石油で潤う近代都市バクー
コーカサス三国への旅 13日間」より帰国しました。コーカサス三国のうち、アゼルバイジャンは、2年前に行った時は首都バクーの建設ラッシュがすごく、どこもかしこも工事中といった雰囲気でしたが、それももう落ち着き、すっかり近代都市化がされていて、お客様方の来る前までのイメージも、良い意味で大きく覆していたように思われます。バクーがこれほどまでに大きな街に発展できたのは、石油産油国であることにも大きく起因しているのでしょう。石油にちなんで、炎の形をあしらった全面ガラスのモダンな高層ビルも現在建設中です。
アゼルバイジャンでは古くから石油が採れましたが、大々的に産業化されるようになったのは、19世紀に入ってからになります。はじめはロシア帝政の独占状態でしたが、19世紀末に民間に明け渡されると石油産業は一躍発展を遂げるようになります。その時代に活躍したのが、ノーベル兄弟とロスチャイルド家です。ノーベルは大変勉強熱心だったようで、バクーに来る前に、この地に住む人々の習慣などをよく調べ、彼らとうまく付き合いながら企業を大きくしていったのだそうです。彼らの時代に建てられた建物は今でも街の中心地に多く残っており、未だに石油会社のオフィスとして使われている場所もありますし、ブティックやカフェが入っている建物もあります。また、石油で財を成した人の豪邸のほんの一部を改装して、現在歴史博物館として公開している建物もあります。当時は120もの部屋から成る豪邸だったそうですが、そのうちの5部屋ほどを少し見学しましたが、まるで宮殿にいるかのようなホールや書斎、寝室がありました。ただ、20世紀にソ連の支配下に入ると、こうした石油富豪たちは追放されてしまったそうです。
現在は、カスピ海の海底に眠る石油が盛んに採掘されており、カスピ海沿いをバスで移動しているといくつもの立派なオイル・ステーションが目に留まりますし、近くには石油を運ぶための貨物列車とそのレールが見えます。ちなみにこの鉄道は、バクーから石油をグルジア、トルコにまで運び、そこから更にヨーロッパまで送られていきます。
このカスピ海沿いは街の中心部分は緑豊かな公園や遊歩道が整備されていて、海風に当たりながらのどかに散策をする人々がたくさんいます。
ショッピングモールもあり、老若男女さまざまな顔ぶれが集まります。アゼルバイジャンはイスラム教の国ですが、宗教色は生活にはあまり影響を及ぼしていません。スカーフなどで顔を覆うようなこともなく、男性も女性も普通に洋服を着ています。アルコールももちろん飲めますし、私たちのような外国人も違和感なく過ごすことができます。
また、バクー近郊の内陸を移動している時は、昔ながらの石油櫓がまだいくつも活動しているのが見えてきます。通常は石油は地下5000メートル以上深い場所に眠っていることが多いのですが、アゼルバイジャンでは地下500メートル程度の浅い場所に多くあるそうです。もっと浅い場所に石油が溜まっているところもあり、昔の人々はあまり苦労することなく石油を手に入れることができたのだそうです。昔は地中から、現在はカスピ海中から採掘するのが主流となっています。ガソリンスタンドは街の郊外にいくつかありますが、ガソリン代は1リットル60円程度でした。石油輸入国の日本から見れば、うらやましい限りですね。(飯岡)
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