2011年3月15日 (火)

発見100周年の記念年、マチュピチュ遺跡へ(ペルー)

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「一生に一度は行きたい世界遺産」ナンバー1の呼び声高いペルーの「マチュピチュ遺跡」が発見されてから今年で100周年、そんな記念年を迎えたマチュピチュ遺跡とペルーのを訪れてきました。

マチュピチュ遺跡を発見したアメリカ人ハイラム・ビンガム、彼は歴史学者・探検家でありインカ帝国の伝説の都市「ビルカバンバ」を追ってこの地を訪れました。ビルカバンバの名は古くから幻の黄金郷として伝えられるものの、征服者スペイン人も見つけることができずその存在は長らく謎とされていました。文字を持たないインカには古文書の類もなく外国人がその秘密を知るのは容易ではありません。しかしペルー人のガイドによれば、地元の人々はずっと、先祖代々その秘密を口伝えで父から子へと伝えて外国人から守ってきたのだそうです。やがて1911年、ビンガムは彼にとってはわずかな小銭で原住民の少年にこの幻の都へと案内させることに成功しました。彼が当初ビルカバンバだと驚喜したこの遺跡は後にそうではないことが判明しましたが、その後、ベストセラーとなった彼の著書やナショナル・ジオグラフィック誌の特集により「空中都市マチュピチュ」の名は世界に知れ渡ることになったのです。ビンガム自身もその服装が映画「インディ・ジョーンズ」主人公の考古学者のモデルになったことでも有名です。

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ビンガムが発見するまでもなく、この素晴らしいインカ都市は存在し、地元民に知られていたわけですから、この「発見」を彼自身の功績として褒め称えるのはちょっと違うとは思います。ペルーでは「西欧世界におけるマチュピチュ発見100周年」と表現されています。ほぼ全ての出土品がアメリカに持ち去られ、ペルー政府の再三に渡る要請に関わらず今だ返還されないことも非難すべきでしょう。また、マチュピチュにおける彼の誤った発表や仮説がその後の研究の妨げになった点も指摘されています。しかしながら、彼の「発見」によって、現代の私達はこの謎に満ちたインカ都市を知り、好奇心を刺激され、そして実際に訪れて感動することができるのです。「発見」がそのきっかけとなったことは、現代の私達にとっては本当に幸運だったと思います。

ペルー人研究者と諸外国の研究者の協力によってインカ帝国とマチュピチュの研究がますます進められて適切な状態で保存され、より多くの人をワクワクさせてくれることを心から期待します。そのためには出土品の数々が一日も早くペルーに返還されてほしいと思います。いつの日か、返還された出土品が展示された博物館がペルー国内にオープンしたら、遺跡の観光とともにユーラシアのお客様とご一緒にじーっくり見学したい…そんな私の夢が実現する日はきっと遠くない、と思っています。(長崎)

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