2015年12月10日 (木)

語り部と歩いて古の熊野を知る旅

 この度、ユーラシア旅行社の「語り部とのんびり歩く、黄葉の熊野古道・中辺路と川の古道舟下り 3日間」の添乗に行って参りました。
 熊野古道は、熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社)に詣でるための道です。

熊野古道・大門坂

 平安時代中期、法皇や上皇の御幸がはじまると、熊野詣が盛んになり、皇室、武士、庶民までもが熊野を目指すようになります。
 身分や性別を問わず誰でも受け入れてくれる、という有り難い神様なので沢山の人が訪れるようになったのです。
 様々な方面から熊野に向かうルート(紀伊路・大辺路・中辺路・小辺路・大峰道・伊勢路)がありますが、今回のツアーでは最も多くの人が歩いたとされる中辺路(なかへち)を歩いてきました。
 熊野は紀伊山地のど真ん中。当時の巡礼歩きは過酷だった事が容易に想像できます。江戸時代に巡礼路として整備されはしたものの、切り揃えられた石畳が並べられているのは聖地の近くだけ。
 熊野から遠ければ遠いほど、整備は追いついていません。殆ど自然のままの山の中を歩くようなものです。 もちろん現代のようなスニーカーなどは無く、ワラジを履いての山旅です。
 木が覆い茂り、日差しの入らない山の中の道はぬかるんで滑ります。また、土砂で崩れた場所があったり、どちらに行ったら良いのか分からないような分かれ道があったり、、、。
 情報も、携帯電話もない時代、物の怪の話が沢山生まれたのもうなずけますね。
 ツアーで歩く部分は一部ですが、語り部の方が昔からの言い伝えなどを交えた説明をしてくれて、古の時代にタイムスリップしたような気分で歩けました。
 ところで、熊野古道歩きは道を歩くだけではありません。実は舟で熊野川を下る「川の古道」もあるのです。
 昔は熊野本宮大社旧社地から速玉大社まで約40㎞を手漕ぎの川舟に乗って、途中、宿を取り数日かけて移動したそうです。 悪天候の時は危険も伴いました。水の少ない時は、ボートから下りて歩くこともあったそうです。
 現在は昔のルートの約半分をエンジン付きの川舟で約90分。途中の船着き場から乗船し、奇岩や滝などを眺めながらすいすいと進んでゆき、速玉大社の近くの権現河原まで行くコースです。

八咫烏ポスト

 数人ずつに分かれて乗船。舟の名前は「熊野」と「八咫烏」でした。 八咫烏(やたがらす)は日本を統一した神武天皇を大和の橿原まで先導したという伝説があり、導きの神として篤い信仰があります。 日本サッカー協会のシンボルマークにもなっている八咫烏は、東京のごみをあさるカラスとは違い、天・地・人を表す3本足を持つ、神々しさを感じるかっこいいカラスです。
 熊野本宮大社には八咫烏のポストがあり、皆さまはこのポストにハガキを投函してました。
 メールも電話もある時代ですがたまには手紙を書くのも良いのではないでしょうか。 熊野古道を歩いて本宮大社を参拝し、新鮮な気持ちで心を込めて書いた手紙はきっと特別なものになると思います。
 聖地・熊野の八咫烏ポストから出したらご利益があるかも知れません。(関根)

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