2013年3月13日 (水)

今が旬!アルバニアとマケドニア

アルバニアツアーで訪れるベラット先日、ユーラシア旅行社のツアー「アルバニアとマケドニア、バルカン探訪8日間」から帰国しました。

アルバニアとマケドニア。
バルカン半島、ギリシャの北側に隣接するこの2つの国。
・・・皆様はどのようなイメージをお持ちでしょうか。

私たちはマケドニアの首都・スコピエの「アレキサンダー・ザ・グレート空港」に降り立ち、最後はアルバニアの首都・ティラナの「マザー・テレサ空港」から帰途につきました。
しかし「マケドニア」というアレキサンダー大王ゆかりの国名は、いまだに隣国ギリシャなどから承認されていません。
一方、マザー・テレサはアルバニア人ですが、生まれ故郷はマケドニアのスコピエで、アルバニアでは暮らしていません。
この複雑な事情はバルカン半島の情勢を反映していると言えるでしょう。

私たちは先日、東日本大震災から2年目を迎えましたが、バルカン半島にも地震は多く、スコピエでは1963年7月26日に大震災がありました。
マグニチュード7.9のこの地震で1140名が亡くなり、町の建物の85%が倒壊したと言います。
かつてオリエント急行の停車駅でもあった旧スコピエ駅の時計は、50年前のこの日、午前5時17分で止まったままとなっています。(今は博物館として残されています。)
この町の復興計画の設計を担当したのが、国連のコンペで選ばれた日本の建築家・丹下健三でした。
スコピエには、彼が設計した扇状の街並みと建物が今も残っています。

さてマケドニアのお勧めは、世界遺産の街・オフリド。
この湖畔の古都は、海のないマケドニアの人々には人気の夏のリゾート地でもあります。
ところでオフリド周辺にはアルバニア人の村も多く、彼らはアルバニアの国旗を掲げています。
マケドニアにありながらアルバニアの国旗を掲げるというのは、私たちでいえば日本にいながら隣国である中国や韓国の国旗を掲げるようなもの。
私たちにはとても奇妙に思えますが、これがこの地の現実です。

オフリド湖の対岸はもうアルバニアです。
陸路、国境を越え、かつてその鎖国政策から“ヨーロッパの北朝鮮”とも呼ばれ、ヨーロッパ最貧国であったこの国に入ります。
アルバニアに入った途端、道路沿いに“トーチカ”が見えてきます。
アルバニアツアーで見学するトーチカ
これは共産主義時代、独裁者エンヴェル・ホッジャが各家庭に作らせた防御陣地です。
その数、70万と。
とりわけ対岸にイタリアを望むアドリア海沿岸には、このトーチカが点々としています。
写真は大きめのトーチカですが、対核兵器用もあるとか・・・。

結局一度も使われなかったこのトーチカ、まさにホッジャの被害妄想の産物。
今や無用の長物で、あちこち放置されています。

アルバニアのお勧めは、やはり世界遺産の街・ベラット。
狭い傾斜した土地に建つ家々は1階を倉庫とし、2階に採光のために縦長の窓を付けています。
この独特の作りから、「千の窓のある町」と呼ばれています。
冒頭の写真は明かりが灯り始めた夕刻のベラットです。

ホッジャの死後、1990年代に市場経済が導入されたアルバニアは、国民のなんと3分の1が被害を受けたというねずみ講事件が起こりました。
しかし今はその痛手からも立ち直り、急激に発展をしています。

旧ユーゴスラビアから独立し、平和を取り戻したマケドニア。
鎖国政策で謎に包まれていたアルバニア。
今が旬です。(田口)

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