2009年10月30日 (金)

先人に学んだ古代ローマ人の「一日にして成らず」(イタリア)

Photo  先日、南イタリアの旅より帰国致しました。映画で人気に火がついたアマルフィや、青の洞窟で有名なカプリ島などなど・・・・たくさんの見所がありますが、今回は、イタリアの基礎と言える古代ローマの成長に関わった先輩民族をご紹介したいと思います。

 2500年以上も前に生まれた古代ローマ。これまでに添乗したトルコやシリア、ヨルダン、リビア、アルジェリアなどでも古代ローマの都市遺跡を見てきましたが、計画性と技術力には圧倒されっぱなしでした。しかしこの力、古代ローマ人独自のものではないらしいのです。
 力を与えた先輩は主に2つ。まず、古代ローマ人以前にイタリア半島に暮らしていたエトルリア人。彼らは土木技術に長けていたそうで、フォロ・ロマーノは彼らが持っていた技術によって建設を成し得たと言われています。そんなエトルリア人の街・タルクィニアを訪れてみると、なんと丘の上。防衛優先だったのでしょうか。それでも丘から河へ、海へと出て積極的に交易を行っていた彼らは、ギリシア人とも交流を持っていたそうです。その証拠に、エトルリア人の墓には、ギリシア文化の影響を受けたとされる美しいフレスコ画が残っています。

Photo_2  もう1つの先輩民族はそのギリシア人。彼らから学んだものは芸術と文化。言葉や法律、なんと神様にいたるまでギリシアから影響を受けたとか。古代ローマが生まれたばかりの頃、イタリア半島の南半分で権力を持っていたギリシア人がその影響を与えたとされ、パエストゥムの街には、ギリシア人都市全盛期の立派な神殿が今も残されています。その堂々たる姿と良好な保存状態は、本土ギリシアを凌ぐとも!

今回の旅では、古代ローマの建築物に、先輩民族の技術が生かされていることを知ることができました。その建築物の最たるもは?と尋ねられれば、私は迷わず「街道」をあげます。ガソリンスタンドならぬ「馬交換所」や、飲食店、宿泊所も備わっており、まるで現代の高速道路!今回の旅で訪れた「アッピア街道」は、ブリンディシ(長靴型の半島でくるぶし部分に当たる所)へ向けて約600kmも続く街道です。2000年以上経った今でも一部が残っており、腕の長さほどの大きさの敷石は黒く光り、轍のあともくっきり。「これが“街道の女王”かぁ」「ユリウス・カエサルも通ったのかも!?」など、お客様と色々な想像をしました。ちなみに、私たちの横を走っていた車にとっては不便でたまらないようで、思わず一笑でした。

先人の技術を自分達のものとし、建築物の修繕・修復の大切さを理解していた古代ローマ人。だからこそ、2000年以上経っても残っているのだと思います。「ローマは一日にして成らず」この言葉の意味を感じられた今回の旅でした。(江間)

イタリアへのツアーはこちらから
※アッピア街道を訪れるツアーは、2009年度の募集を終了しております。

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