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2015年2月

2015年2月27日 (金)

世界一過酷な地!ダナキル砂漠に住んでいるのはどんな人?~ユーラシア旅行社で行くエチオピアツアー~

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先日、ユーラシア旅行社の「ダナキル砂漠、エルタ・アレ火山とエチオピア絶景紀行 9日間」のツアーより帰国致しました。
旅のハイライトは、真っ赤な溶岩がボッコンボッコンと煮えたぎるエルタ・アレ火山。日暮れと共に、麓のドドム・ベースキャンプを出発し、満天の星空の下、ヘッドライトの明かりだけを頼りに溶岩台地を登る事約4時間、山頂に到着。そこからは、吹き上がった溶岩のしぶきが時々見え隠れしていました。「早く見たい!」という衝動に駆られ、更に歩く事10分、いよいよエルタ・アレ火山の溶岩湖に到着!

1時間の滞在中、溶岩は赤黒く、うねうねと形を変えながら穏やかに動いたり、熱風と共にフツフツと泡を出しながら、小爆発を起こし、溶岩を吹き上げたり・・・それはまるで人の感情のようであり、生命が宿っているかのようでした。巨大な地球のほんの一部に過ぎない場所で起きている現象ですが、〝生きている〟地球を間近で実感することが出来ました。

さて、このエルタ・アレ火山が位置するダナキル砂漠は〝地球上で最も過酷な地〟と呼ばれる場所。「一体、何が過酷なのだろう?」出発前は呑気にそんな事を考えていましたが、実際に訪れてみて納得!日中は40℃を超す酷暑、しかも4WDが走る場所はただただ砂漠や溶岩台地が続く道なき道、日陰を作ってくれる家屋なんてほとんどないし、砂埃を舞い上げながら強風も吹いて来る・・・まさに人が住むには地獄のような場所。

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でも、そんな過酷な地で力強く生き続ける孤高の民族がいます。彼らこそがアファール族です。先住民としての誇りを持ち、古くは遊牧生活を送ってきた彼ら。かつてはダナキル刀という武器を携帯し好戦的な民族と思われていたため〝ダナキル砂漠は世界で最もホスピタリティのない、危険地帯〟とされてきました。しかし、実際は・・・というと、そんな〝好戦的〟な態度とは真逆で、とってもシャイな人々なのです!こちらから手を振ると、仲間と一緒に逃げてしまったり、カメラを向けると、はにかんだ表情で顔を隠してしまったり・・・

ツアー中は、幸運なことに比較的にフレンドリーなアファール族の村の突撃訪問に成功!彼らの住む円錐形の家には過酷な環境下で快適に暮らす工夫がいっぱい!集めてきた木の枝で作られた骨組みは、芸術的とも言える程、枝同士を崩れないよう上手に組み、その上から着古した衣類を壁のようにして覆っていました。入口は風よけのために小さく、部屋の中は電気などもないため昼間でも薄暗いですが、ちゃんと台所もあり、食事するためのスペースには、葉を編み込んで作った茣蓙も敷いてあります。家主のアハメッドさんの家族は一夫多妻制で、3人の妻の間には10人の子供たちがいると教えてくれました。最後はみんなで記念写真。本当にアポなしの訪問でしたが、遠い日本からようこそ!と笑顔で歓迎してくれた彼らの事は決して忘れられません。

文明社会で暮らしているとつい、〝暑い、寒い、暗い・・・〟だのと不満を漏らし、家電のスイッチをオンにすることが当たり前になっていますが、今日からはその前に、彼らの暮らしを思い返し、まずは知恵を絞って出来ることから工夫してみようと思います。(三橋)

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2015年2月26日 (木)

グアテマラ、世界一美しい湖と言われるアティトラン湖へ!(ユーラシア旅行社で行くグアテマラ・ホンジュラス・ベリーズツアー)

アティトラン湖

 先日、ユーラシア旅行社の「グアテマラ・ホンジュラスの世界遺産とブルーホール遊覧飛行11日間」より帰国しました。各地に残るマヤの遺跡や、ブルーホールにも訪れるこのツアー。その中でも最も印象に残っているものは、グアテマラのソロラ県にある「世界一美しい湖」と言われているアティトラン湖です。
 アティトラン湖は、アティトラン山、トリマン山、サン・ペドロ山に囲まれた、8万4千年前の火山の噴火によって形成されたカルデラ湖です。今回宿泊したパナハッチェルからは、アティトラン湖とこれらの火山が織りなす景色を見ることができます。湖を行き交う小型ボートや、空を舞う鳥の群れ、湖畔に咲いているジャカランダ、朝焼けや夕焼けで移りゆく空色などは刻一刻と表情を変化させ、私達の目を楽しませてくれました。それはいつまでも湖畔に座ってただ眺めていたいという気持ちにさせ、世界一美しい湖と言われる所以も分かったような気がしました。
 しかし近年では、水質汚染の問題が深刻化しつつあると言われています。流入する河川で地域住人達が食器洗いや衣類の洗濯をしたり、下水をそのまま垂れ流したりしているそうです。また、ゴミのポイ捨ても大きな要因の1つです。アティトラン湖から流出する河川はないので汚染物質も溜まる一方です。政府や地域住民達による政策や意識改善に期待し、いつまでも美しい風景を守って欲しいと願うばかりです。(瀬戸)

ユーラシア旅行社で行く、グアテマラツアーの魅力

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2015年2月25日 (水)

世界遺産・ボロブドゥール遺跡でご利益にあやかる(インドネシア)

インドネシアツアー

 先日、ユーラシア旅行社企画「芸術の島バリと歴史遺産の宝庫ジャワ島7日間」より帰国致しました。インドネシアは島の数が1万3000以上と言われ、島ごとによって全く異なる文化が見られることが魅力です。例えば、今回訪れたジャワ島とバリ島は隣同士の島ですが、ジャワ島は仏教やヒンドゥー教を奉じた歴代王朝の中心地となったためにそれらの宗教的歴史遺産が多く見られ、一方バリ島では丘に広がる棚田や島民の90%近くが信仰しているというバリ島独特のバリ・ヒンドゥー教の寺院が至る所に建てられており、ゆったりとした時間が流れています。その他の島も多様性に満ちていて、“トンコナン”と呼ばれる舟形の伝統家屋を見ることができるスラウェシ島のタナトラジャや、“現代の恐竜”とも呼ばれるコモドドラゴンの生息するコモド島など、見所が満載です。

 そんな魅力の多いインドネシアですが、私が今回のツアーで最も印象に残ったのは世界遺産・ボロブドゥール遺跡です。ボロブドゥール遺跡はジャワ島中部にあり、9世紀中頃に建てられた、仏教、特に密教の影響の強い遺跡です。方壇と円壇で構成されているボロブドゥール遺跡はそれ自体が曼荼羅を表現しているとされ、また、各壇は仏教の三界(欲界・色界・無色界)に分かれており、上に登るにつれて悟りに近づくことができると言われています。壁面には仏陀の生涯の一部などを示すレリーフが、また全体には504体の仏像が置かれ、さらに、卒塔婆のルーツであるストゥーパ(仏塔)の存在は、日本の仏教寺院とは全く異なった様子を見せてくれます。

 今回私たちは午前中にボロブドゥール遺跡を訪れました。様々な国籍の観光客に混じりながらレリーフをじっくりと見たり、仏像に手を合わせたり、頂上から見える辺り一面の緑の風景を写真に収めたりと、ゆっくりその魅力に迫ることができました。

 しかし、それだけで終わらないのが今回のツアー。翌日早朝に、ボロブドゥール遺跡にて日の出鑑賞の機会を設けているのです。インドネシアは赤道直下にあるため、日の出の太陽は短時間ですぐに上がってしまいます。また、ボロブドゥール遺跡から見る日の出は2012年にCNNの「驚くほど素晴らしい、訪れるべき地球上の場所27選」で第1位に選ばれたこともあり、早朝に起きることを考えても見る価値は十分にあります。ただ、そこで心配なことはやはり天気。朝起きても真っ暗なため、ボロブドゥール遺跡に到着してからでないと、日の出を見られるかどうかは分かりません。

 早朝ホテルを出発して再び訪れたボロブドゥール遺跡は、昼間と違い観光客も少なく、霧に包まれて幻想的。普段は気付かないカンテルという花のいい香りもしました。頂上に向かうにつれて空が明るくなり、日の出を見ることができそうという期待を胸に、そしてカメラ片手に階段を上がります。しばらくすると空がオレンジ・黄・緑・青と綺麗な虹色に染まってきました。いよいよ日の出です。その場にいる全員が固唾を飲んで静かに見守り、その後それほど時間を置かずに見えたのは霧から顔を出す真っ赤な太陽。途端に歓声とカメラのシャッターを切る音が続き、気付けば太陽は大分上まで上がっていました。こんな美しい景色を毎日見ているボロブドゥール遺跡の仏像が羨ましくさえ感じました。

 皆が満足してボロブドゥール遺跡を降りると、再び厚い霧が辺りを覆い、もう太陽は見えなくなっていました。本当に短い間の景色ですが、だからこそ有難みを感じます。仏様のご利益にあやかったツアーとなりました。(越野)

 

ユーラシア旅行社のインドネシアツアー特集ページはこちら。

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2015年2月24日 (火)

モロッコ人の元気の源

先日、ユーラシア旅行社の「青い迷宮シャウエン、サハラ砂漠とモロッコ絶景紀行 9日間」より帰国致しました。
丁度、アーモンドの花も美しく咲き乱れ、日本の桜のような、ピンクの花たちは一足早く春を感じさせてくれました。
最近では青い迷宮シャウエンが人気急上昇のモロッコ。観光地以外にも人々を惹きつける魅力がある、モロッコの人々や文化の中で、今回は旅の醍醐味の一つでもある、食について紹介します。
今では日本でも知名度が上がり、ヘルシー志向の女性の間では特に有名なタジン鍋。素材本来の味をぐっと引き出す、とんがり帽子のような可愛らしい蓋を持つこの鍋で作る料理は絶品!モロッコの人々は世界最小パスタとして知られる、クスクスを始め、野菜、お肉等、タジン料理として普段から食しています。今回のツアーでも本場のタジン料理を皆様にお召し上がり頂きました。
蓋を開けた瞬間、湯気と共にふわっと食欲を誘う匂いが。あっというまに大きなタジン鍋が空になりました。
実はモロッコでは大きなタジン鍋を皆で囲んで、食べる際にいくつかのルールがあるのをご存じでしょうか。
まずモロッコの人々はフォークやナイフを使わず、手で食し、左手にはパンを持ちます。そして料理を取るときは必ず右手を使わなければならないのです。これはイスラムの国ならでは。預言者ムハンマドの教えに基づいています。小さい頃から、この教えは親に叩き込まれるそうです。
またじっくり煮込まれた羊や鶏のお肉はついつい早く手を出してしまいがちですが、ある程度お野菜を食べてからというのが習慣になっています。
あとは気の合う仲間とわいわい楽しみながら食べるだけです!
一人一つのタジン鍋よりも、みんなで囲んで食べた方が何倍も美味しく感じます。
モロッコ人の元気の源、心の温かさの源、皆様も是非、本場の食べ方を実践してみてはいかがでしょうか。(荒川)

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2015年2月20日 (金)

ヤーラ国立公園にてジープサファリを楽しむ(スリランカ)

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先日ユーラシア旅行社の「スリランカ物語 14日間」のツアーから帰国致しました。
このツアーは北海道の8割ほどしかない島国スリランカをバスで14日間(正味13日間)周遊しますが、ツアーの前半はフレスコ画「シギリヤレディ」で有名なシギリヤロックやかつての都であったアヌラーダプラ、ポロンナルワ、キャンディといったところの仏教寺院や遺跡などを訪れますが、後半は国立公園や森林保護区などで自然を満喫し、またかつての植民地時代の面影を残すゴールなどを訪れました。
今回はヤーラ国立公園について書かせて頂きます。ヤーラ国立公園はスリランカの南東部に位置し(インド洋にも面しています)、面積は976平方km(東京23区の総面積の1.5倍強)あります。公園内には様々な動物が生息していますが、なかでも珍しいのがヒョウ。今回私たちは公園内をジープ(屋根はあるが窓がない吹きさらしのタイプ)にてサファリを楽しみましたが、チャンスは午前と午後の2回。とりわけヒョウに関しては夜行性のため、午前中のほうが遭遇の確率が高いとか。

早朝5時半にホテルを出発。公園に入る前にジャッカルを発見。これは幸先がいいかも。その後公園入口にて手続きを済ませてから、ジープサファリスタート。公園内ではジープをゆっくり進めます。そして動物が見つかるとドライバーさんがジープを停めて、皆一心不乱に写真を撮ります。水牛、マダラジカ、サンバ(スリランカ特有の大型のシカ)、イノシシ、オナガザル、ワシ、ジャングルフォール(スリランカの国鳥で羽の色がきれいなニワトリ)、ワニ、マングース等々。クジャクに関しては羽を広げているところも見ることができました。ところが肝心要のヒョウとは遇うことがついにできず。他の動物と比べて絶対数も少なく、希少価値が高いからしかたないと自分に言い聞かせて、午前中のサファリは終了。

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昼食後、午後のサファリへ。公園内には午前中に見たのと同じ動物がいましたが、なぜかドライバーさんは停まってくれません。ひょっとして午後はそんなに面白い動物がいないので、さっさと仕事を終わらせて早くお家に帰りたいのか?しばらく走ると、ジープの行列が見えてきて、ドライバーさんは振り返って私たちにこう言いました。「レパード(ヒョウ)!」。実はこのドライバーさん、仲間と連絡を取り合い、木の上でお昼寝をしているヒョウがいるという情報をつかみ、他の動物には目もくれずここまでやってきたのです(ドライバーさん、疑ったりしてごめんなさい)。すでに10台ほどのジープが私たちよりも前に並んでいて、順番待ちの状態。私は「ヒョウさん、どうかこのまま動かずおねんねしていてね」と心の中でつぶやきました。その後ジープがゆっくりと進み、木の上を見ると、待ち望んでいたヒョウがいるではありませんか!まだお昼寝は続いており、大きな木の枝に4つの足をだらりとさせていました。ただ少し残念だったのが、少し遠かったということもあり、また顔もこちらを向いていなかったので、うまく写真を撮れなかったこと。それでもしっかりと肉眼で見てから脳裏に焼き付けました。こうして諦めかけていたヒョウを思いもかけず見ることができて大満足の私たちは、残りの時間のジープサファリを楽しんでから、ヤーラ国立公園を後にしました。(斉藤信)

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2015年2月19日 (木)

新大陸に渡ってきた征服者たち(グアテマラ、中米諸国)

ニカラグア、レオンの大聖堂(スペイン人は征服地の神殿跡に聖堂を建立した)

先日、ユーラシア旅行社の「中米5ヶ国周遊と神秘のブルーホール遊覧飛行13日間」のツアーより帰国しました。
今回の日程は、中米地峡の中ほどに位置するニカラグアから北上しつつ、エルサルバドル、ホンジュラス、グアテマラ、ベリーズの国々を巡ってきました。
国境を越える度にバスの車窓からぼんやりと眺めているだけで、
人々の顔立ちが異なっていたり、暮らしぶりが垣間見えるのは、
陸路国境越えのバス旅行ならではの楽しさでもあります。
今回訪れた国々の中では、ニカラグアやエルサルバドル、ホンジュラスなどは、
メスチーソと呼ばれる先住民とスペイン系の混血が人口の大半を占めており、
純粋な先住民や後の時代にやってきた白人の割合は非常に少なくなっています。
そしてグアテマラの国境を越えると一変して、鮮やかな民族衣装を纏ったマヤ系
先住民の人々の数が圧倒的に多くなります。
更にカリブ海に面した小国ベリーズの国境を跨ぐと今度はアフリカ系の顔立ちが増え、カリブ海の対岸がアフリカ大陸であることを実感します。
そんな旅の道中で、今年9月にグアテマラがちょうど大統領選挙と統一地方選挙を迎えるにあたり、政治についてガイドのあれこれ話していたところ、衝撃の事実を知ることになりました。
何とグアテマラでは、16世紀に黄金を求めてやってきたスペイン人の末裔たちが21世紀の現在でもなお、国をコントロールしているのです。
その末裔たちは「セブンファミリー」と呼ばれ、表舞台に登場することは滅多になく、裏から国を都合のいいように操っているのです。
 
大統領は裏の取り決めで一族の中からローテーションで決まり、政治家も多く輩出しています。また主要な産業である砂糖やバナナ、コーヒーのプランテーションも所有しています。
更に主要企業のオーナーは殆どがセブンファミリーの一族という現状。
これは全人口の10パーセント前後を占める、ほんのわずかな白人系の人々です。
また、それらの人々が16世紀に新大陸に黄金を求めてやってきたコンキスタドーレス(征服者たち)と呼ばれる、スペイン人の末裔だというから、驚きです。
グアテマラはスペインから1821年に独立を果たしましたが、真の独立ではなかったのかも知れません。
政治、経済がいまだに白人によってコントロールされている事実は、グアテマラに限ったことではなく、エルサルバドルや他の中米諸国も同じようです。
歴史書には決して載っていない衝撃の事実。
愕然としました。
ところで、中南米諸国で圧倒的人気を誇るスポーツは、もちろんサッカーです。
南米最強のクラブチームを決める大会は、「コパ・リベルタドーレス(解放者)」
と呼ばれています。
もしかしたら、この大会名に中南米の人々の秘かな願いが込められているのかも知れません。
(上田)

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2015年2月18日 (水)

トーレス・デル・パイネ(パイネの塔)を目指して(パタゴニア)

先日、ユーラシア旅行社の『パタゴニア・スーパー・トレッキング 17日間』より帰国しました。地球の裏側にあるパタゴニアは、南緯38~55度に至る1800キロの南北間。チリとアルゼンチンの2ヵ国に跨る地域を指しますが、その面積は日本の2倍にもなります。広大なパタゴニアのどこまでも広がる空はとても印象的。そして驚くほどに青く、美しい氷河があることでも有名です。大小あわせ300以上の氷河。天気によってその色をミルキーブルーにも、氷河色にも変える湖沼群、南極ブナの原生林や氷河で削り取られた山々。そんな大自然の宝庫でもあるパタゴニアを車窓で眺めるだけでなく、実際、自分の足で歩いて巡るというツアーのタイトル通りスーパーなトレッキングを堪能する旅です。

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一年を通して風が非常に強いパタゴニアでは日本の台風並みの強風は特別ではありません。立っていられず思わずしゃがみこんでしまうような強風はパタゴニアの名物とも言えます。又、天候も変わりやすく「パタゴニアでは天気予報は信じちゃダメ。誰もわからないよ」と、現地の人が口々に言うほど。実際、何度かパタゴニアに行ってその事は身を持って経験済み。しかし、トレッキングのツアーともなれば天気は何より重要な事は言うまでもありません。ただ、こればかりはどうすることも出来ず、出発前は、ただただ晴れることを祈るのみでした。そんな皆の願いが通じたのでしょうか?今回の17日間はウシュアイアの半日以外天気が崩れることもなく、最高のトレッキング日和となりました。

その中でも今回最も印象に残ったのはチリのパイネ国立公園の中でも最も人気のあるコース。パイネを代表、また象徴するトーレス・デル・パイネ(パイネの塔)のトレッキングでした。往復の距離は約19キロ。その標高差は750mにもなる今ツアーの中では一番ハードなトレッキングです。

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雲一つ見当たらないパタゴニアの空も珍しい。そんな真っ青な空が広がる朝、入念にストレッチをしていざ、トーレス・デル・パイネを目指します。急坂を息を切らして登る。行き交う人と「オラッ!」とスペイン語の挨拶をしながら余裕の笑顔。その時は降りてくる人たちの顔がいかに疲れていたか知る由もありませんでした。(いや、少しは気づいていたが、気付かぬふり?)雲一つない快晴はパタゴニア名物の風も封印し、私たちが登る度に気温も上昇、太陽がサンサン照りつける中、汗をかきかき。途中涼しい南極ブナの森をぬけ、氷河からの冷たい美味しい天然水を飲んで最後の難関へと。「どの位歩くか考えちゃダメ、上を見てもダメ、ただひたすら下を見てゴールを目指そう!」確かに。見上げたその先には豆粒のような人。1時間のガレ場を足元選びながら慎重に登るとその先に・・・。
下を見ていた視線を上へとあげると目の前にはドドーンと3本の塔。「おぉっ」自然とそんな声が漏れる。感動の対面。勿論ちっとも楽勝でもなんでもない暑くきついトレッキングでしたが、ここまで来れた達成感。そしてこの絶景。得たものもは果てしなく大きいものでした。(岩間)

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2015年2月17日 (火)

フォンニャ=ケバン国立公園で知られざるベトナムの魅力を発見!

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先日、ユーラシア旅行社の「ベトナム8つの世界遺産物語」から帰国致しました。このツアーはベトナムにある8つの世界遺産を全て訪れるだけでなく、北のハノイから南のホーチミンまで飛行機を使わず、ベトナム統一鉄道とバスを使って大縦断するツアーです。

南北に長いベトナムは北部・中部・南部でそれぞれ特徴ある気候、文化、人々の暮らしがあります。陸路で移動するからこそ、少しずつ変化していく光景が実感できるのが、このツアーの醍醐味!
旅が進むにつれ、北部では田植えをしていた水田が南部では稲が育って一面緑色になっていたり、北部では見られなかったフルーツが南部の店頭に並んでいたりと、車窓から眺める風景も全く飽きません。
また、北から南へ陸路で移動することにより途中の風景を楽しみ、ルート上の見所にも立ち寄ることが出来、知られざるベトナムの魅力を再発見することができました。

中でも、世界遺産のフォンニャ=ケバン国立公園が印象に残りました。
フォンニャ=ケバン国立公園はラオスとの国境沿いにあり佐渡島ほどの敷地内の約90%が原生林で覆われており、様々な動植物が生息しています。多様性に富んだ素晴らしい生態系が残る場所であることと共に、アジア最古とも言われるカルスト地形が生み出した大小300の洞窟も特徴のうちの一つ。

今回訪れたフォンニャドンとティエンソンドン洞窟へはモーターボートでゆっくりと川を上り、洞窟の入り口で、エンジンを止めて手漕ぎに切り換えて洞窟内を進みます。
船頭さんが漕ぐ音が洞窟の中で反響し、ゆったりとした時間を楽しみ、しばらく進むとライトアップされた鍾乳洞が見えてきました。

2億5000年もの時をかけて創り出された自然の造形美と何色もの色で照らされた鐘乳石の美しさに、圧倒されてしまいます。鍾乳洞の中を2キロほどクルーズしたあと、ボートを降りて間近で鍾乳洞を見ます。「歯」を

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意味するフォンニャの名の通り、鍾乳石を間近で見上げると歯のように見えますが、遠くから見るとカーテンがなびいているかのように見えます。

さらに、壮大な自然だけでなく歴史的にも重要な場所で、9世紀にはチャンパ王国を繁栄させたチャム族の聖地となり、洞窟内にはチャム族が残した碑文もあります。
また、この地は南北ベトナムの境界線となった北緯17度線上にあるベンハイ川から僅か100キロの距離にあり、ベトナム戦争時には戦場の最前線となったため、この広大な洞窟内は武器庫や野戦病院として利用され、アメリカ軍の爆撃の標的にもなりました。
国立公園周辺の水田の間に時折見かける円形状のため池はかつて爆弾が落ちてできた穴をそのまま利用しているそうです。

今年はベトナムにとって、第二次世界大戦終結70周年でもあり、ベトナム戦争終結から40周年。戦争によって多くの建造物が破壊されてしまった中、戦火を逃れた鍾乳洞の美しさに、地球の壮大さを実感しました。(三浦)

>>>ユーラシア旅行社で行くベトナムツアーの魅力

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2015年2月13日 (金)

バガン最大の祭りアーナンダ祭(ミャンマー)

先月、ユーラシア旅行社企画「神秘の国・微笑みで満ちたミャンマー 9日間」のツアーに添乗員として同行致しました。今回のツアーの目玉はアーナンダ祭。毎年ミャンマー歴の10月(日本の1月)に行われ、多くの仏教遺跡が眠る古都バガン最大のお祭りです。お祭りが行われるアーナンダ寺院は11世紀に建てられたもので、バガンにある寺院の中で最も芸術的な寺院だと言われています。

お祭り当日アーナンダ寺院の中に入ってみると、僧侶が一列にずらりと並び、まわりにはお布施に来た人々がたくさんいました。

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皆、お金や食べ物を持ち寄り、お布施するのです。私たちも現地のガイドさんから御豆ご飯をもらい、気に入った僧侶にお布施をしました。それにしても僧侶の列の長いこと、いつまでたっても列が途切れる気配がありません。それもそのはず、アーナンダ寺院祭が近付くと国中から僧侶が集まり、その数は2000人にも及ぶそう。アーナンダ寺院の周りは遠方から来た僧侶たちのテントでいっぱいでした。ミャンマーの人々の信心深さを目の当たりにすることができ、とても貴重な体験になりました。(佐藤)

>>>ユーラシア旅行社で行くミャンマーのツアーはこちら

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2015年2月12日 (木)

初詣は地上600mの修道院へ。(ユーラシア旅行社のギリシャツアー)

 先日、2014年末から2015年始にかけてユーラシア旅行社の「ギリシャ歴史遺産とメテオラ修道院」の添乗より帰国致しました。コリントス運河を渡り、ペロポネソス半島のミケーネへ。また、信託の地デルフィやアテネなど、ギリシャ本土の名所を回るツアーですが、今回のハイライトはやはりメテオラです。
 12/31の夜にメテオラ観光の拠点、カランバカのホテル到着。周囲はすでに真っ暗。メテオラの奇岩ビューは翌朝までお預けです。
ギリシャツアー、ギリシャ旅行
 一夜明け、朝食レストランから眺める雪を頂いた絶景に、お客様皆様見とれていらっしゃいました。朝食後はいよいよメテオラへ初詣。にょきにょきと天に向かって伸びる奇岩の上に修道院が建てられている、元来独特なメテオラの光景が粉砂糖のような薄雪によって、より神秘的なものとなりました。6つある修道院群のうち、聖ニコラオ修道院と聖ステファノス修道院に入場。地上約600m。内陸部で、かつ標高も高いため、気持ちまで引き締まるような寒さでしたが、俗世から隔離された世界で隠修士たちが送った生活に想いを馳せ、2015年の元旦を過ごしました。(尾崎)

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2015年2月10日 (火)

落差世界最大級!カイエチュールの滝(ガイアナ)

先日、ユーラシア旅行社の「南米最後の秘境、ガイアナ三国を巡る11日間」より帰国しました。あまりなじみがないガイアナ三国、どこにあるの?とお思いの方も多いでしょう。南米大陸の北部に位置し、スリナム、仏領ギアナ、ガイアナの三国で構成されているガイアナ三国。西はベネズエラ、南はブラジルと国境を接しています。スリナムはオランダ、仏領ギアナはフランス、そしてガイアナはイギリスの植民地であったことから、小国ながらそれぞれに異なる特徴を持ちます。スリナムでは世界遺産にも登録されている美しいパラマリボの旧市街、仏領ギアナではクール―宇宙センターや監獄島のサリュ―諸島とハイライトの観光を終え、フェリーで国境を越えて最後にやってきたのがガイアナ。本日はそのガイアナで訪れた「カイエチュールの滝」についてお話させていただきます。

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カイエチュールの滝は、南アメリカ北部に広がるギアナ高地と呼ばれる一帯の中に位置します。ギアナ高地の滝、というとエンジェルフォールが有名ですが、このカイエチュールの滝も実はギアナ高地の中にあるのです。ガイアナの首都、ジョージタウンからはセスナ機で移動。セスナ機を利用しない場合は、川をボートで下り、ジャングルの中を歩き、何と5日間もかかるそうです。セスナ機の窓を眺めていると、青々とした熱帯雨林、そしてテーブルマウンテンのぼこぼことした地形が広がります。ガイアナという名前は先住民の言葉で“水の多い場所”という意味ですが、その名の通り、熱帯雨林の中をうねうねと蛇のように無数の川が流れています。そして約1時間のフライトの後、滝が眼下に見えてきました!今回はお天気に恵まれ、その全貌を上空から捉えることができました。

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カイエチュールの滝の近くの滑走路にセスナ機は降り立ち、ここから歩いて滝へ向かいます。展望台に立ち寄りながら、徐々に滝に接近します。そして、しぶきがサーっとかかる森の中の散策路を抜けると、遂に滝の落ち口の側の展望台へ。落差226m。1本で落ちる滝としては世界最大級の落差を誇ります。勿論柵などはないため、ゴーッと落ちる滝のぎりぎりまで近づくと、思わず吸い込まれそうな大迫力!観光客は私達のみで、知られざる絶景を独占してお楽しみいただきました。(川井)

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2015年2月 6日 (金)

大晦日はガンジス河で(ユーラシア旅行社で行くインドツアー)

 去年の年末に「インド悠久文明の旅13日間」の添乗に行って参りました。このツアーは、ムンバイから始まり、仏教やヒンドゥー教の聖地にも足を延ばします。もちろん、インドの主要な観光地でもあるタージマハルやアグラ、そして西インドのジャイプールも訪問する毎日がハイライトのツアーです。
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 今回はガンジス河が流れるバラナシに宿泊したのが大晦日だった為、翌朝は初日の出をガンジス河のボートから見ました。生憎、曇り空ではっきりと太陽は見られませんでしたが、雲の切れ間から見る朝日も美しかったです。もう一つの目に焼き付いて離れない光景は、ガンジス河岸で毎晩行われる夜のプジャ(法要)です。ガンジス河では、毎日火葬場にて死体が葬られていますが、今回は多くの死者を弔う為に毎晩行われる法要を見学しました。バターランプに火をつけ河に流す人や修行僧、野良牛に野良犬・・・、様々な人や動物が行き交う中、鈴が打ち鳴らされ法要がスタート。約1時間にわたって行われる法要では7人程のお坊さんが河に添って並びお経を唱えます。その後、お香を焚き、より一層の盛り上がりを見せた後に法要は終了。法要を見る為に訪れた我々は階段に腰掛け、その様子を見つめました。マリーゴールドのお花、蝋燭の灯りや鈴の音・・・全てが、見ている我々をも厳粛な気持ちにさせ、お坊さんの動きに目が離せませんでした。
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法要の様子を見ていると、今年はあんな所に行ったな、こんなことがあったな・・・と、走馬灯の様に1年の記憶が駆け巡り、新たな気分で1年を始める為の良い機会になりました。

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2015年2月 5日 (木)

日本の最西端&最南端に到達!(ユーラシア旅行社で行く日本ツアー)

先日、ユーラシア旅行社の「日本の果てへ 波照間島と与那国島探訪」のツアーから戻りました。東京から2,000km以上離れている島の緯度はハワイと同じくらい。南の島へ、束の間の避寒旅行となりました。
今回の旅は、有人島としては日本最南端の波照間島と、正真正銘の日本最西端でその先に日本の領土はない与那国島、両方を一度に訪ねてしかも1泊ずつしてゆっくり見学するのが醍醐味!両島が属する八重山諸島の中心は石垣島で、ここまでは比較的足を運びやすいのですが、波照間島と与那国島はちょっと大変。波照間島へは今のところ片道1時間のフェリーしかありませんし、与那国島へは飛行機で行けますが一度に39人しか乗れないプロペラ機です。国内旅行といえど、気分は“近場の海外旅行”でした。

ユーラシア旅行社の日本ツアー、与那国島にある日本最西端の碑

波照間島と与那国島、どちらも、島に降り立った瞬間にのんびりとした時間の流れを感じます。島の人いわく、「焦ったりしちゃぁ、いかん。せかせかしたら島の人間に怒られるで~。」とのこと。1月でも日中は20度前後のぽかぽか陽気の中、の~んびりとすることが、島を感じて島の姿を見られる一番の方法のようです。そんな中、島の人が聞かせて下さったからこそ知れたことを少しご紹介します。

●両島ともハブがいない。農作業も安心!
●与那国島にはカラスがいない。
●飲料水は?波照間島:海水淡水化/与那国島:山、川、地下水など自然の水
●発電は?両島とも風力が80%
●風速30m/時では“台風”とは言わない!(50m/時を超える)
●サトウキビから作る黒糖は波照間産が一番おいしい!(談:島の人)
●1つのお墓がどれも大きい。本土でみる一般的なサイズのお墓10個分以上!
●与那国島には1億円のお墓がある。外観はまるで一軒家並!
●両島とも今も土葬の習慣が残る。
●島の方言がさっぱり分からない!皆様「英語の方が簡単!」
●精度抜群の日本の天気予報、でも島では信じない方がいい。(今回も良い意味で外れました)

個人で行くのとは異なり、島の人が案内しながらあちこち巡れるからこそ、意外なことを見たり聞いたりできます。今はインターネットで色々情報収集でき、個人で旅行するのも簡単になりましたが、地元の人に話を聞くのも旅の楽しみだと感じました。

ユーラシア旅行社で行く日本ツアー、波照間島にある日本最南端の派出所

最後にお土産情報を少し。
波照間島では島の人が「1番だ!」と誇る黒糖や黒蜜、それらを使った加工品など。まろやかな甘みで美味です。“泡波”という島の泡盛も有名ですし、郵便局では限定切手シートを買えます。
与那国島では60度のお酒“花酒”。日本で製造されているアルコールで最も度数の高いお酒で、与那国島でしか製造が認められていません。お酒好きな方へは土産話にお勧めです。そして“長命草”。体にいい植物とされ、某化粧品会社も取り扱っており、お土産としてはお茶、ドリンク、ちんすこうに加工されています。
島のお土産はどれも、欲しいなぁと思ったらその場で買うことをお勧めします。波照間島のお土産は石垣島でも手に入りますが、値段は1.5倍からものによっては2倍にも!与那国島のお土産は、島を出ると見つけるのが困難です。どうぞ、お気をつけて。また、郵便局に行って窓口でハガキや手紙を出すと、島の限定柄の消印を押してくれます。これも思い出としてのお土産にお勧めです。

西と南を訪ねた今、次は北と東へ行きたくなりました。(江間)

ユーラシア旅行社で行く日本ツアーはこちら

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2015年2月 4日 (水)

イエスの足跡を辿る(イスラエル)

先日、ユーラシア旅行社の「ヨルダンの至宝、ぺトラと聖地エルサレム 9日間」のツアーより帰国しました。今、報道などで何かと話題のこれらの地域ですが、実際に足を運んでみると、危険な雰囲気は全くなく、人々は穏やかに祈りを捧げています。
三大宗教の聖地である世界遺産・エルサレムは勿論ですが、イスラエルでは心動かされる厳かな風景に出会うことができます。そんな中でも、特に私の心に残ったのは、イエスの足跡を感じられる場所でした。
イエス生誕の地、ベツレヘム。ヨセフとマリアがベツレヘムに辿り着いた時、彼らは宿を見つけることが出来なかった為、イエスは馬小屋として使われていた洞窟で生まれたとされています。その洞窟の上に建てられたのが、キリスト生誕教会です。教会の外観はまるで要塞のような重厚な建物ですが、中に入って祭壇の地下に行けば、そこは当時のままの洞窟になっています。イエスが生まれた(といわれる)場所には、星マークがあり、宗教関係なく訪れた全ての人が自ずと祈りを捧げていました。紀元始まった場所を目の当たりにすると、その感動もひとしおです。

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そして、イエスが最期を迎えた地はエルサレムにある聖墳墓教会です。聖墳墓教会の中には、イエスが十字架に架けられたゴルゴダの丘と埋葬された墓があります。また、イエスが十字架を背負って歩いたヴィア・ドロローサ(悲しみの道)の終点ともなっています。
薄暗い教会内部には、多くの人で賑わっているにも関わらず、厳かな雰囲気です。一心に祈りを捧げる人々の様子に圧倒され、この場所がキリスト教徒にとっていかに重要な場所なのかを実感した瞬間でした。

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イエス生誕の地ベツレヘムから、ゴルゴダの丘があるエルサレムまで辿るというのは、今まで自分のイメージの中でしかなかった聖書の世界を体験しているようです。聖地といわれるイスラエルの訪問は、宗教とは、信仰とは何かを深く考えさせられる旅となりました。(坂田)

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2015年2月 3日 (火)

お菓子な教会と廃墟とレインボーカラーが混載する古都アンティグアを歩けば(ユーラシア旅行社で行くグアテマラツアー)

ユーラシア旅行社で行く12/28発「グアテマラ・ホンジュラスの世界遺産を訪ねて8日間」へ行ってきました。マヤ遺跡のイメージの強いグアテマラにあって古都アンティグアは非常に印象に残る素敵な町でしたので、ご紹介させて頂きます。

首都グアテマラシティからバスで約1時間。富士山のような形のアグア火山とその他フエゴ山、アカテナンゴ山の火山を眺められる景勝地。また16~18世紀の教会・修道院が観光名所。その一部は廃墟で、「廃墟のどこが見所なのだろう」と思われますがその場所を訪れると、中米であることを一瞬忘れてしまう立派な修道院付属の回廊の跡。そこで中米のグアテマラにいることに気付かせてくれるのが回廊から見えるフエゴ山、アカテナンゴ山といったアンティグアを見守るような活火山の景色。

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地震で崩れ落ちた大聖堂のドームを見上げると、その大きさに崩れる前はさぞかし立派な建物だったのだなと廃墟からも壮大さを感じさせられました。町のあちこちに現存と廃墟の教会・修道院が見られ、スペイン統治下時代のキリスト教の繁栄ぶりが伺えました。現役の教会建物のなかで私のお気に入りはメルセー教会。

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この教会の建物は、薄い黄色の外壁にケーキやクッキーの装飾に用いられるシュガーアイシングのような模様が施されていて、可愛らしく、甘いもの好きの私にはなんだか美味しそう♪に見えるからです・・・。 アンティグアは世界遺産の街並みを維持するために大型バスが入り込めません。首都に比べ治安がよく、外国人が安心して歩ける街でもあるので点在する観光名所へは欧州の旧市街地のように歩いて観光しました。移動途中で見かけるコロニアル風の古い建物を改装したお店や民家を眺めるのも非常に楽しいものがありました。アラビアの影響を受けたスペイン建築らしさが見られるねじれた彫刻が施された柱と植物模様の彫刻が組み合わさった門構え、

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欧州とグアテマラのデザインが混載した内装のお菓子屋さん、石畳の道に鮮やかなグアテマラカラー(虹色)の民芸品の品々を広げて売る人など、どこも絵になるような光景!ここでのんびり丸々一日滞在してもいいなぁと思わせる素敵な古都でした。

<追伸> 年末年始ツアーでもあり、2015年当ツアーの初日の出は、ティカル遺跡の第4号神殿より、雲の隙間からの初日の出を拝むことが出来ました!

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