2010年7月 5日 (月)

ノモンハンの今

Kachiku

 先日「遥かなるノモンハンと満洲里への旅 9日間」の添乗より帰国致しました。
 このコースは、中国東北地方の中でも、最北部に近いエリアを訪れます。「東方のパリ」と謳われる黒龍江省の省都ハルピンから、数多くの丹頂鶴を観察できるチチハル、さらに大興安嶺を越えて内モンゴル自治区に入り、ロシア国境に接する満洲里、ホロンバイル草原一帯の中心地ハイラル等へご案内致します。実は私は3年前に同じコースを添乗しましたが(3年前の記事)、今回はその当時ツアーに含まれていなかった「ノモンハン」にも訪れました。

 ノモンハンといえば、1939年5月4日~9月16日まで135日にわたって日本関東軍とソ連軍の間で繰り広げられ、死者が双方合わせて6万人とも言われている「ノモンハン事件」の舞台となり、当時の満州国とモンゴル人民共和国の国境であった場所であります。

Flower

 私たちは宿泊地であるハイラルを出発し、南へ250kmほど離れたノモンハンへ向かいました。ハイラルの街を離れると程なくして大草原の中へ。辺りには建物らしいものはほとんどなく、あってもモンゴル族の移動式住居「パオ」が点在する程度。また人の姿もほとんど見かけることはありませんでしたが、その代わり優雅に草を食べている羊やヤギ、気持ちよさそうに水浴びをしている馬、牛などの家畜の群れを所々で見ることができました。羊の群れが出てくるたびにガイドさんが「これらの羊の群れは大体800匹くらいいます」「えーっ!そんなにいるの?」バスの中ではこのようなやり取りが何回か続きました。あとこの時期ですと、野花も咲いていました。緑の大草原のキャンバスの中に、白い芍薬の花、黄色いユリの花、黄色いポピーの花、ピンクのハマナスの花などが色を添えており、私たちもバスを降りて一心不乱にシャッターを押したものでした。

Museum

 そして「諾門罕戦役遺祉25km」という標識が目に入ってきたとき、バスの中では一瞬緊張感に包まれました。その約40分後、ついにノモンハンの戦争博物館(諾門罕戦役遺祉陳列館)に到着しました。草原の中にはそぐわない3階建てのコンクリートの建物(2年程前に完成したそうです)と付近には6台の戦車の模型。管理人さんが鍵を開け、いざ博物館の中へ。しかしなんと中は停電!理由はほとんどお客が来ないため、電気を止めているとのこと。一応管理人さんが地元の電力会社に連絡してくれることになりましたが、それまでは皆で懐中電灯を持ち、明かりを照らしながら展示品を見学しました。約15分後に無事館内の電気がつきました。館内は1階と2階がノモンハン事件に関する陳列(当時使われていた銃、ヘルメット、手榴弾、火炎瓶などの戦争の遺品)、3階が731部隊(関東軍の生物兵器研究機関)に関する陳列がありましたが、戦争を知らない私にとって、戦争の惨さ、醜さ、痛ましさを知るには十分すぎるほどでありました。

 その後屋上の展望台へ行くと、私たちが今までバスの中で見てきたほとんど何もない大草原が広がっていており平穏そのもの。現在もモンゴル国境の近くに位置するので、一応遠くに監視塔はございましたが、世界各所の国境で見られるような物々しい雰囲気は一切感じられませんでした。本当に今から70年程前にこの地で戦争が繰り広げられたあの「ノモンハン」なのか?誰もが皆このノモンハンの平穏、平和が永遠に続くことを祈りながら、この地を後にしたのでした。(斉藤信)

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