2006年10月31日 (火)

再開しました!!モヘンジョ・ダロ遺跡

Mohenjo_daro 10月13日出発「インダス物語」より帰国しました。
このツアーでは、アラビア海に面するパキスタン最大の都市カラチから、北部パキスタンのあんずの郷フンザまで、パキスタンを15日間かけて縦断します。
今春、シンド州に発令されていた外務省の危険度が下がったお陰でパキスタン南部のツアーがようやく10年振りに再開されたのです。
旅のメインは、何といってもパキスタンを代表するモヘンジョダロ遺跡。カラチからサッカルへ空路移動後、バスに乗ってガタガタ道を行くこと2時間、マンゴーやグアバ畑、水田の向こうにモヘンジョダロ遺跡はありました!!

いよいよ来たぞ!!」お客様の背中から意気込みを感じます。世界四大文明の一つ、インダス文明。大小300以上の遺跡の中で最大の都市遺跡がこのモヘンジョダロです。
約3平方キロの敷地内で発掘調査が済んでいるのはたったの一割。一段高い所に造られた紀元後2世紀のストゥーパに上がり城砦部分を見渡すと、発掘された所とそうでないところが一目瞭然。積まれた焼きレンガは高いところで背丈ほどしかありませんが当時はどの建物も2階建てだったかと思うと圧巻です。
大沐浴場の隣には公共トイレや大きな穀物倉。モヘンジョダロの財源を支えました。
倉庫は通気性を考えて設計され、そしてかつてはもっと近くを流れていたインダス川から船で運び込んだのでしょうか、町の端につくられています。
きれいに区画整理された市街地を歩くと、それはあらかじめ計画され建設されたとしか思えないほど完璧にまっすぐ各家庭の壁が続きます。
そして井戸が目立ちます。それもそのはず、たいていの家庭には各々の井戸があったからです。しかも下水道まで完備されていたと言うから驚きです。この時代、他の文明都市を見てもこのような高度な技術例は見られません。
染物工房も残っています。博物館で見た壺も一つ一つ絵付けされたもの。数千年を超えて残る色あせない色も文明の高さを物語っています。
神殿や王の墓がなく、支配者がいた形跡がなく平和的な社会だったことは間違いありません。それはなぜならエジプト文明よりも、メソポタミア文明よりも広大なエリアに広がっていたという事実。王に関わるものばかりが残る他の文明に比べて、当時の人々の生活の様子が肌で感じられる都市遺跡。今から4000年も5000年も前に生きた人々と同じ空気、匂いをかぐことができます。それは落ちて行く夕日を眺めながら遠くから聞こえる麦をたたく音に耳を傾けて思いました。
「死者の丘」を意味するモヘンジョダロ。他の観光客には会わず、その名の通りのモヘンジョダロを満喫しまして参りました。これから4月半ばまでは、降雨量が少なくなり、気温も落ちつくベストシーズンです。文明発祥の地にご興味ある方にはお勧めの場所です!(和田 華英) 

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