2015年11月24日 (火)

インドへの旅の途中、玄奘三蔵が立ち寄った地・高昌故城(中国・新疆)

高昌故城①

先日ユーラシア旅行社の「シルクロード、西安・敦煌・トルファンへの旅 9日間」のツアーから帰国致しました。
このツアーはタイトル通り、西安、敦煌、トルファンとシルクロードの要衝を訪ねる旅です。シルクロードとは、ユーラシア大陸の東西を結ぶ古代の交通路であり、中国の絹がこの道を通り西へ運ばれたことから、19世紀にドイツの地理学者リヒトホーフェンによって名づけられました。もちろん絹だけではなく、様々な物資が行き交ったこともあるので「交易の道」でありますが、同時にインドからこの道を通り中国へ仏教が伝わったので「仏教の道」でもあります。ちなみに仏教が最初に中国に伝わったのが1~2世紀頃と言われてきますが、7世紀(唐代)には玄奘三蔵(世間一般で「三蔵法師」とは玄奘を表します)がインドへ仏教を学びに行った時も、シルクロードを通っています。
その玄奘がインドへ赴く途中に立ち寄ったのが現在のトルファンの東40kmのところにある高昌国です。熱心な仏教徒であった高昌国王・麴文泰(きくぶんたい)は玄奘を手厚く迎え入れました。そして麴文泰からこの地にとどまって欲しいとお願いされるも、玄奘は3日間断食をしてインドへ行く決意が固いことを示しました。ここで麴文泰もとどめることを諦め、インドの帰りに再び訪れることを条件に、金銀財宝を贈与したり、護衛の人たちをつけたりするなどして、温かく玄奘を送り出しました。しかし玄奘がインド留学を終えて中国に帰る途中、約束の地・高昌国は唐によって滅ぼされ、国自体がなくなっていました。

高昌故城②

その高昌国の都であった城址遺跡が高昌故城です。昨年「シルクロード:長安-天山回廊の交易路網」の1つとして世界文化遺産に登録されました。面積は200万平方m(東京ドーム40個強分)という広大さで、前回私が訪れた時にはロバ車を利用しましたが、世界遺産に登録されたということもあってか、敷地内を電気カートでぐるっと一周することができました。城壁内の建物はほとんど残っていませんでしたが、それがかえって当時を偲ぶことができロマンを感じました。そして大仏寺にてカートを下車。中に入ると丸い建物が見えましたが、これこそが玄奘が説法をしたという説法堂だと言われています。中に入り目を閉じれば、現状の説法が聞こえてくるような(いや空耳か?)。そしてその説法を麴文泰や高昌国の人たちはどのような思いで聞いていたのだろうか?いろいろと思いを馳せたまま、大仏寺をあとにしました。(斉藤信)

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