2009年8月27日 (木)

果てしない歴史の重みを感じる旅(シリア・ヨルダン)

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先日「薔薇色のペトラと巨大遺跡パルミラを訪ねて 9日間」の添乗より帰国致しました。
今回のツアーは中東のシリアとヨルダンに残る巨大な遺跡群を巡る毎日がハイライトのツアーとなります。この辺りの歴史は旧約聖書の創世記から始まるとも言われています。エデンの園を追われたアダムとイブの息子であるカインとアベルの話です。舞台はシリアの首都ダマスカスに位置するカシオン山。ここで人類史上初の殺人事件がおき、人類最初の嘘がつかれたとされています。
というように、たった一ヶ所だけでも深い伝説・歴史が残り、このツアーは聖書の世界に満ち溢れています。また、聖書以降、ローマ時代、ビザンチン時代、イスラム時代、十字軍時代など立地上、聖地エルサレムに近く、東西シルクロード貿易の中継地点、軍事的な要衝として大いに栄えてきました。

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そんな壮大なスケールの中、バスはヨルダンのデザート・ハイウェイ(砂漠の道)をひた走ります。すると次第に岩場の合間に集落が見えてきました。これがペトラの町です。
翌日は丸一日ペトラにどっぷり浸かって頂きました。水を持ち、日差し対策もバッチリで、まだ風が気持ちいい時間帯にホテルを出発。ペトラの入口はホテルの隣にあり、これから始まるペトラ・ウォーキングに絶好の立地です。歩き始めて間もなく奇妙な形の巨大な岩が見えてきました。ナバテア人の絶対神ドゥシャラを祀る墳墓です。ナバテア人とはこの辺りを支配し、都市を築き、紀元前2世紀頃に勢力を誇った民族です。そしてさらに歩みを進めると、山の裂け目の間(シークと呼ばれる道)を歩くことになります。悠久の時を越えて地震や浸食によって削られてできたそうです。様々な祠が造られていたり、ダムや上下水用の水道システムが配されていたり、ローマ軍に支配されてからは石畳が敷かれたりと先人達の生活が垣間見えます。そして突然ガイドさんが「皆さん、縦一列に並んで、目をつぶってください。」と言いました。言われるがまま並び、ガイドさんに手を引かれ、「3、2、1」の合図で目を開けるとそこには・・・エル・カズネ!ペトラの象徴です。朝日を浴びたそれはまさに薔薇色。砂岩の地層がマーブル模様を作り出す。人間の作り上げた建造物と、自然の織り成す色模様の融合。存在感は圧巻でした。
エル・カズネとはアラビア語で宝物殿を意味しますが、それ以外にも、死にまつわる彫像などから、葬祭殿。さらには生贄の血を流した跡があることから、祭儀用の神殿。はたまた周辺国の王侯貴族が訪れた際の迎賓館。諸説あり、今現在でも何の為のものなのか定かではありません。ペトラの遺跡では沢山の遺構を見ることができますが、それでもまだ全体の2%しか発掘が進んでいないようです。どれだけ大きな都市だったのか、想像すると遺跡歩きも楽しいものです。

ここで取り上げたのはペトラの遺跡のほんの序章に過ぎません。さらには世界で一番の低地であり、濃い塩分濃度の為、体が浮くことで有名な死海、ローマ時代に最も栄え、今でも遺跡がきれいに残っているジェラシュ遺跡、シリアに入ると玄武岩で町全体が黒光りしているボスラ、イエスが布教活動の際に使っていたアラム語を今でも話すマルーラ村、十字軍の時代の巨大要塞クラック・デ・シュバリエ、砂漠の中に姿を残す巨大遺跡パルミラ・・・。数え上げればきりがありません。
自然、人々の伝統や文化…様々な要素が重なって今があると考えると、長い歴史の重みを実感します。皆様も是非この悠久の時を感じにシリア・ヨルダンへ!(添乗員:篠原 由宇馬)

シリア・ヨルダンのツアーはこちら

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