2013年1月16日 (水)

憧れのウィーンへ!ウィーンフィル・ジルヴェスターコンサートで締めくくる2012年

  先日、「ウィーンフィル・ジルヴェスター・コンサートと新年のプラハ 6日間」より帰Photo_4国しました。ウィーン、プラハ、チェスキークルムロフなど、冬景色の美しい中欧の珠玉の街々を巡り、ウィーンの楽友協会ではウィーンフィルのジルヴェスターコンサート、プラハではプラハ国立オペラ劇場にてオペラ鑑賞をお楽しみ頂きました。冬のヨーロッパとは思えないほど、晴れやかな日々が続き、この季節としては珍しいほどの温暖な気候の中の観光となりました。クリスマスイルミネーションやマーケットが立ち並び、家族や恋人が手をつないでメインストリートを行き交い、寒々としたヨーロッパというよりは、心温まる雰囲気が漂っていました。

Photo_5  この旅のハイライトは何といってもウィーンフィル・ジルヴェスター(大晦日)コンサート。現在46カ国で中継されるウィーンフィル・ニューイヤーコンサートは毎年12月30日から1月1日まで3日間、同じ指揮者、演奏者、演目で行われます。今年は、2011年に指揮を務めたウィーン国立歌劇場の音楽総監督、オーストリア人のフランツ・ウェルザー・メストが指揮を務め、そして今年はワーグナーとヴェルディという偉大なオペラ作曲家のメモリアルイヤーに当たるため、この2人の曲がニューイヤーコンサート史上初めて演奏されるとされ、注目されるコンサートでした。

 ニューイヤーコンサートの代名詞ともなったウィーンフィルのコンサートが行われる楽友協会の黄金の間は金箔で煌びやかに装飾されていて、見た目の豪華さはもちろん、どこにいても素晴らしい音響を楽しめるよう、徹底的にこだわった会場です。年末年始は、黄金色に輝くコンサートホールには毎年イタリアのサンレーモ市から送られる色とりどりの花が飾られていて、会場に入ると言葉を失ってしまいそうなほどの華やかさでした。コンサートが始まるまでは写真を撮ったり、各国からのお客様とお話されていたりと、にぎやかに過ごしました。

  コンサートが始まると静まり返った黄金の間に軽快なヨハン・シュトラウスの調べが響き、言葉で表しがたいほどの胸の高鳴りを感じました。
このニューイヤーコンサートが初めて開催されたのが1939年12月31日。オーストリアにとっては苦悩の年でした。ヨーロッパが第二次世界大戦の暗い渦に巻き込まれていった時代、オーストリアにとっては地図上からその国名が消失しました。苦難の時期にウィーンの人々が愛してやまなかったシュトラウス・ファミリーの曲目だけを並べた演奏会を開催するということは、オーストリアに対する愛国心の表明でもありました。当時のウィーンフィル常任指揮者クレメンス・クラウスによってこの「特別コンサート」が楽友協会大ホールで開催されたのが1939年12月31日、つまり、今や世界中で何百万人の人が鑑賞するまでになったウィーンフィルのニューイヤーコンサートは、実はジルヴェスター(大晦日)に始まったのです。そんなオーストリアの歴史やオーストリア人の愛国心を感じながら、シュトラウスの曲に耳を傾けました。

 コンサートの後は、興奮冷めやらぬ中ホテルにてガラディナー。2012年最後のお食事は先ほど鑑賞したジルヴェスター・コンサートのことで大盛り上がり。あっという間に2012年は幕を閉じ、シャンパンで乾杯。晴れやかな気分で2013年を迎え、気持ちを新たにウィーンの街を後にしました。(丸谷)

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