2017年6月28日 (水)

エメラルドブルーの美しいプリトヴィツェ国立公園でクロアチアの自然を堪能!

先日、スロベニアとクロアチアの11日間のツアーより帰国しました。このツアーでは、まずスロベニアから入り、2つの鍾乳洞を巡ります。ポストイナ鍾乳洞は、トロッコが洞窟を駆け抜けるスリリングな体験がして頂けます。シュコツィヤン鍾乳洞はユネスコの世界遺産に登録されているヨーロッパ最大級の鍾乳洞です。その後クロアチアへ。イストラ半島もしっかり観光して、クロアチアの細長―い国土を南へと下っていきます。途中、ボスニア・ヘルチェゴビナを通り抜け、アドリア海の真珠と呼ばれるドブロブニクへと抜けていきます。今回は天気にも恵まれ、ツアーを通してアドリア海の美しいブルーを楽しむことができました。
中でも、思い出深い美しい自然が広がっていたのがプリトヴィツェ国立公園です。こちらも世界遺産に登録されています。今回のツアーでは、国立公園の敷地内のホテルに2連泊したので、1日かけてじっくりプリトヴィツェの自然を堪能できました。
まず午前中は下の湖群を目指します。園内を走るバスを降り、砂利道と木の遊歩道を進んでいきます。下まで降りると360度にエメラルドブルーの湖!

プリトヴィツェ国立公園の湖

辺りをひらひらと飛ぶ、胴体の青いハグロトンボが水のきれいさを証明しています。そして上を見上げると大きな滝!この公園内で最も大きな滝で落差は78メートルあります。皆様で水しぶきを浴びて、午後のハイキングに向けて英気を養います。午前中の道は、割と平坦な道が多く、皆様元気に歩き切りました。

そして昼食にチキンステーキを食べ、いよいよ午後のハイキングスタートです。午後は、上の湖群を登っていきます。歩けるか心配な方はご心配なく、自然を満喫しながらゆっくり進んでいきます。
上湖群は、下湖群よりも動きのある自然で、湖とたくさんの滝が次々と目の前に現れます。ここプリトヴィツェ国立公園には、全部で16の湖と92の滝があります。上湖群は下湖群よりも透明の透き通った湖が多くなり、また違った自然が楽しめます。
だんだんと進むにつれて登りがきつくなってきます。そんなときは深呼吸。マイナスイオンで疲れた身体を癒してまた歩きます。そしてとうとう一番上の湖に到着!ここに広がる湖は日本語に訳すとガマ湖と呼ばれています。その名の通り、ガマが一面に生い茂っています。そして今回は、ガマに隠れて子育てをする親ガモを見ることができました。
絵本のような景色に癒された後は、バス停にあるアイスクリームをぺろり。そして再びバスに乗り込み、ホテルへと戻りました。(松永美)

ユーラシア旅行社で行くスロベニア・クロアチアツアーの魅力はこちら

| | コメント (0)

2017年6月27日 (火)

初夏限定の風景探しinスペイン

 

トレド大聖堂


 先日、「華麗なるスペイン紀行 10日間」のツアーから帰国しました。首都マドリッドから南下し、アンダルシア地方を巡った後に飛行機でバルセロナへ。道中、様々な場所で初夏ならではの光景に出会いました。
 まずはスペインの京都ともいわれる古都トレド。6月15日に行われるキリストの聖体祭に向けて街全体で準備が行われていました(私たちが訪れたのは5月末)。聖体祭は復活後に地上にとどまっていたイエス・キリストが天国へ帰っていったとされる、毎年イースターより60日後に行われるお祭りです。お祭り当日には大聖堂の宝物室に保管されている金・銀・宝石類が散りばめられた重さ370kgの聖体顕示台を担ぎ、トレドの街中を2.5km練り歩きます。私たちがツアーで訪れた時には既に、そのルートに天蓋用の布が張られていました。
 次にコルドバ。ゼラニウムの花がきれいに咲く花の小道を通りました。通り自体に花の小道という名がついていますが、コルドバはこれからどんどん気温が上がり、一番暑い日には50度近くになることあります。そんな時にはさすがにお花も枯れてしまい、名前負けの通りに・・・。この通りの一番の見どころは、振り返るとメスキータのミナレットが正面に見えること。メスキータとはスペイン語でモスクという意味ですが、レコンキスタ完了後、イスラム教のモスクをそのままカトリックの大聖堂に改築したという面白い歴史があり、イスラム教とキリスト教が混在した世にも珍しい建物となりました。このミナレットも現在では大聖堂の鐘楼になり、白壁に赤やピンクのゼラニウムが咲く小道の雰囲気と相まってベストショットが撮れます。ちなみにお花の水やりはお役所の仕事なのだそう。

ひまわり畑


 そして最後に、バスでロンダからセビージャへと向かう途中に咲き誇っていたアンダルシア名物ひまわり畑。右も左も一面黄色で、青い空とのコントラストが映えます。コルドバもそうですが、アンダルシア地方で本格的な夏が到来すると基本的に40度越えも珍しくなく、お花も枯れてしまう程の暑さになります。オイル用として育てられるひまわりも例外ではなく、よって短い初夏の時期にしか見られないこの季節限定の光景となるのです。今回はドライバーさんに頼んで、道端でバスを止め、満開のひまわり畑を貸し切りで記念撮影。これからの季節、どんどん暑くなるアンダルシア地方もギリギリ快適に観光出来て良かったですねと談笑しながら、一路バルセロナへと飛行機に乗り込みました。(日裏)

ユーラシア旅行社で行くスペインツアーの一覧はこちら

| | コメント (0)

2017年6月23日 (金)

フランス人が「異郷の地」と呼ぶブルターニュ

この度、ユーラシア旅行社の「のどかなブルターニュの田舎巡りと印象派の故郷ノルマンディー 12日間」より帰国しました。
ブルターニュ地方はフランス北西部の突き出た半島の部分。パリや他のフランス主要都市からの交通は不便ですが、静かでゆっくりとした田舎町独特の雰囲気が感じられるのが魅力です。

Photo

ブルターニュの人々の祖先は、自然や精霊を信仰するケルト人です。その後やってきたローマの文化を取り入れながらゆっくりと融合し、5世紀頃にはブリテン島(イギリス)からやって来たブリトン人によって再びケルト化されました。その後、ノルマン人による支配を退け、大国となっていくフランス・イギリスと戦いながら独立を守ってきました。1532年にフランスに併合されますが、長い間、独自の文化と伝統を守ってきたからこそケルト文明の影響が色濃く残り他の地域とは違う魅力が感じられます。

Photo_2

ヨーロッパに行くと教会ばかり、とたまに耳にしますが、ブルターニュでは他とは一味も二味も違う教会を目にする事ができます。それが「聖堂囲い地」という複合教会施設です。その名の通り、壁に囲まれた聖堂です。聖堂の他に、納骨堂、墓地、キリスト磔刑像がセットになって、敷地の入口には立派な凱旋門が取り付けられているのが特徴です。
ケルト的な考えでは死の世界と生の世界はすぐ近くにあり、先祖の魂は家の庭先やその辺の石などにいて、いつも生きている人間と一緒にいるというものでした。キリスト教化が進む中、死の世界を一ヵ所にまとめ、生の世界から訪問できるような場所をつくったのがきっかけだといいます。
この聖堂囲い地は、大都市の中心から離れた村の庶民の為の小教区だったところにあり、ブルターニュの中でも最も独特な地域と言われるフィニステール県には特に沢山あります。その殆どは亜麻の貿易で経済的な繁栄を迎えた16、17世紀に建てられました。教会の力を見せるため、隣の教区と競って立派な聖堂を建てた時代だったそうです。
聖堂囲い地があるところは遠くからでも「カルヴェール」と呼ばれる磔刑像が施された背の高い柱が目に入るのですぐに分かります。バスを少し走らせれば「あ、ここにも」、「またここにも」と次から次へと見えてきます。時には、住んでる人がいるのかな?と思う程に過疎化した小さな集落にも不釣り合いなほどの立派な囲い地があるのです。
でもなぜか、時間ともに風化し黒ずんだ聖堂やカルヴェールの周辺には、牛や羊がのんびりと草を食む草原の景色が似合うのです。

» 続きを読む

| | コメント (0)

2017年6月22日 (木)

ブルチノフ村の王様の騎馬行進

先日「チェコ・スロヴァキア・ハンガリー物語 15日間」より帰国致しました。

中世の歴史、文化、芸術の詰まったチェコ、ドナウ川に面するスロヴァキア・ブラチスラバ、大平原の広がるハンガリーの3ヶ国の魅力をたっぷり堪能して参りました。

今回のツアーでは、5月ならではのプラハの春音楽祭、一面に新緑の広がるモラヴィアの大草原など盛りだくさんの日程でした。

中でも、チェコの小さな村ブルチノフでは、年に一度「王様の騎馬行進」と言うお祭りが開催されます。200年以上の伝統を持つこのお祭りはユネスコ世界無形文化遺産にも登録されています。毎年5月の最終日曜日に行われるお祭りで、村から10歳くらいの男の子が一人選ばれてその年の王様となります。この王様の騎馬行進は、当時モラヴィアとの戦いに負けたボヘミア王が、敵に見つからないように国から逃げるために、女装をして町を去ったところから始まったと言われています。王様の選出には、お金もかかるので両親のサポートがなければ王様にはなれません。1月に選ばれて、このお祭りに向けて準備をします。


ブルチノフ村は人口3000人ほどの小さな村なのですが、村に到着すると、モラヴィアの民族衣装を着た地元の人々や観光客で大賑わい。年に一度のこのお祭りの日は、周辺の村からも多くの村人が集い、楽団の演奏や子供たちの遊戯など、とにかく地域が一体となって盛り上がる瞬間です。村ごとにデザインが異なり、どれも特徴的な彼らの民族衣装は、実は古くはその衣装を着て結婚相手を探していたのだそうです。同じ村の者同士での血縁婚をける為に、自分と異なる民族衣装の相手を選ぶ必要があったのです。

王様の騎馬行進

お祭りの雰囲気を味わいながら、王様の男の子の家へ。家の前にはテレビの取材や観光客でいっぱいです。徐々に衛兵の騎馬が家の前に列を作ります。衛兵は同じくこの村の18歳の男の子のグループで、毎年お祭りの最中に、当時17歳の男の子を集める馬車が走ります。これは立候補制で誰でも参加することができます。そしていよいよ王様の登場!王様は口に白いバラを咥え、二人の護衛を従えて馬に乗って静かに行進します。王様が身に纏う白いバラと白い衣装は純潔を表しており、ボヘミア王は花婿のもとへ向かう花嫁に扮して国外逃亡を謀ったのです。可愛らしい王様とイケメンの衛兵たちに見惚れて行列を追っているとあっという間に時間が過ぎていきました。

王様の騎馬行進はかつては各村で行われていた行事だったのですが、現在毎年行っているのはブルチノフ村のみとなってしまいました。小さな村の大きなお祭りに今後の発展に期待が膨らみます。(西澤)

| | コメント (0)

2017年6月21日 (水)

太古の森が息づく場所 大西洋の楽園カナリア諸島

先日、カナリア諸島9日間のツアーより帰国しました。スペイン領カナリア諸島はスペイン本土から南西約1100km、大西洋に浮かぶ7つの島々です。日本ではその名を聞くことはあまりありませんが、年中暖かいこの島々はヨーロッパの人々に大人気。まるで月面のような大地有り、美しい海、真っ白な街並みと、とても魅力的な島々です。海やダイナミックな火山帯の景色も素晴らしいですが、他にもたくさん魅力があります。カナリア諸島の中には4か所の世界遺産があり、ツアーではそのうちの3か所に訪れました。ご紹介したいのは、中でも固有の植物が育つゴメラ島のガラホナイ国立公園と、スペイン最高峰のあるテネリフェ島のテイデ国立公園です。
ゴメラ島はカナリア諸島の中でも2番目に小さい島です。隠岐諸島より少し大きいくらい。沿岸部は標高も低く乾燥し、ほとんど植物が育たないのですが、島の中心部に向かってバスを進めてゆくと、少しずつ標高があがり、湿度が増し、同じ島とは思えない程緑豊かに、風景が変化してゆきます。島全体がユネスコの生物圏保存地域に指定され、島の内約10%をガラホナイ国立公園が占めています。ゴメラ島の姫ガラと隣のテネリフェ島の王子ホナイの伝説に由来する、ちょっと不思議な響きのこの国立公園には、世界でも大変珍しい太古の原生林が残っています。カナリア諸島の中でも早い段階で火山活動を終え、氷河期の影響も受けなかった為、数百万年前の植生が残っているのです!バスで国立公園まで行くと、たくさんのハイキングルートが網目状に張り巡らされており、道路からすぐに森の中に入ってゆくことができます。
ガラホナイ国立公園
森の中はまるでもののけ姫の世界。お客様はまるで屋久島のようとおっしゃっていました。苔むした木々が生い茂り、花が咲き、とても静かで幻想的でした。沿岸部に比べると気温も低く、空気がとてもきれいで、皆様その自然の美しさに感動しておられました。固有の植物もみかけ、花をめでながらのゆったりとしたハイキングを楽しむことができました。大地を覆うのは照葉樹の森。主にみられるのは月桂樹です。伝説上のガラ姫とホナイ王子は敵国同士の禁断の恋の末、お互いの味方に矢で射られて死んでしまいます。二人はまるで十字架のように折り重なって倒れ、血を流し、そこからこの照葉樹の森が生まれた、というのがこのゴメラ島の伝説です。
さて、そのホナイ王子の出身地はテネリフェ島。スペインから約1100km離れており、西サハラまで約100kmという立地ですが、スペイン最高峰と名高いテイデ山が聳えています。ここも世界遺産です。テイデ国立公園では5月末~6月にかけて、とてもおもしろい光景が見られます。エキウムという植物のカナリア固有種が花開く時期なのです。
テイデ山とエキウムの花
高くそびえるその姿から、宝石の塔と呼ばれるこの植物がにょきにょきと、荒涼とした火山の麓に生えている光景はなんとも不思議。枯れると白骨化したかのように真っ白になって倒れます。背の高いものは3m近くまで育つのだそうです。エキウムの育つ麓からロープウェイで3555m地点までのぼり、テイデ山の眺望をお楽しみいただきました。
テネリフェ島の観光で忘れてはならないのが、竜血樹をみること。竜血樹”ドラゴ”と呼ばれる樹は正直カナリア諸島中あちこちに生えているのですが、このテネリフェ島でしか見られない、特別な竜血樹があります。
イコッド・デ・ロス・ビニョスという小さな町の中にある植物園の中に、その”特別な”竜血樹があります。
樹齢500年の竜血樹
柵で囲われ、そばまで行くことはできないのですが、イコッドの街に入ってくると、遠くからでも見える巨大な竜血樹があるのです。なんとその樹齢500年!ガイドさんに言わせると、この樹には年輪がない為実際の樹齢を図ることはできず、遥か800年前のある記述の中にこの大きな木の存在が記されていたことから本当は樹齢800年以上なのではないかとのことでした。実際に、下から見上げるその大きな樹は威厳にあふれており、スケールの大きさに感動してしまいました。この竜血樹に会いに、またテネリフェ島を訪れたいなと思いました。(留置)

| | コメント (0)

2017年6月20日 (火)

今年は10周年特別記念!プライベートバラ祭り

この度、「ルーマニア・ブルガリア物語 16日間」より帰国致しました。

今回のツアーのメインイベントはなんといってもブルガリアでユーラシア旅行社のお客様だけに特別に開催される“プライベートバラ祭り”です。

ブルガリアと聞くとヨーグルトを想像されることが多いですが、実はブルガリアは世界有数のバラ生産地として知られています。

バルカン山脈とスレドナ・ゴラ山脈に挟まれた一帯は綺麗な水に恵まれ、温暖な気候が香油用のバラに適していることから「バラの谷」と呼ばれています。

かの有名なイヴサンローランはじめ世界の香水の7~8割に、このバラの谷で咲いたバラの精油が使われています。私たちが訪れた5月下旬はバラが咲き誇り、バラの花びらの収穫が始まるシーズンです。

バラの谷では、カザンラクのバラ祭りが有名ですが、ユーラシア旅行社ではバラ祭りが始まった当初と同じようにバラの谷の村々で、素朴でのんびりとしたお祝いの祭りをお楽しみ頂くプライベートバラ祭りを毎年行っています。

今年は開催10周年目にあたる特別な年です。
私たちはカザンラク郊外のレジーナ村を訪れました。村に近づき車窓を見ると、村人たちが笑顔で手を振ってくれています。なんと歌を歌いながら、私達の出迎えをしてくれていました。


ブルガリア

この地方で採れるバラは小さなピンク色の可愛いダマスクスローズという種類です。ローズオイルやローズウォーターに使われています。大変香りの良いバラで、畑についた瞬間からバラの甘い香りが私たちを包み込むように広がっていました。

歓迎の歌を歌ってもらった後、バラ摘みにご案内します。

村人が1人1人に丁寧にバラの摘み方を教えてくださいました。
一見難しいように感じますが、花のすぐ下を折ると簡単に摘むことができます。

Photo_7

あっという間に皆様のカゴはバラでいっぱいに。

Photo_6

30分ほどバラを摘んで頂きましたら、昔ながらの天秤で計量大会。今回は1キロ摘んだ方が優勝です。
全員に手作りのバラの証明書が配られました。

その後は公民館に移動し、ご昼食兼村人との交流の時間。公民館に入る前に、パンとバラのジャムを頂きました。これはパンを自分の人生に例え、甘い人生になるようにハチミツをつけて食べるというブルガリア伝統の出迎え方法です。

中に入ると子どもから大人まで30人近い村人が私たちのために集まってくれていました。
子どもたちはブルガリア伝統の歌や踊りを披露してくれました。
また日本語とブルガリア語の講座が開催され、普段なかなか機会のない現地の人々との交流をお楽しみ頂きました。習ったブルガリア語を使って、ブルガリアの歌「若さ溢れる青年よ」と「美しい森」を村人と一緒に歌いました。

Photo_8

楽しい時間はあっという間に過ぎていきました。

お別れの時には10周年特別記念にバラのリキュールとハーブのお塩のプレゼントを頂きました。

Photo_10

(手作りの証明書、ハーブのお塩、10周年特別記念バラのリキュール、摘んだバラの一部)

摘んだバラと頂いたお土産のおかげでいつでもブルガリアでのひと時を思い出すことが出来そうです。
村の人々と過ごした時間は束の間でしたが、非常に貴重な時間で、村を出発するときは名残惜しくずっと手を振っていました。
また訪れたいと思いながら、バラの香りで包まれたバスに乗り込みレジーナ村を後にしました。(白井)

Photo_9

ユーラシア旅行社で行くルーマニア・ブルガリアツアーの魅力はこちら

| | コメント (0)

2017年6月16日 (金)

~約2万年前のロマンを求めて~ ラスコーⅣ公開!

170518wfswtc_270

先日、「南西フランス、絵のような風景へ 13日間」より帰国致しました。
今回は、天候にも恵まれ、汗ばむほどの陽気でしたが、このコースの題名の通り、訪れる街や村、そして車窓からの風景までもがどこも「絵のような風景」と言える、どこかの美術館にかかっているような絵画の一幅ように美しい景色ばかりでした。

その美しい村々に負けず劣らず美しい壁画が広がっている場所こそ、ヴェゼール渓谷のモンティニャック村近郊にあるラスコー洞窟。
今から約60年前の1940年9月8日、愛犬を探しに森に迷い込んだ4人の少年が偶然に発見した洞窟には、約2万年前にクロマニョン人によって描かれた美しく躍動感あふれる動物たちの彩色画が完璧な状態で残っていました。
フランスやスペインを中心にクロマニョン人の壁画は300ほど残っていますが、ラスコー洞窟の壁画は質と保存の良さ共に別格と言われるほど。

赤土・木の炭を獣脂・血・樹液で溶かして混ぜて作った黒・赤・黄・茶・褐色の顔料から数百の馬・山羊・羊・野牛・鹿・カモシカ・幾何学模様の彩画、刻線画などの約500点は、
宗教的な儀式?狩りの仕方を子孫に伝えるため?など、描かれた理由に関しては様々な憶測がありますが、なぜ、数多くの動物の絵を描いたのかは解明されていません。

ラスコー洞窟は1948年から63年までは一般公開されていましたが、この美しい壁画を見ようと、大勢の観光客が訪れたことで、白カビや黒かびが発生し、壁画に損傷を与えてしまいました。
その為、オリジナルの洞窟は閉鎖。その代わりに81年からは200m離れた場所に「ラスコーⅡ」と呼ばれる複製洞窟が再現され、観光客はその再現洞窟を見学していました。

しかし、200mも離れていても、大勢訪れる観光客や大型バスの振動によってオリジナルのラスコー洞窟を傷つけてしまう恐れが出た為、約1キロ離れた場所に造られたのが今回訪れた「ラスコーIV」です。5年ほど建設工事を行っていましたが、16年12月にラスコーⅡが閉鎖し、ラスコーⅣが新規オープンしました!
ラスコーⅡも技術の粋を集めて復元し、複製であっても見応えがある程でしたが、再現度はオリジナルの70%ほど。

今回、訪れたラスコーⅣは洞窟の大きさ、壁画に描かれた動物の大きさや色などオリジナルの洞窟を完璧に再現。
私たちが訪れる2日前、最初に洞窟を発見した4人の友人でありオリジナルのラスコー洞窟を訪れたこともある方がラスコーⅣを訪れ、「オリジナルそのものだ」と太鼓判を押したそうです。
約2万年前に描かれたクロマニョン人の技術と長年発見されなかったロマンに思いを馳せながら、よりリアルな壁画に圧倒されてしまいました。

170518wfswtc_273

※洞窟内部は写真撮影禁止のため、写真はアトリエと呼ばれる場所に洞窟内部の壁画のレプリカが展示してあります。

さて、ラスコーⅡ、ラスコーⅣと建設されたけれど、ラスコーⅢは?と思うかもしれませんが、ラスコーⅢは世界各地でラスコーの素晴らしさを語る移動型洞窟で、世界中を回っています。
そして、7月からは福岡で展示されます(2017年7月11日~9月3日には九州国立博物館で開催)。
オリジナルのラスコー洞窟のほんの一部ではありますが、お近くにお住まいの方は是非訪れてみてください。(三浦)

>>>ユーラシア旅行社で行くフランスやヨーロッパの田舎町のロマネスク芸術巡り

>>>ユーラシア旅行社で行くフランスの最も美しい村

>>>ヨーロッパの異郷、バスク~魅惑の独特の文化と旅する喜び~

| | コメント (0)

2017年6月15日 (木)

140段の見事な大階段が待っている!陶器の街、カルタジローネ

シチリア島、南東部に位置する、陶器の街として有名なカルタジローネ。2002年にバロック様式の街の一つとして、世界遺産に登録されています。バロックの街並みに目を引かれつつ、可愛らしい陶器のお店をのぞいたりしながら、歩いていると、いつの間にか時間がたっていることに気づきます。先史時代から、この辺りでは、陶器作りが行われていて、現在でも受け継がれています。アラブ人から伝わる、マジョルカ焼きの技術もこの街から、イタリアに伝わっていったそう。今でもマジョルカ焼きの工房が軒を連ねます。細かい部分も丁寧に制作された、色鮮やかでシチリアらしい陶器がたくさんあり、お気に入りの1品に出会えるはず。

カルタジローネ、シチリアツアー、イタリア旅行、海外旅行

いつ訪れても、魅力的な街には変わりありませんが、今回のように、花階段のイベントの季節に訪れると、街一番の目玉である大階段が華やかに装飾され、一際目立ちます!
この大階段はスカーラと呼ばれ、140段程ある階段は、それぞれの段の側面に、いろいろな模様や絵が描かれた陶器のタイルがはめ込まれています。階段の一部はエトナ山の溶岩でできています。また、花階段の時期には、多くの植木鉢が階段に置かれ、主に大きな花が描かれます。年によってその絵は様々ですが、下から少し離れてみると、よくその形がわかります。140段程の少し段差も大きい階段ですが、ゆっくりゆっくりその一つ一つの絵を見ながら、後ろを振り返り、美しいカルタジローネの街の写真を撮りながら進めば、この階段もどうってことありません。一番上まで上がると、素晴らしい景色が待っているので、登る価値あり。今回は、ちょうど登り切ったところにあるサンタ・マリア・デル・モンテ教会でミサが行われており、中を少し見学。帰りも、階段沿いにお店をかまえる陶器屋さんを見ながら、少しずつ降りれば、問題なしです。
パレルモやタオルミナのように、見所がたくさんある街というわけではないですが、居心地がよく、立ち寄ってよかったと思わせてくれる街です。

カルタジローネ、シチリアツアー、イタリア旅行、海外旅行

同じ時期に行われる、ノートの街の花絨毯イベント(インフィオラータ)も開催されています。この時期のシチリアは、本当に花好きにはたまらないですね・・・(荒川)

ユーラシア旅行社で行く、シチリアツアーの魅力

| | コメント (0)

2017年6月14日 (水)

大航海の始まりと終わり、ベレンの塔(ポルトガル)

  先日、「ポルトガル・ハイライト 9日間」より帰国しました。
  今回は、首都リスボンや港町ポルトはもちろん、最もポルトガルらしい村に選ばれたモンサントや王妃の愛した街オビドスなど9日間という短い日程でポルトガルのハイライトを周遊します。
 中でも印象に残っているのが、リスボン近郊の港に建つ、ベレンの塔です。

06142

  テージョ川に面するベレン地区はポルトガルの主要な港でした。ベレンの塔の正式名称は「サン・ヴィセンテの砦」と言い、1515年にマヌエル1世の命により行き交う船を監視し、河口を守る要塞として建てられました。遠目から見ると、中世の城のような外観をしていて、かの司馬遼太郎はこの塔を「テージョ川の貴婦人」と表現しました。
 まだ船しか海を越える手段がなかった時代、何年もかけて冒険しやっとたどり着いた故郷。見送ってくれた時と変わらずに建っているこの塔を見たとき、船乗りたちは安心し、帰ってきた喜びに浸ったといいます。また、出迎える人々もこの塔の鐘が鳴り、船が近づいてきたという合図が鳴ると、港に集まり、歓迎の宴の準備が始まったそうです。塔のバルコニーには王族が立って帰国した船乗りたちを歓迎しました。その後、中にある謁見の間で、遠い東洋やブラジルの話を聞いていたといいます。
 ベレンの塔を見ると、いつも帰ってきた船乗りたちの喜ぶ姿、出迎える人たちの歓迎する姿が浮かんできます。(保坂)

| | コメント (0)

2017年6月13日 (火)

約250年守り抜いた信仰心の継承(長崎・五島列島)

5/18発「五島列島巡礼の旅4日間」の添乗に行って参りました。

ホテルマルゲリータから五島灘の風景

私にとっては日本における1549年からのキリスト教の布教や豊臣秀吉による伴天連追放令から禁教、弾圧、踏絵などを、日本史の授業で習ったけれど、深く掘り下げず済ませてきてしまった歴史の一部分でした。教科書にしてみたらわずか1ページほどの出来事でまとめられていることが、その歴史に踏み込んでいくとなんと痛ましく、悲しくも想像を超える驚異的な出来事だったことに衝撃を受けました。「1614年の全国への禁教令の発布から1865年の大浦天主堂にての潜伏キリシタン発見までの約250年。弾圧から逃れ信仰を守り抜いた。」と一文で終わらせてしまえばそれまでですが、現地を訪問し、3世代近くもの間、国からも世間からも非難と差別、命の危険にさらされながら、自分の信じるものを守り通したことや世代から世代に話しつがれた欧州の司祭、宣教師や想像だけのものであった教会を長崎で目にした五島からの潜伏キリシタンの人たちの心境はいかばかりだったかを想像すると胸を締め付けられました。禁教が解かれてからも貧しい信徒の方々が漁をしてのわずかな稼ぎと自分達が建設の労働に従事することで教会を建てられたという話などを聞きながらあちこちの教会を巡っていく内に、人々の念願の想いが凝縮して出来た教会ひとつひとつが素朴ながらも尊いものに見えました。いまこの五島を新しい世代の人が新しい形で観光アピールをしています。そうした活動の中でも過去の歴史を大切に大切に思う心が積極的な言葉ではなく、現地の人の優しい謙虚なオーラから感じられました。

久賀島の木造・旧五輪教会

本場ヨーロッパのような巨大な教会はひとつも五島にはありません。素朴な造りの教会、素朴ながらも本場に負けない交差ヴォールド天井や柱頭飾りがついた列柱の内装、日本建築を取り入れた教会などなど。小さな島国日本・・・ではなくここ五島だからこその教会。ヨーロッパのような巨大さによって圧倒もさせず、豪華絢爛ではないけれども、守り通した信仰と強い精神、謙虚でいて美しい五島の信徒の方々を象徴した教会は、ほっこりして温かみを感じさせられました。失礼かもですが、そう思ったのも教会が平屋でいて日本家屋的な造りから、自分が生まれ育った昭和初期の木造家屋に重なって、自分の家にも近いようなものを感じさせられたのもあるかもしれません。
また私事になりますが、不思議なことに、この添乗から帰国しましたら、4月から重だるかった5月病のような体の不調と気分の沈みがカラリと治りました。島の雰囲気や空気の良さ、優しい現地の方たち、素晴らしい景観、教会群、美味しい料理の要因も考えつつ、ちょっとなにかしらの病を癒す奇跡を頂けたかなと感じずにはいられませんでした。(高橋)

野崎島・旧野首教会

| | コメント (0)

«地震に負けない町、シチリアでも発見