春のペルー・インカの要塞オリャンタイタンボへ
先日、「ペルー、マチュピチュ・ナスカ・チチカカ湖と聖なる谷」のツアーより帰国いたしました。南半球にあるペルーは、日本とは季節が反対ですので、訪れた時には、春の時期でした。
さて、ペルーと言えば、最も訪れてみたい世界遺産と言われている“幻の都・マチュピチュ”だと思いますが、本日は少し離れて、インカ時代の要塞跡オリャンタイタンボ遺跡をご紹介いたします。
この場所は、標高約2800m、マチュピチュへ向かう列車へ乗り込む駅のすぐ近くに位置しています。
バスを降りて入口をくぐると、目の前に現れた階段状の遺跡。一説には、インカの人々の家畜として、また捧げものとしても重宝されていたアルパカの形をしているとか。かなりの想像力を必要とします。
要塞として造られたこの場所は、1536年、インカ帝国15代目にして最後の皇帝であるマンコ・カパック2世がスペイン軍との戦いで一度も敗れることが無かったという場所です。戦いの途中、種まきの季節になった為、退散したということです。
階段を上まで上っていく途中、後ろを振り返ると、オリャンタイタンボの村や周りを囲む山々を見ることが出来ます。
階段を頂上まで登ると、6枚岩の太陽神殿があります。高さが4mもあるという大きな岩の間に細い岩を繋ぎとして使っています。この岩には、聖なるインカ模様“チャカナ”が彫られています。チャカナは南十字星の事で、インカの人々にとって、とても大切なものです。それには諸説ありますが、南十字星の横には2つの星があって、それがリャマの目であるというもの、そして、南十字星は聖なる天空の十字で、真ん中から神様からの光が発せられているというものです。どちらにしても、インカの人々にとっては、重要なものであったことがわかります。それが、この神殿にもあるのです。
神殿に使われている岩は、神殿と、オリャンタイタンボ川を隔てた山から切り出したものです。当時、滑車などを持たなかったインカの人々。約2000人の人々が岩を運んだといわれていますが、どのようにしてこの丘の頂上まで持ってきたのか、未だなぞのままです。
青く晴れた空の下、茶色い太陽神殿がとてもまぶしく輝いていました。
この観光の後、展望列車に乗ってマチュピチュへと向かいました。
インカの遺跡は、それぞれが非常に興味深く、インカ時代の人々の技術力の高さと、太陽神に対する信仰の深さを垣間見ることが出来ました。
ペルーには、マチュピチュ以外にもまだまだ楽しめるところが沢山あります。是非お気に入りの場所を見つけてみてください。(津波)
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