石澤良昭先生同行、アンコール・ワットへの旅 その二、アンコールの建築郡を造った諸王の歴史
「アンコール遺跡群を極める旅 9日間」のツアーより帰国しました。ツアーはプノンペン近郊の遺跡の観光に始まり、陸路シェムリアップに向かうというものでしたが、これはまさにクメール八百年の歴史を辿る旅であり、非常に興味深いものでした。そして、シェムリアップでは上智大学の石澤教授同行ご案内の下、アンコール遺跡群を堪能。遺跡発掘体験、昨年8月に発見されたばかりの仏像見学など貴重な体験が目白押しの毎日でした。
今回の旅を通じて強く興味を惹かれたのは、これだけ巨大な建築郡を作りえた王権の絶大な力というものです。カンボジア各地に残る無数のクメール遺跡。巨大な石を切り出し、積上げ、細密なレリーフを施し・・・気の遠くなるような時間と人手が必要なこれらの建築を作るには、想像を絶する王の支配力と、国そのものの豊かさが必要だったはず・・・。
ツアーは、古都シェムリアップに入る前にクメール最古の都城であるサンボール・プレイ・クックに立ち寄りました。6世紀末にプレ・アンコール時代の王ジャヤヴァルマン1世によって整えられたこの場所には、後のアンコール遺跡群に繋がる要素と、サンボール・プレイ・クック独特のものがあり、大変興味深いです。
この遺跡の代表的な建築スタイルの一つ八角形の祠堂、そこに施された、後のアンコール・ワットのモデルだといわれている『空中宮殿』の彫刻ですが、その中に彫られた聖獣のレリーフには、アンコールでもおなじみのガルーダ等に混ざって西方からの影響を感じさせるグリフォンがいます。祠堂の入り口を守るシンハ(ライオン)のデザインも、アンコール・ワットで見られるものとはまるで形が違い、ヘレニズム的な雰囲気を感じます。サンボール・プレイ・クックが建設された時代は、真臘国が力を持ち始め、かつての支配国であった扶南を飲み込んで強大化を始めた頃にあたりますが、千二百年以上の時を経てなお密林の中に姿を留める建築郡に当時の王の力を感じました。
シェムリアップでは石澤先生のご案内の下、アンコール王朝最高傑作ともいえるアンコール・ワットをはじめ、数々の巨大建築遺跡を訪れました。ロリュオス遺跡群、コー・ケー、ベン・メリア、アンコール・ワット、アンコール・トムと時代が進むにつれて規模を拡大していく建築群。アンコール王朝初期の頃はレンガ材が多く使用されていたのが、アンコール・ワットを建設したスールヤヴァルマン2世の頃には一つの重さが数十トンにもなる巨大な石が使われるようなっていきます。
アンコール王朝は802年にジャヤヴァルマン2世によって開かれ、統一王朝となりました。そして、それからおよそ400年間に現在のアンコール遺跡を代表する素晴らしい寺院が数多く作られました。今回石澤先生のお話の中で驚いたことの一つが、世界の他の国と比べての、アンコール建築郡の建設のスピードです。アンコールの建築郡が作られていたのと同じ頃、ロマネスクからゴシック建築の時代を迎えていたヨーロッパでも数多くの聖堂が作られました。ヨーロッパの大聖堂建築といえば、100年単位の時間をかけるのも珍しくありません。建てている間に時代や様式が変わり、土台はロマネスクだけれど上の方は途中からゴシック、といったものも多く見られます。それだけ重い石を積上げて建築物を作るには多大な労力と時間を要するということでしょう。アンコール遺跡群も、それぞれ巨大な石を切り出し、運び、積上げたものであり、綿密に計算された美しい設計と細部まで施された彫刻をみると、作るのに100年以上の歳月はかかったのではないか、と思わせる壮大さです。しかし驚いたことに、アンコールの建築はそれぞれが一代の王の時代に完成しているのです。ヨーロッパの大聖堂建築にも類を見ないような巨大寺院であるアンコール・ワットもたった一代の王(スールヤヴァルマン2世)が30余年で作り上げています。アンコール朝全盛期の王といわれるジャヤヴァルマン7世に至っては、34年の治世の間にアンコール・トム遺跡群に残る都城や巨大寺院を複数手がけています。世界の他の有名石造建築と比べてもずば抜けた業績量です。石澤先生のお話によると、この奇跡のような所業を可能にしたのが、代々アンコールを治めてきた王権のあり方だそうです。通常、王権は世襲されていくことが多いですが、アンコール王朝では王権とは常に戦いによって勝ち取った者に引き継がれていったそうです。能力と力を持つもののみが王になれるシステムであったからこそ、これだけの建築が短期間にして作られていったという、石澤先生のお話は非常に印象的でした。
密林の中に荘厳とした姿を留めるアンコール遺跡群は、背景となる歴史を知らずに見ても、その圧倒的な迫力と美しさに魅了されます。しかし、これらの偉大な建築物を作り上げた時代を知ることで感動が2倍、3倍になるという面白さを実感しました。石澤先生のお話には、アンコール遺跡に対する先生ご自身の真摯な情熱と、50年の研究歳月を経てもまったく色褪せない、新鮮な驚きと感動の気持ちが満ちており、何時までも聞いていたい、もっと知りたい、という気持ちにさせる不思議な魅力がありました。(宮澤)
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