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2015年12月

2015年12月28日 (月)

憧れのアマルフィ海岸へ!

ポジターノ

先日、「アマルフィに連泊、南イタリア・シチリア紀行10日間」より帰国いたしました。北と比べて文化も歴史も異なる南イタリアやシチリア。このツアーで、皆様が一番楽しみにされていたのはアマルフィ海岸を訪れることでしょう。
時刻は午前9時。朝食を終え、いよいよアマルフィ海岸の西部に位置するポジターノへ出発です。天気は素晴らしい快晴!昨夜まで雨に降られていた私達にとって、何よりも嬉しいことでした。アマルフィ海岸では小さなバスで移動します。海岸沿いの道や、海岸に点在する街中の道は、狭いので大きなバスが通れないのです。車窓からは青い海が、南イタリアの眩しい太陽光を反射して、キラキラと輝いています。曲がりくねった道を走っているので、目まぐるしく景色が変わっていきます。「皆様を乗せたこのバスは、このように終始くねくねした道を来ていますが、実はアマルフィ海岸は全長30kmの中に500ものカーブがあるといわれているのです。」こんな現地ガイドさんの話にも「うんうん」と相槌を打ちながら、皆様終始車から望める景色に目が離せないようでした。
いよいよ、ポジターノに到着です。タイミングを見てバスを道路の脇に止め、街の中心へと歩いていきます。途中、よく雑誌で使われている景色が撮れる写真スポットがあります。マヨルカ焼きのクーポラが美しいポジターノの教会と、岩壁に所狭しと建てられたカラフルな街並みを一緒に写すことができます。
さて、ガイドさんがこんな話を始めてくれました。ポジターノは、バカンスにもピッタリな場所とされており、ファッションの街として有名です。なんたって、ポジターノ・スタイル・ファッションという言葉がある位なのです。ポジターノは、最初にイタリアにビキニを導入した街といわれており、様々なビーチウェアやエレガントなリゾートファッションがデザインされるようになりました。
そんなお洒落な街、ポジターノを散策していると小さいビーチに到着しました。ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、このビーチは2009年に公開された織田裕二が主演の映画「アマルフィ女神の報酬」のロケ地として有名になった場所です。映画の話も交えて、「この辺りに織田裕二と天野祐希が座っていました!」なんて盛り上がっていました。フリータイム中には、ガイドさんのお勧めで、ビーチにある小さなジェラート屋に皆さんと一緒に立ち寄りました。一番人気は、やはりレモン味。丁度、レモンの収穫時期であちこちの街路樹で黄色の丸々としたレモンを見かけていたので、皆様即決でした。
今回ご一緒したお客様のお1人から、「将来は、堤さんも織田裕二みたいな人とポジターノに来れるといいわね。」というお言葉を頂いて、レモン味のジェラートのせいだけではないと思いますが、どこかすっぱい気持ちになりつつ、ポジターノを後にしたのでした。(堤)

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2015年12月25日 (金)

本場のクリスマスマーケットを体験!(ドイツ・コンスタンツ)

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メリークリスマス!日本ではクリスマスよりクリスマスイブの方が盛り上がりますが、皆様はどのようにお過ごしでしょうか。

さて、私は先日、ドイツのコンスタンツへ行ってきました。コンスタンツはスイスとの国境に面していて、ドイツ最大の湖ボーデン湖畔にある町です。後の宗教改革の発端とも呼ばれるコンスタンツ公会議(1414~1418年)でも知られています。

ドイツの冬は凄く寒いイメージですが、コンスタンツは湖畔に面しているため比較的暖かく、さらに今年は暖冬ということもあり快適に過ごせました。

ドイツの冬の風物詩と言えば11月後半から開催されるクリスマスマーケット。
クリスマスは一年のうちでも重要なイベントのひとつで、クリスマス前の4週間はアドヴェント(待降節)と呼ばれます。ドイツのどんな小さい町でも、町の中心はクリスマス一色に模様替えし、沢山の屋台が出店するクリスマス・マーケットが開かれます。

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日本ではまだ、あまり知られていませんが、コンスタンツのクリスマスマーケットは150軒以上のお店が並ぶドイツの中でも大きな規模を誇ります。私が訪れた時もドイツだけでなく隣国のスイス、オーストリア各地からの観光客で賑わっていました。
クリスマスマーケットでは地元の人たちがクリスマスを迎えるためのツリーの飾り、かわいらしいくるみ割り人形やレープクーヘンと呼ばれるクッキー売られているだけでなく、焼きソーセージやワッフルなどの食べ物もあり、散策するだけでも楽しくなります。

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中でも、クリスマスマーケットの散策に欠かせないのがグリューワインというホットワイン。赤ワインとオレンジピールやシナモン香辛料を温めて作る飲み物で、飲むだけでポカポカと暖まります。日本では1杯1000円近くしますが、ドイツではなんと1杯3ユーロ!!寒空の下、至る所でグリューワインを飲みながら談笑している人たちを見かけました。
グリューワインが入ったマグカップはお土産として持ち帰ることが出来ます、ご一緒した方の中には「日本に帰ったらこのマグカップでココア飲もう」とか「かわいいからインテリアにしよう」などの声もお聞きしました。
また、マグカップはその都市の名前やその年の年号が描かれるのが一般的ですが、毎年デザインも変わり、長靴型のマグカップが登場するときもあるそう。さらに、各街ごとでデザインも異なっているため、欧州の観光客は様々な街のクリスマスマーケットを巡って、それぞれの街のマグカップを集めてコレクションにするのも、クリスマスマーケットの楽しみの一つになっています。

イルミネーションに心奪われる、グリューワインで暖まる、クリスマスグッズをたくさん購入する、思い思いの過ごし方で、童心に戻って楽しめる、そんな冬ならではの楽しみを感じられたひと時でした。(三浦)

>>>ドイツツアーはこちら
>>>クリスマス特集はこちら(2016年のクリスマスツアーは4月頃発表予定)

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2015年12月24日 (木)

インドのラスコー?岩陰に描かれた岩絵

先日、「神秘の石窟寺院、アジャンタ・エローラ紀行 7日間」のツアーより帰国致しました。アジャンタ石窟寺院とエローラ石窟寺院はもちろん、サーンチーのストゥーパ、ビンベドカまで足を延ばし、インドの遺跡を堪能致しました。

岩絵と言えばスペインのアルタミラ、フランスのラスコーなどが頭に浮かびますが、実はインドにもビンベドカという1万年以上前に描かれたとされる岩絵があります。1957年に発見され、2003年には世界遺産に登録。ここは他の観光地とは違って、観光客もインド人も少なく、ゆったり楽しめる、まさに穴場!たっぷり1時間30分かけて一つ一つの岩絵を見学していきました。

ビンベトカがあるのはマディヤ プラデーシュ州のボパール、インドのちょうど真ん中にある街の郊外。この街はイスラム教徒が4割を占め、52ものモスクもあります。ボパールのホテルを出発して、1時間程かけてビンベトカへ向かいます。この辺りは乾燥している地域で日中でも暑さが気にならず、出発の朝は涼しいくらいでした。

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ビンベトカの岩絵はアルタミラやラスコーの岩絵のように薄暗い洞窟の中ではなく、岩陰の側面に描かれており、柵のようなものがあるものの、こんなに近くまで寄ってみてもいいの?と疑問に思う程の距離まで近づいてみることが出来ます。明るいので写真もとりやすく、懐中電灯ももちろん不要。見ていくうちにちょっとだけ、外気にさらされている岩絵が今後風化してしまわないか不安な気持ちにもなりました。

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狩猟や民族舞踊、儀式、戦争、動物などの多種多様なモチーフが主に赤や白、黄色の顔料で描かれ、当時の人々の暮らしが垣間見えます。再び個人でじっくり訪れたい世界遺産の一つです。(長田)

ユーラシア旅行社で行くインドツアーはこちら

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2015年12月22日 (火)

エチオピアの国民食インジェラとコーヒー

エチオピアツアー

エチオピアツアー

先日、「エチオピアの神髄8日間」の添乗より帰国しました。皆様はエチオピアと聞いて何をイメージするでしょうか。 “アフリカ大陸に位置する国”と、これくらいしか思い浮かばない人も少なくないのではないでしょうか。
実は、2015年からエチオピア航空が成田空港に就航し、なんとエチオピアまで乗り継ぎなしで訪れることが出来るようになりました!今回はそんな意外と近い!?“未知の国、エチオピア”で愛される国民食“インジェラ”と“コーヒー”をご紹介させて頂きます。
現地でのお食事を旅の楽しみとされている方は多いことでしょう。そんな皆様に是非試して頂きたいのがエチオピア人が愛してやまない“インジェラ”です。インジェラの原料となるのはキビのような穀物テフ。テフを粉にし、発酵させ、クレープ状に焼きあげます。これだけで食べるとあまりの酸っぱさに驚いてしまいますが、ワットと呼ばれるシチューをくるんで食べればまさに絶品です。旅の最後にはインジェラの虜になること間違いなし!また、インジェラはレストランはもちろん、各家庭でも手作りされます。毎回微妙に異なる酸味や色を楽しめます。
 そしてインジェラと同じくらい、エチオピア人に欠かせないものは“コーヒー”です。コーヒーはただ飲むのではなく、生豆を煎るところから始まり、粉にし、香りを楽しみながら2時間近くかけて、ゆっくりと3杯のコーヒーを飲みます。日本で言う茶道のようなコーヒーセレモニーと呼ばれる儀式を各家庭で毎日行っているそうです。私達も、民家の庭で、日本の忙しい毎日ではとうてい考えられないような、ゆったりとした時の流れの中、コーヒーセレモニーを体験しました。
そんな、エチオピア人になくてはならないインジェラやコーヒーを作るのは女性の仕事。エチオピア人女性がもし結婚したいのなら、上手にインジェラを作り、おいしいコーヒーを淹れられなくてはならないそう。まさにエチオピアのおふくろの味なんだとか。皆様もエチオピア人が愛してやまないインジェラとコーヒーを是非、本場エチオピアで体験してみてくださいね。  (岡山)

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2015年12月18日 (金)

スイーツ大国ポルトガル(ポルトガル)

先日、北スペイン・ポルトガルのツアーより帰国しました。
サンティアゴ・デ・コンポステーラを出て、国境を越え、ポルトガルに入国してまず初めに訪れた街はヴィアナ・ド・カステロ。
カステロといえば...カステラです!
実はポルトガルはそのカステラのもとになったと言われるお菓子、パオン・デ・ローを生んだ国なんです。
パオン・デ・ローは中が半熟でとろっと甘いふんわりしたケーキのようなお菓子です。
パティスリーに入って、「パオン・デ・ロー」と言えば、大体ちゃんとこのお菓子がでてきます。
フリータイムの時に実際に美味しい美味しいと、買われている方もいらっしゃいました。
さて、カステラを生み出した国、ポルトガルですが、本当に至る所にパティスリー(甘味処)があります。探さなくても甘いものを売っているお店が街の至る所にあるのです。
パティスリーはあれどもレストランがない!!そんなこともしばしばです。
甘いものについてはなんにも心配いらないと思います。
ヴィアナ・ド・カステロを出て次に向かった街はギマランエスです。
初代ポルトガル王が生まれた、ポルトガル発祥の街です。
初代ポルトガル王が生まれたお城の跡や、最後のポルトガル王が暮らしていた館などがあります。一通りの観光を終えた後、この街でもスイーツを頂きました。その名もジェズイタ。ギマランエスのどのパティスリーにも置いてあるものです。
砂糖のペーストのようなもので薄いパイ生地を挟んだものなのですが、サクサクしていておいしいです。
日本ではなかなか味わえない味かもしれません。とにかく甘いです。
街によってはパイの間に甘い卵黄ペーストを挟むものもあるようです。

ポルトガル、ギマランエス、スイーツ

ジェズイタを買いに入ったパティスリーではたくさんの地元の人々が甘いものを食べてコーヒーを飲んだりしていました。甘いものが大好きなポルトガル人はコーヒーにもこだわります。とにかく注文の仕方にうるさいようで、カフェやパティスリーでコーヒーを注文するときにはちゃんと礼儀を持ってお店の人に話しかけます。
エスプレッソなのか、アメリカンなのか、ミルクを入れるならどれくらい入れるのか、砂糖は・・・などなど、どんな飲み方で、どんなコーヒーを飲みたいのか、ちゃんと明示する必要があるんです。最後にちゃんと、「ポル ファボール(お願いします)」というのもポイントです。
礼儀正しいポルトガル人はよく、スペイン人(特に南部)の「ウン カフェ!(コーヒー!)」なんていう荒々しいコーヒーの頼み方を批判したりしているようです。
細かいことですが、とにかく誇り高い人々なんですね。
さて、話がずれましたがポルトガル2日目、この日はポルトの観光です。見所満点のポルトの街を歩きまわって、お腹も空いてきたところでレストランにてランチです。美味しいイカの煮物がでました。ここで出たデザートは、普通のチョコレートケーキと、やはり皆様ここはポートワインを試されていらっしゃいました。ドウロ川沿いのレストランで皆様楽しそうに、ポートワインを飲まれていて、ほろ酔い気分が伝染してしまいそうでした。
ご機嫌でポルトを出て向かう次の町は、アヴェイロです。水の都アヴェイロ。
ポルトガルのヴェニス、なんて呼ばれている、街中に水路が張り巡らされている素敵な街です。さて、アヴェイロといえば・・・知る人ぞ知る、オボシュ・モレシュです。
なんだそれはとお思いでしょう。これもスイーツなのです。
ポルトガル語で、柔らかい卵という意味のお菓子で、こんな形をしています。

ポルトガル,アヴェイロ,スイーツ

日本でいう、最中のようなもので、薄皮のなかにはあま~~い卵黄ペーストが入っています。本当に濃厚な卵感です。
なんとパティスリーにはこの卵黄クリームだけ置いてあったりします。
薄皮なしでとにかく中のクリームばかり食べたい人のため・・・なんでしょうか。
このオボシュ・モレシュもまた、日本ではちょっと味わえない、この地ならではのスイーツなんです。
リスボン在住のドライバーさんも、リスボンで待っているご家族の為に大量に買い込んでいました。ちなみにドライバーさんは上述の街でもそれぞれたくさんお菓子を買い込んでいるにも関わらず、その後立ち寄った街々でも更に、ご当地スイーツを買い漁っていました。
さて、その後も、大学都市コインブラではコンフェイト(元祖こんぺいとう)。
オビドスではチョコレートでできたカップにはいったチェリーのリキュール、ジンジーニャ。
リスボンではエッグタルト・・・と、続々魅力的なスイーツに出会いました。
どれも非常においしいのですが、果たしてポルトガルの人々はこんなにも甘いものばかり食べていて、糖尿病になったりしないのか・・・?
そんな疑問がお客様からもちらほら。私自身も気になりました。
なんとなくドライバーさんにそのことを尋ねてみると・・・
「ポルトガル人は勤勉で、よく働くからそんな病気などにはかからない」と、はっきり言われてしまいました。
「ポルトガルの男達は、ポルトガルのたくさんのスイーツのように甘いんだよ」そんなことも言っていました。
腑に落ちない答えしか返ってきませんでしたが、まあ、そういうことにしておこうと、そう思いました。(留置)

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2015年12月17日 (木)

エルタ・アレ火山に大興奮!(エチオピア)

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先日、「ダナキル砂漠、エルタ・アレ火山とエチオピア絶景紀行 8日間」のツアーより帰国致しました。大地溝帯の中に位置するダナキル砂漠には「絶景」と呼ばれるに相応しい光景がいくつも広がっています。黄色、緑、橙色の極彩色が美しいダロール火山、まるでウユニ塩湖のような塩の大地が広がるアサレ湖…。どこも素晴らしかったですが、なんといっても一番のメインはエルタ・アレ火山でしょう!
ベースキャンプにて少し早めの夕食を済ませ、準備を整えたらいざ出発!4時間のトレッキングのスタートです。歩みが進むにつれ、陽が落ちて辺りは真っ暗に。ヘッドライトの光を頼りに一歩ずつ慎重に進んでいきます。エルタ・アレ火山は標高620m程度のため、坂を登るのが大変ということは全く感じません。しかし、気をつけなければいけないのは溶岩台地の上を歩くため、足元がとても不安定だということ。大きな石が沢山転がっており、微妙な凹凸があるため、少し油断していると、その凹凸に気付かずに足を挫いてしまう危険性があります。一歩一歩確実に、登って行きました。
歩き始めて3時間くらいたったころでしょうか。暗い中、ガイドが指差す方向を見上げると、なんだか山際に赤い靄が立ち込めていました。火山はあそこにある!と勇気づけられて、残りの道のりも慎重に登って行きました。約4時間かけて山頂に登りきると、数十メートル先に火口が見えました。ここからでも火の粉が舞いあがっているのが見えています。逸る気持ちを押さえ、火口に近づいていきます。必死に歩いた先には、想像以上の光景が広がっていました。

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もくもくと煙が上がる中、まるで生きているかのようにうねうねと動く溶岩、勢いよく吹き上がる溶岩と舞い飛ぶ火の粉に、直に感じる溶岩の熱気…。それまでの疲れも一瞬で吹き飛びました。「感動」。まさにその一言です!生き生きと動き続ける溶岩に大興奮!!いつまでも見続けていたい気分でした。翌朝もまだ暗いうちから火口を見学し、陽が上りきる前に下山スタートです。後ろ髪をひかれつつも、大迫力の火山に大満足し、下山しました。(市川)

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2015年12月16日 (水)

砂漠での温かいおもてなし(スーダン)

先日、「スーダン周遊9日間」のツアーから帰国しました。
まだまだ一般的には馴染みのないスーダン。しかしながら、国土を流れるナイル川沿いには、古代エジプトに匹敵する高度な文明が栄えていました。現在は、砂漠にひっそりと残る遺跡から、かつてのその栄華を感じ取ることが出来ます。
他の北アフリカに比べ、まだ観光業が発展していないこともあり、施設も決して十分ではありません。例えば、道中にレストランがないため、ガイドに加え、コックさんが同行し、町の市場で調達した食材を使って食事を提供してくれます。毎日味付けを変えてくれたり、日本人は野菜好きだということで、山盛りのサラダを出してくれたり…。コックさんの愛情がこもった手料理に、ご参加の皆様は大変お喜び!途中からは、市場での食材選びも全員で行い、「このスイカが美味しそう」とか「今日は鶏肉料理がいいな」とかアイディアを出しながら、和気あいあいとした買い出しをすることもありました。

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今回は11月下旬の出発で、比較的観光はしやすいといえ、スーダンは一年を通して日中の気温が30度を超える砂漠性の乾燥地帯。そんな中での遺跡観光は楽ではありません。私たちが観光から帰ってくると、ドライバーさんたちが冷たい水を手渡してくれたり、木陰に椅子を並べてお茶を用意してくれたりと、常に私たちを気遣ってくれました。観光から戻った時の彼らの「おかえり」という笑顔が、楽しみにもなっていました。
スーダンの人々の温かいおもてなしが感じられ、不便ではあっても決して忘れられないツアーとなりました。(飯野)

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2015年12月15日 (火)

“東洋のモナリザ”に接近!(カンボジア)  

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先日、「シェムリアップ5連泊!アンコール周遊とプレア・ヴィヒア7日間」のツアーから帰国致しました。今回のツアーはタイトル通り、カンボジアの代表的な観光地であるアンコール・ワットをはじめ、アンコール遺跡群をじっくりと巡る旅です。
中でも特別なのが、“バンテアイ・スレイ”。バンテアイは砦、スレイは女で、「女の砦」を意味しています。大部分が赤い砂岩で建てられており、美しい彫刻が至る所に掘られています。内部は、いつもロープで仕切られ、中心のレリーフに近づくことができませんが、今回のツアーでは特別にロープの中へ入り、バンテアイ・スレイ観光の目玉である有名な“東洋のモナリザ”を間近で見ることができました。
東洋のモナリザとは、中央祠堂に掘られた16体のデヴァター(女神像)のことを指します。ロープの外からだとこのデヴァターの一部しか見ることが出来ませんが、ロープ内に入ることで16体全てを見ることが出来ます。間近で見ると今回のツアーで訪れた他の遺跡で見たどのレリーフよりも深く、立体的に掘られていて、模様がはっきり分かります。デヴァターの一体一体、体型や顔立ち、見た目年齢が少しずつ違っていて、どれが一番美人かを皆様で話し合っていました。
写真のデヴァターは、北側の祠堂にある保存状態が一番良いとされるもので、私の中では、このデヴァターが一番若く、シュッとした顔立ちに見えて美しいと感じました。また、ここまで近くで写真が撮れるのもロープ内観光ならではです。
夕方、日差しが和らぐと陰影がついてより彫刻が美しく見え、まるで私に微笑んでいるかのようでした。(五島)

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2015年12月11日 (金)

ヘミングウェイがいた!古き良き町並みが残る漁村、コヒマル村(キューバ)

先日、「メキシコ・キューバ世界遺産とカリブの休日 11日間」のツアーから帰国しました。
遺跡など見所が多いメキシコ、最近アメリカとの国交正常化で話題のキューバの中米の2カ国を巡って参りました。
今、世界中から注目されているキューバ。社会主義国としてあまり他の外国諸国との国交を持たないからこそ、残る古き良き昔ながらの風景、明るく陽気なキューバ人の人柄、知られざる魅力は沢山。アメリカとの国交正常化が進んでいる今、既に雰囲気が変わっているのではないかと危惧していましたが、実際に行ってみるとそんなことは微塵も感じず。音楽で溢れる広場に20世紀の前半から時が止まったような旧市街がある首都のハバナ、古都トリニダー、ゲバラの町サンタクララなど後世に残してほしい風景がそこにありました。

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特にハバナ近郊にある、コヒマル村では昔ながらのキューバの漁村の雰囲気が残っていて、今回ツアー中に訪れた町の中でも古き良きキューバを感じられた所のひとつでした。
この村は、ヘミングウェイのゆかりの地。彼の代表作「老人と海」の舞台となった場所でもあります。彼の胸像や通っていたバー「テラサ」など、今でもこの地で愛されています。
カリブ海に面した小さな港には、停泊している船、名もなき要塞など絵になるところばかり。ヘミングウェイが毎日ここから海に出て、一日中魚釣りをしていたくなったというのものも納得です。いつ来てもなんだか懐かしいような雰囲気で、のんびりお散歩をしたくなる、そんな町。やはりここにもキューバらしいクラッシックカーが走っていました。20世紀前半から走っていただろう車はキューバの象徴。カラフルでシンプルな町並みに、停車しているだけで自然にカメラを向けてしまいます。
そんな町並みを一目見ようと、世界中から人々が訪れ、活気溢れるキューバ。国民の生活が豊かになってほしいと願う反面、今の風景をそのまま残したいと強く感じました。(杉林)

ユーラシア旅行社で行くキューバツアーはこちら

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2015年12月10日 (木)

語り部と歩いて古の熊野を知る旅

 この度、ユーラシア旅行社の「語り部とのんびり歩く、黄葉の熊野古道・中辺路と川の古道舟下り 3日間」の添乗に行って参りました。
 熊野古道は、熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社)に詣でるための道です。

熊野古道・大門坂

 平安時代中期、法皇や上皇の御幸がはじまると、熊野詣が盛んになり、皇室、武士、庶民までもが熊野を目指すようになります。
 身分や性別を問わず誰でも受け入れてくれる、という有り難い神様なので沢山の人が訪れるようになったのです。
 様々な方面から熊野に向かうルート(紀伊路・大辺路・中辺路・小辺路・大峰道・伊勢路)がありますが、今回のツアーでは最も多くの人が歩いたとされる中辺路(なかへち)を歩いてきました。
 熊野は紀伊山地のど真ん中。当時の巡礼歩きは過酷だった事が容易に想像できます。江戸時代に巡礼路として整備されはしたものの、切り揃えられた石畳が並べられているのは聖地の近くだけ。
 熊野から遠ければ遠いほど、整備は追いついていません。殆ど自然のままの山の中を歩くようなものです。 もちろん現代のようなスニーカーなどは無く、ワラジを履いての山旅です。
 木が覆い茂り、日差しの入らない山の中の道はぬかるんで滑ります。また、土砂で崩れた場所があったり、どちらに行ったら良いのか分からないような分かれ道があったり、、、。
 情報も、携帯電話もない時代、物の怪の話が沢山生まれたのもうなずけますね。
 ツアーで歩く部分は一部ですが、語り部の方が昔からの言い伝えなどを交えた説明をしてくれて、古の時代にタイムスリップしたような気分で歩けました。
 ところで、熊野古道歩きは道を歩くだけではありません。実は舟で熊野川を下る「川の古道」もあるのです。
 昔は熊野本宮大社旧社地から速玉大社まで約40㎞を手漕ぎの川舟に乗って、途中、宿を取り数日かけて移動したそうです。 悪天候の時は危険も伴いました。水の少ない時は、ボートから下りて歩くこともあったそうです。
 現在は昔のルートの約半分をエンジン付きの川舟で約90分。途中の船着き場から乗船し、奇岩や滝などを眺めながらすいすいと進んでゆき、速玉大社の近くの権現河原まで行くコースです。

八咫烏ポスト

 数人ずつに分かれて乗船。舟の名前は「熊野」と「八咫烏」でした。 八咫烏(やたがらす)は日本を統一した神武天皇を大和の橿原まで先導したという伝説があり、導きの神として篤い信仰があります。 日本サッカー協会のシンボルマークにもなっている八咫烏は、東京のごみをあさるカラスとは違い、天・地・人を表す3本足を持つ、神々しさを感じるかっこいいカラスです。
 熊野本宮大社には八咫烏のポストがあり、皆さまはこのポストにハガキを投函してました。
 メールも電話もある時代ですがたまには手紙を書くのも良いのではないでしょうか。 熊野古道を歩いて本宮大社を参拝し、新鮮な気持ちで心を込めて書いた手紙はきっと特別なものになると思います。
 聖地・熊野の八咫烏ポストから出したらご利益があるかも知れません。(関根)

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2015年12月 9日 (水)

西インド、あっちこっち美女めぐり

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先日、「謎のインダス文明遺跡ドーラビーラーと砂漠の国ラジャスタン」の添乗より帰国しました。世界第7位の広い国土を持つインド、今回は西部に位置するグジャラート州とラジャスタン州を巡り、インダス文明の古代遺跡ドーラビーラーやジャイナ教の聖地として知られるデルワーラー寺院群のあるマウントアーブー、〝ブルーシティー〟と呼ばれるジョドプールなどを訪れました。

旅のハイライトでもあるインダス文明の古代遺跡ドーラビーラーは約4800年前の都市遺跡。1989年から発掘調査が行われているものの現在も多くの謎が残り、想像力を掻き立てられる素晴らしい場所です。
しかし、西インドには観光以外にも魅力が沢山あるのです。それが今日ご紹介する「美女たち」です。

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インドの女性といえば、くるんと上がった長いまつ毛に目鼻立ちがくっきりとしたエキゾチックな雰囲気が特徴的。それだけで十分美しいのですが、そこに目にも鮮やかなサリーを纏い、たまにチラっと見える褐色の肌がとてもセクシー。額には様々な色や形のビンディーを付け、最近では手の甲や手の平にはヘナペイントを施している、というお洒落にぬかりのない女性もいます。
マハトマ・ガンディーが幼少期を過ごしたことで知られる町、ラージコートの小学校を訪問すると、小さな女の子でさえも目の際には太いアイラインを引いているという美意識の高さにちょっと驚き。ガイドさんの話によると、これは「ガジャル」というアーユルヴェーダーの考えに基づいた目の健康を守る軟膏のようなもの。魔よけの意味もあるそうで、ご両親が小さな女の子の目の際に塗ってあげているのだそうです。それが、デカ目効果を生んでいるのです。
又、その日はちょうど、学校のお祭があったようで、いつにも増しておめかしした少女達は、こちらからカメラを向けると、ハッと息を呑む程に大人びた視線を返してきました。私が男性だったら即ノックアウトですね。気が付いたら数十秒程見とれてしまいました・・・

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そして今回の旅のベスト・オブ・美女は、パキスタンの国境近く、インドの最西端に位置するカッチ地方の女性達。かつてパキスタンに住んでいたヒンドゥー教徒とイスラム教徒がそれぞれの部落を作り、独特の美しい伝統文化を生みだしました。体中、顔中を飾る金色のアクセサリー、流行とともに鼻ピアスがどんどん大きくなることに男性陣は心配そうでしたが、元々彫りの深い美しい顔立ちは華やかなアクセサリーにも負けてはいません!また彼女たちが作る工芸品「ミラーワーク刺繍」も美しく、世界中にファンがいるほど。光を反射するミラーワークを散りばめ、華やかな刺繍を施したサリーを纏い、頭のてっぺんに洗濯桶を乗せながら姿勢よく歩く女性達。その姿に、思わず溜息がこぼれてしまいます。更に、大人の女性たちは宗教上の理由から写真に写ることが出来ないため、私たちと目が合うと、頭から被ったサリーで顔を隠してしまいます。そんな仕草もまた、神秘的で美しいのです。一方で、子供たちはというと、無邪気な笑顔をカメラに向けてくれます。数年後、彼女たちはどんな大人の女性に成長しているのかな~、きっとお母さんに似て美人になるんだろうな、また会いに来たいな~と考えながら村を後にしました。(三橋) 

ユーラシア旅行社で行くインドツアーの魅力はこちら

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2015年12月 8日 (火)

大迫力の袋田の滝!と紅葉

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先日、「紅葉の滝と袋田の滝と竜神大吊橋、花貫渓谷バスツアー」へ行って参りました。皆様は、今年はどちらか紅葉を見に出掛けられましたか?このコースは、丁度、紅葉のシーズンに合わせた茨城県の紅葉三大名所を巡って行く日帰りバスツアーです。

当日は、残念ながら雨の中の出発となり移動中も雨は殆ど止むことなく、最初の観光箇所の「花貫渓谷」に到着してしまいました。しかし、歩き始めたら、雨が止んでくれたではないですか!しかも、一瞬ですが晴れ間も覗きました!天候が命の紅葉ツアーだけに有り難いものです。今年は、温暖化の影響で紅葉前線が心配されていましたが、渓谷を奥に進むにつれ、黄色、橙、紅と徐々に色づいている紅葉が目に入ってきました。特に汐見滝吊り橋では、それぞれの色味が強く、まるでパレットに絵具を落としたかのような美しい紅葉のグラデーションが広がっていました。通常は、ここで引き返してしまうツアーが多いようですが、ユーラシアの旅では、更に奥へと続く遊歩道へとご案内しました。渓谷沿いに美しく色付いた紅葉を楽しみながら散策するのは心身共に気持ちの良いものです。  そして、ハイライトである「袋田の滝」。高さ120m、幅73mを誇り、華厳の滝、那智の滝に並ぶ日本三大名瀑です。滝は4段に流れ落ちることから、別名「四度の滝」とも呼ばれています。

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かつて、西行法師が「四季に一度ずつ訪れてみなければ真の風趣は味わえない」と言っていたように、四季折々様々な姿を見せてくれる滝で、秋には紅葉で彩られ、冬には厳しい寒さで滝が凍結するとか。季節、天候等で水量が大きく変化する滝の為、一抹の不安を抱えながら観測台へ向かいましたが、トンネルを抜けると、ゴーッ!と。轟音と共にしぶきがかかるほどの大迫力!!私達も思わず「すご~い!!」と歓声を上げた程でした。ここ数日間降り続いた雨のお陰で、水量も増え迫力ある滝が臨めたので、この時ばかりは雨に感謝。 通常ではあまり遭遇できない圧倒的な水量の滝と美しい紅葉が印象的でした。 世界各国の黄葉も素晴らしいですが、黄色~紅色の色鮮やかな葉が重なり合い奏でる見事な紅葉が楽しめるのは、四季がはっきりしている日本ならでは。あ~、日本に生まれて良かったなぁ~。としみじみ思いました。(井手)

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2015年12月 4日 (金)

アルガンの木が支えるモロッコの◯◯

モロッコツアー、モロッコ旅行
先日、「モロッコ大周遊と幻想のサハラ砂漠 14日間」の添乗に行ってまいりました。このツアーでは「青い宝石箱」とも称されるシャウエンを訪問し、サハラ砂漠やアトラス山脈の大自然、活気溢れるマラケシュやフェズの旧市街メディナだけでなく、エッサウィラやアルジャディーラーなど西部にある知られざる世界遺産も訪れ、モロッコの魅力を余す所なく網羅したツアーです。
四季があり、比較的寒暖差が大きいモロッコでは地域によって自生している木の種類が異なり、アーモンドやオレンジ、オリーブ、ヤシなど車窓からは様々な木をご覧頂くことが出来ます。ツアーの終盤、モロッコの南西部エッサウィラに差し掛かった時に初めて見ることができるのがアルガンの木。モロッコ南西部とメキシコの一部の地域にしか見られない希少類で、乾燥したこの地でも地中に深く根付くことで僅かな水分でも成長する生命力も高いです。
オリーブの木と間違えやすいですが、オリーブよりも大きく枝が横に広がっていること、そして緑が濃いことがオリーブの木とアルガンの木を見分けるポイントだとか。
そのアルガンの実から抽出されるオイルはモロッコでは「若返りのオイル」とも呼ばれています。また、最近日本でも注目され、保湿力の高さと乾燥や日焼けのダメージで原因が起こる活性酵素を除去する抗酸化物質が多く含まれていることからコスメティックとして、またコレステロールを抑える効果があると言われ食用油としても注目されていますが、日本では30mlで2000円以上し、なかなか手が出にくい方もいらっしゃるかもしれません。
今回はツアーでは、途中、アルガンオイルの精製の様子を間近で見ることができました。
アルガンオイルをいつも使用しているという女性たちの肌はつやつや。そんな女性たちが話しながら作業している光景は一見楽しそうに見えますが、作業は全て手作業。一つ一つ手作業で硬いアルガンの実を割り、その中にある種子を石臼で潰して抽出されたオイルをこしてアルガンオイルを精製していきます。見掛けによらず重労働で、作業している手などを見ると作業の大変さを実感し、日本での小売価格も納得出来ます。オイル精製に大切な「仁」を取り出す際に傷つける恐れがある為、機械化せず、手作業で良質なアルガンオイルを精製しているそう。
モロッコツアー、モロッコ旅行
現在では国内外の需要の増加からモロッコの経済の一部を支えるだけでなく、女性主導の協同組合が設立され、人々の雇用促進と女性の社会的自立にも貢献。様々な面からアルガンの恩恵にあやかっているモロッコ政府は伐採の禁止や植林を行いアルガンの木を大切に保護しています。
また、ヤギもアルガンの木になる実が大好物で、以前はヤギの排泄物から取れる仁をアルガンオイルにしていたそう。人々だけでなくヤギもアルガンの恩恵にあやかっているのかもしれません。ツアー中にはアルガンの実が大好きなヤギが木に登る光景にも遭遇できました。
モロッコの経済、そして社会を支えるアルガンの木。でも、一番大変なのは、大好物の実を食べに集まる何十頭ものヤギを支えることかもしれません。

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2015年12月 3日 (木)

昼と夜、どちらも素敵!ホイアンぶらり旅(カンボジア)

 先日、ユーラシア旅行社の「ベトナム周遊とアンコールワット」ツアーから帰国致しました。
ベトナムは、日本と同様南北に長い国なので、北部のハノイやハロン湾・中部のホイアン・南部のホーチミンで、気候か全く異なります。ツアーの中でも、雨季と乾季が入り混じっていたのですが、ラッキーなことに毎日晴れ!お天気に恵まれました。
 さて、今回のツアーでは、ホイアンの夜祭り(ランタン・フェスティバル)にもご案内致しました。

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 満月になる旧暦の14日、ホイアンの家々からは電気が消え、提灯の明かりだけが街を照らします。歴史保存地区が歩行者天国となり、地元の人たちや外国人観光客で賑わっています。通りには屋台や露店が沢山出ている様子は、さながら日本の縁日のような雰囲気です。 
 また、川辺では灯籠流しが行われています。川が灯籠で一杯になっている様子はとても幻想的。水面にうつる満月と灯篭の優しい光のコラボレーションは、ずっと眺めていたい素敵な光景でした。

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 もちろん、昼のホイアンも魅力的です。かつて海のシルクロードの主要都市として栄えたこの街は、戦争時代に破壊されることなく古く美しい景観が残っている為、街全体が世界遺産となっています。そんな街を散策していると、どこか懐かしい気持ちになります。それもそのはず、実はホイアンは私たち日本人と縁が深いのです。16世紀末、朱印船貿易により多数の日本人商人が来航した為、ホイアンには大規模な日本人町が形成されました。最盛期には1,000人以上の日本人が暮らしていたといわれています。
 昔の日本人商人たちの活躍に思いを馳せながら、幻想的な夜の散歩を楽しむ。でも、やっぱり可愛らしいランタンに心奪われ、「どれがいいかな?」と足を止めてしまうのでした。(坂田)

ユーラシア旅行社で行くベトナムツアーはこちら

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2015年12月 2日 (水)

デベソで万歳! 奥トスカーナの古寺巡礼

ロマネスク芸術ツアー, ロマネスク芸術旅行
先日、「奥トスカーナ・カゼンティーノ地方 中部イタリア・ロマネスク」ツアーの添乗より帰国致しました。カゼンティーノ地方とはイタリア、トスカーナ州の北東部で、ダンテも愛した風光明媚な土地です。ツアーの主目的はこのカゼンティーノ地方、トスカーナ州、さらに近隣のモデナ、ヴェローナのロマネスク教会巡りです。
ハイライトはイタリアの“最も美しい村”に登録されているロロ・チュッフェンナ近郊、グロッピーナにあるサン・ピエトロ教区教会。ここの説教壇には非常に特徴的な彫刻があります。宇宙人にも見える、ユーモラスな生き物はなんと12使徒。確かに数えれば12人います。両手を高くあげるエトルリア人(イタリアの先住民)風の祈りのポーズ、あるいは教会を支えているようにも見えます。中には隣の使徒と腕を絡ませしっかり団結しているものも。はっきり描かれたおへそで、下にある抽象化された三位一体からエネルギー吸収し、大きな瞳と頭は世界の真実を見抜き、思索するためのものだそうです。
このようなかわいらしい彫刻に加えて、ルネッサンス起こりの地フィレンツェを含むこのツアーでは、優れたルネサンス絵画も鑑賞しました。ヴェローナのサン・ゼノ教会ではマンテーニャの祭壇画、マッサ・マリッティマではアンブロージョ・ロレンツェッティによるマエスタ、プラートの大聖堂ではフィリッポ・リッピによる祭壇画。洗礼者ヨハネの生涯に描かれるサロメのモデルはリッピが愛したルクレティア。
丁度訪れたのがぶどうの収穫時期だったこともあり、黄金色に輝くトスカーナのぶどう畑と教会も見事な組み合わせでした。(尾崎)

奥トスカーナ・カゼンティーノ地方、中部イタリア・ロマネスク 10日間はこちら

カラブリアからシチリアへビザンツとロマネスクを巡る 10日間はこちら

聖地モンテ・サンタンジェロと南イタリア・ロマネスク 10日間はこちら

(2016年のツアー発表は2016年1月を予定しております。)
ロマネスク芸術ツアー, ロマネスク芸術旅行

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2015年12月 1日 (火)

まるで黄金色の海!秋のワイン街道

先日、「フランスワイン街道の素朴な町や村 13日間」の添乗より帰国致しました。ツアー名に「ワイン街道」と入っていると、ワインが飲めないと楽しめないの?というご質問を頂くことがありますが、歴史、文化、芸術そして名物料理など、地方ごとの魅力がぎっしり詰まっているので、今回の旅もワイン好きな方もそうでない方も十分お楽しみ頂いたようです。

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旅の始まりは、フランス王家の戴冠式を行った歴史のあるシャンパーニュ地方のランス。ジャンヌダルクが、王太子を大聖堂へ導き戴冠式を行った街としてご存じの方も多いでしょう。また、20世紀後半、パリで活躍した画家、藤田嗣治が造った小さな礼拝堂があることでも有名です。ここから、アールヌーボーが花開いたロレーヌ地方のナンシー、ドイツの影響も残る国境の街ストラスブールと可愛らしい小さな村々が点在するアルザス地方を回り、更にワイン産地、取引の中心ブルゴーニュ地方では、世界遺産の修道院やロマネスク教会を訪ねました。後半は国内第二の都市リヨンを中心とするローヌ・アルプ地方へと南下しました。

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今回訪れたのは10月中旬。例年より、空気がキリッと冷たい日が続いた為か、日々、車窓からの木々がどんどん色づいていくのを感じながら過ごしました。
この時期は、黄色や赤に彩られる風景が楽しみですが、なんといっても、圧巻だったのは、アルザス地方、ブルゴーニュ地方で訪れた、ワイン街道のぶどう畑です。大型バスが細い道をくねりながら進む様子は、まるで、黄金色の海原に漂う小舟の気分。たくさんの小さな農家が管理している畑は、いくつもの村々に渡ってどこまでも続いています。
ちょうど、農家の方がぶどうの苗の様子を見に来ていました。既にぶどうの実は摘み取られ、ワインの仕込みに入っている時期ですが、一年を通してワインが出来るまでは数々の手がかかると言われています。名だたる産地が多いのも納得。さすが、ワイン王国。フランスの豊かさを改めて実感しました。(帯津)

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