2012年3月29日 (木)

コチンで訪ねたシナゴーグ

先日、南インドから帰国しました。3月中旬、日本はまだまだ寒い時期でしたが、Photo南インドは日本の夏のように湿度が高く、ジットリとした空気・・・外に出れば、汗がじわじわと流れ出る気候でした。これぞまさしく南インド!
今回のツアーは、南インド最大の都市チェンナイからはじまり、ドラヴィダ文化の中心地マドゥライ、インド洋、ベンガル湾、アラビア海の3つの海が交じり合うコモリン岬、水郷地帯のクルーズ、そして最後はシルクロード要衝の地コチンを訪ねる8日間の見所満載の旅。

特に最後のコチンでは、飛行機の出発時間が遅くなったため、半日の自由時間を設け、ご希望の方と庶民が通うスーパーマーケットへ行ったり、リキシャに乗ったりと充実した自由時間をお楽しみ頂きました。
コチンの町は、インド有数の貿易港で1502年にヴァスコ・ダ・ガマが交易所を設けたことによってインドにおける最初のヨーロッパ定着地となったと言われ、ポルトガル、オランダ、英国の支配を受けて、現在に至ります。その時代に建てられた教会や宮殿、そしてコロニアル風の建物は今も大切に残され、当時の栄華を偲ばせます。

その歴史的な建物の中には、スパイス取引を行うために住み始めたユダヤ人が建てたシナゴーグもあります。最盛期には数千人(一説では2,000人や5,000人ともいわれる)ものユダヤ人がこの町に住んでおり、シナゴークも活躍していました。ツアーでは1568年に建てられたシナゴークを見学。ベネチア製のシャンデリアとユダヤ教聖典「トーラ」をおさめる場所、男女別々に礼拝するためのバルコニーなどありましたが、とてもシンプルな作り。特筆すべきところは、床に全て違う模様が描かれたデザインの中国製タイル(250年前のオリジナル)が1,100枚もはめ込まれていること。これは歴史的に価値があるということで、傷つけないように必ず靴を脱いで中に入ります。最盛期の時代から、イスラエル建国を経て、残ったユダヤ人の数は現在9名(うち3名が男性)のみ。毎週土曜は礼拝の日ですが、ユダヤ教の礼拝に必要な成人男性は最低10名以上で構成されるため、遠くに住んでいるユダヤ人や、ユダヤ人観光客がコチンへ着た時に礼拝をするのだとか。 Photo_3

シナゴーグ周辺は旧ユダヤ人地区でしたが、今はお土産物が建ち並びます。名産物のスパイス、ナッツ、その他、Tシャツや刺繍など豊富に揃っています。近くには郵便局があり、昔の名残で押される消印はダビデの星です。記念に私も自分の家に送ってみました。(写真添付)
コチンへ行く機会がありましたら、皆様も送ってみてください!(米村)

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