2009年3月 3日 (火)

60年前の日本へ~中国・雲南からミャンマー・シャン州北部への旅~

先日、「雲南・ミャンマー国境越え」のツアーより帰国しました。
ミャンマー、シャン州北部地域の旅は、このツアーならではのとっても素敵なものとなりました。
Border_2 このツアーの目玉と言いますと①陸路でのミャンマーへの国境越え、そして②ミャンマー北部に位置するシャン州の村とその田園風景、になります。弊社でもミャンマー一国をたっぷり旅するツアーは沢山企画しておりますが、シャン州北部にご案内しているのはこのツアーだけです!!
さて、まずは見所①陸路でのミャンマーへの国境越えですが、雲南省側は、瑞麗の隣に位置する姐告という国境の町から、ミャンマーは、ムセという町へと歩いて越えていきます。

昔一時、中国・ミャンマー間の国境越えは許されておりませんでしたが、現在では、中国側の入出国の手続きを行う建物一つ抜けるだけで、ミャンマーへと入れてしまうのです。手続きは色々とあるので、やはりある程度の時間はかかってしまいますが、そんなに大変なものではありません。
国境には漢字とビルマ語表記の記念の石碑が建てられており、ここが国境であり、そして、大東亜戦争の際に、ミャンマーから中国へ物資が運ばれたかの有名なビルマ公路(援蒋ルート)が始まるのか・・・と考え、その時代にタイムスリップするのも一興です(あまり戻りたくない時代かもしれませんが)。
細かく言えば、戦争時、物資や兵隊が使用した国境は、畹町にあります。「一九谷橋」という小さな橋ですが、とても重要な歴史をもつ橋です。(こちらの国境は、観光客が使用することが出来ません)そう。国境は一つだけではないのです!特に、地元の少数民族用の国境は至る所にあります。中国に位置するのに、家の敷地の一部がミャンマーになっている家屋があったり、渡し舟でミャンマーに渡る人々の姿などなど。四方大きな海で囲まれた私達日本人には考えられない光景です。
Rural_scenaryそして、見所②ミャンマー北部に位置するシャン州の村とその田園風景ですが、国境を越え、いよいよビルマ公路をマンダレーまで辿る旅が始まります。戦争時中は、中国を助ける為の援助物資が運ばれたこの道も、現在では、温かい気候を利用してミャンマーにて生産されるスイカを大量に積んだトラックが沢山列を組んで、中国へと走っていました。
雲南省では、綺麗に整備された道路も、ミャンマーに入ると、一変し、山間部のくねくね道がずっと続き、その車窓の風景と言いますと、南国風景の象徴であるヤシの樹や果物の木々、また見渡す限りの段々畑、そして農作業に勤しむ少数民族の人々の姿。現在でも手作業で、水牛を利用し、のんびり田植えを行う長閑で、とっても素敵な景色が延々と続きます。
まるで、50―60年くらいの前の日本の風景、古き、良き、時代にタイムスリップした様な、懐かしさを感じる風景が永遠と続きます。その古き良き時代を知らない私でも、この長閑な田園風景には、とっても心が和み、ただただ感動するばかりでした。
少数民族の人々ののんびりと生活する姿、幸せそうに明るく笑顔で暮らす彼らの姿に、高層ビルが立ち並ぶ、ストレス社会と呼ばれている先進国の現代に生活する私達とは正反対の彼らの姿に、心が洗われました。
Minority_clothes 現在では、お祭りなど特別な時にだけ、民族衣装を着用するミャンマーの少数民族の人々ですが、今回、偶然に少数民族の村でキリスト教のお祭りがあったので、民族衣装を着た方々にお会いすることが出来ました。また、田舎だからこそ、運よく小学校を見学をすることが出来、生徒達が民族衣装を着て、私達を歓迎してくれ、沢山の村人も学校に集まってきましたので、少数民族の人々と写真を撮ったり、折り紙や飴などプレゼントしたりと、触れ合いの機会をゆっくり持つことができました。
普段、シャン州北部は、観光客もなかなか訪れない地域だけに、町の人々は、どなたもとっても親切で、気さくで、笑顔で私達を迎えてくれます。
まだまだ世界には、この様な秘境の地があるのだと気付かせてくれる秘境!雲南・ミャンマー国境越えツアーがこの旅です。
是非、足を運んで頂ければと思います。

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