2010年5月21日 (金)

ユーフラテス川のほとりに立つ ~その先のシリアへ~

Mari

先日「シリア・ヨルダン隊商の道 13日間」の添乗より帰国致しました。
 
シリアといえばパルミラ、ヨルダンといえばペトラが両国の代表的な遺跡であり(これらとイランのペルセポリスとあわせて「中東3P遺跡」と呼ばれています)、もちろんこれらの遺跡に訪れます。さらにこのツアーでは、シリアの北東部に位置するユーフラテス川流域にもご案内致します。

ユーフラテス川と言えば、誰もが中学校の歴史の授業でその名前は聞いたことがあるはずです。そうです。あのメソポタミア文明が栄えた所です。ただ同じ四大文明でも、他の3つは、ナイル川=エジプト、黄河=中国、インダス川=パキスタンとその国がパッと出てきます。しかしながらメソポタミア文明あるいはユーフラテス川って中東というのは何となくわかるが、どこの国なんだろうかと誰もが思ったはずです。

まず、メソポタミアとは「川の間に挟まれた土地」という意味があります。ちなみにその川とはユーフラテス川と、もう一つがご存知だと思いますがチグリス川となります。これらの川に挟まれた地域が「肥沃な三日月地帯」を形成していたので、古くから農業が発達し、それに伴い紀元前3000年頃、都市国家が誕生し、高度な文明が栄えていきました。ではその「肥沃な三日月地帯」は国で言えばどこであるかということになりますが、概ね現在のイラクかシリアということになります。なお、ユーフラテス川はトルコの山地を源流とし、シリア、イラクと流れ、最終的にはペルシア湾に注ぎます(その距離2980km)。

今回はそのメソポタミア文明時代に栄えた王朝の一つマリ王国の遺跡へ訪れました。

このマリ王国は、1回目は紀元前2900~2250年、2回目は紀元前1900~1759年と2度栄えた時期がありました。それから時代は進み、1933年に地元の遊牧民に偶然発見され、その後フランスによって本格的に発掘が開始されました。まず小高い丘に上り周りを見渡してみました。ここから10km先はもうイラクです。なおこの小高い丘は「ジグラト」と呼ばれ、かつてはピラミッドと同じような形をしており、かつて神を祀っていたそうです(旧約聖書の「バベルの塔」もジグラトをモデルにしていると言われています)。さらに王宮跡もありましたが、ここからは様々なものが出土されました。例えば、壁画、楔形文字で書かれた粘土板、神々の像など。ただこれらの出土品のほとんどは博物館へ移設されています。壁画についてはフランスのルーブル美術館にあるので、このツアーでは見ることはできませんが、他の出土品はアレッポとダマスカスの博物館で見学することができます。特に私のおすすめは、ライオンの頭を持つワシの像で、羽根の部分がラピスラズリでできていますが、この青々とした輝きはとても紀元前2500年につくられたとは思えません(ダマスカスの博物館で見ることができます)。

Duraeuropolis

また同じユーフラテス川沿いには、ドゥラ・エウロポリスという遺跡もありましたが、こちらは紀元前3世紀ごろ造られた軍事都市であります。ここも様々なものが出土されましたが、有名なのはシナゴーグ(ユダヤ教の教会)にあった壁画で、旧約聖書の名シーン(アブラハムが息子イサクを殺そうとしているところやモーセの一生など)が描かれています。この壁画も現在はダマスカスの博物館に移設され、ツアー中見ることができます。あと東側に城砦の跡がありますが、その真下にはユーフラテス川が悠々と流れていました。

Euphrates

まず「ユーフラテス川」の名前に思いを馳せ、実際に川のほとりにある遺跡の上に立ちながら古代ロマンに浸り、博物館でそれらの出土品を鑑賞し、川沿いに根付いた歴史を再認識したそんなツアーになりました。あと今回デリゾールでは、ユーフラテス川沿いのホテルに泊まりましたが、翌朝早起きして川のほとりで見た日の出もなかなか幻想的で、川面にキラキラと輝く陽光は今でも私の目の奥に焼きついております。(斉藤信)

シリア・ヨルダンのツアーはこちら

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