2008年6月12日 (木)

東欧の裏庭は大いなる歴史の揺りかご!(ベラルーシ・モルドバ・ウクライナ)

Poppies 先月、激動の20世紀末をへて新しい道を歩みはじめた、ベラルーシ、ウクライナ、モルドバを訪ねてきました。ベラルーシの街道沿いはうす曇の空に菜の花の黄色の色がまぶしく目に飛び込んできましたが、ウクライナの黒海近くまで南下してくると今度はけしの花が可憐な赤い花を咲かせていました。季節は、16日間の旅の中で早春から初夏と駆け足で移り行きました。
今回訪問した地は、紀元前には秀逸な黄金装飾で知られるスキタイ人が草原を駆け抜け、10世紀にはキエフ・ルーシ王国が広大な領土を誇ったところ。しかしその後、穀物が豊かに実るこの「ヨーロッパのパン籠」では幾多の争乱の舞台となり、今世紀にいたるまで大国のはざまで苦難の道を歩んできました。

Baison ベラルーシでは、鬱蒼とした原生林が広がるベロヴェジの森を訪ねました。ここは皇帝の狩猟場だったため、逆に手付かずの自然が残されていますが、今回、絶滅の危機から脱したヨーロッパ・バイソンにもお目にかかることができました。
 東欧の秘境モルドバは、ルーマニアとウクライナに挟まれるような小さな国。車窓には、ブドウ畑が広がり、アヒルが小川で泳いでいたり、ヒツジが草をはんでいたり、のどかな田園風景が広がっていました。この地はまた血気盛んな詩人プーシキンがこの地に追放され、名立たる文豪たちが温暖な気候を求めて滞在したロシア文学ゆかりの地でもありました。
 最後3日間はクリミア半島に滞在。芸術家たちが愛した保養地ヤルタ。結核の療養のため、チェーホフが晩年をすごした家には、本来は亜熱帯に自生しない「白樺」が。なんでもロシアへの郷愁から本人自ら植えたとのこと。劇作家の質素な暮らしぶり、親戚や知人の往来が目に浮かぶような家でした。 Orhei
 歴史の表舞台から遠ざかって久しいこれらの国々ですが、『戦艦ポチョムキン』にヤルタ会談などなど…意外なつながりに新鮮な驚きいっぱいの16日間です!
(石堂佐和)
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