2011年1月28日 (金)

インドが誇る石窟寺院、アジャンタ・エローラ(インド)

Ajanta

「神秘の石窟寺院、アジャンタ・エローラ紀行」のツアーより帰国しました。
ゴールデン・トライアングルと呼ばれる、デリー、アグラ、ジャイプールといったインドの主要観光地は訪れたことがあるなら、次にインドを訪れる際は是非!と言ってもいい場所がアジャンタとエローラの石窟寺院群です。そのアジャンタ・エローラを訪れるのが、ツアーのメインでした。
インド最大の都市ムンバイから旅が始まった私たち一行は、アジャンタ・エローラ観光の拠点となるオーランガバードで新年を迎え、元旦にアジャンタとエローラの観光を行いました。赤々と輝く初日の出をバスの

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窓から拝みながら、いざ出発。デカン高原に広がる小麦やサトウキビ、綿などの畑を眺めながらしばらくバスに揺られて行くと、石窟寺院群がある谷が見えてきました。車道から見るだけだと、鬱蒼と木々が生い茂る谷です。こんな所に石窟が!?と思ってしまいますが、8世紀にインドで仏教が衰退するとともに忘れ去られ、深い森の中に埋もれていた石窟寺院なのです。長い眠りから石窟が目覚めるのは1819年。虎狩りに来ていたジョン・スミスという英国の軍人が偶然発見したのです。第10窟の柱には彼が記した名前や日付も残っています。
アジャンタに到着した私たちは、「かごに乗ってけ、乗ってけ」と強くすすめる人たちを振り切り、石窟が彫られた岩山の断崖へと上って行きます。断崖といっても、今は階段やコンクリートの道が作られています。昔はそんな道などはなかったはずなので、下の河原から直接上り下りしていたのでしょう。当時の苦労が偲ばれます。

アジャンタ石窟寺院の素晴らしいところは、まず美しい壁画です。岩肌の上に牛糞や籾殻

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を混ぜた泥土を塗り、さらに石灰を塗り重ねて下地にした上に絵を描いています。暗くひんやりとした石窟内で、懐中電灯などの仄かな光の中に浮かび上がる壁画は釈迦の生涯に関する物語などが題材となっていますが、華やかな色使いや細部にいたるまでの緻密さなどに芸術性の高さが窺えます。
また、アジャンタで素晴らしいのは彫刻です。上座部仏教の時代には、仏像がまだ現れていなかったのでシンプルなストゥーパ(仏塔)があるだけなのですが、大乗仏教の時代になるとストゥーパの前面や壁面に仏像が彫られるようになります。時代によって、仏教建築の変遷も確かめられるのもアジャンタで興味深いところです。岩のベッドが設けられている僧房を覗いて当時の僧院での生活を想像してみたり、未完成の石窟ではどのように彫り

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出されていったかの過程が見て取れたりするのも、おもしろいものでした。
アジャンタは仏教のみの石窟寺院群ですが、エローラには仏教、ヒンドゥー教、ジャイナ教の三宗教の石窟寺院が造られました。中でも圧巻なのが、ヒンドゥー教のカイラーサ寺院で、岩山を横に彫った洞窟式の石窟ではなく、真上から下に向かって彫り岩を彫り残しながら寺院を建造しているのがすごいのです。足元に気を付けながら、カイラーサ寺院の周りを囲む岩山に上り上から寺院の全景を眺めると、お~っ!と思わず声を上げてしまいました。こんな岩の塊を100年以上かけて鑿や槌だけを使って彫っていったことに、ただただ驚嘆するばかりでした。
アジャンタ・エローラの後は、インド亜大陸をほぼ統一し仏教を保護したアショカ王が建てたストゥーパがあるサーンチーや1万年以上前に描かれた壁画が残るビンベトカなどを訪れて、帰国の途につきました。
昨今、日本では仏教ブームで、お寺巡りをしたり、仏像の鑑賞を楽しんだりする人が増えているそうですが、アジャンタの壁画や彫刻の仏像の穏やかな顔を見てると心和まされ、仏教好きになる気持ちも分かるような気がしました。(武石)

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