2010年10月 5日 (火)

ブータンで変わったこと、変わらないこと。 

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「幸福の国、ブータン王国8日間」のツアーより帰国しました。数年ぶりに訪れたブータン。さぞや大きく変わっているのではないかと期待と心配を抱きながらの訪問でした。

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まず、ブータンへ空路で入るには唯一の航空会社であるドゥルクエアでは、変わらず民族衣装「キラ」を制服として着た女性の乗務員がにこやかに、サービスの手際もよく迎えてくれました。空港のある町、パロへの谷の間を標高をどんどん下げて無事着陸。タラップを下りて、歩いて空港の建物に入ります。ご存知のように、仕事時や制服として着用が義務付けられている民族衣装。空港職員も皆、男性は「ゴ」を着ています。この姿を見ると、ブータンに来たな、としみじみ感じます。ブータンの建物は普通の住宅や店舗も全て伝統的なブータン様式。空港も以前より大きくきれいになっていました。
ガイドと合流。この国は谷と山ばかりですので、移動に大型バスは不向きです。20席程のミニバスがブータン観光では一般的。エアコンはありませんでしたが、窓からの気持ちよい秋風を感じパロを出発しました。くねくねの道を越え、首都ティンプーへ。この道でさえ、以前とは比べ物にならないくらい、舗装状況もよくなっていたのに驚きました。

Hanablogtemplate本日は更に3000メートルもの峠を越えてウォンディフォダンを目指しました。私の記憶では、ティンプーからウォンディフォダンの道もまだ舗装が進んでおらず、土の道もあったと思いますが、ここもすっかり舗装されていました。一部は修復の工事を行っており、崖崩れもあるので日々整える必要があるようです。ウォンディフォダンに着いて、町が大きくなっており、新しい家々が建ち、新市街が出来ていたのが印象的でした。首都ティンプーに戻って、交通整理のおまわりさんが独特の手さばきで車を誘導しています。相変わらず信号はないのですが、さすがにティンプーでは大分、車と人が増えていました。

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2年前には新国王を迎え、また初めての総選挙が行われて民主化が進むブータン。首都のメインストリートにも学校帰りの子供達から買い物を楽しむ若い家族連れなど賑やかな様子が伺えました。今も国民の約9割が農業に携わっているというこの国で、パロ郊外にある古い農家を訪ねることができました。一家を切り盛りするたくましいお母さんと高校生の娘さんとの二人暮らし。お父さんと他の子供達は仕事や学校で今は別々に暮らしているというその家は数百年は経っていると思われるブータンの大きな典型的な家でした。一階は冬の間は牛などの家畜を保護し、2階は穀物倉庫、3階が住居スペースです。お坊さんがお祈りする特別な部屋があったり、仏間があったり、やはり一般の人も宗教に敬虔なのだと実感。お母さんが庭からリンゴを採って来てくれたり、娘さんがバター茶を出してくれたりして、とても自然にもてなしてくれたのが嬉しかったです。ブータンでは小学校から英語の授業があるので娘さんはスムーズな英語で接してくれ、写真を撮らせてもらうと彼女は少し恥ずかしそうにメールで写真を送って欲しいと言いました。パソコンが家にあることにも驚き、のんびりした農村に暮らす家族の優しさにも触れることができ、ブータンで変わっていくもの、変わらぬものを肌で感じた今回の旅でした。やはり、大国に囲まれたこの小さな国が独自の文化と習慣、アイデンティティを保つのは並大抵のことではなく、よくぞ、ここまで大切な文化を守ってきたと感心せずにはいられません。やはり、皆が幸せだから、変わらぬ生活を守っていけるのでしょうか。「幸福の国ブータン」国民総幸福(GNH)は本当にあるのかもしれません!(帯津和美) 

ブータンへのツアーはこちら

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