2011年11月18日 (金)

ヒマラヤ越えのルートってどんな道?(中国・ネパール)

Panla

 先日、「青海チベット鉄道とエベレスト、ヒマラヤ大縦断 14日間」のツアーより帰国しました。
 今回は、神秘的な静けさの青海湖でクルーズ船に乗り、青海チベット鉄道に乗車、天空の都ラサを歩き、そして標高5200メートルのエベレストのベースキャンプから世界最高峰エベレストの頂を眺め、最後にヒマラヤ山脈を越えて、カトマンズに抜けるという何とも壮大な旅でした。
 ハイライトの連続でしたが、私にとって最も印象的だったのは、ヒマラヤ山脈越えです。「雪のヒマラヤ山脈越え」と言うと、とてつもなく大変で、困難を伴う勝手なイメージが先行してしまいます。実際に、これから越えてゆく真っ白な雪に覆われたヒマラヤ山脈を目の前にして「一体どこを越えていくの?」とご質問されるお客様もいらっしゃいます。私も最初の頃は当然、どこかの峠を登って越えてゆくものだと思っていました。 ところがヒマラヤ山脈越えは、山々の谷間をぬって越えてゆくのです。

 チベットで最後に眺める景色は標高5千メートルのタンラ(峠)からのヒマラヤ大眺望。真っ白な雪に覆われた標高8~7千メートルのヒマラヤ連山が視界いっぱいに連なっています。どこを見てもまるで鋸の歯のように鋭く切立った峰々の連続で、峠を登って越えられるような場所は全く見当たりません。気分が清々しくなるような自然の造形美の一方で、雪山に潜む厳しさもジワリジワリと伝わってきます。高地特有のピーンと空気が張り詰めた静寂ともいよいよお別れです。

Jammu

 山麓に近づいてゆくと、遠方からは全く見えなかった深い谷が現れました。遥か下方の谷底にはチョロチョロと小川が流れています。山間をぬって続く渓谷のくねくね道を下っていくと、斜面には、今までの高地では全く見られなかった緑の草が増え始め、さらに下ると徐々に低木も増えてきました。渓谷斜面に張り付いた巨大な岩にコの字型に刳り貫かれ、今にも滑り落ちそうな頼り無い道路。タイヤの直下は数百メートルの断崖絶壁。遠方を眺めれば雄大な渓谷のスケールに思わず歓声をあげ、足の下を覗き見ると座っているだけでもお尻のあたりがゾクゾクしてきます。疎らだった木々はいつの間にか鬱蒼とした森林に変わっていて、風格のあるヒマラヤ杉は脆い岩場にしっかりと根を張り、際立って長い年月を感じさせます。また森の出現とともに、渓谷の小川は勢いを増した渓流に変わっており、今まで何気なく吸っていた空気にも酸素が増え、一呼吸するごとに空気のみずみずしさを感じるようになりました。

Border

 鬱蒼とした森の斜面に建物が無秩序に立ち並ぶ集落は中国側の国境、ジャンムの町。ここで一泊した後、国境の友誼橋を渡り、ネパールへ。橋を一つ渡っただけで、行き交う人々も浅黒い肌、ほりが深いネパール人ばかり。道端にひしめく商店の看板からはすっかり中国語の表記が消えて無くなりました。
 このまま奈落の底まで落ちていってしまうのではないかと思うほどの勢いで、全く終わりが見えない下り坂を走り続けます。渓谷全体に蝉の鳴き声が響き、道端にはバナナの木が現れ、次第に蒸し暑くなってきました。更に標高が下がって、すっかり気候も変わったようです。ちょうど収穫を迎え黄金色に染まった段々畑が山の斜面を覆い、周辺の山々、渓谷など自然環境からは人間が安心して暮らしてゆける、穏やかさを感じるようになりました。

 次第に道幅が広がり、クラクションが絶え間なく鳴り響く喧騒のカトマンズに入ると、チベットで当たり前であった静寂が何だか懐かしくなりました。
 2日間に渡ってひたすら下り続けたヒマラヤ越えの道。 周辺の景色やそこに暮らす人々、気候や町並み、漂う空気さえも、何もかもが目まぐるしく変化し続けたエキサイティングな坂道でした。こんなに長い下り坂は世界でもそうそう他にはないかもしれません。私達がつい数日前まで立っていた「天空のチベット」。 改めてその天空に近い高さを実感したのでした。(上田)

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