2009年9月11日 (金)

砂漠と、金と、ナツメヤシ(モロッコ)

Ait 先日、「モロッコ・サマースペシャル 9日間」より帰国致しました。
夏の暑さも少しずつ和らぐ中、モロッコ観光のエッセンスをギュッと凝縮した、名産バラ・オイルのような濃密で素敵な旅になりました。

日本は“日出ずる国”と言われますが、モロッコは“日没する国”とも呼ばれます。アラブ・イスラム世界の最果て、北アフリカ・マグレブ地方の最西端に位置し、北は地中海、西は大西洋に面し、スペイン・イベリア半島へはジブラルタル海峡を挟み、わずか14キロメートルしか離れていないのです。古来より地中海世界の一部としての歴史を刻んできたモロッコには、先住民族ベルベル人、カルタゴで有名なフェニキア人、ローマ人、ゲルマン人、そして今日まで続くアラブ人と様々な民族が興亡を繰りかえしてきました。また目を南に転ずれば3000メートル級の峰々を抱くアトラス山脈があり、さらに南方には黒人アフリカ社会と広大なサハラ砂漠が広がっているのです。

モロッコ観光の最大の魅力は、ある一つの建築や遺跡といったものではなく、この古来より続く様々な民族の興亡、交わりの過程で花開いた多彩な文化・伝統・物語を今なお色々な形で味わうことができることなのだと思います。

Ziz 中でも道中、私が大好きなのはアトラス山脈越えや南モロッコのアトラス山脈に沿ったカスバ街道を駆け抜ける時間です。急峻なアトラス山脈から流れ来る恵みの水は乾いた大地を切り裂き、モロッコのグランドキャニオンと呼ばれるジィズ谷や、世界中のロッククライマーの聖地と言われる断崖絶壁が続くトドラ渓谷を形成しました。乾燥した大地を走る決して豊かとは言えない水の線。この線に沿って人々はわずかな土地を耕作し小麦にナツメヤシやオリーブ、ザクロやリンゴなどの果物などを育て生活してきました。広大な砂色の大地を蛇行する緑色の帯。所々に集住している人びとの住居。食糧の乏しい弱肉強食の時代と、莫大な富をもたらしたサハラ交易を思い起こさせるカスバ(城砦)とクサル(城砦集落)。南に行くに連れて深みを増す人々の肌の色。

この谷の緑の道に沿って何百年も交易路が栄えました。北のアラブ社会で生産された工芸品や食糧はロバの背にのりアトラスを越え、南のベルベル社会や黒人社会からはラクダの背に乗った金や奴隷がもたらされました。19世紀以降、ヨーロッパ諸国により大西洋からの西アフリカ航路が開拓されて以降、急速な衰退したこの交易路も、今なお点在するカスバやクサル、そして何世紀も前に連れてこられたという奴隷の子孫という人々からその当時を偲ぶことができるのです。

毎日がハイライトの、移動さえもが豊かな物語へと通ずるモロッコへ、ぜひ一度お越しいただければと思います。(田村啓)

モロッコのツアーはこちら

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