2009年6月19日 (金)

哀愁漂う街、サラエボ(ボスニア・ヘルツェコビナ)

Dovrovnik 先日スロヴェニア・クロアチア周遊とボスニア・ヘルツェゴビナの添乗から帰国しました。

初夏らしく、次第にジリジリと強くなり始めた明るい陽光とすがすがしい山々の新緑、紺碧のアドリア海から吹き抜けて来る爽やかな海風に季節を感じました。ちょうど今頃はさくらんぼと遠足のシーズン真っ最中。町々の青空市場で甘く熟したさくらんぼを摘み、至る所で可愛らしい子供たちと観光を共にします。行程中最北のスロヴェニアはまるでスイスのような山岳美とのんびりとした牧歌的な風景がある一方、巨大鍾乳洞内部をトロッコ列車で疾走するスリリングな体験をします。アドリア沿岸のクロアチアでは古代ローマ遺跡やビザンチン時代の荘厳なモザイク、洗濯物がはためく古都の佇まいに加え、世界遺産プリトビッツェ国立公園のハイキングなど、一日ごとにガラリと変わってゆく景色や町並みは決して飽きることはありません。

ここ数年、このスロヴェニア・クロアチアのツアーは好評ですが、実際に行ってみて改めて人気の秘密を実感しました。

Mostar 旅の後半に訪れたボスニア・ヘルツェゴビナは僅か2日ほどの滞在でしたが、一番強烈な印象がありました。整然としたヨーロッパ風の町並みのクロアチアから隣合うボスニアとの国境を跨いだけで、すぐ目の前にモスクの丸屋根やミナレットが見え、イスラムらしい雑然とした街並みにガラリと変わります。まるでトルコにいるかのようです。

モスタルとサラエボという2都市を巡りましたが、1992年から続いたボスニア内戦時の激しい戦闘の為に、両市とも建物の外壁には痛々しい弾痕跡が見られます。当時は「民族浄化」という言葉が盛んに飛び交い、昨日まで同じ町内の隣人・友人であったクロアチア人、ボスニア人、セルビア人がお互いに報復しあうという悲惨な内戦でした。現在はボスニア人、クロアチア人、セルビア人は共に同じ街で穏やかに暮らしています。一見すると内戦からは立ち直ったかのようですが、行き交う人々のふとした表情や街の雰囲気にどことなく哀愁を感じる時がありました。度重なる戦乱で、計り知れない心の深い傷があるのかも知れません。現地ガイトから聞く内戦当時のありさまも、ガイドの何気ない一言一言に重みがあり、胸に迫る迫力があります。

まさに「百聞は一見にしかず」です。
うわべだけでは判らない、深い内戦の傷跡がまだまだ残っています。初夏のサラエボの町を歩きながら、現地の雰囲気をひしひしと感じました。(上田)

ボスニア・ヘルツェコビナを訪れるツアーはこちら

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