2012年5月 7日 (月)

バルカン半島6カ国、ぐるり周遊の醍醐味

 1_2先日、西バルカン大紀行の添乗より帰国いたしました。マケドニア、アルバニア、モンテネグロ、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、セルビアと6カ国を18日間で大周遊する今回のツアー。あちこちでアーモンドや桃、杏の小さな花が咲き乱れ、可愛らしい野花が私たちを歓迎してくれました。
  ヨーロッパとアジアの中間に位置するバルカン半島は、古くから多くの民族が行き交いました。イオニア海沿岸の町デュレスからコンスタンチノープルまで、バルカン半島を東西に貫くエグナチア街道がローマ人によって敷かれると、その街道上には多くの殖民都市が築かれ繁栄しました。現在でも、イオニア海沿岸や街道上には、ギリシア人やローマ人によって建設された都市が数多く残っています。保存状態は十分とは言えませんが、バルカン半島最大規模のデュレスのローマ劇場や、モザイクが見事なへラクレア遺跡などは当時の栄華を伺うに十分な見ごたえがありました。
 Photo_3 地理的な優位性と同時に、その軍事的重要性から、時として侵略の地ともなりました。その象徴として、500年間にも渡るオスマン・トルコの影響が色濃く残っています。丸い石畳が続くモスタルやクルヤのオールドバザールを歩けば、ドロドロとしたトルココーヒーに水パイプ、木工品に絨毯…とまるで遠いトルコに迷い込んだかのようなオリエンタルな雰囲気が迎えてくれることでしょう。
 また、石造りの家並みと白黒縞模様の石畳が美しいジーロカストラと、大きな窓がたくさん付いた白壁の家が斜面にびっしりと張り付く“千の窓の町”ベラッドは、いずれもオスマン・トルコ時代に築かれた町で、中世の町並をよく残す野外博物館としてアルバニアの世界文化遺産に指定されています。  

 4_3 オスマン・トルコの影響が強いバルカン半島にあって、セルビア北部、ノビ・サドの洗練された町並みは驚きでした。ここは、オスマン・トルコよりもオーストリア・ハンガリー帝国の支配が長かったため、西洋的で美しい町並みがよく残っています。ボイボディナ自治州の州都にもなっているノビ・サドには、何と27もの民族が共存し、互いの文化や宗教、言語を尊重しながら生活しています。南部は、コソボ問題として複雑な民族問題を抱えるセルビアですが、「ここ、ボイボディナ自治州においては、いたって平和的に異なる民族の人々が生活しているのよ」というガイドさんの話が大変印象的でした。 Nobisado
 おりしも、私たちがツアーに出発する数日前に、政情不安で長く渡航が制限されていたコソボへの渡航が可能となりました。コソボは、内戦による負のイメージが強く観光資源に乏しいように思われがちですが、実は、輝かしい中世セルビア王国時代に建てられた教会が点在する宗教建築の宝庫です。
 複雑な民族問題を抱えたバルカン半島も、つい20年前までは、絶大なカリスマ性をもつチトー元帥指導の下、“7つの国境、6つの共和国、5つの民族、4つの言語、3つの宗教、2つの文字による1つの国家”ユーゴスラビア社会主義連邦として、「友愛と団結」をスローガンに共に歩んできた国々です。チトー元帥が死亡すると、連邦は次々と分離独立への道を歩みましたが、首都ベオグラードにあるチトーの墓には、彼の功績を称えて今も訪問客が絶えません。
 複雑な歴史の歩みを、数日間で見て取ることは不可能なことかもしれません。しかし少なくとも、6カ国を周遊したからこそ、ユーゴスラビアとして共に歩んだ各国の共通項と、一方でユーゴスラビアという一つの枠組みでは収まりきらない多様性や差異を感じ取ることが出来たように思います。(兼井)

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コメント

 「バルカン半島6カ国」ぜひ行ってみたいです。コソボも解禁?されたなら行ってみたいです。また、セルビアは大使館訪問して、ノビ・サドに興味を持ちました。
 旧ユーゴ諸国は可能ならまとめて見た方が「多様性や差異を感じ取ることが出来る」ので良いのでしょうね。(現在6ヶ国中4カ国は訪問しましたが)

投稿: チトー | 2012年5月13日 (日) 23時34分

コメントありがとうございます。
すでに4カ国はご訪問されているのですね。
1カ国にじっくり滞在する魅力もありますが、
バルカン半島の国々は共に複雑な歴史を歩んできた国々ですので、
同時に巡ることでこそ、多くのことを感じとることができたように思います。
コソボも訪問可能となりましたので、ぜひ残りの国々のご訪問もご検討頂ければと存じます。

投稿: 兼井 | 2012年6月 6日 (水) 10時55分

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