2014年12月 9日 (火)

絶海の孤島、イースター島とガラパゴス諸島に行ってきました!(ユーラシア旅行社で行くガラパゴスツアー)

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先日、ユーラシア旅行社の「ガラパゴス周遊と謎のイースター島探訪 13日間」のツアーより帰国致しました。〝絶海の孤島〟と呼ばれるエクアドル領のガラパゴス諸島と、チリ領のイースター島。その呼び名に相応しく、日本から飛行機で20時間以上かけて、南米大陸に入った後も、ガラパゴス諸島は首都キトから約2時間30分、イースター島は首都サンチャゴから約5時間30分も飛行します。遠路はるばるやって来た地球の裏側、そこには私たちの想像をはるかに超えた独特の文化が興り、独自の進化を遂げた動植物たちが待っていました!

さぁ、旅の始まりは、モアイでお馴染みのイースター島から。モアイって何のためにできたの?という疑問はきっと誰もが抱くでしょう。モアイ建造は、神への信仰心の現れや、亡くなった故人のお墓などと思われ、その目的は今も謎に包まれています。今回、私たちに同行してくれた現地ガイドさんは「モアイは当時、権力を持っていた部族の族長の顔を彫ったものという説が有力」と教えてくれました。よく世界中の広場に建っているような偉人の銅像などと一緒で、イースター島でも偉大な族長は亡くなる前から自分に似せたモアイ作りを依頼していたというのです。なるほど!と思いましたが、それにしても、どのモアイも顔が似すぎでは・・・?と、またまた謎は深まるばかりでした。

1680年代、フリモアイ(モアイ倒し戦争)が起こり、モアイ作りに終焉が訪れると、今度は、鳥人信仰が始まりました。選ばれた各部族の戦士が、1.5km離れたモツ・ヌイ島まで泳ぎ、毎年9月になると飛来するマヌタラ(イワツバメ)の最初の卵を持ち帰るバードマンレースを行いました。そこで勝利した戦士の族長は一年間、聖なる力(マナ)を持った鳥人となり、島の様々な権力を担い、死後も偉人として称えられたそうです。そのバードマンレースの舞台となったのがツアーでも訪れる「オロンゴ岬」。実際に岬からモツ・ヌイ島を望むと意外と近くに感じるかもしれませんが、実はこの辺りにはサメも生息していて、戦士たちは終始命がけ。しかも戦士同士の殺し合いも認められていたというから驚きです。そんなビックリな歴史も絶海の孤島ならではです。

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さて、旅の後半は赤道直下の国、エクアドルへ移動。ダーウィンが進化論を唱えた、動物たちの楽園、ガラパゴス諸島を訪れます。今回はクルーズ船に宿泊するのではなく、サンタクルス島のエコリゾート、フィンチ・ベイホテルに3連泊!船酔いで眠れない、食事がとれない・・・という心配もなく、実に独創的で芸術的なフィンチ・ベイのお料理を堪能しました。また近くのビーチにはカッショクペリカンやガラパゴスアシカも遊びに来ます。ホテルに居ながらにして動物観察もでき、なんだか嬉しいオマケつき。

ガラパゴス諸島には20の主な島がありますが、そのうち今回観光で訪れたのは、ノースセイモア島とサウスプラザ島の二つ。繁殖期が終わり、ちょうどベビーラッシュを迎えたガラパゴス。ノースセイモア島では白いフワフワした産毛をまとった愛くるしいグンカンドリやアオアシカツオドリの赤ちゃん、そして繁殖期の時に見られるグンカンドリの真っ赤な風船のような喉袋もあちこちで見ることができました。一方で、ガラパゴス1のガラパゴスアシカの生息数を誇るサウスプラザ島では、体重が250キロ以上あると思われるボスのチャーリー君が早速、上陸の時にお出迎え。「オゥ、オゥッ!」と大海に響き渡る大きな声で興奮した様子でした。島の地面にはこの時期にだけ、葉を赤く染めるセスビオン(多肉植物の仲間)が絨毯のようにビッシリ。思わぬ場所で「紅葉」も愛でることができました。

クルーズ船ではなく、ガラパゴス諸島一番の賑わいを見せるサンタクルス島に滞在する今回のガラパゴスの旅。観光の後には島の中心プエルトアヨラ港で自由時間を取り、アシカが遊びに来る魚市場や名産のコーヒー豆やチョコレートを売る島のスーパーを覘いたりと、島の人々の生活を垣間見ることができました。クルーズ船の滞在では決して味わう事の出来ない、オマケいっぱいの新しいガラパゴス諸島の楽しみ方、お勧めです!(三橋)

ユーラシア旅行社で行くガラパゴスツアーの魅力

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