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2010年10月

2010年10月29日 (金)

ピレネー山脈を越えて(フランス→スペイン)

10月のソンポール峠

先日、「ル・ピュイから聖地サンティアゴへ」のツアーから帰国しました。
このコースはル・ピュイを起点にフランス各地の巡礼路上の名所を巡りながら、ピレネー山脈を越え、スペインに入り聖地サンティアゴに向かうコースです。
ほぼ毎日が観光のハイライトと言えるような巡礼路上の名所が続きますが、今日はその中でもフランスからスペインに抜ける国境のピレネー山脈越えをご紹介します。

ピレネーのソンポール峠は中世の頃から聖地サンティアゴへ向かう巡礼路上でも、最も険しく、美しい道程でした。
峠越えの手前にはバスク地方の緑豊かな牧草地が続き、これからの険しい峠越えのイメージとはまるで別世界。
のどかな里山の景色と、遠くに見え始めた3千メートル級の荒々しい山並みのコントラストが印象的です。
切り立った崖が両側に迫る渓谷沿いの坂道をくねくねと登り始めると、道路と並行して廃線が見えてきます。
かつてはピレネー山脈越えの鉄道が走り、第二次世界大戦中はパリとマドリードを結ぶ幹線として賑わった時代もありました。
狭い渓谷沿いに鉄道の線路を敷設する作業は恐らく困難だったにちがいありません。
また、途中の絶壁をふと見上げると中世時代の石組みの城壁が岩壁にへばり付くように残っています。

資料も記録も見つけることができませんが、この渓谷沿いに進み、山脈の鞍部を越えるルートは昔からピレネー越えに活用されてきたことを連想させます。
かつての関所の名残りでしょうか。

そしていよいよ急勾配の登坂路に差しかかりました。
バスでは10分足らずの短い距離ですが重い荷物を背負って連日歩いてきた巡礼者たちにとってはきっと、辛い区間なのでしょう。
時折見かける巡礼者は少し疲れた様子でうつむき加減にゆっくりと、一歩一歩着実に進んでいます。

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2010年10月28日 (木)

カオス・イン・メディナ(モロッコ&チュニジア)

 この度「モロッコ・チュニジア周遊 13日間」のツアーから帰国いたしました。13日間でモロッコとチュニジアの見どころをぐるりと周る王道かつ一度に2ヶ国巡れる一石二鳥のコースとなっています。只今、ベストシーズンを向かえ半袖でも長袖でも日差しや風が心地よく観光日和の日々が続いていました。

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 そんなモロッコとチュニジア、今回は私のお気に入りの場所をご紹介したいと思います。
 それは…「メディナ」と呼ばれる旧市街地区です。モロッコやチュニジアのメディナは世界にいくつもあるメディナの中でも歴史が古く、また大きなものが多いです。メディナの中心には必ずモスク(キリスト教でいう教会、仏教でいうお寺)がありミナレット(塔)から礼拝の時刻を知らせるアザーンが鳴り響きます。夜明け前のまだ我々が寝ている時間から日が沈むまで毎日5回鳴り、宗教が生活の基盤となっていることが分かります。
 そして、すぐ側にはスーク(市場)が広がり細い通りに間口の小さい商店が所狭しと並んでいます。店先にはその店の看板商品がデカデカと展示されているせいで、ただでさえ細い路地がさらに狭くなっています。行き交うにも譲り合うか強引に行くかはその人次第。概して「遠慮」や「慎ましさ」を美徳とする日本の方は戸惑ってしまいがちです。
 また同じ業種の商店が近くに並び、棲み分けができているのも特徴のようです。八百屋通り、土産屋エリアなどショッピングには歩き疲れる心配はありません。他店比較検討するのも便利です。
カフェ通りでは小さなカフェの店先に小さな椅子とテーブルがこれでもかと並び、何をするわけでもない男性陣がおしゃべりをしたり、1人黙々新聞を読んでいたり、自分の時間を過ごしています。日中の忙しい時間でさえも結構混んでいたりしますので、仕事はしていないのだろうか?と疑問に思ってしまいます。

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有名なメディナの一つにフェズのメディナがあります。世界一複雑な巨大迷路の町として有名ですがモロッコで一番古いメディナでもあります。一歩メディナへ足を踏み入れ散策しているともうどこを歩いているのかさっぱりです。その昔敵軍が攻め入ってきたときに狭い路地を使って相手を迎撃したり、逃げ場を失くし袋小路に追いやって攻撃したりするために狭い路地で脱出不可能な迷路状の都市を造り上げたと言われています。そんな大迷路でも地元の人々はもちろん、ガイドさんもスイスイと進んでいきます。路地の片隅に扉が付いていますがそこを一歩入るとそれまでの雑踏が嘘のような静けさがあります。中庭があり、噴水が中央に据えられナツメヤシなどの樹木が植えられ涼しげな住民の居住スペースがあるのです。動と静が織り成す都市フェズ。

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2010年10月27日 (水)

プラハ城とワイン畑

先日、「チェコ、スロヴァキアの美都とハンガリーの大平原10日間」より帰国しました。

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ドナウの真珠お隣の国ハンガリー・ブダペストから始まり、かつては同じ国であったスロヴァキア・ブラチスラバを訪ね、チェコの珠玉な町々をたどりながら首都プラハでクライマックスを迎えます。
秋晴れの朝、プラハの町はひんやりとした空気で包まれ、そして町を流れるモルダウ川周辺には朝靄がかかっていました。プラハの観光は、高台に聳えるプラハ城から始まります。プラハ城は、かつてハプスブルク家のマリア・テレジアも君臨した歴史ある城です。北門から入城し、聖ビート教会や旧王宮の中の1613年に始まった三十年戦争の引き金となった「プラハ城窓外放擲事件」が起こった部屋などを見学後、プラハ城の立つフラッチャニの丘から旧市街に向かって下っていきました。城からの石畳の道は整備されていて、小春日和の温かな空気に包まれながらすがすがしい気分で町を流れるモルダウ川の景色を堪能しながら下っていると、丘の斜面を利用したブドウ畑に通りかかりました。収穫真っ最中のブドウ畑では、果実の出来栄えに満足げな農夫たちの輝く笑顔が印象的でした。

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2010年10月26日 (火)

ジャカランダな一日 (南アフリカ)

002_3  先日、『ビクトリアの滝と喜望峰、南部アフリカ4ヵ国周遊 9日間』のツアーより帰国しました。南部アフリカの4ヵ国とはジンバブエ・ザンビア・ボツアナ・南アフリカのこと。世界の三大瀑布の一つでもあるビクトリアの滝をジンバブエ・ザンビアの両側より観光、象が有名なボツワナのチョベ国立公園のサファリ、そして今年サッカーのワールドカップで賑わった南アフリカでは、かつてマンデラ氏も収容されていたロベン島やアフリカ大陸最西南端、喜望峰と9日間の短い日程の中にこれだけの魅力を含んでいるのです。
 そんな中で10月に出発するこのツアーの一番の魅力、そ003_2 れはやっぱり春を迎え満開に咲き誇るプレトリアのジャカランダではないでしょうか。
 ユーラシアの旅でもすでに恒例となったジャカランダの季節に行くアフリカツアー。長年にわたりご案内してきたからこそのこだわりをたっぷり組み込んでいるので、あとはお天気を味方につければ言う事なし。ですがこの天気だけは相手が自然とあって晴れを予約するわけにもいきません。あとは祈るのみ。

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2010年10月25日 (月)

暑い!乾燥!低い!甘い! トルファン

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先日、「トルファン・敦煌・西安 9日間」のツアーより帰国致しました。
今回のツアーは、西安から入り、敦煌~トルファンまでと、シルクロードの歴史主要都市を巡る言わば、シルクロードのハイライトツアーです。
 中国三大石窟である「莫高窟」「楡林窟」「西千仏洞」をじっくり観光し、その他、玄奘三蔵も辿った様々な要衝都市を訪れます。

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2010年10月22日 (金)

「マルシェで感じる秋」

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 日に日に朝晩の気温が下がり、秋深まるフランスより帰国致しました。街路樹も色づき、公園ではマロニエの実がたくさん落ちているのをよく見かけました。観光中に訪れたマルシェでもかぼちゃやキノコ、木の実など秋らしい野菜が売り場に並びまさに「秋到来!」といった風情でした。フランスも秋はキノ コの季節。ガイドさんの話によると、9月からマルシェはキノコKinokonomiseblogtemplatでいっぱいになるそうです。きのこはあまりメインにはなりませんが、独特の香りやコクを出してくれるため、肉料理等のソースに用いたり、煮込み料理などフランスの家庭料理でよく使われ実はグルメ料理に欠かせない食材だそうです。また、フランス人も週末などにキノコ狩りに出かけ、キノコを探しながら森の散策を楽しむのだそうです。住民が危険なキノコを食べないように専門家によるキノコチェックをうけられうような制度もあるそうで日本も見習いたいものです。

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2010年10月21日 (木)

ロマネスク芸術と巡礼を知る北スペインの旅

タウール、サンクレメンテ教会のフレスコ画(カタルーニャ美術館蔵)

この度、北スペイン紀行10日間の旅より帰国しました。
スペインの旅行と言えば、バルセロナでサグラダファミリアを見たり、アンダルシアでアルハンブラ宮殿を観光したりというのが定番として思い浮かぶと思いますが、この北スペインのツアーで立寄る有名都市はバルセロナくらいでしょう。
反対に、バルセロナで観光するのは通常のツアーでは行かない「カタルーニャ美術館」。カタルーニャ地方に残された貴重なロマネスク美術の数々を見ることが出来るのです。
バルセロナを出発後、バスはピレネー山脈の懐を目指します。
緑豊かなボイの谷にひっそりと佇む可愛らしい小さな教会は、ピレネーの雄大な景色と合わせると、まるで絵のように美しいのです。ツアーではいくつかのロマネスク教会を巡り壁画や柱頭彫刻などをゆっくり見てまわります。

ロマネスク建築の特徴はどっしりとした厚い壁に沢山の丸いアーチ。そして内部に描かれた原色の壁と浮き彫りのような彫刻が見られる事です。
ボイの谷のロマネスク教会北スペイン~南西フランス教会建築を中心に広く取り入れられた建築・美術様式です。西暦1000年の世紀末を無事に超えた喜び、神を讃える心を農業改革が実現した経済力が支え、スペイン・レコンキスタの戦火の中に花開いたのです。
十字軍の時代、多くのキリスト教徒が、スペイン北西部にあるキリスト教三大聖地の一つ、サンティアゴ・デ・コンポステラへ巡礼に行き交ったことが、ロマネスク美術のさらなる普及と発展をもたらしました。

この北スペイン紀行ではスランスから続いてきた巡礼路に沿ってハカ、パンプローナ、ブルゴス、レオン、そしてサンティアゴ・デ・コンポステラを観光して行きます。
巡礼や教会に興味がある方やそうでない方も、素朴な村と美しい景色、そして美味しい食事を楽しんでいただける旅だと思います。

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2010年10月20日 (水)

マルチーズ猫たち(マルタ共和国)

マルタノミリタリータトゥー

先日「のんびりマルタとチュニス」の旅より帰国しました。
チュニジアの首都チュニスや、古代史に燦然と名を残すカルタゴの遺跡、青と白のシディ・ブ・サイドなどを見学し、後半はマルタ島・ゴゾ島を巡りました。
チュニスとマルタの中心部に連泊し、ゆったりとした日程の9日間でした。

今回の出発日では、マルタの新しい伝統(今年で7回目)のミリタリータトゥーの見学もしてきました。
ミリタリータトゥーといえば英国のものが人気ですが、さすが元英連邦マルタ。
2晩に渡るお祭は今年も大盛況でした。
マルタの軍楽隊や警察楽隊に加え、英国の楽隊も来ていて花を添えました。
明るい曲が多く、ポップやクラシックも取り入れた選曲、一糸乱れぬ動きは見ていて感嘆の声が思わず漏れるほど。
隣を見れば、横に座っていたマルタの人々は、出演している家族や友人を応援しているようで、家族愛・郷土愛の強いマルタ人らしい一面を間近で見ることも出来ました。

さて、以前このブログでマルタと周辺の国々(特にアラブ)からの影響をご紹介しましたので、今回はマルチーズのお話をしたいと思います。
マルタ人とマルタネコ
マルチーズとは「マルタの」という意味で、ジャポーネゼとかナポリターノとかジェノベーゼというのと同じように、マルタの、マルタ人、マルタ語、マルタ風…といった言葉です。
日本で、マルチーズといえば白いふわふわしたあの犬ですね。
古代、フェニキア人にマルタ島で品種が確定したと言われていますが、定かではないそうです。

現在のマルタでは、実はあまりマルチーズ犬は見かけません。
今回のツアーでも、一度ちらりと車窓に見かけたくらいで、どこもかしこもマルチーズ犬だらけというわけではないようです。

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2010年10月19日 (火)

バオバブはきっと夜動いている(マダガスカル)

006  先日、「三大バオバブを訪ねる、マダガスカル浪漫紀行 11日間」より帰国致しました。もうすぐ乾季の終わるマダガスカルは、まだまだ暑く晴れ渡っていました。
 マダガスカルといえば、その独特の動植物で有名です。哺乳類でいえば原猿類のみが生息し、キツネザル科やシーファカなどその4分の3はマダガスカルの固有種といわれるほど珍しい生き物ばかりがいるのです。もともとゴンドワナ大陸としてアフリカやインドなどと陸続きだった大陸であり、あのガラパゴス諸島よりも固有種の割合は高いという珍しい場所002 なのです。またマダガスカルは、日本の約1.6倍の大きさを持つ世界第4位の島です。基本的に熱帯に属していますが、中央に高地と山があるが故に東と西側で違う気候を見せ、それゆえ植生が場所によって全然違ってきます。東は熱帯雨林のジャングルもあり緑が生い茂る降水量が多い地域となり西はこの時期降水量が少なく非常に乾燥する場所となります。
 その中で今回の注目は何といってもバオバブ!一番有名なのは、ムルンダヴァにあるバオバブの並木道。ここはマダガスカルを訪れる人なら全員行くマダガスカルで一番有名なところで、スラっとした綺麗なバオバブが鮮やかです。

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2010年10月18日 (月)

黄葉のベラルーシの森とモルドバのワイン

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ベラルーシとモルドバ。ヨーロッパ各国を旅してきたけれどなかなか機会がなくてここはまだ・・・という方、意外と多いようです。そういえばどこにあるんだっけ?ベラルーシはともかく、そもそもモルドバって国の名前??なんて声が聞こえてきそうです。世界地図を広げるとポーランドとロシアの間に結構大きな面積を構えるウクライナがあります。その北にどんと乗っかっているのがベラルーシ。意外と大きな国です。そしてウクライナと西のルーマニアの間に、ちょこんと挟まっているのがモルドバです。ルーマニアを訪れたことがある方なら、モルドバという地方に美しい修道院群があったのを覚えていらっしゃることでしょう。それは元々はこの地が同じ国であったから。日本の10分の1以下、台湾くらいの面積の共和国です。ウクライナはともかく、ベラルーシやモルドバは、旧ソ連系の国々の中で最も西側に位置しているにも関わらず、日本語のガイドブックも殆どないような、ちょっと神秘的な国とも言えるかもしれません。

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2010年10月15日 (金)

東西の交易路シルクロードを巡る旅

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シルクロード。この響きに浪漫を感じる方は多いと思います。私もその一人です。先日、シルクロードを15日間で巡る「古都・西安から西域シルクロードへの道~河西回廊・敦煌・トルファン~」の添乗より戻りました。

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2010年10月14日 (木)

紅葉のカナダ・メイプル街道を訪ねて

001_2 「まるで絵本の中にいるみたい!」
ケベック州、セントローレンス川に浮ぶ小さな島、オルレアン島をドライブしている時、私の後ろに座っていたお客様がつぶやきました。 赤・黄・橙に色づいたカエデの木々、そしてフランス北部の民家の造りから発展したケベック様式の可愛らしいおうち、本当にヨーロッパの絵本の中に入り込んだような風景が目の前に広がっていました。
先日、「メイプル街道、五大紅葉名所を巡る 9日間」の旅より戻りました。オンタリオ湖の西、カナダ最大の都市トロントから旅は始まります。オンタリオ州で最古、なおかつ一番人気の公園、アルゴンキン州立公園、首都オタワ、一番のハイライトであるローレンシャン高原ではモン・トランブラン村に2002_2 泊し、その後ケベックシティへとセントローレンス川沿いに旅は東へ進んでいきます。16世紀にヨーロッパから来た人々がこの川を遡り、開拓をして行った道の逆を辿るわけです。そして最後はニューイングランドの雰囲気が漂う長閑で自然豊かな村々、イースタン・タウンシップスで旅を締めくくります。紅葉だけでなく、カナダ移民の歴史や文化も感じることができるのです。

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2010年10月13日 (水)

未知の国、エチオピア

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 先日、「エチオピア物語 18日間」より帰国しました。エチオピアは丁度雨季明けの時期。少し雨に降られたこともありましたが、全体的にはお天気に恵まれ、さわやかな気候の下観光をお楽しみ頂くことができました。
 さて、エチオピアという国、まだ日本人にはあまりなじみが無いところかと思います。また18日間という長めの日程で毎日何を見るの?と思われる方もいらっしゃるかもしれません。しかしこのエチオピアという国、18日間の日程でも回り切れないくらい、沢山の魅力を秘めた国なのです。
 その中でも今回お客様に特に印象的だった!との声を頂いた観光地をいくつかご紹介させて頂きます。

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2010年10月12日 (火)

ペーターのホテル(エジプト)

Blackdesert_2  先日、「エジプトの絶景、白・黒砂漠とシナイ山」の旅より帰国しました。今回は、ちょっと特殊なエジプト・ツアーのこぼれ話。ちょっぴり不思議な砂漠ホテルの話をしましょう。

そのホテルはエジプトの西方砂漠のバハレイヤ・オアシスという所にあります。エジプトと言うと、アスワンのアブシンベル大神殿やルクソールの王家の谷、ギザの大ピラミッドやスフィンクスなど、ナイル河流域の古代エジプトの遺跡ばかりが注目されてきたように思いますが、実は今、エジプト好きのみならず、世界の砂漠や絶景好きの旅行者に静かなブームとなっているのが、この西方砂漠なのです。この砂漠を一躍有名にしたのが、白砂漠・黒砂漠と呼ばれる二つの砂漠です。黒砂漠は、太古の火山活動により形成され、真っ黒な岩石に覆われた大地と山が広がります。一方の白砂漠もまた、はるか昔に海の底だったために石灰岩の層が形成され、地上に現れた後は気の遠くなるような年月をかけて風砂に侵食され、今では真っ白な奇岩が乱立する異世界の風景を生み出しています。バハレイヤ・オアシスはこの二つの砂漠への観光拠点という訳なのです。

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2010年10月 8日 (金)

車窓から眺める、大規模な黄葉~シベリア鉄道~

美しい黄葉と青空

先日、「神秘のバイカル湖とシベリア鉄道8日間」のツアーから帰国致しました。ご存知の通り、シベリア鉄道と言えば、地球一周の1/4もの距離を走る世界最長の鉄道です。今回のツアーのメインもやはりシベリア鉄道への乗車。途中で下車しながら車中3泊4日の日程で、バイカル湖で有名なイルクーツク~極東地域最大の都市ハバロフスク、そしてハバロフスク~シベリア鉄道の終着点ウラジオストクまで乗車致しました。今年のロシアは猛暑と言われていましたが、我々が現地に到着した頃は、すっかり秋らしい風景が広がっておりました。 今回はモスクワやサンクトペテルブルグなど西ロシアではなく、日本からたった2時間のフライトで到着する、いわゆる極東と呼ばれる地域で、欧州の中心であった西ロシアで見られるような芸術や文化に彩られた華やかさは少ないものの、西ロシアにはない大自然を満喫できる旅になりました。シベリアといえば寒く、植物もあまり生息していない地域とイメージされる方もいらっしゃるかもしれませんが、社会の教科書に登場するタイガと白樺が見渡す限りに広がっています。そんな植物たちが魅せてくれる秋らしい姿は、列車でいくら進めど決して途切れること幻想的な風景でした。日本でも黄葉が見られる白樺ですが、シベリアの黄葉は規模で別格です。広大な国土を誇るロシアならではの、まさに絵の具をこぼしたような美しい黄葉が広がり、タイガの緑とともにシベリアの大地に彩りを添えていました。シベリア鉄道内では、それぞれコンパートメントに分かれていて、その前には窓が設置されており、お客様はお部屋でゆったりとお過ごし頂きながら、車窓もお楽しみ頂けました。

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2010年10月 7日 (木)

本当に孤高!?民族ヒンバ族に出会う(ナミビア)

P1_2 先日、「幻想のナミブ砂漠とヒンバ族を訪ねて」というナミビア10日間のツアーより帰国致しました。ナミビアはアフリカの中でも比較的に新しい国です。私も学生時代は「南西アフリカ」と習いましたが、1990年の3月に現在の南アフリカ共和国より独立した国で、日本の約2.2倍の面積の国に、人口はなんとたった200万人しかいない国です。

 今回は、有名なアプリコット色のナミブ砂漠を堪能し、その後ヒンバ族というナミビアとアンゴラ周辺に住む民族に会ってきました。彼らは、1800年代にその当時ナミビアを占領していたドイツ軍に虐殺をされ、その後、大干ばつ等で更に人口が減り、現在では2万人程度の人々が伝統的な暮らしを守り生き抜いています。

 さて、彼らヒンバ族がどうして有名かと言うと、女性は(1)赤土の泥、(2)砂、(3)牛脂を混ぜ合わせたオカと呼ばれるものを身体と長い編みこんだ髪の毛にべっとりと塗ります。上半身は裸で、下半身はなめした牛や羊の皮を巻いて生活しています。男性は牧畜を営み、女性は子育てや水汲み、火事をこなして生活しています。

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2010年10月 6日 (水)

豊穣の秋、河西回廊(中国)

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 先日、「河西回廊への旅11日間」のツアーより帰国しました。河西回廊とは、甘粛省西北部の南北を山脈に挟まれた細長い平地のことを言います。黄河の西にあるので「河西」、回廊の形をしているので、河西回廊と呼びます。 今回のツアーでは、シルクロードの起点西安から始まり、前漢の武帝がおいた四つの都、敦煌、酒泉、張掖、武威をじっくり巡りました。

 ちょうど私達が訪れた時期は、豊穣の秋9月上旬でしたので、敦煌では葡萄節というお祭りが行われていました。中国国内からたくさんの観光客が集まり、葡萄の収穫をお祝いするイベント(ぶどう狩り、葡萄の大食い大会や、美人コンテストまで!!) が数多く行われていました。実際とれたての葡萄を食べてみると納得!!甘くてジューシーな味が口の中に広がり、幸せな気持ちになりました。
 敦煌は中国三大石窟の一つに数えられている「莫高窟」が観光地として有名ですが、この日は、現地解説員さんでさえも、こんなに多くの人が訪れるのは見たことがないという程たくさんの観光客で盛り上がっていました。

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2010年10月 5日 (火)

ブータンで変わったこと、変わらないこと。 

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「幸福の国、ブータン王国8日間」のツアーより帰国しました。数年ぶりに訪れたブータン。さぞや大きく変わっているのではないかと期待と心配を抱きながらの訪問でした。

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2010年10月 4日 (月)

大地の終わり、生まれ変わる風景 地球最後の秘境『バングル・バングル』

今から約30年まで、アボリジニと一部の地元民しか知らなかった秘境、バングル・バングルに行ってきました。1982年、撮影クルーにより“偶然”発見されたバングル・バングル。アボリジニの言葉では“砂岩”を意味する『プヌルル』と呼ばれています。バングル・バングルは西オーストラリア州の北、ノーザンテリトリー北部準州との境界近くに位置します。キンバリー地域と呼ばれるこのあたりは、オーストラリア大陸の中で最も早くから人類が住み始めた場所でありながらも、乾季は40度を超える容赦ない陽射しに川の水が干上がり、雨季は激しい豪雨に河川が氾濫しサイクロンが直撃することもあるという厳しい気候風土のため、人が立ち入らない秘境が多く存在します。

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バングル・バングルへは300㎞北にあるカナナラの街からセスナで向かいました。離陸してしばらくすると眼下の荒野に1972年に完成したダム湖『アーガイル』湖が見えます。琵琶湖の3倍というこの湖の南側にあるのが世界屈指のダイヤモンドの鉱床。そしてアーガイルダイヤといえば“ピンクダイヤモンド”。大変希少なピンクダイヤモンドの世界総産出量のうち9割以上がここアーガイルで採掘されるそうです。といっても、アーガイルで採れるダイヤモンドのうちピンクダイヤモンドが占める割合はたったの0.1%未満、シャンパングラス3分の1くらいです。アボリジニの伝承ではバラマンディという魚の鱗など体の一部がダイヤモンドになったということですが、ピンクダイヤモンドはバラマンディの心臓だったといわれています。

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アーガイル湖からさらに南に向かうとオズマンド山脈(正確にはかつての山脈)が見え始めます。オーストラリア大陸は世界の陸地の中でも最も古いといわれており、ゴンドワナ大陸時代に存在した山脈は気の遠くなるような長い年月を風に晒され、水に侵食されて、砂となって崩れていきました。現在残るのはかつての山脈の土台であった岩盤部分のみ。オズマンド山脈は今から6億年前、オーストラリアがゴンドワナ大陸の一部だった頃5千~8千メートルの高さがある、現在のヒマラヤ級の山脈でした。それが3億6千万年前に崩れ落ち、水に流された土砂は辺りに広がって平らな大地になりました。それが今から24万年前の地殻変動により隆起し、さらに風雨の浸食によって柔らかい部分が削り取られて出来上がったのが、現在のバングル・バングルです。

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オズマンド山脈を越えてしばらくすると地面に不思議な模様が見え始めます。なにやらぐるぐるとした縞模様が大地を被い、じっと見ていると目が回りそうなほど。バングル・バングルです。オレンジと黒が縞模様になった光景。今年の夏、大発生で問題になったスズメバチの巣にも似た模様が、辺り一面を埋め尽くします。高度を下げた状態でみると、渦巻きの一つ一つが岩山であることがわかります。びっしりと広がる渦巻き模様。見たことがない奇妙な景色。セスナが降り立った地から見る風景は実に不思議なものでした。オレンジと黒の縞模様をした、丸っこい三角形(おにぎりのような形)が連なり、雨季に現われる川の水によって削られた川床が三角形の合間を縫うように伸びています。縞模様の黒は水分を多く含みバクテリアが繁殖した層、オレンジの部分は鉄分を多く含む層。2つの層がきれいに順番に重なり、蜂のお尻のような模様を作り上げている様は、自然が創造した偶然の風景というより人間が頭に描くファンタジーの世界のよう。

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2010年10月 1日 (金)

ペルシアンスマイルとの出会い

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 先日、「魅惑のペルシャ4都市周遊」の旅から帰国しました。イランと聞くと、最近は経済制裁や核問題など、政治的なイメージが先行することが多く、実際にどのような人々が暮らしているのか想像することが難しいかもしれません。今回は9日間の旅のなかで、ヤズド、イスファハン、シラーズ、テヘランと歴史的にとても重要な都市を巡るなかで、現地の人々とのたくさんの出会いに恵まれました。
 晩夏のイラン。日中の陽射しはまだ厳しかったですが、からっとして風も心地よく、日本の酷暑よりも過ごしやすかったです。さて、イランという国はその昔ペルシャと呼ばれていました。今もイランの人々はイスラム教であっても、「自分たちはアラブではない。ペルシャ人という誇りを持っています」と語る人も少なくありませんでした。アラブ人を皮肉るジョークまであるそうです。イランは厳格なイスラムの国という印象もあります。イスラムのなかでも少数派のシーア派であり、アリーの子孫しか後継者として認めないという血統主義のため、実像がつかみにくいところもあります。イランのモスクは、どこへ行っても建築も装飾も細やかで本当に美しいです。イスファハンのシャイフ・ロトフォラー・モスクは、時間によって天井に孔雀が浮かび上がり、それは一瞬まわりの音も消えるくらいボーっと見入ってしまうほど。さすがカナール(地下水路)を世界で最初に生み出したと言われるペルシャ人!緻密に計算された建築や装飾を見ていると、時間を忘れてしまいます。そんなモスクに、なぜか掲げられているホメイニ師の巨大な写真。「イスラムって偶像崇拝禁止ですよね?」と思わずお客さまもびっくり。ガイドさんも一瞬言葉をつまらせてましたが、「シーア派だからではないですが…イラン人はオリジナルなイスラム教持ってますから」と笑いながら語っていました。「ほんとは、偶像崇拝はだめですけどね」と小さな声で付け足して。
 

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