2009年9月16日 (水)

ラマダン中、シリア・ヨルダン再発見!

Petra 先日、「シリア・ヨルダン隊商の路」の旅より帰国しました。
実りの秋が近づき、道端の露店には旬の生ナツメヤシや、生ピスタチオが並ぶようになってきました。
ざくろもそろそろ食べごろだなと考えながら、遺跡に生えるイチジクの実に手を伸ばしたりしました。
(もっとも、手の届くところに熟れた実はもうほとんどありませんでしたが)

現在ラマダン真っ只中のシリアとヨルダンですが、今回の旅ではラマダンならではの悲喜交々(?)がより両国を魅力的に見せてくれた気がしました。

Palmira ラマダン、というのはイスラム教の「月」カレンダーで第9番目の月の名前です(ラマダン=断食という意味ではありません)。
敬虔なイスラム教徒は、この月の間、日が出ている間は断食をします。食事だけでなく、飲み物やタバコなどの嗜好品、異性との接触も絶ちます。
もちろん、同じイスラム教徒でも個人差は大いにあります。
それでも、国境の警備の人に握手を断られたり、キリスト教徒のドライバーさんが他の人たちに遠慮して水をあまり飲まなかったりなんてこともありましたし、砂漠の中のパルミラの遺跡など、売り子のお兄さんたちにもいつもの元気がありませんでした。

現地について最初の晩に、お客様を驚かせたのが、夕暮れに町に響いた大砲の音でした。
一日の断食を終える日没は、大砲の音で町中に知らされます。西の空が曇っている日はなかなか大砲がならず、断食中のガイドさんたちはやきもきしている様子でした。
日没後「ブレック・ファスト」を終えると元気満タン。人々もリラックスした表情を浮かべています。

さて、旅の半ば、シリアのパルミラ遺跡を見下ろすアズラク城に夕日を見に行った時のことです。
東のパルミラの遺跡を薔薇色に夕日が染めて、西方、遥か地中海の方角に沈む夕日を見届けると、しばらくして響き渡る大砲の音。「日が暮れたーもう食べてもいいぞー」という声が聞こえてきそうなほどでした。
程なくして、パルミラの町中のモスクのミナレット(尖塔)に緑の明かりが灯り、夕べの祈りへ誘うアザーンが響き、こだましました。
1800年前の遺跡の上空には満月が輝き、幻想的な気分に包まれたひと時。
私たちの後ろでは、ガイドさんが冷たいお水とナツメヤシの実で乾いた喉を潤していたところでした。(山岸)

シリア、ヨルダンのツアーはこちらから

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