2010年2月10日 (水)

かつての国際貿易都市ホイアン ~夜と昼の町並み~

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先日、「華麗なるベトナム紀行 7日間」のツアーより帰国致しました。
こちらのツアーは、7日間と弊社にしては短い日数ですが、限られた日程の中で効率よくベトナムの四都(ハノイ、フエ、ホイアン、ホーチミン)と、ハロン湾、ミーソン遺跡を巡ります。さらに、今回は毎月旧暦の14日の夜に行われるホイアンの夜祭りにもご案内致しました。

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私たちは夕食後、ホイアンの中心街へ。バスを降りてから何となく薄暗い感じがしましたが、実はこの日、中心街は一定の時間内において提灯の灯りのみで、電気の灯りは一切点いていません。しかしそれがノスタルジックな雰囲気を醸し出しています。そして日本橋を渡りましたが、なぜベトナム・ホイアンで日本橋?実はこのホイアンは、かつて中国からインド、アラブ世界を結ぶ「海のシルクロード」の拠点として栄えた国際貿易都市で、16世紀後半から17世紀初頭にかけて、日本の朱印船も多く寄港し、日本人町も造られ、多いときには1000人以上の日本人が住んでいたと言われています。その日本橋は瓦屋根のついた中国風の橋ですが、日本人によって造られたものなのでその名がついたと言われています。その橋を渡ると付近には多くの子供たちが私たちを見て手招きをしています。近づいてみると、簡単に紙で作った器のようなものの中に短く切ったろうそくに火が灯っていました。そうです。彼らは付近の川に流すための「灯籠」を売っていたのです。私も一つ買って流してみましたが、辺りは日本の「精霊流し」の如く、幻想的な光景を醸し出していました。

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もちろん、ホイアンの観光は夜だけではありません。次の日の午後も町並みの観光へご案内致します。散策すると、正直あまり日本を感じることはなく、むしろ「中国風」という印象でした。それもそのはず、日本人町も江戸幕府の鎖国後は日本人がいなくなり、代わって中国の人々が多く住むようになったからです。烏龍茶で有名な福建省から来た人たちが建てた福建会館には、航海安全の守り神「天后聖母」が祀られ、海のシルクロード博物館には景徳鎮焼などが展示されていました。そして、街中に点在するオープンカフェにはヨーロッパの人たちの姿が・・・。

現在は国際貿易港としての役割はお隣のダナンに譲っていますが、ホイアンの町を夜と昼に訪れてみて、昔も今も国際的な町であることを認識させてくれた旅となりました。(斉藤信)

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