2011年6月23日 (木)

ルネサンスに浸る旅

Montalcino「ルネサンス『列伝』巨匠達の足跡を辿る」より帰国しました。
 今年は、イタリアのジョルジョ・ヴァザーリの生誕500周年です。彼の生地アレッツォでは、「ヴァザーリ500」という特別展が開催されており、そこではヴァザーリの絵画の修復現場が公開されているのですが、実際に修復作業を行っている方から、その過程や費用など、普段はあまり聞けないような話も聞けました。修復をする前に撮るX線も見せてもらい、そこには下絵の線が写るのですが、色を塗る段階になると、その下絵が全く別の形に変えられてしまっている箇所もありました。例えば、人の顔の向きなどです。説明をしてくれる方が作業員なので、普段の観光の説明とは雰囲気も少し異なり、アットホームな空間でした。

今回のツアーは、ヴァザーリの著書「列伝」に登場する画家たちの絵を訪ねる、というものでありました。その「列伝」の中でも、フィリッポ・リッピはとてもユニークに紹介されています。フィリッポ・リッピのゆかりの地と言えば、プラートです。フィレンツェより車で30分程度で行ける街ですが、旅行でこの地を訪れるということはなかなかないのかもしれません。
 旧市街は城壁で囲まれており、フィリッポ・リッピが暮らしていたサン・ドメニコ修道院や、市庁舎などが今でも残っています。また、コーヒーやワインに浸して食べるカントゥッチの老舗「マッテイ」の本店も、プラートの旧市街の中にあります。トレードマークの青い袋が棚に沢山並べてあり、試食もさせていただきました。
 ドゥオーモは、白と黒の縞模様です。プラート郊外で濃い緑色の大理石が採れる利点を活かしています。そして外には立派なルネサンス様式の説教壇があるのですが、ここで年5回、聖遺物「聖なるマリア様の腰帯」が一般公開されます。プラートの大聖堂にはマリア様が身に着けていたという腰帯が納められているのです。フィリッポ・リッピが描いた絵にも腰帯は登場しています。また、リッピはこのドゥオーモの主祭壇にフレスコ画を残しています。「聖ステパノの生涯」と「洗礼者ヨハネの生涯」です。リッピは、小さな絵を描くことは得意でしたが、どうやらフレスコ画はあまり得意ではなかったようです。フレスコ画の場合、漆喰が乾かないうちに色を塗らなければなりませんが、より繊細な描写が求められる足元だけは、漆喰が乾いた後で描く「セッコ技法」で描いたそうです。何故それがわかるかというと、セッコ技法で描かれた部分は保存状態が悪く、既に消えてしまっているからです。この主祭壇のフレスコ画に沢山の人物が描かれていますが、皆足元が消えてしまっていて、浮遊状態でちょっと面白いです。
 リッピは51歳の時、プラートの修道院を19歳の修道女ルクレツィアと共に抜け出し、駆け落ちをしました。当然、ローマ法王の逆鱗に触れるところですが、リッピを気に入っていたメディチ家のコジモが、法王に掛け合ってくれて、リッピとルクレツィアは特別に俗世で暮らすことが許されたのです。そして、この二人の間に生まれたのが、後にフィレンツェのブランカッチ礼拝堂を完成させるフィリッピーノ・リッピです。

Pienza_2

また、画家の足跡を辿る一方、トスカーナの緑豊かな田園風景も巡りました。ワインで有名なモンタルチーノには、シエナ軍が最後までフィレンツェ軍と戦い続けた要塞が残っていますが、現在はその要塞の中にエノテカが入っています。各年代のワインがずらっと並んでいる中に、何やら意味深な小さな階段があるので店員に尋ねてみると、要塞の上のテラスに繋がる階段なのだそうです。エノテカのレジで切符を買い、階段をトントン登っていってテラスに出ると、モンタルチーノの町とその周りの広大な緑のオルチャ渓谷が360度広がるパノラマを見渡すことができました。トスカーナには他にも中世の町がいくつかありますが、どの町にも田園を見渡せるテラスや塔があり、そこからの景色はお勧めです。 (飯岡)

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