2013年3月28日 (木)

1400年の眠りから覚めたマヤの人々の暮らし(ホヤ・デ・セレン/エルサルバドル)

先日、「メキシコ古代文明と中米8カ国大紀行 19日間」の添乗より帰国致しました。
 
 メキシコはユカタン半島からはじまり、ベリーズ、グアテマラ、ホンジュラス、エルサルバドル、ニカラグア、コスタリカ、と陸路で7か国を走り抜け、空路でパナマへ、そして再び空路でメキシコシティへと大縦断するツアー。春の乾季を迎え、紫やピンクのジャカランダ、黄色のシルカ、アカシアなど、彩り豊かな花々が咲き誇り、爽やかな陽気に包まれた19日間となりました。
 9ユカタン半島からエルサルバドルまでの広大な領域に栄えたマヤ文明の遺跡の数々に圧倒され、コスタリカでは緑豊かな大自然に心洗われ、パナマの運河クルーズで人類の英知に驚かされる…めまぐるしく変化する情景に飽きることのない毎日です。そんな変化に富んだ8か国、19日間のツアーの中から、本日は特に興味深かったエルサルバドルの世界遺産、ホヤ・デ・セレンについてご紹介したいと思います。
 ホヤ・デ・セレンは、マヤ時代の庶民の生活ぶりが見られる遺跡です。エルサルバドルは火山大国で、これまでに幾度となく噴火に悩まされてきました。この地域も、560年にロスカルデラ山が大噴火した際、6mもの灰が積もりました。村は一瞬にして灰に埋もれて長らくの間忘れられてしまい、1976年にトウモロコシの貯蔵庫を建てようとした際、偶然に発見されたのです。
 

111125ll20_4 こちらからは、住居やコミュニティーセンター、シャーマンの住居、サウナなどが発掘され、当時のマヤの人々の生活が蘇りました。人骨がひとつも発見されないことから、幸いにも村人は噴火と同時に逃げ切れたとされています。
 サウナは10人以上が入れるドーム型のもの。おそらくは、人々の社交の場として機能していたのでしょう。入浴後の水浴び桶も発見されています。マヤの人々は、意外とお風呂好きだったのかもしれませんね。
 シャーマンの住居は唯一の2階建て。窓には格子がついていて、人々はその窓から悩みを伝え、占いの結果を聞いたのだとか。最も土地が高いところに築かれていることからも、神聖な領域だったことがわかります。マヤの人々は天文観測に長けていましたので、星占いのような占いをしたのでしょうか。…と、当時の人々の生活を想像しながら、見学を進めていきます。

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 人々の住居は、倉庫兼作業場、台所、寝室と3つの建物がそれぞれ独立して築かれています。倉庫からはトウモロコシやネズミの骨が発見されました。1400年前に倉庫を荒らしていたネズミは、噴火の犠牲になってしまったようです。台所からは、お皿や、壺、鍋などのキッチン用品が出てきました。多くのお皿に食物が残ったままだったことから、食事の時間帯に噴火が起き、人々は慌てて村を飛び出したと推測されています。
 現在、私たちは見学できるのは2軒の住居跡ですが、実際にこの地域の地下には200軒以上の住居が埋まっていることが最近の調査で分かってきたようです。そして、ここから5キロほど離れた村へ続く道路も発見されています。1400年前の眠りから覚めたホヤ・デ・セレンが“中米のポンペイ”と讃えられるのも納得です。
 まるで1400年前の人々の声が聞こえてきそうな生活臭漂う遺跡、ホヤ・デ・セレン。当時の人々の暮らしぶりに思いを馳せながら、あれやこれやと想像を膨らませながらの楽しいひと時となりました。(兼井)

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