2010年4月22日 (木)

薔薇色に染まるペトラ遺跡!(ヨルダン)

Jordan

先日、「ペトラ・パルミラ夢紀行 8日間」より帰国致しました。今回は、3月末より就航したエティハド航空就航記念ツアーということもあり、成田出発時よりワクワクする旅の始まりです。機内でのサービス、乗り継ぎ地のアブダビ空港共に素晴らしく私達の旅を更に盛り上げてくれます。
今回のコースは、シリアのパルミラ~ダマスカスそして、ヨルダンに入りアンマン~ペトラと8日間でシリア・ヨルダンの主要な遺跡や都市のハイライトを巡るコースです。
各遺跡、都市も魅力的なのですが、中でも最もハイライトでもありますペトラ遺跡に今回はスポットを当てご紹介させて頂きます。

ペトラは、元々はナバティア人が築いた古代都市遺跡です。遊牧民や通過するキャラバン隊から通行税を徴収することによって交易業を行い、都市を築きあげました。ナバテア王国は紀元前4世紀頃から紀元後1世紀頃が全盛期で、2世紀初頭にはローマ人によって支配されました。最盛期には人口3万人まで大きくなったペトラ。

ペトラ遺跡の観光は、ツアーの終盤の6日目です。はやる気持ちのせいもあり、いつも以上に皆早めにロビーに集合し、ホテルを出発しました。そして、いよいよペトラ遺跡の観光が始まります。
私達は、ゲートよりシークと呼ばれる谷底を暫く歩いて行きます。シークは、大洪水により削り取られ形成されできた素晴らしい造形物で、道幅約3~8M、高さ90M~100M程もあります。両サイドには水路もあり、いかに当時からナバテア人が水利工事の技術が優れていたかが伺えます。そして、暫く進むと更にシークは細くなってきます。
そこで、「ガイドさんが皆さん2列に並んで下を向いて歩いてください!」と。少し不思議な顔をしながらもガイドさんの言う通り下を向き、進むこと数十メートル。そこで、ガイドさんが、再び声を上げ、「はいっ!!皆さん顔を上げて!」と手を叩きました。

すると、目の前の100M程もある岩山と岩山の隙間から薔薇色のエル・ハズネが姿を現しました!
「わぁ~!!」と驚嘆の声が一斉に上がりました。暫く、「すご~い!」「素敵~!」等の感嘆の言葉が暫く止みませんでした。まさに、インディ・ジョーンズの世界でした!
エル・ハズネは、朝日が当たる方向に建てられおり、日の当たる時間帯によっては、様々な色に変化し多い時では1日の中で15色にも変化をするそうです。私達の到着した午前中は最も美しいとされる時間帯だけあり、日の光を浴びたエル・ハズネはとても綺麗な薔薇色で、暫くその場を離れられませんでした。

Petra_2

その後、昼食を挟み、全員で頂上のエド・ディルを目指しました。エド・ディルまでは、幅2M程度の約750段の階段を1時間前後掛け登って行きます。気温30度程度にまで上がる中、岩山の階段750段をひたすら登っていくわけですから、容易ではないですが、ここまで来たのですから、頂上まで登り切りたい!という、熱意から全員が登頂することができました。
約1時間前後、ひたすら階段を登り切った後に現れたペトラ最大の大きさを誇るエド・ディルを目の前にした時には、岩山にくり抜いた様に建てられたその壮大さに圧倒されたのと、達成感とで疲れも吹き飛んでしまいました。

隊商貿易の交易路を感じさせる様々な建築様式が混在し歴史の深さを感じさせるペトラ遺跡。
749年の大地震でペトラ遺跡の約60%以上が崩壊し、約1000年以上もの間、歴史上から姿を消していたペトラ遺跡ですが、1812年にスイスの探検家ブルクハルトが発見して以来、200年間、現在も尚発掘作業は続いています。こんなにも壮大かつ素晴らしい遺跡が眠っていたとは信じ難いですが、これ程までに多くの人々を魅了する遺跡も他にはないのでは?と思う程に美しいペトラ遺跡。。。

皆様も刻々と様々な色へと変化していく美しいペトラ遺跡に1日身を置かれてみてはいかがですか!? (井手)

シリア・ヨルダンのツアーはこちら

|

ユーラシア旅行社の中近東・北アフリカ情報」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。