2010年9月29日 (水)

アンデスの山に抱かれた小さな村々を行く、ペルー・車窓の旅

001  先日「ペルー、マチュピチュ・ナスカ・チチカカ湖と聖なる谷 10日間」より帰国致しました。毎日お天気に恵まれ、青空の下、観光する事ができました。今回のツアーは首都リマからスタートし、ナスカの地上絵の遊覧飛行への出発地であるピスコ、そしてインカ時代の素晴らしい石組が残るクスコを訪れ、聖なる谷・ユカイで一泊した後はいよいよ展望列車ビスタドーム号に乗りハイライトでもあるマチュピチュを訪ねました。ゆったりとマチュピチュ村2連泊の後は再びクスコに戻り、陸路にて葦でできたウロス島があることで有名なチチカカ湖を目指しました。10日間というコンパクトな日程ですが、ペルーの人気の観光地を巡ることができ、盛りだくさんのツアーです。今年の1月、大雨による洪水で一度は中断されたペルーレイル、マチュピチュ遺跡の観光ですが、もうすっかり修復も進み、支障なく観光して頂けるようになりました。

 さて、ペルーにはマチュピチュやナスカの地上絵など、“日本人が一度は訪れてみたい世界遺産”の上位にランクインする場所がたくさんありますが、今回は世界遺産から少し離れ、ツアー7日目のクスコ~プーノ間の383キロメートルの道のりをご紹介したいと思います。ただのバス移動でしょ?と思われがちですが、それがなかなか風情ある田舎道で、車窓からは世界で最も長いアンデス山脈に抱かれた小さな村々に放牧されたアルパカやカラフルで大きな風呂敷を担いだ女性たちの姿を見かけることがあります。そんな風景が出会う時こそが単なる陸路移動ではなく真のペルーを実感できる瞬間なのです。

003   クスコから約30分、ペルー人自慢のハイウェイを走っていくとオロペサ村に入ります。一見何の変哲もない村ですが、ここは顔の3倍もある大きなパンで有名な村。純正小麦100パーセントを使ったほんのり甘いホカホカのパンを頬張りながら進んでいくと、周りには聳えたつ山々や悠々と流れるビルカノータ川が。ペルーらしい景色に思わず胸が弾みます。ビルカノータ川はマチュピチュを流れるウルバンバ川と合流しやがては大河アマゾン川に姿を変えていきます。そして次の村は「コンドルラチ」というお祭りで有名なコンバパタ村を通過します。「コンドルラチ」は毎年4月に行われ、ペルーを象徴する鳥コンドルを、宿敵スペインを象徴する牛に釘でくくり付け、身動きの取れなくなったコンドルが嘴で牛を攻撃して戦わせるもの。最終的にはコンドル、つまりペルーが勝利し村は熱気に包まれます。そして更に走ること1時間、ティンタ村に到着です。この村は南米独立運動の先駆者として現在でもペルーの人々に英雄視されているコンドル・カンキ(トゥパックアマル2世)の生誕地。独立運動に力を注いだ彼はやがてスペイン人によって四つ裂きの刑に処されます。伝説では、残された体は宙に浮かびコンドルになって飛んでいったと言われています。そして名曲「コンドルは飛んでいく」はこの出来事をきっかけに作曲されました。その後バスは温泉地アグアスカリエンテスを通り、このツアーで一番標高の高い4335メートルのラ・ラヤ峠にて写真撮影のためにしばし休憩。そこからは万年雪を頂いたチンボイヤ山(5489メートル)、クヌラマ山(5493メートル)が悠然とこのラ・ラヤ峠を見下ろしています。ケーナやサンポーニャと呼ばれる楽器で奏でられるアンデスのフォルクローレ音楽を聞きながら更に走ること2時間、15万人の人口を擁する待ちフリアカが見えてくれば、シュスタニ遺跡はもうすぐです。プレ・インカ時代からインカ時代の墓の跡で「チュルパ」と呼ばれる埋葬塔がいくつも建てられた遺跡です。お墓という印象よりも当時の人々が生まれ変わりを願ってミイラを作り、リャマやアルパカ、そして生まれ変わった際に食べ物に困らないようにと陶器も併せて葬りました。そして観光後は、いよいよ最終目的地のプーノを目002_2 指します。ペルーの田舎を満喫できる7時間のバスの旅もゴール目前です。私たちがプーノについた頃、町は学園祭で大賑わいでした。標高3800メートルの高地にもかかわらず若者は踊ったり歌ったり、とても活気に満ちた街でした。一日の終わりはチチカカ湖を臨むリベルタドールホテルで静かなゆっくりとした夜を過ごすことができました。雲の少ない日には満天の星空がペルー滞在最後の夜を彩ってくれます。有名な遺跡を巡るだけでなく、素朴な人々の暮らしを覗くのもまた旅の面白さを発見できること間違いなしです。(三橋)

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