2010年7月 9日 (金)

砂に埋もれた王国、黒水城へ

Butto

 先日、「西夏王国の幻影、黒水城とゴビ砂漠紀行」より帰国しました。
  このツアーでは、中国の銀川から、寧夏回族自治区、内モンゴル自治区、甘粛省をまわりました。ハイライトは何と言っても、西夏王国の都・黒水城(カラホト)でしたが、そこへ行くまでの道のりも長く荒涼とした風景で、印象深いものでした。

 「ゴビ砂漠」という名称は何となく聞いたことがあるかもしれませんが、「ゴビ」とはモンゴル語で「礫砂漠」を意味し、内モンゴル自治区からモンゴルにかけて広がっている砂漠のことを指しますが、地名というより砂漠の形状として使われるようで、中国の地図を開いても「ゴビ砂漠」という地名は出てきません。なので、移動中に見える砂漠景色を指して「ここは何砂漠?」と現地ガイドさんに聞くと、その形状によって「普通の砂漠です」「草が生えているからまだ草原です」「ゴビです」と、答えられていました。

Sinkiro

 いつの間にか草原からゴビに移り変わった風景の中を、1日で600キロ以上走り、黒水城の観光の拠点、額済納(エチナ)という、砂漠の中の小さな町に滞在しました。そこを拠点に、4WDで1日かけて西夏王国の廃墟を何箇所も見学します。ガイドさんは中国人には人気の観光地と言っていたけれど、そうは言ってもまだそれほど知名度はない場所で、この日も私達の他は誰も観光客はいませんでした。そんな地だからこそ、道なき道も走ります。途中、柵で道が封鎖されていれば、ドライバーが丘の上に登って道を確認します。ふっと窓の外を見れば遠くに蜃気楼も見えます。観光地ももちろん印象深かったですが、こうした移動そのものも思い出深いです。
 
 さて、その西夏王国。11世紀、チベット系タングート族の李元昊によって建国された国ですが、彼の肖像画などは一切残っていないため、どのような顔をしていたのか今となっては定かではありません。西夏王陵の博物館に彼の胸像がありましたが、それも作者が想像した李元昊の顔にすぎないのです。また、この国独自の文字「西夏文字」というものもあったのですが、漢字よりもずっと画数が多く複雑な文字です。これも未だ解読できない文字がかなりあります。なぜ、西夏王国には解明できないことが多いのでしょう。
 
 西夏王国は、12世紀にチンギスハーンに滅ぼされ、その後も当時この地域を流れていた川が枯渇していき、遂には明代の15世紀に滅ぼされた後、環境がさらに悪化したため放棄され廃墟と化し、砂に埋もれ、幻の王国と呼ばれるようになったのです。私達しかいない観光地で、その幻となった国を思うのは、なんとも至福のひとときでした。(飯岡)

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