2014年12月 5日 (金)

世界遺産となった富岡製糸場、その意義は?(ユーラシア旅行社で行く日本ツアー)

先日、ユーラシア旅行社の富岡製糸場と現役製糸工場見学の日帰りツアーに行ってきました。
今回のテーマは「日本の製糸業」。まずは碓氷製糸場を訪問します。ここでは繭が生糸になるまでの工程をたどってみます。

ユーラシア旅行社で行く日本ツアー、碓氷製糸場


繭はまず乾燥させます。中に入っているサナギはこの工程で絶命(南無・・)。そして繭の選定の後、煮ます。すると繭の糸口が出てきます。繭は一本の糸からできていますので、これを手繰って生糸にします。一本では細いため、約7個の生糸を抱き合わせます。この工程を「繰糸そうし」と言います。出来上がった生糸を出荷用に巻き上げれば完了です。その様子を見て、なるほど、幼いころに隣の家で養っていたお蚕さんはこうやって生糸になっていたのだと溜飲しました。


ユーラシア旅行社で行く日本ツアー、富岡製糸場


そして、今年6月に世界遺産に登録された富岡製糸場を見学しました。明治5年(1872年)創業のとても規模の大きい工場です。赤レンガ作りの繭倉庫やフランスから招聘した技師の宿舎、繰糸場、医務室もあります。繰糸場は全長140mにも及びます。このような整った設備で機械化された製糸が行われたのですから、さぞや生産性が上がったことでしょう。日本の現代化だけでなく、世界に良質の生糸を提供した価値が認められて、世界遺産登録が決まりました。


さて、この富岡製糸場は、今では「遺産」となりました。寂しいことではありますが、昭和62年(1987年)に操業を停止。養蚕農家の数も減少し、先に見学した碓氷製糸工場では、ひところよりもかなり規模を縮小して経営しています。しかし、富岡製糸場の世界遺産登録を契機に、富岡には押し寄せるように観光客がやってきます。そして、絹製品を販売する売店はバーゲン会場のような賑わいです。遺産となった製糸場が活気を与えて、残された製糸工場が復活したら、きっと富岡製糸場の創業に携わった人たちも本望でしょう。

このような需要が、日本の製糸産業に活気を与え、日本の物づくりを喚起するきっかけになればよいと感じました。ガンバレ、日本の物づくり!(斎藤さ)


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