陰の主役!?ヘロデ大王(イスラエル)
ヘロデは、時の王朝ハスモン朝の王の側近の武将アンティパトロスの子。親から優れた政治手腕を受け継ぎ、古代ローマ帝国の強大な軍事力を利用しながらハスモン朝末期の内乱の中で権力を手にしていき、ついにイスラエルの統治者として紀元前37年から紀元前4年まで君臨しました。 敵対する者であればユダヤ教の指導層から血の繋がった一族すら手にかけたという残虐ぶりは決して称えられるべきものではないですが、彼の残した街づくりや建築分野の業績は、彼の激しく粘り強い性格と共に、現代でも色あせることなく感じることができます。その一例として挙げられるのが、何と言ってもエルサレム神殿の大改修。現在では神殿の基盤の上にはイスラム教の岩のドームが立っていますが、その精巧な基盤の壁はヘロデの死後のエルサレム陥落後も残り、敬虔なユダヤ教徒たちが祈りを捧げる“嘆きの壁”として知られています。 そして死海のほとりにある、奇妙な卓状台地の上に築かれたマサダの宮殿要塞。9月の太陽の照り付けるマサダにて、要塞の絶壁に造られた古代ローマ風の柱や漆喰の壁が残るヘロデの自室から壮大な青空と地平線を眼下に望んだとき、ヘロデの夢と孤独を思い、ふと、藤原道長の歌が頭をよぎりました。 「この世をば わが世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思へば」 やがてこの地にイエス・キリストが流星の如く登場する前の数十年間、ヘロデは確かに大王としてイスラエルの歴史にその存在を刻み込んだのでした。 一度の訪問では決して味わいつくせないイスラエルの魅力をぜひ、ご堪能くださいませ!!
(佐賀)
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