2015年10月14日 (水)

モザイクの町、ラヴェンナ 宝石箱のような教会へ

 先日、イタリアのツアーから帰国しました。

10日間の、ミラノからローマまでのハイライトコースだったのですが、ローマやフィレンツェ、ヴェネツィアのような都市に行くことを楽しみにされていた方が多くいらっしゃったようですが、意外にも、皆様がより感動されていたのはラヴェンナやシエナのような、田舎の町々でした。
そんな田舎町の一つ、ラヴェンナには一体何があるのか・・・とにかくモザイクです。
町の教会や宮殿、廟、様々な建物の中に古くからの美しいモザイクが大切に保管されています。 古くから残されているモザイクもあれば、最近造られた町の標識なんかにも可愛らしいモザイクがあしらわれており、すっかり、モザイクの町といった雰囲気になっています。
モザイクの勉強ができる学校なんかもあり、学生の作品を町中でみかけることもあります。 有名なモザイクを見て周るのではなく、ただ単に、目的もなく歩いてみるのにも魅力的な素敵な町なのです。
ツアーでは3つの世界遺産の建物に訪れました。
まず最初は、サン・ヴィターレ聖堂。 この聖堂の内陣と後陣は、6世紀のガラスモザイクで覆われており、それはもうきらきらと輝いています。
外見は、赤茶けた古い建物なのですが、中はとにかく煌びやかです。
内陣と後陣、クーポラの部分が非常に美しく飾り立てられているのですが、壁だけでなく、床も、びっしりとモザイクで覆われています。
もちろん、6世紀に造られたモザイクすべてがすべて残っているわけではなく、剥落してしまっている部分もあるのですが、かなりしっかりと、当時の様子をみることが出来ます。 描かれているのはユスティニアヌス帝と、皇妃テオドーラ、そして家臣達、あるいは福音書記者のモチーフであったり、様々です。
モザイクの面白いのは、近くで見るとよくわからないものが、離れてみると光と影を表していたりすること。 そして、厳格なテーマのものも、細かなガラス片を一つ一つ繋げてモザイクで描かれることによって、とても可愛らしくなってしまっていたりすることなどなど。
有名なモザイクばかり見るのではなく、ただ、柱の装飾を眺めてみると可愛らしい小鳥がいたりするもんですから、その魅力はもう、ここでは書ききれないくらいです。

ユーラシア旅行社のイタリアツアー、ラヴェンナ、サン・ヴィターレ聖堂

サン・ヴィターレ聖堂の隣にある、小さな建物に向かいます。
これまた世界遺産に登録されているガラ・プラチディア廟です。
サン・ヴィターレ聖堂と同じく、これまた外見は地味な、くすんだ色の建物です。
しかし、その中は、入ると感動で溜息がもれそうな程、まるで宝石箱のようにきらきらと輝きを放つガラスモザイクに出会えます。
中には本当に小さな窓が、3つあるだけ。しかもその窓には、アラバスターという、瑪瑙のような半透明の石がはめ込まれているため、建物に入ってくる光はとても少ないです。 守衛さんにお願いして、入口のカーテンを閉めてもらうと、入ってくる光はアラバスターの窓からわずかに差すのみとなります。 わずかに入ってくるひかりが、天井を埋め尽くす深い青色をした、星空のガラスモザイクに当たって、優しくきらめくわけです。
なんと、この廟の中にいることができるのはたったの5分。
とても足りないですが、小さな小さなこの建物に入りたい人がたくさんいるため、仕方のないことなのです。
ちなみに、この、外見は地味だけど中は煌めく宝石箱のようになっているこれらの建物ですが、この組み合わせ、人間大事なのは外見ではなく中身なのだ!ということを物語っているのです。ちゃんと意味があるんですね。
ガラ・プラチディア廟のような人でありたいと、今回改めてそう思いました。

ユーラシア旅行社のイタリアツアー、ラヴェンナ、ガラ・プラチディア廟

ラヴェンナの観光、最後に訪れるのは、この町の守護聖人「聖アッポリナーレ」の祀られる、サンタポリナーレ・イン・クラッセ教会です。
町の中心から少し離れ、建物も疎らな所にぽつりと立つ教会。 教会周りの草地には芸術科の学生が造った、バッファローの置物が数匹。 少し不思議な雰囲気の場所ですが、とにかく教会の中に入って行きます。
ここには、ラヴェンナの観光を締めくくるのにふさわしい、素晴らしいモザイクがあります。 羊に囲まれた、聖アッポリナーレのモザイクです。緑を基調とした、明るい色のモザイクなのですが、平和的な、楽園の様子が描かれています。 私たちがこの教会に入った時、中にはほとんど人がおらず、美しいモザイクを独占することが出来ました。 ただぼうっと、ずっと見ていたくなるようなモザイクです。 ひとしきり、この聖アッポリナーレのモザイクを見て、バッファローたちとお別れしました。

ユーラシア旅行社のイタリアツアー、ラヴェンナ、サンタポリナーレ・イン・クラッセ教会

しかし、なぜ、この町はモザイクの町になったのでしょう。 その理由には、6世紀の東ローマ帝国のイタリア進出が深く関わっています。
当時、東ローマ皇帝ユスティニアヌスがイタリア半島を属州とした時、港町ラヴェンナには、東ローマ帝国のイタリアにおける総督府が置かれました。 それ故に、多くのモザイク等のビザンティン美術の作品が残されたのですが、その後、8世紀に入ると東ローマ皇帝レオ三世が、聖像禁止令を出し、それまでに造られた多くの美術品を破壊してしまいます。 しかし、東ローマ帝国の首都コンスタンティノープルから離れていたラヴェンナの町にはこの聖像破壊運動の波は及ばず、本国では失われてしまった、6世紀、ユスティニアヌス皇帝の時代の美術品が今もまだ残っているのです。
東ローマ帝国の総督府が置かれてから先、ラヴェンナは特に目立って重要な都市にもならず、攻撃も免れた為、そんなに古い建築物がたくさん残り、それらが世界遺産に登録されたのです。 ローマ遺跡や、ルネサンス芸術だけでなく、ビザンティン美術の遺構にも出会える、イタリアという国の奥深さを感じさせられますね。
またバスに乗って、次の町へと向かうのですが、このラヴェンナの町は、いつも去りがたく感じられる町です。 一泊ではなく、二泊、三泊したい。そんな気持ちにさせられる、素敵な町なのです。 次、あの町に行くことができるのはいつだろうか・・・そんなことを改めて考えてしまいました。(留置)

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