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2015年3月

2015年3月31日 (火)

「大地の芸術品」!元陽に残るハニ棚田(ユーラシア旅行社で行く少数民族ツアー!)

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先日、ユーラシア旅行社の「雲南・北部ベトナム少数民族街道10日間」のツアーより帰国しました。

中国には55(ベトナムでは54)の民族がいると言われていますが、その中でも少数民族と言われる人々は7~8%で、主に山岳地域で生活をしています。彼らは、伝統的な民族衣装をまとい、昔ながらの生活を営んでいます。今回のツアーでは、そんな彼らの生活や文化に触れながら、各地を回っていきました。

その中でも今回は、雲南省南部に住むハニ族についてご紹介したいと思います。

ハニ族は、何事にも地道に取り組む気質と言われており、そんな彼らを象徴するものが、2013年に世界遺産に登録された元陽の棚田です。ハニ族が代々作り上げてきた大規模な棚田は、「この世の奇跡」と称えられており、谷の底から海抜2000メートルの山の上まで、美しい段を描きながら繋がっています。なかには、その段数が5000段にも達するものもあるのだとか。標高差のある山肌に彼らが住み始めたのは、今から1300年前。ここに時間をかけてコツコツと作られてきた棚田は、まさに大地の芸術品です。

今回は元陽の街に宿泊し、夕日と朝日の時間に棚田を訪れました。もともと降雨量が多い地域で、年間300日は雨と言われている中、皆様の願いが通じたのか何ともラッキーなことに、綺麗な夕日と朝日をどちらも観賞することが出来ました。

日中に見るだけでも圧巻なのですが、朝焼けや夕映えにきらめく棚田は、光の当たり具合によって、様々な色に輝きます。また一番美しかったのは、時間によって動きながら変化をしていく朝もやが棚田上に浮かぶ光景。緩やかな曲線を描きながら幾重にも重なる棚田に心奪われながら過ごしたひと時でした。

ちなみに、この元陽の「ハニ棚田」は、中国で45番目に世界遺産に登録され、中国で初めて民族名で名付けられました。山岳地で細々ながらも伝統を立派に継承し守り抜いてきた民族の功績が、いま世界のカメラマンたちを虜にしているのです。(飯野)

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2015年3月27日 (金)

氷河崩落に大興奮!(パタゴニア)

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 先日、ユーラシア旅行社の「パイネも訪れる!パタゴニア大自然紀行 13日間」の添乗より帰国致しました。
パタゴニアは“一日のうちに四季が訪れる”と言われるくらい、お天気が変わりやすく、予測しにくい地域。しかし毎日の願いが通じたのか今回はお天気にも恵まれ、絶景を堪能することができました。パタゴニアと聞いてどんなイメージがありますでしょうか?風が吹き荒れる広大な土地、パイネの雄大な山々、最果ての地ウシュアイア、そして青い氷河…。今回の旅で目にしたものすべてが素晴らしかったですが、中でも印象に残ったのはやはり氷河です。
 氷河を見るなら、ロス・グラシアレス国立公園。日本語にするとそのまま「氷河国立公園」と名付けられたこの国立公園は、南極、グリーンランドに次ぐ世界第3位の大きさを誇る氷河地帯です。ここで一番有名なのはペリト・モレノ氷河。後退が進む氷河が多い中、この氷河は今もなお成長を続ける生きた氷河として知られています。
 展望台からは様々な角度からペリト・モレノ氷河を見ることができます。崩落を見るのに必要なのは、何よりも忍耐力です。耳を澄ませて、いつ崩れるかわからない氷河を何十分間も眺め続けます。崩落の瞬間を見るというのはなかなか難しく、ドドーンと氷が落ちた音を聞いてその方向を見るのでは時すでに遅し…といった状態で、ある程度この辺りが崩れそうだぞと検討をつける必要があります。個人的な感覚ですが、小さな崩落であっても、一度崩れたところのあたりから崩落を見られることが多いような気がします。今回も自分の直感を信じ、小さな崩落があったところを見続けていました。午後の日も差してきて崩落を見るチャンスがぐっと上がった時間帯、我慢強く待ち続けました。かすかに氷が割れるような音がしたかと思った瞬間、目の前の氷壁が崩れ落ちました。今までとは比べ物にならないほど大きな音を立てた崩落に思わず「落ちたー!」とご一緒したお客様と一緒に飛び跳ねてしまいました。氷河が落ちている瞬間はまるでスローモーションのように感じましたが、実際にはあまりにも一瞬のこと。写真に収めることはできませんでしたが、今でもあの大迫力の崩落の瞬間が目に焼き付いています。(市川)

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2015年3月26日 (木)

仮面の騎士が星を一突き!一年の吉兆を占う素朴なお祭り、サルティリア祭(イタリア・サルディーニャ島)

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先日、ユーラシア旅行社の「サルディーニャ・サルティリア祭と美の島コルシカ周遊 10日間」のツアーから帰国いたしました。イタリア統一の英雄ガリバルディが愛したサルディニア島と、言わずと知れたフランス皇帝ナポレオンが生まれたコルシカ島。まだまだ訪れる日本人の少ない地中海に浮かぶ小さな2島ですが、実は欧米やアラブ圏の富裕層にとっては休暇中の旅先として高い人気を持つリゾート地です。コスタ・ズメルダと呼ばれる海岸沿いのドライブやボニファシオ沿岸のミニクルーズでは、陽の光を浴びて刻々と色を変える宝石のような、青い海を楽しむことができました。

さて、今回のツアーの目玉はサルディーニャ島オリスターノで行われるサルティリア祭!この時期ヨーロッパ各地で催されるカーニバルの中でも、このサルディーニャのサルティリア祭は一風変わっています。主役は100人を超す仮面の騎士達、ルールは彼らが順番に馬を走らせ、道の途中に吊るされた星形のオーナメントを剣で突き刺すという単純明快なもので、チャンスは一度きり。全騎士のうち何人が星を取れたかによって一年の幸運が決まるため、騎士も観客も真剣そのものです。星が取れないことは恥、かといってわざとゆっくり馬を走らせるなどもっての外。シンプルだからこそ、イタリア語などわからなくとも人々の熱気をダイレクトに感じることができました。

また、騎士達の華やかな衣装も見所のひとつ。白い仮面をつけるのは、騎士達が人間ではなく地上に降り立った半神であることを表しているそうです。数百年の間、騎士としてこの祭に参加できるのは男性に限られていましたが、5年ほど前から女性騎士の参加が認められ、今年も2名の女性が騎士役を務めていました。うち1人は見事な剣使いで星を獲得!見物客の歓声が一際大きかったのは言うまでもありません。(三輪)

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2015年3月25日 (水)

ボリビアの隠れたチョコレート名店

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先日、ユーラシア旅行社添乗員同行ツアー「雨季のウユニ塩湖とパタゴニア、イグアスの滝大周遊 15日間」より帰国しました。せっかく地球の裏側南米まで行くのなら、見所を一気に回りたい!そんな方に是非お勧めしたい、人気ツアーです。

今回取り上げたいのは今話題のウユニ塩湖!ではなく、ウユニ塩湖のあるボリビアの知られざる世界遺産の町スクレです。そして、声を大にして言いたいのは、「ボリビアの魅力は、ウユニだけじゃない!」ということです。Photo_4

ボリビアは、非常に多様性のある国で魅力ある町がたくさんあります。首都ラパスは鉢状になっている町で、世界で最も高い所に位置する国際線の離発着する空港があります。標高約6000mのイリマニ山等、いくつもの高い山が見え、ここがアンデス地方であることを実感させてくれる都市です。第二の都市サンタクルスは、標高が約400mで年間を通して常夏の気温。近くに大きな川が流れているので湿気も多く、まるでアマゾンにいるかのような緑が豊かな町です。ボリビア国内でこれだけの標高差があり、動物や、植物など多種多様なものが生息しています。

そんな中で、今回は、私が個人的にも好きな町スクレに訪れました。スクレは、ボリビアの憲法上の首都であり、世界文化遺産に登録されている小さな町です。かつて、銀の生産で巨大な都市となったポトシから南に約160キロ離れた町で、銀の集積地として栄えました。スペインから独立する際にここで独立の調印式が行われ、また南米初の大学もここで出来た非常に歴史のある町なのです。町全体の建物は、白い壁でできており、まるで南ヨーロッパの美しい町に迷い込んだかのような錯覚を覚えます。それもそのはず、スペイン人が入植して創り上げた街で、今でもその古い街並みを守る為、歴史地区の建物は、白く塗ることが義務付けられているのです。Photo_5

ツアーでは、通常パラドールサンタマリアというホテルに滞在します。このホテルは18世紀の貴族の館を改装したホテルで、客室はいずれも細部に凝った調度品や家具が置かれ、エレガントなインテリアで飾られた、趣深い建物です。町の中心の広場からも歩いて5分ほどの位置にある為、町歩きするにも便利なホテルでお客様にもとても喜ばれました。

スクレで、是非、訪れて頂きたいのが、「PARA TI」という有名なチョコレートのお店です。ボリビアでは少し高級なチョコレート屋さんなのですが、健康食として日本でも有名になっている食材キヌア入りのチョコレートや、かわいらしい形の果物入りのチョコレートまで様々なものが売られています。

スクレの町では、ゆっくりと滞在する時間があったので、皆様このお店に足を運ばれ、お土産を買ったり、特製のチョコレートドリンクを飲んだり、歴史ある教会を眺めたり、思い思いに散策されていました。

 

ウユニ塩湖で今とても人気の観光地ボリビア。是非、ウユニ塩湖から少し足を延ばして、スクレの町や他のボリビアの都市にも訪れてみてはいかがですか?(霍間)

ユーラシア旅行社で行くボリビア、ウユニ塩湖ツアーの魅力

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2015年3月24日 (火)

ネパールで発見!シロサイの親子(ユーラシア旅行社で行くネパールツアー)

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 先日、ユーラシア旅行社の「ネパール物語 15日間」の添乗より帰国致しました。首都のカトマンズからポカラ、そして8000m級の山々に囲まれた風の谷ジョムソンは勿論のこと、世界遺産のチトワン国立公園や釈迦生誕の地・ルンビニにまで足を延ばし、ネパールを大満喫して参りました。ツアー中は天候にも恵まれ、遊覧飛行では澄み切った空の下で世界の屋根・エベレストも観ることが出来ました。
 ネパールって山だけじゃないの?と思われる方もいらっしゃるかと思いますが、実は北海道の1.8倍程の国土の中に7つもの国立公園が存在します。今回訪問したチトワン国立公園は、元々はネパール王家の狩猟地として知られていましたが、1961年にインドサイ(シロサイ)の保護区として登録されました。その後、1973年に国内初の国立公園に指定され、1984年にはユネスコの世界遺産に登録されました。国立公園内の70%は沙羅双樹の木々で覆われ、その中をナラヤニ川が流れています。その為、森の中では猿やシカ、運が良ければトラも見られ、水辺ではカワセミやサギをはじめとする約450種の野鳥とワニなどが観察出来るそうです。

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 雨上がりの朝にロッジを出発し、ゾウに乗ってサファリをしました。森の中をゾウがぐんぐんと進みますが、突然立ち止まりました。ゾウ乗りが指差す先を見やると・・・サイが2頭休んでいるところでした。サイが目を覚まし歩き始めたら我々も静かに、ゆっくりとその後を追います。緑の葉を食べ終わったサイは森の深くへと去って行きました。午後、エレファント・ブリーフィング・センターへ行くジャングルウォーキングの途中、再びサイに遭遇しました。
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アフリカでも中々見ることが難しいサイに出会えて、ネパールの自然を体感出来ました。ネパールでも頭数は少ないそうですが、チトワン国立公園がサイにとって良い環境であり続けることを祈るばかりです。(竹本)

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2015年3月20日 (金)

マヤと共に生きるセイバの木(メキシコ・グアテマラ・ホンジュラス・ベリーズ)

この度、ユーラシア旅行社の「マヤ文明を徹底的に極める旅」より帰国しました。
このツアーでは、メキシコ南部・タバスコ州の州都ビジャエルモッサより入り、メキシコのユカタン半島や、ベリーズ、グアテマラ、ホンジュラスに点在するマヤ遺跡を見てまわります。
遺跡ファンはもちろんの事、自然や文化、人々の暮らしや食事など、様々な角度からメキシコと中米の国々を楽しめます。

ティカル

2月、寒い日本を飛び出して向かったメキシコと中米の国々は日本の初夏のような気候。ちょうど乾期なので雨の心配も少なく、日中は日陰を探しながらの遺跡巡りとなりました。
常春の国と言われるグアテマラのアテンティグアではちょうど、ジャカランダが見ごろを迎えていました。
日本の藤のような薄い紫色が美しく、カラフルに色付けされた街並みととてもよく合っていました。

ジャカランダ

ノウゼンカズラ科のジャカランダは鳳凰木、火焔木と並ぶ、世界三大花木の一つです。
観光地、ホテルの庭や車窓などから、ツアー中、様々な場所でその土地ならではの植物を目にすることが出来ました。
特に印象的だったのはマヤ遺跡の広場で度々見かけた「セイバの木」です。
50m位まで大きくなるセイバの木は、まだ若い木の時は緑色で幹に沢山のとげがあります。成長すると白っぽいグレーのような色に変わり、とげは枝となり、四方八方に伸びてゆくのです。

セイバ

不思議な事に、その花が沢山咲いた年は雨が多く降り、花が少ない年は雨も少ないそうです。その年が豊作になるか不作になるか占う事もできるわけです。
マヤの世界では「聖なる木」と信じられ、大切にされていました。古代マヤの人々はこの木の下で結婚式を挙げたり、何か大切な事を決める時などはこの木の下で契約を結んだそうです。
ジャングルを抜けて、広々とした遺跡の広場に出ると、すぐにその存在感ある姿に目がいきます。
青空に浮かんだ雲に突き刺さりそうなほどにまっすぐ伸びた木を見ていると、古代マヤの人々が「天界に続いている」と言ったのもわかる気がします。

セイバ

ちょうど、物売りの子供たちが木陰で一休みしていました。額に汗して観光していた私達も、すぐさまその涼しい木陰を求めてセイバの木の下に入りました。
涼しい風が吹くと、さっきまで暑くてバテそうになっていた事などは忘れてしまいました。
今も昔もセイバの木は人々に憩いの場を提供してくれてます。(関根)

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2015年3月19日 (木)

昼も夜も見どころたくさん!冬のアイスランド

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先日ユーラシア旅行社の「冬のアイスランド、ぶうぶう山氷河とオーロラ物語 8日間」のツアーより帰国致しました。
今回のツアーでは2回オーロラを見ることができました。1回目はキルキュバイヤルクロイストゥルで、2回目はレイキャビクで参加したオーロラクルーズで見ることができました。アイスランドの天気はコロコロ変わるので、全く読めません。オーロラクルーズの日も直前まで曇っており半ば諦めていましたが、船が出港したとたん夜空いっぱいに星が瞬き始め、まもなく緑色のオーロラが出現。次々と姿を変えていくオーロラはまるで生き物のようでした。
ところで、冬のアイスランドの魅力はオーロラだけではありません。アイスランドは海底火山の頂上がたまたま海上に顔を出して島になった国。大地の割れ目や溶岩大地など、火山の国ならではの景観美に溢れています。またアイスランドという国名だけあって、氷河も見どころの一つです。今回はヴァトナヨークトルという、ヨーロッパ最大の氷河を見に行きました。氷舌と呼ばれる、氷河の周辺部から舌を突き出したように伸びている部分に近寄り、氷河を間近に見ることができました。氷はクリスタルのような透き通る水色でとても美しく、寒さを忘れて見惚れてしまいました。氷河の一部分であるヨークルサゥルロゥン湖も見に行きました。氷河が解けたことにより、1960年にできた湖です。湖には氷山が所狭しと浮かんでいました。この湖は大西洋に繋がっており、湖の反対側は浜辺になっています。湖から海に流された氷山がいくつも浜辺に打ち上げられており、自分の体の何倍もある大きな氷に、実際に触れることができました。

しかしながら、この美しい湖は地球温暖化の影響によりできたもの。残念ながら、アイスランドの氷河も年々小さくなってしまっているそうです。少しでも長くこの美しい景色を見られるように、環境保護を心がけようと、改めて思わせてくれた旅にもなりました。 (佐藤)

>>>ユーラシア旅行社で行くアイスランドツアーの魅力

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2015年3月18日 (水)

2000年もの時をかけて造られ、守られているフィリピン、ルソン島北部の棚田

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先日、ユーラシア旅行社の「麗しのフィリピン大周遊 10日間」の添乗より帰国致しました。フィリピンは大小7000以上もの島々から成る国です。訪れる島によって、その個性や目的も変わってきます。今回は首都マニラがあるルソン島、ボホール島、セブ島を訪れ、それぞれの魅力を体感しました。

フィリピンというと、どのようなイメージをお持ちでしょうか。透明な海が印象的なリゾート、珍しい動物や自然のある島、山岳地帯の棚田、スペイン時代の街並み、太平洋戦争の傷跡。今年は戦後70年。最近、フィリピンのレイテ島沖の海底から、戦艦武蔵とみられる船体が発見されたというニュースもありましたね。少し想像しただけでも、実に様々な面が浮かんできます。書ききれない程の中で、今回は世界遺産にも登録されているバナウェの棚田をご紹介したいと思います。

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ルソン島北部に連なるコルディレラ山脈。あぜ道の総延長は地球の半周にも相当する距離といわれる棚田群は1000m以上もの山々の急な斜面を利用し、山岳民族イフガオ族により2000年もの歳月をかけて築き上げられたといいます。山脈のほぼ中央に位置するのが今回2連泊をしたバナウェです。ルソン島の山岳民族イゴロット族(ハンギングコフィンという独特の埋葬習慣などの伝統文化を残す)の村サガダやボントック訪問後、向かったバナウェ。だんだんと雲が増えてきたかと思うと途中の峠では霧に包まれて真っ白!心配しながらバスを走らせバナウェを見下ろすビューポイントに到着。先ほどまでの霧もなく、眼下に広がる棚田を見渡すことができました。山に囲まれている為、天気が変わり易い地域。なかなかラッキーでした。

翌日は、朝方は雨でしたが、徐々に回復。ジープニー2台に分乗して出発!ジープニーとはフィリピンでは一般的な交通手段である乗り合いバスのこと。第二次大戦後、米軍が置いて行ったジープを改造したのが始まりとか。現在は、日本車のエンジンを利用し車体を改造したこの乗り合いバスが至る所で走っています。狭い山道もガンガン進んでいきます。目的地のバンガアン村に到着。100人程が暮らしている集落に向って棚田のあぜ道を下って行きます。細いあぜ道はコンクリートで舗装されているので歩き易いのですが、景色に見とれて写真を撮っていると田んぼに落っこちそうになるので注意が必要です!田んぼの水に空と雲が映り、雲が動くたび、日が差し込んで、田んぼはまるで、キャンバス。刻々と移り変わる色は自然が創り出す絵画のような美しさでした。涼しかった朝に比べ、村に着く頃にはすっかり暑くなり、往復でよい運動になりました。

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昼食後、午後は再びジープニーで山越え、谷越え棚田を求めて走ります。天気も良くなってきた為、バナウェから約1時間程移動しハパオ村へ行ってみました。ハパオ村の棚田も世界遺産に登録されているコルディレラ棚田群の一つです。バナウェやバンガアンに比べると高低差というよりは、横に広がりがあります。棚田の途中に集落があり、赤い服を来たとても高齢と思われる女性が腰を曲げて下から上がって来るのが見えました。見入ってしまう程、その足取りが力強かったのが印象的です。

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短い滞在ではありましたが、いくつかの村を訪ねることができ、村や棚田の風景を満喫しました。棚田は世界危機遺産にも登録されています。これ程の規模で各地に広がる棚田を維持していくのは本当に大変な仕事です。イフガオの人々の功労を称え、この美しい棚田の景観が守られることと、共に彼らの生活もより良くなることを願いこの地を後にしました。

ユーラシア旅行社で行くフィリピンツアーはこちら

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2015年3月17日 (火)

ヘミングウェイの愛した国、キューバを訪れて。

コヒマル要塞
先日、ユーラシア旅行社の「メキシコ・キューバ世界遺産とカリブの休日11日間」より帰国しました。メキシコとキューバの見どころが満載このツアー。今回は、20世紀に活躍した知る人ぞ知るアメリカ人作家、ヘミングウェイが愛したキューバに焦点を絞ってご紹介します。
キューバの玄関口、ホセ・マルティ国際空港到着後、向かったのは首都ハバナから東に7キロの所にある、人口2万人程の小さな漁村のコヒマルです。バスに揺られて40分、到着したのは午後4時過ぎでした。太陽も傾き始め、西日が鮮やかなオレンジ色に変わろうとしている時刻です。道路の脇にバスを止め、海岸へ歩いて向かうと、優しい潮風に包みこまれます。この町のシンボルであるコヒマル要塞は、南国らしいヤシの木に寄り添われて、堂々とそびえ立ちます。要塞の脇には、可愛らしいアメ車が止まっており、その近くに若いカップルが肩を寄せてどこまでも続く海を眺めていました。その平和でどこか懐かしい雰囲気が漂うコヒマルの海岸は、どこへカメラを向けても絵になるほど美しかったです。
ヘミングウェイの胸像
実はこの村、ヘミングウェイの代表作、「海と老人」の舞台となった場所なのです。当時ヘミングウェイは、この村で愛艇ピエール号に乗り、趣味だった釣りを楽しみながら暮らしました。そして、ノーベル賞をも受賞した「海と老人」の構想を得たのです。コヒマル要塞の斜め向かいには、地元の人が、ボートのスクリューなど材料を出し合って彫刻家に作成を依頼したという、ヘミングウェイの胸像があります。その胸像を見て、いかにヘミングウェイが人々から親しまれ愛されてきたのかがひしひしと伝わってきました。ヘミングウェイの愛称は「パパ・ヘミングウェイ」。趣味は釣りの他に闘牛やボクシングという、ワイルドなライフスタイルを送り、明るく人懐こいマッチョなアメリカン・ヒーローは、現在も人々の憧れの的です。
しかしながら、驚く事にヘミングウェイは、その生涯を自殺で閉じています。うつ病が原因だったと言われています。彼は、多くの民衆に愛され親しまれていた一方、この美しく小さな村で、静かで孤独な時間を過ごしていたかもしれないと、遠い日のヘミングウェイに思いを馳せながら、コヒマル村を後にしました。(堤)

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2015年3月13日 (金)

ミャンマー唯一の世界遺産ピュー古代都市群を訪ねて

ミャンマーツアー、ミャンマー旅行

ミャンマーツアー、ミャンマー旅行

先日「ミャンマーの古都と世界遺産ピイを訪ねて15日間」より帰国しました。寒い日本を飛び出してベストシーズンのミャンマーへと降り立ちました。今回の旅はバガン遺跡やインレー湖クルーズ、シュエダゴォンパゴダなど見どころ満載なのはもちろんですが、中でもハイライトはミャンマー唯一の世界遺産ピュー古代都市群です。ピュー古代都市群は2014年に登録されたばかりの新しい世界遺産です。世界遺産に登録され、さぞかし観光客でごった返しているのかと思いきや、観光客はまばらでほぼ貸切状態。じっくり、しっかりと悠久の歴史を味わうことが出来ました。ピュー王朝は、紀元前200年から西暦900年まで、1000年以上に亘って栄えたといわれています。ピュー王朝の古代都市群は、レンガの城壁と堀で囲まれた3つの都市で構成され、イラワジ川流域の乾燥地帯の中に位置しています。これらの都市には、未だピュー王国の人々がつくったレンガ造りの仏塔や城壁・宮殿の要塞・埋葬地帯・初期の工業拠点など、当時の面影が色濃く残っています。まだまだ発掘作業は始まったばかり。また距離の離れた3か所(タイエーキッタヤー・ベイタノー・ハリン)に遺跡が点在しており、どこかを集中的に調査をすることは誤った時代見解につながるとしてバランスよく発掘作業を進めているのでなかなか作業は進まないとのこと。ベイタノーやさらに古い時代に栄えたとされるタイエーキッタヤーには迫ってくるような迫力ある遺跡や黄金に輝くパゴダがあるわけではありませんが、私たちの歩いている土の下には、きっと発掘されるのを今か今かと待っている遺跡が数多く眠っているに違いないと思いを馳せながら観光するのも粋なもの。
今回のご参加者には10年前、20年前にミャンマーをすでに訪れたことのある方もいらっしゃいました。素朴な笑顔やのんびりとした昔と変わらないミャンマーを味わった一方で、車の通行量やファッションなど、目覚ましい成長を実感したと口々に仰っていました。それも成長著しいミャンマーだからこその感想だと感じました。
ミャンマーは軍事政権から民主化に移行し、世界中の注目を集めています。物価や人件費が他の東南アジアに比べ格段に安く、また、世界一敬虔な仏教徒と言われるミャンマー人の正直で親切な国民性は多くの企業を惹きつけます。また、外国企業の誘致だけでなく観光にも力を入れ始めました。現地ではホテルなども新しく建設がはじまったりと観光客の受け入れ態勢を整え始めたミャンマー。そして、ピュー古代都市群に次ぐ世界遺産に登録される可能性を秘めた遺跡が多数点在するミャンマー。新しさと古さが入り混じった独特の雰囲気を味わった旅となりました。(岡山)

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2015年3月12日 (木)

オマーンの飛び地、ハッサブとはどんなところ?

先日、ユーラシア旅行社「オマーンの飛び地ハッサブとアラビアンブルー9日間」の船旅の添乗より帰国しました。
MCSオーケストラ号(約9万トン/乗客約2000人)にて、ドバイを出港し、アブダビ、フジャイラといったアラブ首長国連邦(UAE)を寄港、その後、オマーンのマスカットとハッサブを訪れ、再びドバイに戻ります。
ドバイ、アブダビ、マスカットなどは、一般的なツアーでも訪れることはありますが、オマーンのハッサブは、どこにあるかも、何があるかもご存知の方はあまりいないのではないでしょうか。
ハッサブは地図上で見ると、オマーン本土より陸上では孤立する島のように見えますが、オマーンの領地であり、いわゆる飛び地です。こじんまりとした町ながらも、隣国のイランや UAE との貿易が盛んな港町です。
このハッサブを含むムサンダムは、世界でも大変珍しい景観を持つ中東のフィヨルドであり、観光シーズンになると、大型クルーズ船が停泊したり、欧米人の穴場のリゾート地として、多くの人が訪れます。
今回の寄港地観光では、伝統的な木造のダウ船に乗り、フィヨルドの景観と青い海を楽しみながら、3時間ほどのクルージングを行いました。100人乗りの大きなダウ船には、アラビアンコーヒーやナツメヤシの実が用意されているので、アラビアの雰囲気を楽しむことができ、また波も穏やかなため、大変快適です。

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周囲は、石灰岩質の奇岩に覆われており、自然が作り上げた造形美を堪能出来ます。また少し船を進めると、ガイドさんから「ドルフィン!」という声が!彼が指さす方を確認すると、5頭ほどのイルカの群れが、私たちの船と並行してピョンピョンとジャンプしながら泳いでいるのです。
説明を聞くと、この辺りには500頭ほどのチャイナイルカという種類のイルカが生息しており、人懐こく、頭が良いため、船を見かけると、追いかけっこを始めるそうです。可愛らしい来客に遭遇した後、船は、テレコミュニケーション島という無人島の近くに1時間ほど停船します。ここは、海水が透き通っており、小魚もたくさん見られることから、ダイビングのスポットになっているのです。希望者はここで泳いだり、船内で昼寝をしながらゆっくりと過ごしたりと…。穏やかな時間が流れていました。
帰りは再びフィヨルドの景観を楽しみながら港に戻ります。
大型船とは違ったクルージングを楽しむことの出来た寄港地観光でした。(飯野)

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2015年3月11日 (水)

カーニヴァルのヴェネツィアで中世にタイムスリップ(ユーラシア旅行社で行くイタリアツアー)

カーニバルツアー

先日、ユーラシア旅行社の「ヴェネツィア・ニース・マントン・ヴィアレッジョの祭典を楽しむ」のツアーから帰国致しました。旅の始まり・ヴェネツィアの空港からホテルまでは、水の都らしくボートで移動します。辿りついたのは、格式あるホテルダニエリ。元々はヴェネツィア総督を何人も輩出したダンドロ家の宮殿でした。一夜明けて観光に繰り出すと、水の都は仮装した人々と、それを撮影する人々で大賑わい。中心地のサンマルコ広場から歩いてすぐのダニエリなら、観光の合間にホテルに戻るのも容易です。皆様プレゼントのマスケラを被って、昼食へ再出発。午後は自由時間を思い思いにお過ごし頂きました。
カーニバルツアー
夕食前にダニエリに戻ると、一階のサロンでは生の楽団も入って舞踏会が行われていました。空間、人々、音楽、全てが中世世界を作り上げていました。 その後、ヴィアレッジョで巨大な山車が練り歩くカーニヴァル、マントンのレモン祭、ニースの花パレードと、ヨーロッパの春を告げる祭典をご覧頂きました。(尾崎)
2016年ヨーロッパのカーニバルを訪れるツアーは2015年秋発表予定です。

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2015年3月10日 (火)

神秘の泉 イッキル・セノーテ(メキシコ)

 先日、ユーラシア旅行社の「メキシコ物語 15日間」のツアーから帰国致しました。今回のツアーではメキシコ中部のグアダラハラからグアナファト、メキシコシティ、カンクンまでを大縦断。メキシコの中央高原では丁度ジャカランダが咲く季節。メキシコシティでは紫色の美しい花をつけるジャカランダの街路樹を見ることができました。また、メキシコの乾季らしく15日間一滴の雨も降らずお天気に恵まれたツアーでした。

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 リゾート地として有名なカンクンの周辺にはマヤ文明の有名な遺跡、チチェンイツッアなどがあります。その遺跡の周りにはセノーテと呼ばれる地下の泉があり、このセノーテはメキシコ全体で約3000ヶ所もあると言われています。マヤ人にとっては冥界への入り口で、雨の神に生贄を捧げたり、宝飾品などを投げ入れた場所でもあるセノーテ。地面が石灰で出来ているメキシコでは、降った雨が石灰の地面を通り地下に溜まります。そして、長い年月をかけて泉となり、浸食された地面が崩れ地上に泉が出現します。その泉は、長い間空気に触れることなく、守られてきたため他では類をみない透明度を誇ります。

 今回のツアーではそのうちの一つ、「イッキルセノーテ」に訪れました。ここは泳ぐことができる数少ないセノーテの一つです。深さは50m、中には魚も棲んでいます。洞窟にある階段を下りていくとだんだんと水の音が聞こえ、セノーテに辿り着きます。水温は低く、メキシコで焼けた肌に気持ちが良い冷たさ。セノーテに降り注ぐ太陽の光は、神秘的でマヤの人たちも神聖な場所として崇めたのも納得の景色でした。(杉林)

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2015年3月 6日 (金)

インドのイメージが覆る?南インドに行ってみました(ユーラシア旅行社で行くインドツアー)

ユーラシア旅行社で行く2/7発「南インド大周遊12日間」のツアーに行って参りました。
インドは公用語が17言語あり、その他にも地域ごとの言語もあり、ひとくくりには出来ない地域ごとの特徴があります。南インドもまさに、北インドとは民族も言語も雰囲気も異なるので、同じインドという国を旅されていても、北から南へ行けば違う側面を目にするので非常に興味深く楽しめます。

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北インドを代表するようなタージマハルやアグラ城など、世界的知名度の高いドーンとしたものはありませんが、神々が数百体ついている塔門(ゴプラム)聳える寺院や地域の神と結びついて様々な名前で崇められているシヴァ寺院から世界遺産ハンピ遺跡といった広大で見応えある遺跡、海のシルクロードによる貿易で栄えた町コチンやオランダやイギリスの東インド会社による香辛料の歴史や航海士たちの歴史の航路を偲ぶコモリン岬、マドゥライ、コチン。キリスト教布教の歴史が残る町マドゥライとゴアなど南ならではの見所が満載です。
気候が北と異なることから南の食文化にも特徴があります。インドを代表する食事はカレー。その付け合せを私たちは「ナン」もしくは「チャパティ」を思い浮かべるかと思いますが、南は米文化圏で食事にはナンより「ごはん」がよく出てきます。米文化圏でもあることから移動中の景色では田んぼを多く見ることが出来ます。米粉から作られた肉まんの皮だけの見た目と味の“イドゥリ”は、

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南インドの朝食でよく見かけます。ナンやご飯と同様にカレーなどと一緒に食べるものです。また面白いのはケーララ州で収穫されるお米“ケーララ米”。日本以外のアジアの国のお米を想像するとタイ米のような細く水分が少ないお米が浮かんできますが、ケーララ米は炊き上がると節分の豆のような大きさになり、その姿の通り水分をたっぷり含んでいます。南インドでもケーララ州に入るとこのごはんにビュッフェなどで食せますのでお楽しみに。

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海に面していたり、海に近い地域では魚カレーもでます。ホウレンソウカレーや豆カレーとは一味違った魚の出汁が効いたカレーはカレー三昧の毎日の中で違う味とコクとの出会いであり、また全般的にいえることですが味付けに関しても日本で関東と関西のうどんの汁の濃淡が違うように北インドはこってり、南インドはさっぱりした味付けになっていますので南の食事は胃にもたれにくいと言われます。日本でも流行しているアーユルヴェーダやヨガの発祥は南インドですので、そのイメージから眺めればカレーに含まれる多様なスパイスは体内を綺麗にしてくれる効果があるので、毎日カレーでも体内の美化を促進してくれ女性(男性も?)にとっては嬉しく、ありがたく感じます。

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町の雰囲気や現地の人々はとても穏やかで、のんびりした時間が流れているように感じられます。南の穏やかな時間に身を置くと、固定観念にある喧騒のインドというイメージが変わる、そのような場所です。
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2015年3月 5日 (木)

おもちゃ箱をひっくり返したような町!グアタペ(コロンビア)

 先日、ユーラシア旅行社の「悪魔のタワーとコロンビア絶景紀行 9日間」より帰国致しました。南米大陸の北西部に位置するコロンビアですが、麻薬、マフィア、ゲリラ、強盗等といったようなマイナスのイメージを持っている人が多いのではないでしょうか。
ですが、実際に訪れるとイメージが一変する町があります。それは、コロンビア第二の都市メデジンより車で約2時間の所に位置し、“悪魔のタワー”の麓に広がるグアタペの町です。標高2000M、人口6000人の小さな町は、パステルカラーに彩られとてもメルヘンチックなのです。

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 かつては、農業に従事していた人々が多かったのですが、1970年以降は大規模な水力発電ダムが作られ、それ以降徐々に人々が訪れるようになってはきたものの、治安等も悪い事もあり町が繁栄するまでには至らなかったようです。そこで、町の人々は町興しの一環として、家や建物の壁をピンクや黄色、緑、水色といった鮮やかなカラーに塗り華やかに変えていったのです。各家や建物毎に工夫が凝らしてあり、壁の上には「ソカロ」とい う立体的な装飾が施されてあり、その家の人の職業や、お店で販売されている商品、店主の好きな物等様々です。ソカロを見ながら、一体この店は何屋なのだろう?とか、この家の主人はこれが好きなのかなぁ~等々、想像力を膨らませながら町を歩いているだけでも楽しく、ワクワクします。まるで、絵本の中に入りこんだような町は、とても可愛らしく愛嬌もあるアート溢れるこの場所にいつまでも滞在して居たくなります。装飾は町の人々が施してある物が殆どの為、洗練されているというよりは素朴な物の方が多く、それがた味わいもあり心温まります。町の人々の努力も相まって、今では多くの人々が足を運ぶような観光地へと生まれ変わりました。  

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コロンビアは、以前までは治安や麻薬等の問題が山積みでしたが、ウリベ政権の元、治安回復に務め、観光に力を入れて来た結果、観光業も盛んになり現在に至るというわけです。

 今回はグアタペをご紹介させて頂きましたが、世界的にも著名な画家「ボデロ」の出身地である「メデジン」には、ボテロのユニークな彫像品が多く立ち並んでいるボテロ広場もあり、コロンビアのアートを感じられる場所もあります。 皆様も、グアタペやメデジンといったアートな一面もあるコロンビアを覗いてみてはいかがですか?(井手)

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2015年3月 4日 (水)

阿里山・祝山展望台からの神々しい日の出(台湾)

台湾ツアー
先日、ユーラシア旅行社の「台湾鉄道旅情、ぐるり一周の旅 9日間」のツアーより帰国致しました。
新幹線やローカル線など、4回の鉄道を利用して台湾を一周するこのツアー。九州ほどの広さですが、活気あふれる街や風光明媚な景色、美味しい中華料理など、台湾の奥深さを感じる旅となりました。その中で最も印象に残っているのは中部・阿里山にある祝山展望台からの日の出です。

阿里山といえば有名な森林鉄道。2008年の台風で運休が続いていましたが、昨年、嘉儀から途中駅の奮起湖まで復旧。山を3回転しながら登って行くループ線も体感できます。その鉄道とバスを乗り継いで到着した阿里山は、霧に包まれて東京よりも寒く感じられました。大木がある神秘的な森の散策を終え、夕食の暖かいスープで温まった後、明朝の天気を気にしながら早めに就寝します。

翌朝の起床は4:30。もちろん真っ暗ですが、昨晩は無かった星が瞬き日の出に期待が膨らみます。しかし、なんといっても寒い。駅の温度計はなんと0度。それでもどこに泊まっていたのかと思うほど大勢の観光客が日の出を見るための列車に乗車しました。祝山駅へ到着し隣接する展望台へ。東の視界が開け、東アジア最高峰、日本統治時代には新高山と呼ばれた玉山(3952M)の頂きも確認できます。寒いので売店も早朝から暖かいものを求めるお客様で大盛況。 白い息を吐きながらその瞬間を待っていると、周辺の山に光があたりだんだん明るくなっていきます。 午前7時2分。玉山のピークの脇から周囲の大歓声声と共に眩しい太陽が顔をだしました。展望台と玉山が高地にあるため、丸い太陽が昇るというよりは、既に光を増した太陽に照らしだされる感覚です。 前日まで曇りや霧が続いていたせいか、久々に見た朝日はとてもすがすがしく、暖かな日差しがありがたく感じられます。日の出を見に来た多くの観光客も満足そうな顔をして、それぞれの朝を迎えていました。(加藤)

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2015年3月 3日 (火)

霧の中に浮かぶ、空中都市マチュピチュ(ペルー)

 先日、ユーラシア旅行社の「マチュピチュ、ウユニ塩湖二大絶景の旅 10日間」のツアーより帰国致しました。
 絶景の宝庫、南米の中で最も人気がある2ヶ所を訪問するハイライトツアー!雨季真っ只中のウユニ塩湖では、天空の鏡という言葉そのものの美しい風景に出会うことができました。しかし、今回のツアーでは「マチュピチュ遺跡」が印象的でした。なぜなら、雨季のマチュピチュは非常に神秘的だからです。

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 朝、ホテルを出発した時は、あいにくの雨模様。遺跡の全景を見ることはできるかな?という期待を抱きながら、段々畑の中を歩き、いざ写真ポイントに到着。ここはポストカードやパンフレットでよく目にするの写真を撮ることができる場所ですが、残念ながら霧の中でした。グループ全員が諦めそうになったその時、風が吹き遺跡の様子が徐々に見えてきました!その瞬間の高揚感は何とも言えないものです。写真ポイントに佇んでいた全員が、思わず歓声を上げていました。霧の中に浮かび上がるその姿は、まさに謎の空中都市。マチュピチュ遺跡は映画『天空の城ラピュタ』の舞台になったと言われていますが、まるで映画の世界に紛れ込んだようでした。

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 また、遺跡内ではリャマとの出会いもありました。リャマは南米のアンデス地方に多く住む、ラクダ科の動物です。ラクダ科といっても背中にコブはなく、全身がフサフサの毛で覆われています。その毛皮で衣類作ったり、また荷物を運んだりと現代でも高山地帯では重用されています。そんなリャマが、遺跡の中では放し飼いにされており、まるでマチュピチュの番人のようです。霧の中に佇むリャマの姿を見ると、「南米に来ているんだな~」としみじみと感じます。
 雨季のマチュピチュは、一日の内に、雨・曇り・晴れとめまぐるしく天候が変わります。あらゆる姿を見せてくれるマチュピチュ。これからは乾季に向かいますが、例え雨が降ったとしても素晴らしい風景に出会うことができると実感した旅となりました。(坂田)

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