2012年7月26日 (木)

バルト三国、3つの国名ご存知ですか?

Photo先日、ユーラシア旅行社の「バルト三国を極める旅」のツアーより帰国しました。突然ですが、バルト三国と言われてその国名がパッと思い浮かぶでしょうか?それぞれの国の首都は?地図でその場所を指せるでしょうか?ひょっとすると地図を前にして少し迷ってしまうかもしれません。バルト三国と呼ばれるがゆえに、3つで1つの印象が強いからでしょうか。その三国を極める今回の旅、それぞれの国で見所もばらばらです。今回は、“極めのポイント”をご紹介したいと思います。

<エストニアの牧歌的風景を楽しむ>
エストニアには1500程の島があり、3番目に大きいのがムフ島です。コクヴァ地区には18~19世紀から残る民家が点在しており、茅葺きの屋根、苔むした石積み塀、草が生い茂る様子に、一昔前の日本の田舎を思わせる懐かしさが漂います。周囲の森にはネズの木が多く、独特の木の香りがふんわり。この木を加工したキッチン用品はお土産物として人気です。そして、隣のサーレマー島はエストニア最大の島。アングラ地区には、粉ひき小屋として使われていた木製風車が残っており、昔ながらの島の生活を今に伝えています。素朴な風景、昔ながらの生活が見られる島々は、中世の雰囲気を今に残すタリンとは対照的です。

<ラトビアに残る作曲家ワーグナーの足跡>
ドイツの作曲家リヒャルト・ワーグナーが1837~1839年の2年間、リガに滞在していていたことをご存じですか?この時代は彼が借金に追われていたからなのでしょうか・・・あまり良い話題がないのでご存じない方が多いかもしれません。彼が暮らした家が、旧市街の南、繁華街から1本通りを入ったワグネラ通りに残っています。特に目立つわけでもなく、周りになじみ過ぎていて見逃しがちなので注意が必要ですが、石碑がはめ込まれているのと4番地が目印です。意外な土地で触れる、ワーグナーの経歴なのです。

Photo_2<リトアニア版の天橋立??>
ロシアの飛び地カリングラードから延びるクルシュー砂州。砂州とは湾にできる地形の一種で、沿岸流によって運ばれた砂が細長く堆積し、湾を2つに分ける程になった半島のような地形です。日本の代表的な砂州としては、京都の天橋立が有名です。砂州のところどころには美しい砂丘が見られ、ドイツ人作家トーマス・マンは「北のサハラ」と呼びました。ですが、この砂丘は日々動いています。それを食い止めているのが砂州を覆う森林です。このお陰で集落が砂から守られ、人の営みが続いてきたとされます。このバランスによって生まれた景観こそ、世界遺産の登録に繋がった要因。そんなことを考えて訪れると、この土地全体の価値が分かるような気がします。

Photo_3ひとくくりにバルト三国といっても、文化・風景・歴史はそれぞれで、決して3つで1つではありません。また、日本との関わりもあります。相撲界で活躍する大関・把瑠都はエストニア出身。ラトビアのリガは神戸市と姉妹都市で、バルチック艦隊の港リエパーヤもあります。そして、リトアニアのカウナスは杉原千畝氏が6千人の命を救った地として知られます。こういった点が、それぞれの国に興味を持つきっかけになってもいいなと思います。
最後に、冒頭の問いかけですが、バルト三国は北からエストニア(首都タリン)、ラトビア(同リガ)、リトアニア(同ビリニュス)です。国の場所は・・・ぜひ地図帳を開いてみて下さい。(江間)

バルト三国(エストニア・ラトビア・リトアニア)へのツアーはこちら

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