2011年10月25日 (火)

チェ・ゲバラ終焉の地(ボリビア)

003 先日、ボリビアより帰国しました。10月まではボリビアでは乾季。青い空のもとウユニ塩湖やアンデスの山々をお楽しみ頂きました。また今回の目玉はアンデスの奥にあるイゲラ村とバジェグランデのお話をしたいと思います。

時は1960年代後半。ロックの世界でもサイケデリックなどがはやり、何かこう時代が変わっていくような兆しが見え初めていた混沌とした時代。そんな時代に今でも人々の心を惹きつけるかっこいい男がいた。アルゼンチン生まれだが、キューバでの革命を達成させ、その後その地位を全て捨てて、南米の搾取や貧困に立ち向かっていった男。エルネスト・チェ・ゲバラ。彼は、キューバを去った後、アフリカのコンゴに渡り、その後ボリビアが南米の真ん中にあたり、そこから世界に立ち向かうためにボリビアでの戦いを自ら選び、遂にそこで命尽きたのです。

004 ボリビア第2の都市サンタクルスから350km離れたアンデスの奥地にチューロ渓谷という谷があり、そこでゲバラはアメリカの援助を受けた政府軍に捕らえられました。周辺は何もないアンデスの寒村。チューロ渓谷には、500mほどの標高差を下っており、川底に着くと、ゲバラが捕らえられた場所に辿り辿り着きます。暑くて乾燥した厳しい環境。ここで1967年10月8日に捕らえられたゲバラは、約7キロ離れたイゲラ村まで連れて行かれます。そしてイゲラ村の当時は小学校だった建物で翌10月9日に処刑されてしまうのです。
イゲラ村は人口今100にも満たない小さい村。ゲバラが処刑されたときからまるで時が止まったような村。村の真ん中には、その村にはとても似つかわしくないゲバラの記念碑や銅像が建っています。

周りは全てアンデスの山々。デコボコの砂道をカーブを切り返しながらゆっくり走る。こん002 な所で彼は何を思って最後の時を迎えたのだろうか?そんな事を考えながら過ごした旅でした。ボリビアのこんな奥地まできたツアーはおそらく始めてでしょう。個人客はいるものの今までツアーとしては日本人がくることはなかったはずです。(吉枝)

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