2009年1月29日 (木)

高度な文明と古の教え

Photo1  年末年始にかけて、「ペルー、マチュピチュ・チチカカ湖とナスカの地上絵 10日間」の添乗に行って参りました。ペルーは日本とは反対の半球にある為、夏にあたりますが、日本ほどはっきりした四季はなく、一日の中での気温差が激しい国です。特に標高の高いクスコやプーノでは、朝晩は0度を下回ることもあり、暖かい服装が必要になります。
 

Photo2  さてこのクスコという街はかつてインカ帝国の都として栄えた場所で、ケチュア語で”へそ”を意味します。なぜクスコがインカ帝国の都に選ばれたのか?それにはこんな神話が残っています。インカ族誕生についての創世神話の一つに初代インカ王であるマンコ・カパックがチチカカ湖より生まれ出たという説があります。秩序もなく、知恵もなく、野蛮な生活をしていた人間を不憫に思い、太陽神は息子と娘をこの世に送ります。彼らは、太陽神から金の杖を授かり、杖が突き刺さった地を都と定めるよう命じられる。そうして杖が突き刺さった場所がここクスコの街でした。
 また人々はインカの教えによって農業や建築、宗教などの文化を持つようになります。今でもこのクスコには、サクサイワマンやサント・ドミンゴ教会などに代表される”カミソリの刃一枚も通さない”と言われる石組みの建造物が数多く残っています。インカ帝国がスペイン人によって征服された為、石組みの上にスペイン風の建物が造られ、当時の姿とは異なってしまっている場所もありますが、高度な文明が栄えていた事が感じられます。しかし、この高度な技術の裏には農業が経済基盤になっていました。
インカ時代の教えに”アマスア、アマユア、アマケア”という3つのルールがあります。
これはケチュア語で”盗むことなかれ、だますことなかれ、怠けることなかれ”という意味です。特に怠けることなかれという教えが一番重視されていて、今日のインディオ達の勤勉さの根本にあります。アンデネス(段々畑)は山岳地帯の耕地面積を拡大し、高度3000m以下ではとうもろこしを作り、それ以上ではジャガイモを作るなど気候や高度を考えた農業が行われ、作物の品質改良もされていました。こうした一人一人の日々の努力が、インカ帝国を支え、大帝国へと発展させていった要因の一つです。だからこの地を訪れる度、古の文化に触れるとともに”生きる力”をもらえる気がします。
 
 これから少しずつ乾季へと移り変わっていきますが、天候が変わりやすいので、雨具は常に持参してください。まだまだたくさんの見所のあるペルー。自分のお気に入りの場所を見つけに旅してみてはいかがでしょうか?

(石井)

中南米のツアーはこちら

|

中南米情報」カテゴリの記事

世界の文化情報」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。