2013年2月22日 (金)

ヴァスコ・ダ・ガマゆかりの地、コチンをゆく(インド)

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先日、「南インドの楽園ケーララとドラヴィダ文化探訪 8日間」のツアーより帰国しました。このツアーは、インド4大都市のひとつチェンナイから入り、インド亜大陸最南端のコモリン岬を経て、コチンまでまわります。
南インドでは、北のアーリア系とは異なったドラヴィダ系のヒンズー教寺院や、自然豊かな水郷地帯をゆっくりと満喫するバックウォータークルーズなど、ヒンズー文化と自然の両方を楽しめるところが大きな魅力ですが、同時に植民地時代の名残を留めているところもあります。その一つがケーララ州にあるコチンです。コチンに到着すると、これまで訪れてきた都市とは異なった雰囲気を感じます。
コチンはインド有数の貿易港。1341年の洪水の洪水による地形変化により自然の良港として台頭しました。1502年、ヴァスコ・ダ・ガマが交易所を設けたことによって、インドにおける最初のヨーロッパ人定着地となりました。昔から貿易が盛んだったため、現在でもスパイス屋さん等が多くぞんざいします。また、インド海軍の基地が置かれているところでもあります。

聖フランシスコ教会には、かつてヴァスコ・ダ・ガマが埋葬されていました。1524年12月24日、3回目の航海中、彼はこの地で永眠につきました。堂内には墓石がありますが、現在はリスボンのサンジェロニモス修道院で眠っています。この教会は、1503年、ペドロ・アルバレス・カブラル率いる探検隊に同行したポルトガルのフランシスコ修道士によってたてられた、インド最古の教会です。その後オランダのプロテスタント派となり、現在は英国国教会の所有となっています。

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教会から少し歩くと、アラビア海にでます。アラビア海では、チャイニーズ・フィッシンク・ネットという漁の様子がみられます。チャイニーズ・フィッシンク・ネットとは、丸太の先に吊るされた四つ手網漁。中国から元の時代にやってきた船乗りが伝えたものです。結局かれらはここに定住することはありませんでしたが、変わりにこのような文化を残しました。マストを立てて、網を水中に沈め、ころあいを見計らって引き上げる(わずか7~8分程)、満潮時の漁です。周辺には魚屋さんなども多くあり、この辺りでとれた魚を売っています。シーフードレストランも多くあり、今回のご昼食でもエビをお召し上がり頂きました。

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