2009年9月 8日 (火)

「文殊菩薩の道場、五台山と黄河文明を追う、中国5000年の旅」

Ryumonsekkutsu 先日、「中原三大世界遺産と五台山詣での旅 11日間」より帰国致しました。すでにご存知の方もいらっしゃると思いますが、今年6月、中国山西省の五台山はユネスコの世界文化遺産に登録されました。よって三大ではなく「四大世界遺産」となりほぼ毎日世界遺産を訪れる豪華な旅となっております。中国四大名山【五台山(山西省・文殊菩薩)、峨眉山(四川省・普賢菩薩)、普陀山(浙江省・観音菩薩)、九華山(安徽省・地蔵菩薩)】の一つに数えられる五台山は、仏教、特に文殊菩薩の聖地として古来より絶えず人々が訪れた場所です。最盛期の唐代には中国仏教のひとつの頂点となり、360を超す寺院がありました。日本からも円仁が入山、悟りを開き仏門を極めたいと、数多くの僧が海を渡りました。信者はもちろんそうでない人も、国内外から今も尚巡礼に来ています。2837平方キロメートルの敷地の中には、同じ仏教であっても多くの宗派のお寺が存在しており、今も厳粛に仏道に励む僧侶達が日々、精進しています。

今回の旅では2日間、五台山に滞在しお寺参りをしましたが、特に印象に残ったのは大白塔のある塔院寺と、五台山の別名、清涼山の名前の由来となった伝説の残る清涼寺です。Daihakutogodaisan2
 昔、五台山は、夏は蒸し暑く冬は水が凍るほど寒く、作物が全く育たない非常に悪い気候でしたが、そこへ伝教の為にやってきた文殊菩薩がその光景を見て、なんとか苦しむ人々を助けようと、空気を湿らす石を求め姿を和尚に変え、東の海へ向かいました。東の海にたどり着き、文殊菩薩は竜宮城で、求めていた魔法の大きい石を見つけました。すぐにでもその魔法の石を持って帰ろうと、竜王にこの石をもらえないかと頼みました。しかしこの石は、仕事から帰ってきた竜の子どもたちが休むための寝床であり、これがなくなってしまうと竜の子供達は休めなくなってしまうとのことでした。どうしても欲しいと懇願する和尚を見て竜王は、和尚一人ではこの大きい石を到底持って帰れまいと思い、もし一人で持って帰れるならば、どうぞ持って帰りなさいと告げたのでした。それを聞き文殊菩薩は、なんと魔法でその石をすぐに手のひらに乗るくらいの大きさに変え、着物の袖に入れて五台山へ持って帰ってきたそうです。それを見た竜王は、後悔してもしきれなかったといいます。それからというもの、蒸し暑い五台山は、夏は涼しく緑豊かな場所になり、「清涼山」との別名で呼ばれるようになりました。今その魔法の石は、五台山の清涼寺の中庭にある石のことだと言われています。実際に清涼寺にある石に近づいてみると、確かに涼しい風が岩の間からしみ出てきているのです。また石の表面はひんやりとして、まさに伝説どおりの石でした。皆様も是非清涼寺で、伝説の石を触ってみて下さい。あまりの冷たさにビックリします。

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また、この旅で訪れる五台山以外の世界遺産は、中国3大石窟(大同・雲崗石窟、洛陽・龍門石窟、敦煌・莫高窟)のうちの2つである雲崗と龍門、そして明・清代の城壁が今も残る平遙古城です。中国の初期仏教文化最大の成果と言われる雲崗石窟の見所は、460年、北魏代に作られた初期の像。日本の奈良・京都の寺にも多くの影響を与えた、北魏様式の仏像がいくつも造られました。岩壁にいくつもの穴が穿たれ、その中にひっそりと佇む仏様は、外側からは分からないですが中へ入ると荘厳な雰囲気。加えて、そのバランス、デザイン、精巧さは1500年前のものとは到底思えないほど、技術の高い作品ばかりです。
洛陽の龍門石窟はまずそのスケールの大きさに驚きます!階段を上った先に現れる廬舎那大仏は、仏像彫刻の傑作とも言われます。仏像自体の美しさ、表情の細かさはどの石窟よりも素晴らしかったです。

今年、中華人民共和国建国60周年を迎える中国。中国3000年、いえ5000年、もしくはもっと古いところまでも、歴史が深~い国。人間が「濃い」というか「生きる」パワーを感じさせてくれる国でもあります。世界中どこを探しても、これだけ人間一人ひとりが一丸となるパワーを持っている場所は無いような気がします。中国の強いマンパワーと、日本と中国の歴史を感じながら、日本のルーツは中国にあり、と改めて考えさせられた旅でした。皆様も是非今一度、文明を追い、歴史ロマンに満ちる中国へおいでください。(奥谷)

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