2010年6月 3日 (木)

三国志ロマン街道をゆく

Ketsugi

 先日、「激動三國志“蜀”~成都から五丈原を越え長安へ~ 9日間」より帰国致しました。昨年、赤壁の戦いを舞台にした『レッドクリフ』が日本でも話題になりましたが、日本人にもファンが多い、「三国志」をテーマにした旅です。三国時代、中国全土で繰り広げられた群雄達の天下取りレース。今回は、徳の将軍・劉備玄徳と天才軍師・諸葛孔明が率いた「蜀」にまつわる史跡を巡ってきました。

Haka

 今回の訪問地は、蜀を支えた武将や文官達の墓や祠堂、古戦場跡など。ご参加された皆様はもちろん三国志ファンの方々ですが、訪問前、日程表や行程で確認する段階では、こんなマニアックな人の墓までいくの~?といった雰囲気がありました。しかし、実際にそれらの史跡を訪れてみると、自然とかつて読んだストーリーが蘇り、その内に誰かしらからそこにまつわる熱い思いや見解、うんちくが語られ始め、グループ全員に「三国志ロマン」が伝播していく…こんな現象(!?)は、このコースならではの醍醐味でしょう。

Ishi

 特に印象深かったのは、やはり、五丈原!諸葛孔明が魏との最後の戦いに挑み、志半ばで病没したとされる場所です。五丈原は、昔と同じように今も絶壁で切り取られた見晴らしのよい高台にありました。現在、孔明を祀った諸葛亮廟が建てられていますが、自身の墓は決して余計な盛り土などしないようにとの遺言を残した孔明に配慮したかのような佇まいで、今も静かにその高台から何かを見守っているかのようでした。
 孔明は、五丈原で魏の司馬仲達を迎え討つまでに4度も北征を行っています。今回はバスでその一部ルートを走ってきたのですが、今尚険しい山々に囲まれており、「よくもまぁ、こんなところを何度も通ったものだなぁ…」という声が度々聞かれました。さらには、「(劉備の)バカ息子としか思っていなかった劉禅が、戦いたがらなかったのも今なら十分うなずけるなぁ…」などと、その地に実際に訪れてみることで、それぞれに新しい「三国志」の発見もあったようです。(弥永)

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