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2015年11月

2015年11月27日 (金)

ワインの国モルドバでワインづくり体験

先日、ユーラシア旅行社の「恋のトンネルも行くウクライナ・モルドバ・ベラルーシ三国紀行9日間」のツアーから帰国致しました。   
今回のツアーではぶどうを収穫してワインを造る過程を体験しました。モルドバでは適した気温と起伏に富んだ地形を活かし、フランスやドイツなどよりも古い紀元前3000年頃にはすでにワインが生産されていたそうです。 日本ではあまり知られていませんが、モルドバはワインの国。ヨ-ロッパ各国御用達、エリザベス女王はじめ英国王室の方々が外遊する時はモルドバワインを携えて行かれます。

モルドバツアー

雲ひとつない快晴に恵まれた日、ブドウ畑の入り口で、農場の家族が待っていてくれました。 畑を進んでいくと地平線までブドウ畑が広がります。
この畑はオルヘイ洞窟修道院の近くにあり、洞窟修道院のある小高い山と、それを囲むように流れる川、素朴な農村の風景を一望することもできます。
緑色のぶどうの実は、小ぶりですが食べるととても甘い。収穫した後は、昔の製法でワインづくり体験を楽しみます。樽にあけたぶどうを潰し、臼のような器具でひいて汁を絞り出し瓶に移します。

モルドバツアー

 
 絞ってから1週間ほど経過した、ぶどうの原液が少し発酵した液体を飲ませて頂ましたが、ワインになる前のぶどうジュース!というような初めての味覚で、とても美味しく頂きました。
  その後はワイナリーに移動して、このワイナリーの社長さんとモルドバの家庭料理を頂きます。メインのポークソテーはもちろん、ナスやトマト、ズッキーニなどの野菜がとても美味しい。 5種類のワインテイスティングを楽しみながらお土産にワインを2本頂き、楽しい時間とお食事に皆様ご満足頂けたようで、とても良い時間を過ごすことができました。(加藤)

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2015年11月26日 (木)

ミラノ万博に行ってきました!(イタリア)

食欲の秋に、ユーラシア旅行社の「ミラノ万博も訪問 北イタリア美食紀行」に行って参りました。旅はトリノから始まり、トリュフの名産地アルバや食と芸術の街パルマなどを巡り、北イタリアを旅してきました。
アルバでは年に一回の白トリュフ市を訪れ、トリュフの香りを堪能。パルマでは、バルサミコ酢の醸造元を訪ねていろいろなバルサミコ酢をテイスティングしたり、アグリツーリズモに参加してパルミジャーノ・レッジャーノと生ハムを頂いたりしました。
各地の名物料理を食し、毎日がグルメ三昧の、おいしい旅になりました。

さて、今回のツアーの最大の見所は、なんと言っても、今年の5月から10月まで開催されていたミラノ万博です。
私たちが万博に訪れたのは10月22日。最終日が近かったので見納めということもあり、国内外問わず、多くの来場者で賑わっていました。

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今回の万博のテーマは「食」。各国の伝統料理の紹介はもちろん、気候変動が与える収穫への影響や、食料廃棄問題など、「食」を取り巻くあらゆる問題を取り上げていました。
約140カ国が参加した今回の万博には、日本ももちろん参加していました。最新のテクノロジーと伝統的な“おもてなしの心”を駆使して創られた日本館が圧倒的な人気を博したことは、皆様の耳にも届いているのではないでしょうか。私は万博会場に入場後、朝一番で日本館に向かいましたが、あまりの混雑で、既に入場規制がかかっていました。入館ができなかったのは残念でしたが、日本館の人気ぶりには、日本人としてなんだか誇らしい気持ちになりました。

私が訪れたところで印象に残っているのはEU館です。
小麦農家の青年と気候の研究をする女性の恋物語がアニメーションになっていて、ときには本当に雨が降ってきたり、パンの香りが漂ったり、五感を使って楽しむことができました。

各国がそれぞれアイディアを出し合って作り上げたパビリオンは十人十色。一つ一つの国の個性を、たとえ一面に過ぎないとしても、一同に見ることができ、とても貴重な体験だったと思います。

次の開催は、2017年のカザフスタン。開催の日を心待ちにしつつ、世界の平和を切に願う今日この頃です。(佐藤)

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2015年11月25日 (水)

江戸にタイムスリップ“奈良井宿”

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先日10月の下旬、日本の長野県(及び岐阜県)の「秋の馬籠・妻籠と木曽路を巡る旅2日間」のバスツアーの添乗に行って参りました。中山道の木曽路の宿場町を丁寧に巡り、秋の紅葉を愛でる「ふるさと割(地域住民生活等緊急支援のための交付金)」を利用した限定ツアーでした。

木曽11宿で有名な、馬籠、妻籠、奈良井の3つの宿場町を回りました。通常のバスツアーでは、30分~1時間の自由時間で観光を終えてしまうところを、ユーラシアの旅ではガイドさんに説明をして貰った後、たっぷり自由時間をとり、食べ歩き、写真撮影を楽しみ、宿場の雰囲気を存分に味わえる内容です。

その中でも印象的だったのは、木曽11宿の北から2番目、江戸の日本橋から数えて中山道の34番目の宿場町「奈良井宿」です。この宿場町は約1キロに渡って細長く伸びている大規模な造りで、木曽路で最も繁栄していた場所、そして日本最長の宿駅です。

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到着後、まずは80歳までは大工をやっていたというガイドさんと一緒に宿場町を丁寧に歩きました。街並みはまさに江戸時代にタイムスリップしたよう。古い家屋は1階より2回がせり出た造りで、天敵火事を防ぐ為の出梁造り建築。多くの家屋には越後谷、伊勢谷などと屋号が付けられているのも特徴です。多くの旅籠が今も営業しており、レストランも古い家屋を利用している為、気軽に室内の雰囲気も楽しめるのも観光客を喜ばせます。そして当時の面影を残した軒を連ねる旅籠屋や千本格子の背後の山が、黄色、赤と染まり、より秋の訪れを感じさせました。

まるで映画のセットのよう・・・」と思っていると、86歳のガイドさんの説明が始まりました。
この建物は天保の建物で、、、。嘉永の大火事によって、、、。」と案内を続けます。
天保?嘉永って具体的に江戸のいつ頃?と頭の中が??マークで一杯の私。街並みだけではなく、住民の方までもが、今も、古き良き日本の時代の中で生き続けているのか、と実感した一コマでした。

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自由食のご昼食に、徳利屋さんの五平餅定食、相模屋さんのお蕎麦、おやき本舗の信州名物おやき、等々、ご当地名物を頂きながら、江戸時代タイムスリップを終え、高速に乗って現代へと戻りました。海外も良いですが、合間に、古き良き日本の歴史を感じ、美味しいお食事に舌鼓を打ち、美肌の温泉で綺麗になる、そんな日本旅行もいいものです。(坂岸)

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2015年11月24日 (火)

インドへの旅の途中、玄奘三蔵が立ち寄った地・高昌故城(中国・新疆)

高昌故城①

先日ユーラシア旅行社の「シルクロード、西安・敦煌・トルファンへの旅 9日間」のツアーから帰国致しました。
このツアーはタイトル通り、西安、敦煌、トルファンとシルクロードの要衝を訪ねる旅です。シルクロードとは、ユーラシア大陸の東西を結ぶ古代の交通路であり、中国の絹がこの道を通り西へ運ばれたことから、19世紀にドイツの地理学者リヒトホーフェンによって名づけられました。もちろん絹だけではなく、様々な物資が行き交ったこともあるので「交易の道」でありますが、同時にインドからこの道を通り中国へ仏教が伝わったので「仏教の道」でもあります。ちなみに仏教が最初に中国に伝わったのが1~2世紀頃と言われてきますが、7世紀(唐代)には玄奘三蔵(世間一般で「三蔵法師」とは玄奘を表します)がインドへ仏教を学びに行った時も、シルクロードを通っています。
その玄奘がインドへ赴く途中に立ち寄ったのが現在のトルファンの東40kmのところにある高昌国です。熱心な仏教徒であった高昌国王・麴文泰(きくぶんたい)は玄奘を手厚く迎え入れました。そして麴文泰からこの地にとどまって欲しいとお願いされるも、玄奘は3日間断食をしてインドへ行く決意が固いことを示しました。ここで麴文泰もとどめることを諦め、インドの帰りに再び訪れることを条件に、金銀財宝を贈与したり、護衛の人たちをつけたりするなどして、温かく玄奘を送り出しました。しかし玄奘がインド留学を終えて中国に帰る途中、約束の地・高昌国は唐によって滅ぼされ、国自体がなくなっていました。

高昌故城②

その高昌国の都であった城址遺跡が高昌故城です。昨年「シルクロード:長安-天山回廊の交易路網」の1つとして世界文化遺産に登録されました。面積は200万平方m(東京ドーム40個強分)という広大さで、前回私が訪れた時にはロバ車を利用しましたが、世界遺産に登録されたということもあってか、敷地内を電気カートでぐるっと一周することができました。城壁内の建物はほとんど残っていませんでしたが、それがかえって当時を偲ぶことができロマンを感じました。そして大仏寺にてカートを下車。中に入ると丸い建物が見えましたが、これこそが玄奘が説法をしたという説法堂だと言われています。中に入り目を閉じれば、現状の説法が聞こえてくるような(いや空耳か?)。そしてその説法を麴文泰や高昌国の人たちはどのような思いで聞いていたのだろうか?いろいろと思いを馳せたまま、大仏寺をあとにしました。(斉藤信)

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2015年11月20日 (金)

ショパン・コンクール入賞者のピアノの調べに感じるポーランドの景色

先日、ユーラシア旅行社の「華麗なるポーランド紀行」の旅より帰国しました。今回の旅ではコペルニクスの故郷トルンや、ポーランドの古都クラクフ、また小さな村に佇む木造の教会などを巡りました。行く先々での街中や街道沿いは、黄金色に色づいた木々がロマンチックな雰囲気を醸し出していました。バスの中でショパンのピアノ曲のCDを聴きながら旅すると、時折、窓を叩く雨さえも、詩情の世界を感じさせてくれました。

ワルシャワのワジェンキ公園にあるショパン像


旅の最後にワルシャワを訪問しました。今年2015年は、5年に一回、ショパン国際コンクールが開催される年です。今回のツアーでは、その入賞者のコンサートを聴くことになっていました。ツアー中には、コンクールで誰が優勝するか、何を演奏するか、などの話で盛り上がり、そしてワルシャワ到着の数日前に優勝者・入賞者が発表されました。そして、いよいよコンサート鑑賞の当日を迎えました。その日は日中にショパンの生家やショパン博物館を見学し、ショパンの人生や作曲家としての活動について学び、予習は万全。そしてコンサート会場のワルシャワ・フィルハーモニーホールへ向かいました。

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会場は満席。ピアニストにとって最高峰といってもよいショパン・コンクールで生まれた新たな名ピアニストを迎えようという熱気で包まれていました。入賞者6人のうち、第6位から演奏が始まりました。演奏時間は順位が上がると、少しずつ長くなります。第3位のケイト・リューはマズルカ賞を受賞しましたので、マズルカを演奏。第2位のシャルル・リシャール・アムランはノクターン賞を受賞しましたので、ノクターンを演奏。この日の受賞者コンサートは第3日で、若いピアニストたちはコンクールの緊張から解き放たれ、リラックスして楽しみながら演奏しているような印象を受けました。
そして第2位の演奏が終わった後、30分の休憩を挟み、第1位のチョ・ソンジンが登場。演奏曲はピアノ協奏曲第1番です。会場中の聴衆が温かい拍手で彼を迎えました。指揮者のタクトが上がり、導入部のオーケストラが始まると会場は緊張に包まれました。そして、チョ・ソンジンが鍵盤を叩き、ピアノが歌い始めます。とても美しく豊かな音色だと感じました。それと同時にショパンの面影が浮かんできました。旅をしながら見てきたショパンのピアノ、ショパンが通ったレストラン、黄金色に染まった森、ショパンが愛したポーランドの大地・・。演奏を聴きながらそれらが脳裏に浮かび、ショパンの人生を追体験したような錯覚を覚えました。第4位のエリック・ルーは、「雨だれ」を演奏しました。彼の演奏には、雨の降る秋のポーランドの景色がまさにありました。やさしく、そして時には激しく冷たく降り注ぐ雨。すべてショパンが愛したポーランドの一部だったのだと感じました。ポーランドを旅したからこそ感じられるショパンの演奏だったと、今も感動のうちにその演奏を思い起こすことができます。
それぞれの演奏が終わる度に、会場には喝采と温かい拍手が木魂しました。この会場の観客は5年に一度生まれる新たな名ピアニストの誕生を待ちわび、そしてコンクールを勝ち抜いた受賞者たちを讃えていました。この日に演奏した6名の受賞者の今後の成長をずっと見守っていきたい気持ちでいっぱいになりました。彼らの演奏を何年かの後に聴く日を楽しみに待ちたいと思います。(斎藤さ)

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2015年11月19日 (木)

コンクで奇跡を起こす“盗み出された”聖フォアの聖遺物(フランス)

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 先日、ユーラシア旅行社の「南西フランス物語 15日間」の添乗より帰国致しました。ビアリッツやバイヨンヌなどフレンチバスク地方から始まり、「フランスの最も美しい村」に登録されている小さいながらも古き良き中世の街並みを残した可愛らしい村々、また、ルルドやロカマドゥールなど多くの巡礼者が訪れる巡礼の地など10月のフランスはすっかり秋も深まり、街路樹は黄葉し、車窓からの景色も素敵でした。

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 なかでも印象に残ったのは、サンチャゴ・デ・コンポステーラへの巡礼路の一部であり、フランスの最も美しい村にも登録されている小さな村「コンク」です。コンクにはサントフォア教会というロマネスク様式のタンパンが見事な教会があります。12世紀初頭に作られたと言われるタンパンの浮彫彫刻は圧巻の一言。「最後の審判」を題材にしており、イエスを中心にイエスの左側が地獄、右側が天国。全部で124人の人物が細部まで表情豊かに彫られています。天国側には聖母マリアをはじめペテロやコンクの創始者であるダドン、天国に迎え入れられる人々がいます。一方、地獄には現世で罪を犯した人々が彫られているのですが、これがとてもユニーク。一生のうち飲んだ酒を吐き出させられる「大酒飲み」、舌を引き抜かれている「嘘つき」など、よく目を凝らしてみると現世にどのような罪を犯したのかが分かるようになっています。これは現世の人々に、行いを改めなければ恐ろしい審判をうけることになるぞというメッセージだったのです。
 また、サントフォア教会にはほかの教会にはないユニークな逸話があります。コンクの始まりは8世紀末、隠修士ダドンが瞑想生活の為に小さな修道院を創設しました。最初は規模の小さな教会で、ここに訪れる人は少なかったそうです。その後、聖人の遺骨や遺物が奇跡をもたらすと信じられていた聖遺物信仰が盛んだった866年、ある修道士が巡礼者を惹きつけるものが必要だと考え、なんと別の村アジャンから聖フォアの遺骸(320年にローマ帝国により12歳で殉教死した)を盗み出してきました(盗み出した本人は“贈られた”と言ったそう)。それからコンクでは奇跡が起こるようになり、巡礼者も爆発的に増えたと言われています。盗み出された聖フォアの遺骸は、現在もコンクにあり、教会の宝物殿には聖フォアの頭蓋骨を収める座像の聖遺物箱があります。聖遺物箱も金や宝石で飾られ、とても豪華。コンクに訪れた際は必見でしょう。
 聖遺物崇拝がいかに盛んだったのかが実感できました。聖遺物と言われるものの中には、「偽物」もあるようですが、信じる心は救われるというのは本当なのでしょう。私にも奇跡がいつか起こると信じています。(市川)

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2015年11月18日 (水)

日本人にそっくり?遊牧民族の血をひく、キルギス人の騎馬ゲーム観戦

先日、「中央アジア大周遊17日間」のツアーより、帰国致しました。17日間でキルギス、カザフスタン、ウズベキスタン、トルクメニスタンをまわります。「スタン」とはペルシャ語系の言語で「国、土地」という意味。ウズベク族の国、カザフ族の国といった具合。様々な民族が入り混じるこの中央アジアで、まず始めに向ったのはキルギス共和国。この国には世界第二位の透明度を誇り、琵琶湖の約9倍の面積を持つ、幻の湖イシク・クル湖も位置しています。あまり見所がないような印象があるキルギスですが、自然が溢れ、暮らしの中でも非常に興味深い文化を古来より、継承し続けています。そんなキルギス人が披露してくれる、伝統的な騎馬ショーを見学しました。
キルギスの首都、ビシュケクに入ると、日本人とそっくりな顔をした人々にまず驚き。天候にも恵まれ、天山山脈が美しくそびえ立つ姿に、遥か昔、東西を結ぶ重要な交易路であった、シルクロードの町に来ていることを実感します。バスの車窓からは羊飼いや、ロバに作物をひかせる人、現代の日本では見ることのできない光景が目に入ってきます。
私達が騎馬ショーの会場に到着すると、かたことの日本語で温かく出迎えてくれました。日本人には馴染みがないかもしれませんが、とても親日の国なのです。まだあどけない笑顔をのぞかせる、キルギスの青年達。そんな彼らだが、馬に跨り、いざ競技が始まると、一変。一斉に駆け出す姿はまさに騎馬の民。馬を上手に操り、腕前を見せつけるかのように目の前を悠々と駆け抜けます。キルギスでは馬を器用に操ってこそ、一人前の男。この慣習は紀元前から、遊牧民族が活躍していた、キルギスの土地ならではのもの。
ヤギをボールに見立て、自分のゴールへ投げ入れるサッカーのような競技を観戦。この競技は「コクボル」と呼ばれ、現在は競技化もされています。この日は勝ったチームがこのヤギの肉にありつけるとのことで、両チーム気合い十分です。両者一歩も譲らない、激しい奪い合いに怪我をしてしまうのではないかとこちらが心配になるくらいです。しかし、最後は写真撮影でにっこりと満面の笑み。砂埃まみれになりながら、一生懸命、自らの文化を披露し、楽しませてくれようとする姿になんだか心がほっこりしました。(荒川)

ユーラシア旅行社で行く、中央アジアツアーの魅力

海外ツアー、中央アジアツアー、キルギスツアー

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2015年11月17日 (火)

今だけ?!パラドールに2連泊する優雅なスペイン旅行!

ロンダのパラドール

10月14日発「華麗なるスペイン紀行10日間」より帰国いたしました。南スペインの主な都市を巡り、いかにもスペインらしい雰囲気を堪能できました。皆さんは、スペインと聞くと「フラメンコ」や「闘牛」を思い浮かべるかも知れませんが、これらはスペインの中でも、南にあるアンダルシア地方の文化なのです。そしてなんといっても、このツアーに参加された方々が、一番楽しみにしていらっしゃったのが、パラドールに2連泊することでしょう。
パラドールとは、スペイン国内の由緒ある建物や、歴史ある古城、貴族の館、修道院を一流ホテルとして整備した国営のホテルのことです。今回はスペイン国内に94ある国営ホテルの中の一つ、ロンダに宿泊しました。ロンダのパラドールは高さ100メートルを越す絶壁すれすれに位置し、スペイン国内でも、窓からの絶景を楽しめることで知られています。想像してみてください。朝になり、目が覚めて、眠気眼でカーテンを開けると、どこまでも広がるスペインの広大な絶景が迎えてくれます。太陽の光を妨げるような、高い建物は目前に何もなく、開けた贅沢な景色を、あなたの部屋で独り占めにしてください。歴史あるホテルで、ゆったりと2連泊するなんてまさに夢のようです。
ロンダは、旧市街と新市街がいつかの橋でつながれていますが、ホテルはその一つ「ヌエボ橋」のたもとにあり、旧市街へも新市街へもアクセスの面では抜群に良いです。2連泊だから時間もたっぷりあります。朝早く散歩に出かけるのもよし。夕食までの少しの時間でも、気軽に散策に行けます。限られたスペインでの滞在時間を、有効に使うことができます。今回ご参加されたお客様も、朝食時に散策に行かれた際のお話をされており、朝から会話の弾む賑やかな食事となりました。
そう、パラドールはお食事にも凝っていました!ホテル内にあるレストランの特色は、ご当地グルメを楽しめることです。地方ごとに風土や文化が異なるスペインだからこそ、郷土料理を食べてみたいですよね!その夜は、美しいピンク色の海老のソースがかかった、オムレツ。その地方でとれたきのこ、ナス、カニ、海老がみじん切りで卵の中に包まれていました。メインはイベリコ豚のステーキ。厚みのあるやわらかいお肉でした。そしてデザートには、ミニケーキ!完食した後は、もうお腹がいっぱいです。
近年、パラドールの人気が上昇しており、なかなか2連泊分のお部屋を確保することが難しくなってきています。もしかしたら、パラドールに2連泊できるのは今のうちかも知れないとの声があります。これだけ、スペインの滞在を優雅なものにしてくれるのですから、人気が高まっているのは納得です。また来たいな…と、ロンダを恋しくさせる素敵なパラドールでした。

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2015年11月13日 (金)

苦難を乗り越えたスポーツ選手(クロアチア)

先日、「アルプスの懐スロヴェニアとアドリア海の至宝クロアチア11日間」より帰国しました。スロヴェニアのブレット湖周辺やクロアチアのプリトヴィツェ国立公園では、ちょうど黄葉が見頃を迎えており、美しい景色にアクセントを加えていました。

現在は、世界中から訪れる観光客を魅了するこの2ヶ国も、1991年まではユーゴスラビア連邦に属し、独立後も民族紛争が行われていた場所でした。前回の記事では、そんな苦難を乗り越えて成功を収めているクロアチアのアーティストをご紹介しましたが(下記ご参照下さい)、今回は、スポーツ選手をピックアップしてみました。

過去の記事「大注目!クロアチア出身のイケメン・アーティスト」より

http://eurasia-blog.cocolog-nifty.com/blog/2013/09/post-12fb.html

<ルカ・モドリッチ(サッカー選手)>

「銀河系軍団」と呼ばれるスペインのチーム、レアルマドリードに所属。世界トップクラスのチームで、主要選手として大活躍している彼ですが、紛争により過酷な幼少期を経験しています。セルビア軍に祖父を殺され、家族とともに家を捨て避難したといいます。辛い環境や貧困からの逃げ場が、彼にとってはサッカーであり、その頃に培われた強い精神力が、プレーに磨きをかけています。ツアーでは、アドリア海沿いのザダルという古き良き面影が残る町を訪れます。この街はモドリッチの故郷で、地元ガイドさんは、「彼はザダルのヒーローよ!」と自慢げに話していました。まだ30歳の若い選手、今後の活躍にも益々期待したいです!

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<ミルコ・クロコップ(元格闘家)>

格闘技を知らない方でも、彼の名前を聞いたことはあるのではないでしょうか?格闘家時代の本職は警察官で、その後クロアチアでは、国会議員も務めています。

故郷が紛争の激戦地であったことから、多くの友人や親族を亡くし、「みんなを守りたい」という強い意志の基で、警察官や格闘家を目指したといいます。ある時、インタビュー内で、涙ながらにイラク戦争の反対を訴えている姿を見ました。幼い頃から、紛争の凄惨さを経験してきた彼であるからこそ、その悲しみが理解できたのでしょう。この時から彼のファンになり、何度か試合観戦に行きましたが、彼は毎回、赤白チェックのリングパンツを履いていました。これはご存じの通り、クロアチア国旗のデザインです。試合での勝利は、紛争で亡くなった人々と、復興に向けて努力する国民に捧げられていました。

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彼ら以外にも、様々な苦難を乗り越えて、世界的に活躍するクロアチア出身者は数多くいます。旧ユーゴスラビアの中でも、目覚ましい発展を遂げている背景には、人々の復興に対する努力と熱意があったからだと実感します。(飯野)

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2015年11月12日 (木)

届け、篤い思い。各国のお坊さんに出会える旅(インド)

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  先日、仏教の聖地を訪れる、「釈迦の道を往く、四大聖地巡礼8日間」のツアーより帰国致しました。このツアーで訪れる仏教四大聖地とは、仏陀生誕の地・ルンビニ(ネパール)、成道の地・ブダガヤ(インド)、初転法輪の地・サールナート(インド)、そして入滅の地・クシナガラ(インド)の4か所です。観光地は常に多くの人で賑わっており、私たち日本人だけでなく、現地インド、東南アジア、そしてヨーロッパまで、様々な国の人々が集まります。
 
  そんな中一際目立つのが、信仰深くお参りをしている各国のお坊さんたち。今回のツアーでよく見かけたのはタイのお坊さんでした。主にオレンジ色の袈裟を着ていて、各聖地で、集団でお経を唱えたり、説法を行ったりしているのですぐにそれと分かります。また、手に小さな金箔を持っているのも特徴的。仏教徒の多いタイでは、お参りの際に仏像やその台座に金箔を貼り、仏を縁起の良い金色で飾るという習慣があるため、遺跡が金箔で覆われていたら、それはタイの人たちが訪れた証拠です。実際ツアー中にも、私たちが隣を通りかかった時に金箔を渡してくれたタイのお坊さんがいらっしゃいました。
 
  また、特に私の印象に強く残ったのはスリランカのお坊さんたちです。それはサールナートを訪れた時のこと。白い服を着た彼らが、大きな木の下で集会のようなものを開いていました。一人の人が穏やかな口調で何かを話し、その人を多くの人が囲んでいるといった具合です。最初に見かけた時は全員が木陰に入っていたのですが、時間が経つにつれ、太陽の位置と共に木陰の位置も変わってきます。私たちが観光を終えてもう一度彼らを見た時には、何人かの人々が木陰からはみ出ていました。今回10月にインドを訪れましたが、気温はまだまだ高く、昼頃は35℃近くになる日もある程。暑いはずなのに、その暑さに慣れているのか、それとも耐えているのか…一心に話を聞くその姿に、“これぞ信仰深さ”というものを感じました。
 
  出身国は違えど、聖地に集まるお坊さんたちの信仰心はとても篤いもの。言葉が分からずとも、彼らの思いのつまったお経を聞くだけで仏のありがたみをより一層感じられる気がしました。(越野)

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2015年11月11日 (水)

おとぎ話の舞台?!チェスキークルムロフ(チェコ)

先日、「チェコ世界遺産と珠玉の町々 10日間」のツアーから帰国しました。木々が黄色や赤に染まり、町並みを一層美しく見せてくれる秋。一足お先に紅葉を満喫して参りました。今回のツアーではチェコを10日間で一周、世界遺産の全てを駆け巡りました。中でもチェスキークルムロフの町は、全ての建物の屋根がレンガ色の可愛らしい街並み。木々の紅葉も進み、まさにおとぎ話に出てくるような雰囲気。また至る所にトルデニークというチェコのロールパンのようなお菓子が売られていて、街全体に甘い香りが漂います。歩くだけでも楽しい、そんな町でした。

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さて、チェスキークルムロフの町の始まりは13世紀にその頃のチェコ領主によって小さなお城が建てられたところからです。町にはモルダウ川がS字を描くように流れており、高いところから町を見下ろすと、川を中心に町が栄えていることが分かります。人口が増え、町が大きくなるにつれて、家の増築が進み、建物が密集して建てられています。今は乗用車が一台通れるかというほどの道幅です。細い道が多く迷ってしまいそうな旧市街ですが、町のどこからでも見えるのがチェスキークルムロフ城。このお城、面白いところがあります。外堀で熊を飼っているのです。こんなところに?と思いますが、本当に飼育されています。外堀にかかる石橋から下をみると熊がリンゴをかじっていました。ここだけ見ると動物園にいる気分に。熊は紋章に熊が描かれているイタリアの名門貴族との親戚関係を表すために飼い始められたと言われています。
お城には中庭が4つもあり、壁にはレンガ模様に見えるだまし絵が描かれています。外装を変える度にお城を立て直さなくていいように、だまし絵を描いたそう。

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また、お城以外の町の建物にもだまし絵が多く描かれていました。だまし絵を探しに町歩きをするのもいいかも知れません。歩く度に新しい発見ができるでしょう。(杉林)

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2015年11月10日 (火)

大きな歴史の舞台は小さな古都レーゲンスブルクから

先日、「ライン・モーゼル・ドナウ河畔の町々と世界遺産レーゲンスブルクを訪れる 11日間」のツアーより帰国致しました。

ツアータイトル通り、クルーズ船でドイツ国内を流れる3つの河下り(上り)を楽しみ、さらに河沿いを移動しつつ、最後はドナウ河畔の古都レーゲンスブルクへ訪れる楽しいコースです。

このコースのいいところは、何よりも景色が素晴らしいということでしょうか。
そしてワイン。
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特にモーゼル川とライン河は両岸の傾斜が深い為、太陽の光が隅々まで届き、結果としてブドウが育つ土壌となったのだそうです。
畑ごとに主に白ワインになるブドウが作られ、今も様々な銘柄のワインが、街ごとに売られています。

試飲が気軽にできるのもうれしいです。リューデスハイムでは、この時期にしかないジュースの様なブドウの香り豊かなフレッシュワインという、1週間くらいしか店頭に出ないワインがあり、ちょっと得した?気分になりました。
この近辺でのワイン作りの歴史は古く、古代ローマ時代からだそうです。
領土拡張の為の都市建設の際に、川は重い物資を大量に輸送する重要な行路でした。

レーゲンスブルクはドナウ河に隣接する街で、特に塩の商取引で栄えたのだそうです。
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街の中心地には2世紀頃の古代ローマ時代の門が残り、町の中心の大聖堂のすぐそばにはナポレオンが居住した宮殿跡が残り、少し歩けば神聖ローマ帝国議会場跡や皇帝が滞在したホテルがあります。
ドナウ河に出ると12世紀に十字軍も歩いた石橋や、中世には巨大な富が詰まっていた塩の倉庫があり、更に街の中には17世紀の建物に12世紀の頃の扉がついていたり、バルコニー部分だけ15世紀の造りだったりする家や、壁一面に新約聖書の一部が描かれた斬新なアパルトマンを見つけたり、とにかく歩いているだけでいろんな時代に出会える楽しい街です。
さて、そんな街中にはいくつかの銅像が立っていますが、その一つにドン・フアン象があります。

ヨーロッパに「日の没することなき帝国」を作り上げたカール5世(スペイン国王カルロス1世)が、帝国議会が開催されるときにレーゲンスブルクの可愛らしい町娘に出会い、一夜を共にして生まれたのがドン・フアン(正式名称はドン・フアン・デ・アウストリア)だったそうです。

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スペインでフェリペ2世に弟として軍人として、世界史の教科書にも載っているレパントの海戦でオスマントルコを破ったことで有名ですが、実は、とっっっ ても!女たらしだった…という伝承が残っています。

まぁ…31歳の若さで亡くなられたし、私生児とはいえ皇帝の息子ですから、きっと街の娘たちの憧れだったんだと思います。

そうそう、こんなことがありました。

レーゲンスブルクで私達が夕食後にレストランからホテルへ戻るとき、ゆっくり歩いていたのですが、大聖堂へ差し掛かった時に大勢の若者(たぶん)がいました。
何かのイベントかと思い、話しかけると!ナント、とってもハンサム(by 一部のお客様のご意見による)がにっこりと「今から気の合う仲間で飲みに行くのさ、大聖堂はいつもの待ち合わせ場所さ」と、答えてくれました。

一緒に行く?とはもちろん言われませんでしたけど、ハンサム氏の笑顔にお客様のテンションも一気に上がり、楽しい帰り道となりました。
きっとドン・フアンもこんな感じで街娘をキャーキャー言わせたのではないかなぁ、などと思いました。
レーゲンスブルクの街中の細い路地をプラプラ歩いていると、曲がり角から悪戯っぽい笑みを浮かべたドン・フアンが現れそうな、不思議な錯覚にとらわれます。(齋藤晃)

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2015年11月 6日 (金)

スペイン、サンティアゴ巡礼中の楽しみ!バールと昼食!

先日、「聖地サンティアゴへのラスト100kmを歩く14日間」のツアーより帰国致しました。タイトルの通り、ツアーはカトリック三大聖地の一つ、スペイン、サンティアゴ・デ・コンポステーラへと続く全長800kmのラスト100kmの巡礼路を歩いて行きます。

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100kmと聞くと驚いてしまう方も多いでしょうが、森の中や長閑な田園風景を眺めながら、アップダウンが殆どない道を日々10km~15km位を8日間かけてゆっくりと歩いていきますので、特別健脚の方でなくても心配ありません! 巡礼路中は、スペインタイムに合わせた日程になっています。秋のスペインは太陽が出るのも遅い為、朝はゆっくり9時前後の出発となります。1~2時間毎に巡礼路沿いの小さな村のバールに立ち寄り休憩を取りながら、先に進みます。その日の巡礼路を全て歩き切った後に昼食を取る為、通常14時~15時近くからの昼食となります。

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 その後はホテルへ入り、シエスタを取ったり、ゆったり過ごしたり、町散策をしたりと、過ごし方も様々です。その後、大体20時前後から夕食となります。という具合に、日本とはまるっきり異なる生活スタイルになります。最初は、昼食が遅くてお腹と背中がくっつきそうなこともありましたが、数日もすると、「だったら途中で寄るバールでカフェ・コンレチェ(コーヒー+ミルク)やコルタード(エスプレッソ+ミルク)、ビールやワイン等とおやつでお腹と喉を満たし楽しもう!」となってくるもので、いつしかバールが恋しい程までに。。バールによって少しずつ内装やコーヒー、お菓子等も異なるので、次はどんな村のどんなバールなのだろう?と楽しみの一つにもなってきます。バールは、様々な国の人々との憩いの場でもあり、巡礼の情報交換や互いの国についてコーヒーを飲みながら語らい合うのも楽しいものです。次第に、巡礼路におけるバールの存在が重要になっていったのは言うまでもありません。  そして、大分歩き切った後のランチは、とても楽しみになってくるものです。元々、スペイン料理は世界でも美味しいと評判ですが、スペイン国内の中でも、今回訪れたガリシア地方は、海岸に面している為、シーフード料理が美味しいと言われています。特に、タコやイカ類は絶品です。最も好評だったのが、ガリシア地方の名物である「タコのガリシア風」です!タコを叩いて柔らかくした後茹で、オリーブオイルとパプリカで和えたものです。口に含むと、香ばしいパプリカの風味がするオリーブオイルと新鮮なタコのエキスが絡み合い、絶妙な味を醸し出します。これ程までに柔らかくてジューシーなタコを口にしたことはなく、感動ものでした。胃は正直なもので、あっという間にお皿は綺麗に!アンコールがかかる程の好評ぶりでした。巡礼路を歩き切ったからこそ、身体も舌も喜ぶ一品に出会えたのだと思います!又、あのタコの味が恋しくなった時には日本のスペインバルに飛び込んでしまうかもしれません!(井手)

ユーラシア旅行社で行く北スペインツアー聖地サンティアゴ・デ・コンポステラの魅力

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2015年11月 5日 (木)

イースター島で、わずか2cmの極小モアイを発見!

 この度、ユーラシア旅行社のガラパゴス周遊と謎のイースター島探訪12日間より帰国しました。

海を見つめるアフ・アキビのモアイ

 イースター島と言えば巨大石像・モアイが有名ですが、実際、どの位の大きさかご存知でしょうか?
 初期のモアイは、唯一、海の方を向いている7体のモアイです。
「アフ・アキビ」と呼ばれるここのモアイは、初代王・ホツマツアの7人の息子(又は従者)を表したと言われています。
 7体ほぼ同じ3m位の大きさで綺麗に並んでいます。
海を眺めるように並んだ7体のモアイは、初代王・ホツマツアの故郷、東ポリネシアの方を見つめているようでした。
 また、「アカ・ハンガ」にあるモアイは、アフ(台座)の上に1mから7mのモアイが並べられていたそうです。
 当時は、何かの節目の年に新たなモアイを造っていたらしく、時代と共に巨大化していった事が分かります。
 現在は、どのモアイもモアイ倒し戦争の時に倒されてしまたので、台座を離れて転がっている物もあります。
 コロンと転がっているモアイは、その歴史を考えると悲しいですが、その姿は可愛らしいです。

転がるモアイ

 モアイ製造工場と呼ばれるラノ・ララク山に行くと、モアイをどのように作ったか、その工程を伺い知る事ができます。
 イースター島にあるモアイは約1000体。そのほとんどがラノ・ララクで造られたそうです。
 山の上の方でおおまかなモアイの形を切り出し、山の麓に掘った穴にすべり落とします。
 そこで首や鼻、耳が分かるように形を彫った後、モアイを置くアフのある所まで運びます。そこでさらに細かい部分を彫って、完成させてからアフに乗せたようです。
 山の上の方に行くと彫り出し途中のモアイが沢山ありました。最大12mものモアイが眠ったままでいます。続きを彫って完成させたいね!という声もありました。
 かつては、競って大きいモアイを作っていたイースター島の人々ですが、現在は小さなモアイがお土産として人気です。

モアイピアス

 テーブルに飾るくらいの大きさや手の平サイズの可愛いモアイもあります。ひとつひとつ、違った表情で、選んでて楽しいです。
 そんな中で、とっても小さなモアイを発見しました。それは、「モアイピアス」です。ごっつい巨大なモアイ像がこんなに小さく!見ていて思わず笑みがこぼれます。
 出店では、必死に石を削ってモアイ作りに精を出しているおじさんが、細かい作業に目を細めて頑張っていました。
 巨大モアイは造るのも運ぶの大変だったと思いますが、小さいモアイを作るのも大変な作業なんだと感じました。(関根)

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2015年11月 4日 (水)

モンマルトルでブドウ祭に参加してきました!(フランス)

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 先日、ユーラシア旅行社企画「フランス物語 15日間」の添乗より帰国しました。車窓から、だんだんと色付く木々を横目に南フランスのニースから旅はスタートします。セザンヌ、ゴッホ、モネにゆかりのある地や、ロワール河流域の中世の城など、毎日見所満載であっという間の15日間でした。
 旅の最後に訪れたパリでは終日自由時間の為、美術館巡りやショッピングを楽しまれたお客様もいらっしゃいましたが、今回のツアーではご希望の方と一緒にモンマルトルのブドウ収穫祭に行って参りました。ワインならボルドーなど名高い場所がフランスには沢山ありますが、実はパリでもワインが生産されているのです!中でも、パリ市を一望できる小高い丘に位置するモンマルトルには現在もブドウ畑が存在しており、年間1700本ほどのワインが生産されています。その為、モンマルトルでは毎年10月の第2週末にブドウ収穫祭が開催されます。私たちが訪れた土曜日は、フランス各地のワイン生産者30組ほどのグループが通りを練り歩くパレードの日でした。中世の恰好をしたグループもあれば、太鼓を打ち鳴らしながら進むグループ、そしてワインを振る舞うグループも!グループはフランス国内だけではなく、ウクライナやチリなどの世界のワイン生産国も参加しています。今年はなんと日本からもパレード参加の為にグループがやってきていました。
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 パリのランドマークでもあるサクレ・クール寺院の近くには美食の国・フランスならではの屋台が軒を連ねていて、お店をひやかしながら歩くのも楽しかったです。そこにはこの時期旬を迎える牡蠣、そしてブルターニ地方もチーズやサラミなどワインが進むお酒のおつまみも売っていました。もちろん、去年収穫されたモンマルトルのブドウを使ったワインも売っています。1本はちょっと・・・という方はお祭り専用のグラスを買えば試飲もでき、グラスを記念に持ち帰ることも出来ます。笑顔と活気に満ち、地元民も観光客も楽しめるお祭りでした。(竹本)

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