2013年1月15日 (火)

バングラデシュ 今昔物語

私が初めてバングラデシュを訪れたのは、いまから約8年前。自動車という乗り物は、現地の人が乗ることはなく、外国からの支援の自動車しか走らないという状況で、ツアーバスが走ると道行く人に注目されたものでした。トイレ休憩のためにバスから降りると、なにやら普段見かけない人間が来た!とあっという間に20~30人の人だかり!そのような未知なる遭遇のような光景が当時はありました。

年月を経て、現在のバングラデシュを訪れるとたくさんの変化が見られました。

道路上に走る車は、私たちのツアーバスや外国からの支援の車ではなく、ほとんどが現地の人が運転する中型から大型の公共バス、乗用車、三輪タクシー。ダッカ市内はもちろんのことながら、市内から抜けるまでの一時間はそうした車の多さや混沌から抜けるまでが一苦労。車が増えたからといって今までの現地の人の交通手段だったリキ車(自転車カー)が減ったかと思うと逆に増えていました・・・。Hp
ダッカ市内の交通状況は、以前から“混沌”という表現がピッタリでしたが、さらに混沌さが濃密になっていました。その混沌はじわじわと郊外に広がりつつもありました。そのような状況は最悪!と思うかもしれませんが、数年の間に交通機関の供給が増加したことはバングラデシュの発展でしょう。リキ車の増加は、田舎から都心にも陸路移動し易くなり、都心に出稼ぎに来る若者が増えるとともに、手っ取り早くリキ車の運転手になる人も多いそうです。

そしてダッカ市内から少し抜けると、かつては田畑が延々と続いていたのですが、そこに外国企業の工場や工業団地、遊園地、レストランが建つようになりました。バングラデシュは世界最貧国の一つでもあり、昔から各国の支援、援助が寄せられていた国でした。8年前までは道路や橋などのインフラ部分に外国からの支援を見ることができましたが、近年では働く場所にその様子を見ることができました。バングラデシュは日本の北海道の2倍の面積に日本の人口を超える約1億4500万人が暮らし失業率が20%という国です。さらに農村では男尊女卑など様々な問題がありましたが外国企業、特に縫製工場の進出で多くの女性に働く場所が生まれました。Hp_2
2006年ノーベル平和賞受賞のグラミン銀行による貧困サイクルを断ち切るための融資、そしてその利益により農村にトイレや井戸が設置されるようになったというニュースを見聞きしていましたが、現地に行き、確かにトイレ休憩に立ち止った周辺や観光中に歩いた村で井戸がよく見られるようになっていました。8年前は水質汚染などの問題もありましたが、いまは安全な水の確保も進んでいるようでした。

発展しつつあるバングラデシュですが、以前にも見た黄色い絨毯を広げたようなからし菜畑の風景、Photo国旗に象徴される緑に染まる大地、ニコニコ笑顔を返してくれる子供たちと相変わらず興味津々に私たち観光客を見に来る田舎の人たち、商品の果物も人も溢れかえる市場など変わらない、お国柄もありました。 バングデシュは3宗教(仏教・ヒンドゥー・イスラム)の建造物から世界最大のマングローブ林シュンドルボンなど様々な見どころがある国ですが、国の変化、発展、人柄の良さなどとても関心を惹かれるものがたくさんある国。バングラデシュって何がある国なの?と思う方にこそ行くと多くのものを得られる国なのです。(高橋)

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コメント

今回一緒に添乗してくださったTさん 大変おせわになりました。ありがとうございました。行くまでは、どんなところだろうと想像もできませんでしたが、現地で出逢ったバングラディシュの人々の人柄の良さに感激しました。素直で優しくて 日本人の私たちが忘れかけていた何かを持っている感じがしましたね。地元のテレビ局にインタビューされたり、フェリーで多くの人々と楽しくお話ができたり本当に得るものの多い旅でした。英語も思った以上に通じましたね。バングラディシュが大好きになりました。

投稿: takahashi | 2013年1月24日 (木) 21時07分

高橋様
海外旅行で現地の遺跡や景色以外で“その国の人”が強く印象に残ったり触れ合ったり写真の被写体の対象となることは少ないものですが、バングラデシュは地元の人たちの印象が強い国で独特だったと思います。言葉が通じなくとも、言葉を発しなくとも人の好さや純粋さを感じられるバングラデシュは素敵ですよね。高橋様の心に残るご旅行であってよかったです。

投稿: ユーラシア旅行者:高橋 | 2013年1月28日 (月) 16時32分

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