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2015年6月

2015年6月30日 (火)

国際音楽祭プラハの春クロージングコンサートへ

市民会館(プラハ)

先日、ユーラシア旅行社の「チェコ・スロヴァキアの美都とハンガリーの大平原10日間」より帰国しました。
ドナウの真珠と呼ばれるブダペスト、広大なハンガリーの平原を眺めながら、スロヴァキアの首都ブラチスラバ、そしてチェコへ。チェコの首都であり、中世の街並みがそのまま残るプラハでは、その素晴らしい街並みを一目見ようと、人々で溢れていました。歴史的にも重要な拠点であり続け、そして芸術、音楽、文学と様々な文化が息づくプラハ。市内の中心をヴァルダヴァ川(モルダウ川)が流れ、ただ歩くだけでも十分楽しめる街ですが、私達がプラハを訪れた日にはある大きなイベントが終わりを迎える特別な日。
それはプラハの春国際音楽祭のフィナーレ。
生涯プラハを愛してやまなかった、チェコを代表する作曲家の一人、スメタナの命日である5月12日が、この音楽祭の幕開けです。初日に演奏されるのは、かの有名な「モルダウ」を第二曲とする、スメタナの「我が祖国」です。1946年から始まったこの歴史ある音楽祭は、3週間にわたり、繰り広げられます。
今回は第70回目であり、フィナーレに向け、多くの有名なオーケストラやアーティストがこの音楽祭を盛り上げていきます。
舞台は1911年に建てられた、市民会館の中にある、スメタナホール。チェコ出身の芸術家アルフォンス・ミュシャの壁画をはじめ、華やかな装飾が目を引きます。
開演30分前にもなると、素敵な衣装に身を包んだ観客でホールが賑わってきます。観客は皆、コンサートへの気持ちの高ぶりが抑えられない様子。もちろん今回のクロージング・コンサートは満席で、各国からこのコンサートを目当てに来る人も多いです。
プログラムはブラームスとドヴォルザークの楽曲。例年クロージング・コンサートはドヴォルザークの楽曲が演奏されます。ドヴォルザークもスメタナ同様、チェコを代表する作曲家であり、作曲家として名声を手に入れたのは、ブラームスとの出会いがきっかけだとか。
指揮者が登場し、はちきれんばかりの拍手の音で幕を開けてからは、あっという間の2時間半。最後は歓声が飛び交う、スタンディングオーベーションでコンサートは終了。コンサートの余韻が残る中、ホールを後にすると、何やらトランペットの演奏が外の方から聞こえてきました。外に出ると、市民会館の入り口上のバルコニーに演奏者達が並んでいました。
プラハの夜空に鳴り響く、トランペットのファンファーレ。私達を含め、その場にいる人達は外から再び歓声を送りました。見事な演奏で心は満たされているものの、やはりちょっぴり寂しいような、とても複雑な感情。また絶対この街に戻ってきたいと思わせる、そんなプラハでの最後の、そして最高の夜でした。
来年も再来年も、この先ずっとこの伝統的な音楽祭が続きますようにと願わずにはいられません。もうすっかりプラハの虜です。(荒川)

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2015年6月26日 (金)

レジェナ村のプライベートバラ祭り!

レジェナ村のバラ祭り

先日、「バラ祭りを楽しむ!ルーマニア・ブルガリア物語17日間」から帰国いたしました。素朴な修道院が残るルーマニアから、バラの咲き誇るブルガリアへ行く17日間のこのツアーは見所が沢山!その中でも、ツアーにご参加された方が一番楽しみにしていらしたのが、この時期ならでは、プライベートバラ祭りです。
早起きをして、空を見上げると、まさにバラ祭りにふさわしい晴れた青空が広がっていました。バラ祭りに対する期待はぐんぐんと高まっていきます。バスに乗り込み、ホテルを出発してから約20分。町外れの田舎道を進んでいくと、いつの間にか両脇に一面のバラ畑が広がり、畑を貫く1本の細い小道が、本日のバラ祭りの会場、レジェナ村へと私達を導いてくれます。
弊社ホームページでこのブログをご覧になっている皆様、これまでの私の話聞いて、真っ赤なバラが咲き乱れたバラ畑を想像されてはいませんか?
実は、バルカン山脈とスレドナ・ゴラ山脈に挟まれた渓谷を流れる川の流域一帯はバラの谷と呼ばれ、ダマスクスローズのという名のバラが育てられています。ダマスクスローズは大変香りが強く、ローズオイルやローズウォーターがそれから作られます。観賞用の赤い大きな花びらのバラとは異なり、可愛らしい薄いピンク色で、私達の想像よりひとまわりもふたまわりも小さいのです。バラ畑も一見、葉の緑色ばかりで、良く目を凝らすと小さなピンク色を発見するといった具合。しかし、その小さい可憐な姿からは想像できないような、しっかりとした甘い香りに少々驚かされます。
さて、プライベートバラ祭りの会場に到着しました。車窓から、レジェナ村の人々が手を振って私達を待ち構えてくれているのが見えました。バスを降りると、音楽と彼らの歌声が聞こえてきます。民族衣装に身を包んだ村人が、バラの首飾りを持って迎えてくれました。首飾りをかけてもらった直後、むせ返るほどの甘いバラの香りに包み込まれるのでした。
村人が、私達ひとりひとりの腰にエプロンをつけてくれます。バラ積み用の大きなエプロンで、ブルガリアらしい可愛い刺繍が施してあります。いよいよバラ畑に入ってバラ摘み体験の始まりです。小さな棘もあるので、慎重にそっと摘み取ってエプロンの中に入れていきます。20分ほどで、エプロンの中は満杯!最後に天秤で、どのくらい自分がバラを摘んだのかを量ってくれます。摘んだバラは、袋の中へ入れて持ち帰ります。数日間、ホテルで香りを楽しむのも、入浴時にお風呂の中で散りばめて、バラ風呂を堪能するのもあなた次第です。
バラ摘み体験の後は、バラ畑を目前に青空の下でご昼食。その間も、村の人々が歌と踊りを披露してくれます。プライベートバラ祭りは、まさに言葉通り、全てがプライベート。全てはあなたの為に用意され、持て成され、他の観光客に邪魔されることなくバラ祭りを楽しむことができるのです。
いたれりつくせりなバラ祭りもそろそろ終盤。後ろ髪を引かれる思いでバスの中に乗り込みます。そして、いつまでも私達のバスに手を振って見送ってくれる村人の方々に、姿が見えなくなるまでずっと手を振り返しながら、バラの香り香るレジェナ村を後にしました。(堤)

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2015年6月25日 (木)

元祖ボヘミアン?トルクメン女性の秘密。

先日、中央アジア大周遊17日間のツアーから帰国いたしました。ちょうど黄色い菜の花や赤いポピーが咲く、さわやかな気候のキルギス・カザフスタン、暖かく晴天に恵まれたトルクメニスタン・ウズベキスタンの4カ国を一気に訪れるツアーでした。日本での知名度は低い国々ですが、かつてはシルクロードで栄え、長い歴史をもつ大変興味深いところでした。

今回はその中でも在日本人が少なく、まだまだ謎の多い国であるトルクメニスタンについてご紹介します。トルクメニスタンは織物で有名です。国旗の中にも5つの織物の模様が描かれているほどです。特にアシハバードの国立博物館では世界一の大きさを誇る絨毯も展示されています。遊牧民族だった彼らにとって織物は防寒であったり日よけであったり生活になくてはならない物でした。そんな織物大国トルクメニスタンの女性は伝統を大切にしており、多くの方は普段から民族衣装で生活をしています。その民族衣装はカラフルで緑や赤など様々です。生地の模様は細かい刺繍で可愛らしいものが多く、一着一着布を買い、仕立て屋で自分用に仕立ててもらいます。バザールでは他の中央アジアの国より布を売っているお店を多く見かけました。また、彼女たちのヘアスタイルにも秘密があります。髪を出し、頭頂部にお椀のような小さな帽子を被っているのが未婚の女性、一方、結婚すると、髪は全てスカーフの中に隠し、綿などを詰めて頭の形を綺麗に見せます。このヘアスタイルは、毎日20分もかけてセットするそうです。

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そんなおしゃれな女性が多いトルクメニスタンは、独裁政治など暗いイメージを持たれがちですが、実際行ってみると人は明るく街も綺麗で、驚きと発見に溢れていました。(杉林)

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2015年6月24日 (水)

カラフルな衣装が素敵!キフヌ島で暮らす女性たち(エストニア)

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 先日ユーラシア旅行社の「バルト三国物語 16日間」の添乗より帰国致しました。バルト三国のツアーというと1週間から10日前後のツアーが多い中、今回のツアーでは16日間とたっぷり時間をかけて、通常のツアーでは訪れることが少ない観光地まで足を延ばし、知られざるバルト三国の魅力に迫りました。ラトビア、リトアニア、エストニアはバルト三国と一括りにされていますが、歴史も違えば、街の雰囲気も異なり、どの国も魅力的でした。一番印象に残ったのは、エストニアのキフヌ島です。
 エストニアに行ったことがある方でも、キフヌ島まで足を延ばす方は多くはないでしょう。キフヌ島は2003年にユネスコの世界無形文化遺産に登録された「生きた博物館」と呼ばれる島です。島に住む人々は昔ながらの伝統的な生活スタイルで日々暮らしています。この島で注目したいのはやはり島で暮らす元気な女性たちでしょう。

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男性は海の仕事、女性は陸の仕事としっかりと役割が別けられており、彼女たちは夫が漁に出て留守の間、家事全般はもちろん、畑仕事などもこなすのですが、織物が一番得意な仕事です。普段から着ているカラフルな民族衣装はすべて手作り!それも大きな織り機を駆使して布地から自分自身で作り、スカートに仕立てるのです。スカート以外にもエプロンやブラウスなどのお洋服、さらにはカーペットまで手作りと、彼女たちに作れないものはないと言っても過言ではないかもしれません。今回キフヌ島では民家訪問をさせて頂き、実際に織り機を使う様子や、伝統的な歌とダンス、彼女たちが作った数多くの洋服を見せてくれました。天気がいい日には家の前で椅子に掛け、歌を歌いながら編み物をするのが日課だそうです。のどかな、ゆっくりとした時間が流れるキフヌ島。今もその伝統は親から子へと伝わり、生きる文化遺産として、後世まで続いていくでしょう。帰るときには別れの歌を歌ってくださり、名残惜しさと同時に、心がほっかりとあたたまったのを感じながら、島を後にしました。(市川)

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2015年6月23日 (火)

ハルビン、中央大街を抜け、松花江を眺める(中国)

先日、中国のツアーより帰国致しました。大連、瀋陽、長春、ハルビン、旅順という旧満州国の主要な都市を巡り、日本人の辿った歴史に思いを馳せる…。終戦70周年記念のツアーということもあり、皆様それぞれにテーマを持たれてご参加された方が多くいらっしゃいました。

私が一番印象に残ったのは昼下がりの午後、ハルビンの中央大街を抜けた先にある松花江でした。その日はハルビン市内で、昔の教会だったところや、かつてのロシア人街や自由市があったところなどひとしきり観光し、中央大街の南の入り口のところでバスを下りました。通りの南端から北端まで抜けてスターリン公園まで歩くと大体30分くらい。中央大街は昔、キタイスカヤと呼ばれる中国人の集まる通りでしたが、今ではすっかり現代風のおしゃれなハイブランドショップの集まる通りになっています。ただ、建築物は昔のままに保存され、当時流行したアールヌーボーやアールデコ、中華バロック様式の建物が次々と見え、まるでヨーロッパにいるような気分にさせられます。

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真っ直ぐ続く石畳の通りを歩くと視界が開け、一本の塔が見えてきたらそこはスターリン公園。塔を横切り、そのまま進めば、目の前に悠々と流れる松花江が見えてきます。右手にはシベリア鉄道が通る大橋があり、タイミングよくロシアに向けて走っていく列車も見ることができました。

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かつて満州国の中心を流れ、交通、物流の中心となった松花江はなくてはならないまさに満州国の動脈。当時この地で過ごした日本人も、こんな風に松花江のおおらかな流れを眺め、穏やかで落ち着いた気持ちにさせられていたのでしょうか。盛り沢山の観光でハルビンを吸収しつくし、気持ちが高ぶっていた私を、松花江の流れはふと落ち着かせてくれました。(長田)

ユーラシア旅行社の中国ツアー一覧はこちら

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2015年6月19日 (金)

スロヴェニアの鍾乳洞と、クロアチア、ダルマチア地方の街々

この二カ国、近年非常に注目度の高い地域で、海、森、湖、鍾乳洞、街と、あらゆる魅力に満ち溢れていました。
ここでご紹介したいのはまず、鍾乳洞。
スロヴェニアにはたくさんの鍾乳洞があります。なかでもヨーロッパでも最大級と言われるポストイナ鍾乳洞は有名です。今回のツアーでももちろん訪れました。ですが、今回注目したいのはもう一つの鍾乳洞です。その名も、シュコツィヤン鍾乳洞。
より大きく、有名なのはポストイナ鍾乳洞ですが、実は世界遺産に登録されているのはシュコツィヤン鍾乳洞。今回の日程では一日に二つの鍾乳洞を探検してきました。
その二つの鍾乳洞って、何か違うの?と思われる方もいらっしゃるかもしれません。
全く違います。
なぜポストイナではなく、シュコツィヤンが世界遺産に登録されているのか?
残念ながら内部では写真は禁止の為、実際に行ってみて頂くしかないのですが、まず、シュコツィヤン鍾乳洞、入ってしばらくの間は「沈黙の洞窟」と呼ばれるエリアを進んでゆきます。
何百年もかけて形成された石筍、石柱、つらら石の見事なのは、他の鍾乳洞と変わりありません。「沈黙の洞窟」の奥、先へ進むと「せせらぎの洞窟」に出ます。
ごおおお、と洞窟の奥から響いてくる音で、沈黙は終わったのだとわかります。
そこから先は、見たこともない、巨大な地下渓谷の広がる世界!
真っ暗な中、ぼんやりと暗めのランプを辿って、峡谷の淵の細い道を歩いてゆきます。深さ200m以上、長さ6㎞以上という、巨大な渓谷の底では、水の流れる音が響いています。かつて調査隊が進み、築いた道。坂道や階段を歩き続けた疲れも忘れ、ただただ夢中で先へと進み続けました。川を渡すツェルケヴェニコヴィムの吊り橋は最下層から45mもの高さの場所に位置しています。この橋を渡る瞬間の、冒険心を掻き立てられ、わくわくがとまらない、なんとも楽しい瞬間。この巨大な地下渓谷を初めて見つけ、中に入っていった人は、どんな気持ちだったでしょうか。シュコツィヤンが世界遺産に登録されたのは、他に類を見ない、この巨大な地下渓谷の存在があったからなのです。洞窟の出口(かつては入口だったのですが)からは眩しく太陽の光が入ってきます。世界にはたくさん鍾乳洞がありますが、この鍾乳洞は、一見の価値があるなと思いました。鍾乳洞好きの方には是非訪れてみてほしい場所です。
さて、鍾乳洞以外にも魅力の多いこの二カ国。内陸部と沿岸部とでまったく雰囲気も違い、とにかくバラエティに溢れています。内陸部ではおとぎの国のような素敵な教会のあるブレッドや、鍾乳洞、そしてカルスト地形が生んだ絶景のプリトヴィツェ国立公園、等々、空気もまだ少し冷たい緑の多い地域を回ります。プリトヴィツェ国立公園を出て、南へ沿岸部に向けて走り、スヴェティロクトンネルというクロアチアで二番目に長いトンネルをぬけると、クロアチア沿岸部のダルマチア地方に出ました。
山を抜けるこのトンネルを出ると、気温が一気に上昇してゆきます。12℃前後だったのに、一気に20℃近くまで。ダルマチア地方にやってきた!という実感がわかりやすく得られます。
そして、見えてくるのは海です。アドリア海と空の青、そして、赤い屋根に彩られた町並。内陸部とは全く違った風景が私たちを楽しませてくれました。

ユーラシア旅行社で行くクロアチア、ドブロヴニクの街並み

街歩きもとても楽しいもので、今回まず訪れたのはザダルという小さな町だったのですが、ザダルには面白いものがあります。
シーオルガンというものを、ご存知でしょうか?
街に到着し、旧市街の入口の近くでバスを下り、ガイドさんに導かれてプロムナードの方へ歩いていくと、ぼわん、ぼわんとなにやら不思議な音が聞こえてきます。
一見、なんの変哲もないプロムナード。でも、近づけば近ずくほどに音は大きくなっていきます。海に向かう段差の近くまで行くと、ようやくその正体がわかりました。階段の手前にはたくさんの穴ぼこがあり、階段それぞれの段差にもたくさんの穴があります。階段の中につくられた通気口に波が当たることによって音が出る仕組みになっているのです。人の造った仕組みで、風と波が作り出す音楽。手前を船が通ると音が高くなると、ガイドさんが説明してくれました。自然の奏でる音なのに、メロディがあるような気がしてとても不思議。沿岸部の町ならではの、本当に魅力的な楽器でした。
他にも沿岸部ならではの楽しみがたくさんあります。
ご飯です。

ユーラシア旅行社、クロアチア、ストンの牡蠣料理

海の幸の豊富なダルマチア地方のご飯。牡蠣、ムール貝、イカ、エビ、マグロ(クロアチアの硬貨にもなっている!)、巨大なロブスターと、様々なおいしいご飯。そして、太陽の光をたくさん浴びて育ったブドウで作られた美味しいワイン。ペリエシャツ半島の小さなワイナリーで食べる現地のご家族が造ってくれる家庭料理など、どこへいっても次の食事が待ち遠しくなってしまいます。オリーブと塩、にんにくを使ったシンプルな味付けが多く、日本人の口にも合うクロアチア料理。
毎日うっとりしながら、食事もしっかり、楽しんできました。(留置)

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2015年6月18日 (木)

新疆ウィグル自治区を駆け巡り、公路の重要性に触れる旅

 先日、ユーラシア旅行社の「タクラマカン砂漠縦断ハイライト 9日間」より帰国致しました。この旅ではタイトルの通り、タクラマカン砂漠を走り抜け、新疆ウィグル自治区とパキスタンの境目、パミール高原のカラクリ湖まで足を延ばします。かつてシルクロードを往来したラクダの隊商で大いに賑わった、砂漠に点在するオアシス都市の魅力に触れるだけでなく、天山山脈や崑崙山脈といった美しき山々の姿を堪能することができました。

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 このツアーでは、新疆ウィグル自治区の有名な道を辿ります。その中でも、なんといっても最大の目玉は、タクラマカン砂漠を走り抜ける「砂漠公路」!太陽の角度により色が変わり、時には流砂、時には竜巻が沢山現れるこの砂漠では、様々な表情を見ることができ、一瞬たりとも目を離すことができません。ウィグル語で「一度入ったら出られない」を意味するタクラマカン砂漠。この砂漠を縦断する砂漠公路は、私たち観光客のみならず、そこで暮らす人びとの生活を支えます。

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 そんな砂漠公路を走っていると、「この道は、砂に埋もれないのかな?」と心配になってきます。でも、心配はありません。なぜなら、道の両脇に防砂堤の役割を果たす、茂みがあるからです。よく見ると、この茂みに沿って黒いホースのようなものがあります。このホースが定期的に茂みに水を供給するため、茂みは枯れることなく、砂を防ぎ続けます。その水は、道の途中に点在するポンプ室から送られます。砂漠が乾燥期に入る3~11月の間は、このポンプ室に出稼ぎの人が常駐し、水の量を管理します。ポンプ管理人の月収は2000元(約40,000円)ということですが、新疆ウィグル自治区の平均月収は3000元(約60,000円)。農家の方などが、畑を休める期間に臨時収入でこういった出稼ぎに来るそうです。しかし、砂漠の中での生活は厳しくそして孤独です。お手洗い休憩で私たちが立ち寄ると、久しぶりにお話ができて嬉しい!と喜んでいました。

 また、今回はカシュガルとパキスタンを結ぶ重要なシルクロードの古代道「中パ公路」も走りました。そこでは、ハイウェイを建設するために絶賛工事中、標高3000メートル以上の過酷な環境で、多くの人びとが働いていました。このハイウェイは2年後に完成予定とのことですが、完成すればパキスタンやキルギスなど隣国との行き来も、より短時間で行うことができます。

 広大な面積を有する中国という国では、「公路」は必要不可欠なものです。それは、厳しい環境の中でそれを支える多くの人びとの力によって守られているのだな、と実感した旅となりました。(坂田)

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2015年6月17日 (水)

ファヴィニャーナ島でペスカツーリズモ体験

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ユーラシア旅行社の5/18発「エガディ諸島、エオリア諸島、エトナ山 シチリアの自然に遊ぶ 10日間」へ行って参りました。
シチリアの西側に浮かぶエガディ諸島、北東に浮かぶストロンボリ火山でも有名なエオリア諸島とイタリア南部島巡りでしたが、どの島も自然とのんびりした空気と時間、青い海が魅力的でした。
このツアーでは、アグリツーリズモ【農業+観光】の海ヴァージョンであるペスカツーリズモ【漁業+観光】体験をエガディ諸島のファヴィニャーナ島でしてきました。
朝、港でペスカツーリズモの漁師ドメニコさんと会い、ドメニコさんの漁船にて出航!船員はドメニコさんのみですが、自分の所有する船であり主らしい貫録を持ちつつ、私たちを楽しませてくれるユーモアのある方でした。

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出航して15分ほどで船を一時停止。海面に浮きがある場所を指し、「ここで今日の昼食を引き揚げるよ~」と!それはドメニコさんが昨晩海に沈めた網で、全長約1㎞!船の滑車に網をひっかけ、ドメニコさんの手によって引き揚げられていきます。最初はなかなか網に収穫が見られず、今日のお昼は大丈夫かなぁと心配していましたが、そのうちに様々な種類の魚にイカが捕れ始めました!なかにはナマコにヤドカリまで(←これは食べずに逃がしました)。イカは身をぷく~と膨らませたり足を一生懸命動かしてもがいたりして、そのような捕れていく今日のおかずに皆写真を撮ったり眺めたり、ドメニコさんを応援したりと盛り上がった30分でした。おかずも手に入ったのち、船はファヴィニャーナ島の景勝地カーラロッサの入り江に向かい、ここで錨を下ろし停泊。

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カーラロッサは某CMでも撮影に使われた美しい青さを湛えた海の色をしてるところ。梯子も海に入れるように下ろしましたが、泳ぐにはちょっと・・・という水温でした。船上ではドメニコ★クッキングがスタート。まずは魚の鱗取り。これにはお客様にもお手伝いしてもらいました。続いてイカをドメニコさんがさばいていきますが、イカの中から墨袋を取り出して見せてもくれました。「イカを生で食べたい!」という私たちのリクエストにドメニコさんは「えっ!?生で?」と驚いていましたが、日本ではイカの刺身を食べるのだと教えて切ってもらいました。

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前菜には新鮮なイカの刺身に日本から持参した醤油をかけ(大好評!)、フランスパンにアンチョビやツナペーストを塗ったものを出してくれました。そして白ワインも。メインは捕れた魚とカニの素揚げにイカのオリーブオイル炒め。デザートはイチジクのクッキーにエスプレッソ。美しい海を眺めながらのわいわいしながらの食事は、とても楽しく、なんとも贅沢な時間でした。食後は、約1時間のクルージングをして港に戻りました。このように美しいファヴィニャーナ島でのペスカツーリズモ体験は、クルージングの楽しみに加えて、海の恵みに触れ、新鮮な海の幸を味わえ、思い出に残る体験となりました。 (髙橋)
>>>ユーラシア旅行社で行くイタリアツアーはこちら

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2015年6月16日 (火)

中国・仏教文化の源流に触れる旅

中国ツアー

先日、ユーラシア旅行社企画「雲崗・龍門と中原の旅14日間」より帰国致しました。今回のツアーは中国の中でも「中原」と呼ばれる黄河中流域に焦点を当てています。古くは、伝説の時代とも言われている夏王朝に始まり、世界遺産・殷墟で知られる殷の都が置かれ、春秋・戦国時代には各勢力の争奪の場となり、北方民族の鮮卑族がこの地で北魏を建国、その後は遼・金時代に支配下に入るなど中国の長い歴史の中でもとても重要な地域にあたり、また、九朝の都となった洛陽と7朝の都となった開封があるのもここ、「中原」です。

もちろんツアーではそれらの時代の遺物や遺跡も見学しますが、もうひとつ、今回のツアーの特徴を挙げるとすれば、それは中国の古代仏教芸術を味わえることです。インドで生まれ、シルクロードを通って伝わった仏教は中国文化の重要な一面となり、時には国教として迎えられ、時には弾圧されてきました。その仏教が初めて中国に伝わった際に建立されたという白馬寺、日本の浄土宗・浄土真宗の原点となる玄中寺、そして達磨大師が面壁九年の後に禅宗を開き、数々の映画の題材ともなった少林寺拳法で有名な少林寺などの寺院を始め、各時代の寺院や遺跡を見て回ることで、中国の仏教文化を知ることができます。

中でも今回私の印象に残ったのは、やはり中国三大石窟に挙げられる雲崗石窟と龍門石窟です。石窟に入って見上げると、そこには優しい顔の仏像。傷がついているものもありますが、どれを見ても思わず溜息の出るような立派な姿に、思わずその場に立ち尽くしてしまいます。もちろん石窟自体の規模はどちらも大きく、見学時間は何時間あっても足りません。共に世界文化遺産に登録されており、龍門石窟は2000年に、雲崗石窟は2001年に登録されました。

雲崗石窟・龍門石窟も共にその規模の大きさに圧倒されますが、もちろん違いもあります。その一つは開削された歴史的背景です。雲崗石窟は北魏の太武帝による仏教弾圧の後、仏教復興を目指す文成帝が西方から僧侶を呼び寄せて開削を進めました。そのため、雲崗石窟には中央アジアや河西回廊の仏教様式の影響が見られます。一方龍門石窟はというと、北魏代494年の洛陽遷都に伴い、孝文帝によって雲崗石窟にならった開削が始まり、その後唐代に隆盛を迎えています。記録では、中国史上、最も美しく、そして残忍だったという則天武后も寄進したと残っており、龍門石窟のメインである高さ17mの廬遮那仏は彼女に似せて彫られたと言われています。

さらに、雲崗石窟と龍門石窟の違いは仏像にもあります。雲崗石窟の仏像はふくよかな顔に大きな耳を持ち、どっしりとした姿で、安心感を与えてくれます。一方、龍門石窟の仏像は全体的にすらっとしていて、首も細く、どこか気品が感じられるのです。

石窟・仏像はどれも同じように見えますが、しかしじっくり見ていくととても興味深く、ツアーが終わる頃にはすっかり中国仏教芸術に魅せられてしまっていました。各石窟や仏像の前でどの観光客もその素晴らしさに圧倒され、目を見開いていたことにも納得。今まであまり見て来なかった日本の仏像も、これからはよく見てみようと思わせてくれました。(越野)


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2015年6月12日 (金)

現地人も憧れる!ケファロニア島、絶景街道を往く

 先日、「メリッサニ洞窟、メテオラ、サントリーニ、ギリシャ三大絶景紀行 9日間」の旅より帰国致しました。神話、古代遺跡、美味しいお食事と魅力たっぷりのギリシャ。更に春真っ盛りということで、至るところで美しい野花が咲き乱れ、私たちの旅を華やかに彩ってくれました。
そんな旅の中でも、最も美しかったのがケファロニア島でした。
 「ケファロニア島?初めて聞いた!」という方も多いかと思います。3000もの島々で構成されているギリシャ。サントリー二島やクレタ島に代表されるエーゲ海の島々は、憧れの地に挙げる方も多く、誰でもご存知ですね。しかし、ケファロニア島が位置するのは、エーゲ海ではございません。ギリシャ本土を挟んで反対側、イタリアに近いイオニア海なのです。
現地のガイドさん曰く、今、ギリシャ人がバカンス先として流行しているのは、イオニア海との事。中でも、ケファロニア島は最も人気があるそう。何故、そんなに人気なのか?答えは、ギリシャ一と言っても過言で無い、絶景に出会うことができるからです。
 
 ミルトス・ビーチは、イオニア海で最も美しいと言われています。石灰岩の大地が削られ、堆積し真っ白な砂浜になったということビーチの透明度は抜群!私たちが展望台を訪れた際は、風が一切なく波もなし。まるで絵の具のような鮮やかな海の様子を堪能することができました。

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 そして、息を呑む美しさだったのが、メリッサニ洞窟でした。地震によって天井が崩落した地底湖の中をボートで進みます。上から差し込む太陽光線により、水色にきらめく水面を見ていると、時間が経つのを忘れてしまいます。この湖は、淡水と海水が入り混じっているそうで、海のある方向へと緩やかに動く水の流れも素敵です。

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 ケファロニア島の魅力はこれだけではありません。島の面積80%以上を山が占めるこの島では、その斜面を利用した「ロボラ」という白ワインが有名!ワイナリーで好みのワインを探すのもいいでしょう。また、イタリアに近いということで、かつてヴェネツィアの支配を受けていたため、カラフルな町並みが残るフィスカルドでお散歩するのも良いかもしれません。
 現地人も憧れるケファロニア島。そこは、本土よりもずっと素朴で、ゆったりとした時間が流れていました。(坂田)

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2015年6月11日 (木)

古代の歴史が動いた現場はここだ!飛鳥の都

先日、ユーラシア旅行社の奈良のツアーに行ってきました。

「青丹よし奈良の都は咲く花の匂ふがごとく今盛りなり」と詠われた奈良。その言葉通り、5月の奈良は花で美しく彩られていました。長谷寺で見ごろだったのは牡丹。399段の登り廊の横で、芳しくも華やかな姿には見とれるほどでした。さすがは「花の御寺」と呼ばれる長谷寺です。

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そして、シャクナゲを愛でに室生寺へ。しかし、五重塔を飾っているはずのシャクナゲは花期が早かったため、咲き終わっていました。花を愛でる旅は、タイミングが難しいものです。それでも、ひっそりとした山中で檜皮葺の風情のある寺院を堪能してきました。
旅の終盤は飛鳥の里を訪問しました。飛鳥は古代日本の政治の礎となった場所です。推古天皇、聖徳太子の時代から、710年平城京遷都まで100余年にわたり都が置かれました。日本史の授業で学んだ、仏教伝来についての論争があり、物部氏が日本で初めて本格的仏教寺院、飛鳥寺を創建しました。そこには今も当時の仏像が残っています。お顔は大陸的。彫が深く、手が大きいのが特徴です。606年に作られた仏像ですから、御年1409歳。手を合わせて拝むと、長生きのご利益に授かれそうな気がしました。
また、飛鳥寺の近くには飛鳥板葺宮があります。ここはまさに大和朝廷の政治が執り行われていた、今の「国会議事堂」に相当する場所です。摂政であった聖徳太子は斑鳩に移転して宮殿を構えましたので、馬に乗って通勤していたようです。そして聖徳太子の死後、蘇我氏の権力が増大し、ついに「大化の改新」により蘇我入鹿は暗殺されました。その現場も飛鳥板葺宮です。
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そこからほど近いところに、聖徳太子生誕の地と言われる橘寺もあります。また、蘇我蝦夷・入鹿の邸宅のあった甘樫の丘は、飛鳥板葺宮を見下ろすところにあります。実際に訪問してみると、案外、狭い区画にすべて収まっているように感じました。そして、飛鳥はまさに日本の古代史が動いた場所であることを実感しました。冠位十二階や憲法十七条が制定され、国家としての原点がスタートしたのが飛鳥です。今はのどかな畑が広がっていますが、過去の歴史を考えながら瞳を閉じると、高松塚古墳の壁画の麗人たちが往来している様子が浮かんできました。古代史のロマンをたっぷり感じる旅となりました。(斎藤さ)

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2015年6月10日 (水)

3年に1度の祭典!ベルギー・イーペルの猫祭りに行ってきました!!

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先日、ユーラシア旅行社企画の「イーペルの猫祭り・聖血の行列祭 ベネルクス物語 15日間」の添乗より帰国致しました。
当ツアーはオランダ、ベルギーの主要な都市だけでなく、ルクセンブルクやベルギーのアルデンヌ地方やオランダ北部など小さいベネルクス3国を丁寧に回るツアーです。

このツアー最大のハイライトはベルギーのイーペルで行われる「猫祭り」!中世に毛織物産業で発達したイーペルでは、倉庫に保管された毛織物をネズミの被害から守るために多くの猫が飼われていたことがお祭の由来。

今年で44回目を迎えた猫祭りですが、毎回イーペルに住む人たち皆がお祭りに参加し、お祭りの日が来るのがとても楽しみだそう。
なぜなら、猫祭りは3年に一度しか開催されない特別なお祭り!だからこそ、イーペルの人々のお祭りにかける情熱は熱いものがありました。

お祭りは前夜祭も含めて2日間行われます。前夜祭は小さなイーペルの街の至る所で開催されている催し物を見物したり、R&Bシンガーによるミニライブ、30分間も打ち上げが続く花火などをじっくり堪能し、イーペルに住む人々の意気込みを感じました。

そして、本番当日。猫のぬいぐるみや猫のチョコレートなど猫グッズが販売されるお土産屋もたくさん出店していることに加え、お祭りを見に来た人たちも猫の格好いるので街はどこを見ても猫・猫・猫の猫だらけ!

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まずは、猫祭り本番の前にはお祭りのスポンサー会社の宣伝パレードが行われますが、パレードしている皆が猫の格好をして飴やチョコレートを客席に投げたり、猫たちも客席にあがってきて観客にいたずらをしたりと本番前なのに客席は大盛り上がり!
本番ではどんなパレードが行われるのだろうとワクワクさせてくれます。

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そして宣伝パレードが終わると、次はいよいよ猫祭り本番のパレードが始まります!
大きな山車に本格的な衣装やセット、約15000もの猫役の人たちの顔や動きはまるでミュージカル「CATS」街全体で行われているようです。

パレードは中世の時代のイーペルの歴史、世界各地にまつわる猫の物語を山車とそれに乗る猫たちが軽快な音楽に乗って表現しており、2時間のパレードがあっという間に過ぎるほど、楽しい気分になりました。

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楽しいパレードの後には、かつて魔女狩りが行われていた時に関わりがあった猫を生きたまま鐘楼から投げることで生贄にしていたことへの戒めとして猫を悼むために猫のぬいぐるみを投げる「猫投げ」や
魔女裁判と魔女の火あぶりがありお祭りは終了。

お祭り後のイーペルの街並みは世界遺産にもなっている鐘楼に夕日が差し、楽しかった余韻が残ります。次回の開催は2018年!きっと3年後も多くの猫が楽しませてくれるはずです!

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2015年6月 9日 (火)

バス旅ではなかなか行けない都市を巡る、大西洋岸クルーズ

この度、ユーラシア旅行社のヨーロッパ大西洋岸縦断クルーズより帰国しました。
このツアーはポルトガルのリスボンから船に乗り、ポルト、スペインのラ・コールニャ、ビルバオ、フランスのルアーブル、イギリスのドーバー、ベルギーのゼーブルージュ、オランダのイムンデンに寄航し、スウェーデンのマルメまで7か国を巡るクルーズツアーです。

プルマントゥール

このクルーズのポイントは何と言っても寄航時間が長いこと!
ほとんどの港には午前中に到着。なんと朝から夜まで10時間も滞在する都市もありました。
寄航時間が長いので、「あそこも寄りたい」とか、「もうちょっとゆっくり買い物したい」という時も、出港時間に間に合わないのでは?という心配もなく楽しめます。
そして、今回寄航した都市は、通常のバスツアーなどではなかなか行けない地方ばかり。
もし、同じ都市をバスで巡ったら「一日中移動」という日が何日もあるでしょう。
夜寝ている間に次の都市に行ってくれるのも船旅の嬉しい点です。
もちろん、寄港地でツアーに参加すれば、車窓からの美しい景色も、その土地の美味しい食事を食べたり、通常バスツアーで体験できることをみんな堪能できます。
また、ちょっとゆっくりしたい時には出かけずに部屋や船のデッキでゆっくり過ごすことが出来るのも船旅ならではのポイントです。

エトルタ

また、船旅の一番のお薦めは入港、出港の瞬間。リスボン出港の時はエンリケ航海王子が先頭に立つ「発見のモニュメント」が見えたり、ドーバー入港の時は「ドーバー城」や「白亜の断崖」なども見えてとても素敵でした。
夜9時頃、ちょうど出港の時に夕日が沈むのが見えた日もありました。
日暮れとともに段々と小さくなってゆく建物や人を見ていたら、少しさみしい気持ちになりました(翌日にはすぐ次の港に着くわけですが)。
昔の船乗りたちもこうやって離れて行く故郷を見ていたのかなぁと、大航海時代の人に思いを馳せてみました。(関根)

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2015年6月 5日 (金)

世界一ロマンティックな恋のトンネルへ行ってきました!(ウクライナ)

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 先日、ユーラシア旅行社企画「恋のトンネルも訪れるウクライナ・モルドバ・ベラルーシ9日間」の添乗より帰国しました。日本ではあまり知られていない国々ですが、現地では情勢で混乱した様子も見られず、青空の下で趣のあるお城や町の散策を楽しむことができました。また、車窓からは一面に広がる菜の花畑やブドウ畑など牧歌的な雰囲気も漂っていて素朴な人々の暮らしも垣間見ました。

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 さて、今回のツアーの目玉は絶景で話題の恋のトンネルを訪問することです。狭い道を通り、やっと見つけたラブトンネルという看板の先を進むと・・・左右に伸びる線路を発見!恋のトンネルにやっと辿り着きました。元々は繊維版工場が使用していた全長3kmの貨物線でしたが、その周りに蔓が生い茂り、あたかもトンネルの様になっています。現在、貨物列車は1日に1本から3本程出ているとのことでしたが、いつ通るのか、そして何本通るのかなどは誰にも分かりません。私たちが到着した日は1本も通っていないとのことで、列車は来ないのでは・・・?と諦めかけていました。しかし、バスに戻ろうとしていたその時、汽笛と共に緑のトンネルをゆっくりと走ってくる列車の姿が!幸運なことにその日1本だけ通った列車に遭遇することができ、お客様と一緒に歓声をあげて喜びました。
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 また、恋のトンネルにはカップルが手を繋いで歩けば二人は永遠に結ばれるというジンクスがあります。その為、我々が訪れた日も地元からは勿論ですがロシアなどの近隣の国から来た3組の恋人たちが手を繋いで線路上を歩く姿が見られ、温かい気持ちになりました。トンネルには太陽の光が差し込み神秘的な雰囲気も漂っていて世界一ロマンティックと言われるのにも納得でした。世界中で話題になり、幸せなカップルが多く生まれますように・・・そんな思いになる素敵な場所でした。(竹本)

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2015年6月 4日 (木)

溯ったり下ったり、時には橋をくぐって、迫力満点!楽しさ満載! ライン・ローヌ川のリバークルーズ(オランダ・ドイツ・フランス)

ライン河とローヌ川のリバークルーズの旅から帰国しました。
今回の旅でご案内してきたルートは、北海のアムステルダムからドイツを通ってフランスのストラスブールまでライン河を溯り、さらに船を乗り換えソーヌ川、ローヌ川を下り地中海へ抜ける日程でした。
今回のリバークルーズで最も印象的だったのは、ライン河の水運の多さに加え、周辺の自然が豊かなこと。
また、もうひとつはローヌ川で越えた幾つもの橋と水門でした。
船上から眺めるライン河の両岸は、5月ならではの鮮やかな新緑が眩しく、のどかな牧草地や美しい田園風景が続いています。
驚いたことに、河沿いに点在する町から外れると、人工的なコンクリートの護岸が全く無いのです。
ドイツ最大の工業地帯を航行している時でさえ、工場よりも緑の割合が多いくらい。
古代から中世を経て現代に至るまでライン河を中心に人々が往来し、町を建設して発展し、今もタンカーなどの大型船がひっきりなしに行き交っているにも関わらず、もはや日本では見られなくなってしまった、手付かずの川と豊かな自然や田園風景が残っているのには驚きました。
本来の自然が「残っている」のではなく、弛まぬ努力で「残している」のかも知れません。
アルプス山系のローヌ氷河から流れ出る全長812kmのローヌ川では、クルーズ船はいくつもの水門や越え、数え切れないほどの橋をくぐり、進んでゆきます。
特に町中など橋げたが低いところでは、橋との距離はまさに数センチしかありません。
サンデッキにボーっと突っ立っていると本当に橋に頭をぶつけてしまうぐらいのギリギリの間隔しかありません。橋に近づくと、「頭を下げろー!ぶつかるぞー!」という水夫の怒号が飛び交います。

今にもぶつかりそうなスレスレの間隔で通過!!

橋を通る度に、サンデッキのテラス屋根と操舵室を上下して橋にぶつからぬよう、巧みに橋をくぐってゆく様はスリル満点。
テラスで日向ぼっこをしている欧米人は歓声をあげて子供のように大はしゃぎ。
ヨーロッパのリバークルーズ船が潰れたようにペチャンコの船体をしているのは、まさにこの為でした。
また、ローヌ川は、かつて急流であった為に水門が至るところに設けられています。
クルーズ船はいくつもの水門を越え、高低差を克服して航行できるようになっています。
平均すると10m前後の水門が多いのですが、時には20m以上も高低差がある水門もあり、水門で知られるパナマ運河に負けない迫力があります。

船体ギリギリに迫る垂直にそそり立った不気味な壁面。
水門が開いた時に滝のように滴り落ちる水。
恐ろしいほどの水圧を堰き止める巨大な水門はまるでダムのよう。

不気味に聳え立つ巨大な水門

大きな客船をそのまま上下させる、この巨大な人口装置を人間が作りだしたかと思うと、人間の叡智を感じ、何だかゾクゾクしてきます。
船が水門に入り、船体がエレベーターのように上下する度に、乗客はサンデッキにでてその迫力を愉しんでいました。
船内での食事や寄港地での観光などクルーズ船本来の愉しみに加え、水門や橋の何気ない通過も迫力満点。

リバークルーズならではの一押し観光ポイントです。
(上田)

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2015年6月 3日 (水)

五島列島で教会巡り(長崎県)

先日、五島列島の添乗に行ってまいりました。14の教会を巡り、島の美味しいご飯を堪能して、五島列島に滞在した4日間はあっという間に過ぎていきました。
14も教会を巡るとどれがどれだかわからなくなってしまいそうですが、五島列島の教会はそれぞれに特徴がありました。長崎県を中心に多くの教会建築を手がけた人物に鉄川与助さんがいらっしゃいますが、彼は似たような教会を作ることはなく、次はどんな教会を作ろうかといつでも考えを巡らせていたようです。ちなみに私のお気に入りは奈留島にある江上天主堂。こちらも鉄川与助さんの作品です。木々に囲まれてひっそりと佇み、白い壁に水色の窓枠がとてもかわいい教会でした。

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西洋の教会とは違い、内装として五島のシンボルである椿の花が描かれていたり、教会内部にお座敷があったりと日本ならではの仕様が多数。温かみがあって、中に入って腰かけていると心が穏やかになる、そんな教会が多かったように思います。
来年には世界遺産候補に推薦予定の五島列島。明治日本の産業革命遺産といい、九州は話題が尽きません。どちらも世界の遺産として認められることを心より祈ります。 (佐藤)

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2015年6月 2日 (火)

食べられる国宝?マンガリッツァ豚の魅力!(ハンガリー)

マンガリッツァ豚

先日、ユーラシア旅行社の「ハンガリー世界遺産物語11日間」より帰国しました。ハンガリーの9箇所の世界遺産全てを訪れるこのツアー。世界遺産も大変魅力的でしたが、私を魅了したのはハンガリー料理でした。その中でも、私の舌を唸らせたのは「食べられる国宝」と言われるマンガリッツァ豚のサラミです。

2004年に国会によって国宝に認定されたマンガリッツァ豚は、19世紀前半に誕生した固有種で、ドナウ川周辺に広がる大平原で育ちます。容姿は毛むくじゃらで一見、羊のようにも見えることから「ウーリーピッグ」という愛称で呼ばれることもあります。
一年中広々としたところで、新鮮な空気を吸いながら自由に動き回り、カボチャ、テンサイ、どんぐりなどの自然食品のみを餌として成長し、ストレスなく伸び伸びと育てられます。肉質は脂肪分が多く、綺麗な霜降り。口どけが良く、後味もさっぱりとしているのが特徴です。

以前は、脂よりも赤身が重宝され、肉が多く取れる大量飼育が容易な種が普及し、マンガリッツァ豚の数が急激に減少、絶滅寸前の状態に陥ってしまいました。現在では保護、飼育管理制度が制定されています。

誰も食べなかった時期に絶滅の危機に瀕したマンガリッツァ豚は、食べる人がいるからこそ飼育が盛んになってきました。是非とも、食べ続けて頂きたい国宝で、日本でも気軽に食べられる日が来るのを望むばかりです。(瀬戸)

ユーラシア旅行社で行く、ハンガリツアーの魅力

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