2010年2月12日 (金)

雄大なメコン川で感じるラオスという国

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先日、「ラオス二都巡りとメコン川クルーズ」の旅から帰国しました。年末年始のツアーという事で、日本では慌しい頃でしたが、ラオスではのんびりとした時間が流れ、束の間の”癒し”を感じる事ができました。さて今回の旅のメインはメコン川のクルーズです。それも2回乗るチャンスがあり、雄大なメコン川を存分に味わう事ができたと思います。

まずはパクセー空港からバスで南へ約2時間半、シーパンドーン地方へ向かいます。この地方は島の数が約4000にもなる為、シーパン(4000)、ドン(島)と呼ばれています。ここで有名なのは”ラオスのナイアガラ”と呼ばれるコーンパペンの滝です。メコン川最大の滝でカンボジアの国境まで続いています。ゴツゴツとした岩場を歩き、滝の近くまで行くとゴーっという音がして、迫力がありました。今は乾季なので、これでもまだ水量は少ないとの事で、水量が多いと私達が歩いた岩場も水の中に沈んでしまいます。
それにこの滝は歴史にも大きな影響を及ぼしています。この滝がある為、交通は遮断され、ラオス人はカンボジアへの南下をあきらめたと言われています。

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結果、国境がラーオ文化(ラオス)とクメール文化(カンボジア)の境界線になり、民族的・文化的な違いをもたらしました。また19世紀後半にフランスが植民地化しようとした際もこの滝を越える事ができなかったそうです。その為、中州に鉄道を引いて迂回するしかなかったのです。今でもメコン川の中州には当時のフランス時代の鉄道跡を見る事できます。もしこの滝がなかったら、ラオスを含めアジアの歴史は変わっていたかもしれません。 滝の見学の跡、まずは1回目のメコン川クルーズをしました。対岸のコーン島へ渡り、もう一つの滝、ソン・パミットの滝を見学しました。精霊の滝と呼ばれるこの滝は、昔から精霊が棲むと言われる場所です。ガタガタ揺れるトラックに揺られながら、滝の近くまで進みます。先程の滝よりは大きくありませんが、やはり近くに寄ると勢いがあり、吸い込まれそうになります。再びトラックに揺られ、島の散策をすると途中にはフランス時代の墓地や鉄道跡を見る事ができます。かつての人々の苦労を感じながら、元の島に戻りました。

2回目のクルーズは古都ルアンプラバンにおいてです。サンハイ村と言うラオス焼酎の発祥の地と言われている小さな村を訪れた時です。ゆっくりと流れるメコン川を約1時間半、船で移動していると、川では洗濯したり、水浴びをする人々がいて、生活に密着していることを感じました。またこの辺りのレストランは高床式になっていて、水位の変動にも対応できるような工夫がなされていました。3blogtemplateさて、サンハイ村に到着すると、すぐに焼酎のおもてなしを受けました。15度と50度の焼酎を飲み比べして頂きましたが、やはり50度はかなりきつかったようです。他にもこの村では村人が自ら織った織物製品を販売していて、色鮮やかな織物が露店に並び、どれも欲しくなるものばかりでした。しかしここで私の目を惹きつけたのは、ラオスの楽器”ソーウ”と”ソーイ”です。村の老人が弾いてくれたのですが、音色が素朴で優しく、どこか懐かしい気さえしました。どちらも弦は一本の弦楽器で、ソーウは男性を表し、本体はココナッツでできていて、ソーイは女性を表し、本体は水牛の角でできています。思わず聞き入ってしまうこの楽器の音色とラオスの人の笑顔と温かさは、私にとって日本に帰国した今でも忘れられない思い出となりました。
7日間ではまだまだ見る事ができない場所がたくさんありますが、ゆっくりとした素敵な時間をくれたラオスに感謝しています。(石井)

≪ラオスへのツアーはこちら...≫

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