2011年7月29日 (金)

琥珀の魅力とハンザ商人

Blog_3先日、エストニア・ラトビア・リトアニアへ行ってまいりました。
お天気にも恵まれ、北方とは思えない太陽の光を浴びながら、鮮やかな黄色い菜の花畑や緑豊かな景色を車窓から楽しんだツアーとなりました。

この三国は「バルト三国」と呼ばれています。
その名の通り、バルト海沿岸にある小国でして、学生時代、私はなんとなく3カ国は同じような国なのだと、勝手に思い描いておりました。

ドイツのリューベックから発展した巨大な中世の商業ネットワークは、新しい地域の足がかりを得るために、バルト海沿岸の都市へ広がり、ハンザ都市という、一大経済圏を築き上げたのです。

その最大の商品はバルト海から産出される「琥珀」でした。樹液が固まって「琥珀」が出来上がるのに、なぜバルト海で?と思っておりましたら、4500万年も昔の樹脂が河川で海へ流されて海の底へたまっていったようです。

飴色の滑らかな琥珀や、内包物がぎっしりの茶色やグリーンの琥珀のほかにも、ブルーの無骨な感じの琥珀まで、ちっちゃな米粒サイズから、拳骨くらいの大きさ位まで、琥珀と一言で言っても千差万別。

虫が綺麗にはいっている琥珀は、数万年以上の昔に生きていた虫をそのまま閉じ込めて、現在まで連れてきてしまったのです。今にも動きそうな虫の繊細な前足や羽は飴色の膜の中だからでしょうか、とても神秘的で、吸い込まれてしまいそうです。
中世の人々が海からとれるこの、神秘的な石の魅力の虜になるのも道理です。

昔は、お薬としても珍重されたようで、気管支の病気によく効くといわれたようです。
当然、高値で取引されます。

「琥珀」。この貴重で不思議な宝石こそが、バルト三国の街々を発展させたといっても過言ではないでしょう。

バルト3カ国の首都は多くのドイツ系の商人や聖職者が築き上げたドイツ風の都市ですが、実に雰囲気の異なる、個性ある街々なのです。

リトアニアは、歴史的にポーランドと繋がりが深く、その関係で、西欧の文化が一番遅く辿り着く地域であり、そのため首都のヴィリニュスでは様々な時代の建築の最も洗練された姿を見ることが出来ます。

ラトビアは、ダウガヴァ川に沿って首都のリガが発展したのですが、この大きな川は天然の良港として栄えたといわれています。
ここでは、旧市街のいたるところで音楽が溢れていました。通りを一つ曲がると、オープンカフェのピアノ音色が、そして次の広場ではヴァイオリンが奏でるタンゴの調べが奏でられ、観光中の足がついついリズミカルになってしまうのです。
リガの旧市街の中心地は市庁舎広場です。
ここにはなんととても煌びやかな、中世の建物が「再建」されました。

Blog_4 中世、職人たちは自分たちの権利を守る、もしくは牽制しあう意味合いもこめて「ギルド=組合」を作っていたのですが、その組合の中でもお金持ちの!若い男性が入会していた「ブラックヘッド」という組織があったそうです。
そのギルドが14世紀に建設したブラックヘッド会館が1999年に「再建」されたそうです。
中世の落ち着いた街並みの中で、きらきら輝く金箔も煌びやかな、そして、真新しいオレンジのレンガでできた会館は、市庁舎広場に聳え立ち、観光客の足は自然ととまります。

このきらきらした綺麗な会館を見ていると、中世のリガは決して今のような落ち着いた色合いの街並みではなく、もっと艶やかだったのではないかな、と感じられてなりません。
修復というと、今に残る色合いや風合いを上手に残しながら行うことが多いと思いますが、この会館は、14世紀当時の人々が見たであろう「新品」さを見せ付けてくれています。

当時の、船で遠くから琥珀を求めてやってきた商人も、キリスト教の更なる布教のためにやってきた修道士も、修行のために街を渡り歩く職人も、きっと現代の私達と同じようにこの会館の建物の華やかさと大きさに、足を止めたでしょう。
そして、リガの街の豊かさに驚いたに違いありません。

Blog_6  エストニアの首都タリンは旧市街がなんと「山の手」と「下町」に分かれています。「山の手」区域は貴族の住居や、政治的な建物が最初に作られた部分には、今も城砦跡が残ります。
今も、国会議事堂として使われたり、政府の公的な施設に転用されており、このあたりはやっぱり「山の手」なんだなぁと感じました。

今でも旧市街と港が近く、クルーズ観光客が訪れやすい、カフェのたくさんあるにぎやかな町並みで、「下の街」では観光客用に、中世の衣装を着たお店のスタッフも多く、賑やかで華やかな感じが、中世の街並みを美しく彩っていました。

日本人に着物がしっくりとくるように、こちらの人が中世の服装をしていると本当によく似合っています。観光客向けとはいえ、街並みそのものが中世の雰囲気満点なので、試食に差し出されたアーモンドについつい手を出し、ついつい笑顔につられて買ってしまったり…。賑やかで、庶民的なタリンの「下の街」では、お客様もぶらり街歩きを楽しんでいただきました。

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