的重要性から、時として侵略の地ともなりました。その象徴として、500年間にも渡るオスマン・トルコの影響が色濃く残っています。丸い石畳が続くモスタルやクルヤのオールドバザールを歩けば、ドロドロとしたトルココーヒーに水パイプ、木工品に絨毯…とまるで遠いトルコに迷い込んだかのようなオリエンタルな雰囲気が迎えてくれることでしょう。
 また、石造りの家並みと白黒縞模様の石畳が美しいジーロカストラと、大きな窓がたくさん付いた白壁の家が斜面にびっしりと張り付く“千の窓の町”ベラッドは、いずれもオスマン・トルコ時代に築かれた町で、中世の町並をよく残す野外博物館としてアルバニアの世界文化遺産に指定されています。  

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2012年5月 2日 (水)

さくら親善100周年~アメリカ東部・南部~

 ユーラシア旅行社の「アメリカ東部・南部大縦断物語 16日間」より帰国しました。北部ボストンから始まり、大都市ニューヨークや首都ワシントンを通り、アメリカ建国の歴史には欠かす事のできないフィラデルフィア、そしてさらに南下し、南部最大の都市アトランタ、そこから先のテーマは音楽へと移り、カントリー音楽の発祥の地ジャクソンやブルースの町メンフィスそしてジャズ発祥の地ニューオーリンズを目指していきます。
今年の注目は「日米さくら親善100周年記念」です!ツアーでも、ワシントンDCで開かれている「さくら祭」へとご案内いたしました。今年は100周年ということもあり、日本のニュースでも大々的に放送されていたので、テレビでご覧になった方もいらっしゃるかと思います。

日米さくら親善100周年

 1912年(明治45年)、日米友好の証として約3千本の桜がワシントンへ贈られました。この桜は明治の終わりごろに、アメリカのタフト大統領夫人の希望により、当時の尾崎行雄東京市長がプレゼントしたもの。日本の桜の美しさをアメリカ本国へ伝えたのは、当時日本へ留学していた学生や来日していた学者達だったのです。春になると薄ピンクの花を咲かせる桜の美しさに心打たれ、この美しさを自国の人々にも見てもらいたいと、桜をアメリカへ移植する運動が始まっていったのです。その運動に積極的に参加したのは、旅行作家であったエリザ・シドモア女史。彼女の兄は横浜の領事館に勤務していたので、日本と縁があり、来日。そして日本滞在中に向島の桜の美しさに魅せられたそうです。彼女は今、横浜の外国人墓地に眠っています。1991年(平成3年)には、ワシントンから里帰りした桜の苗木がお墓の近くに植えられ、エリザに捧げられました。

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